臨床心理士 のコラム
Vol.5 揺れ動いた気持ち 〜震災からの一週間〜
これを書いている現在、3月11日の一回目の地震から一週間経ちましたが、まだ非日常的な空気の中で過ごしています。昨日も宮城県から呼吸が乱れるほど泣きながらの電話相談を受けました。病院も警察も急患対応で忙しく、その方も相当追い詰められている様子だったのですが、今はなんとか家で安静にしているか、心細ければ避難所へ行く以外、選択肢があまりないようでした。それでも電話で誰かと繋がることで少しはほっとできる、それに気がついて電話してくださって、本当によかったと思いました。
ところで地震当日、私は小田原で仕事をしていました。電車は止まり、ホテルはどこもいっぱいでどうしようかと思っていたら、ご親切に職場の方が私を含め、数人を泊めてくださいました。あの日、外に長時間いて風邪をひいたという話をたくさん聞き、改めてありがたかったと思います。
ネット上でも、そのような心温まる話がいくつも流れていて感動しました。
ただネットには、危険を知らせるニュースや、被害の大きさを知らせるニュースなど、見るのが精神的にきつい情報も同時に流れています。情報は必要なのですが、あまり見ているとショックが大きく、判断が冷静にできなくなりそうな自分を感じました。
このような時に、信頼できると思われる情報をキャッチすること、またそれを自分自身がどう理解し、判断して行動するか、とても難しいと思いました。
そしてその難しさの中で、ひとつひとつ自分の行動を決めていくうちに、何か言いようのない疲れが溜まってくるのを感じました。
危機対応に奔走している方や被災地にいる方々には申し訳ないような微々たる疲れなのですが、それでもいつもの私ではなく、平常心を保つにはどうしたらいいか、とても困ってしまいました。
とにかく緊張感を抜くこと、リラックスすることが必要、でもどうやって?……と思った時、大好きなマンガが目に留まりました。
私は普段からマンガが大好きで、気持ちを盛り上げるため、好奇心を満たすため、今回のようにリラックスするために、その時の気分に合ったマンガを取り揃えています。今のような気持ちで手にとって、少し平常心に戻れたのは『うごかし屋』(芳崎せいむ)でした。
このマンガは、引越屋を営む主人公が、引越を依頼する人の人生に触れ、その時に小説の一節と絡み合って、依頼人の心を動かす話が集められています。
第1巻には「人の世を作ったものは神でもなければ鬼でもない。やはり向こう三軒両隣りにちらちらするただの人である。ただの人が作った人の世が住みにくいからといって越す国はあるまい。」という夏目漱石の『草枕』が引用されていました。
原子力発電に対して様々な情報が錯綜する中、不安や恐れに揺れてしまうところが少なからずあったのですが、厳しい現実はしっかりと見据えるにしても、人が作ったこの世なんだ、私はそこに住んでいるんだと思うことで、何か腹が据わったのです。
今回、阪神大震災を経験された方からも多くの助言や支援が届きましたが、その中のおひとり、神戸元気村代表として復興支援されていた山田バウさんの話はとても迫力がありました。「何があっても全て経験、全て学び」。そう思うには辛すぎるようなことをたくさん経験された上で、きっぱりと言われるので凄みがありました。
そう言われて現実を改めて見てみると、Pray For Japanの心温まる映像や、自分たちにできることは何か一生懸命考えようとしている人々の姿、奪い合うのではなく分かち合おうと呼びかける声、……みんながとても大切なことを伝え合っているのがわかります。
今後私にできることは何か、するべきことは何か、考えると難しいのですが、まずは目の前の人に思いやりを持って接することを心掛けようと思います。ひとりでも笑顔になって、そしてその輪が広がって、温かい気持ちでいる人が増えていくことを願います。
当たり前に思っていた日常に感謝して、ありがとうの気持ちで行動したいと思います。
今大変な経験をしている方々が、一日でも早く落ち着いた日々を取り戻せますように、心から祈っています。
(尾方 文)
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