チャリティーショップと摂食障害
〜イギリスの町の風景〜
白梅学園大学 西園マーハ文
この夏、イギリスに短期滞在しました。イギリスには、「チャリティーショップ」と呼ばれる店舗がたくさんあります。第二次世界大戦中にギリシャの飢餓を救うために設立されたOxfamという団体が嚆矢のようですが、今では、癌研究財団や、子どものホスピス援助のためのHelen & Douglas Houseなどさまざまな組織がショップを持っており、看板を見て医院かと思うと、書籍や衣類のリサイクルショップだったということがよくあります。大学町では、教員や学生がよく出入りするせいか、書籍などは質の良いものが手に入ります。リサイクルと社会貢献とチャリティーの趣旨の啓発が総合的に行われている印象です。今回、ある大学町のOxfamで、摂食障害に関する本を数冊見つけてレジに持って行ったところ、店番の男性が「摂食障害に興味があるんですか?」と声をかけてきました。日本で摂食障害を専門にしている精神科医だと説明すると、自分も精神科医だとおっしゃるので驚きました。聞けば、チャリティーの趣旨に賛同して、時々ボランティアで働いていらっしゃる由。この医師は、「摂食障害の治療は難しい。この町には良い専門ユニットがあるんだけど、相当重症じゃないと受け入れてくれない。軽症例は自分のような一般精神科医が診ることになっている。日本では何か良い治療やってないですか。僕は本当に苦手なんですよ。」とおっしゃっていました。「日本にもそんな魔法のような治療はありません。この町の専門ユニットの治療方法を知りたいと思ってわざわざ来たくらいですから。」とお答えしました。「ユニット」というのは、入院施設、デイケア、外来などを持っている専門治療施設のことですが、外来患者に対する看護師や作業療法士の訪問など、在宅での治療にも力を入れています。
偶然ながら次の日は、そのユニットを訪問する日でしたが、そこでは、ソーシャルワーカーさんたちが、ある患者さんの社会復帰について喧々諤々と議論をしている場面に遭遇しました。「あの体重ではまだ仕事は無理!」「そんなことを言っているといつまでも社会復帰できない。チャリティーショップなら働かせてくれるでしょうよ。」というやりとりだったので、つい、前日お会いした精神科医とその患者さんが同じお店で働く場面を想像してしまいました。一緒に店番をすれば、あの医師は、摂食障害をもう少し近いものに感じられるかもしれません。
摂食障害は、研究面ではさまざまな発展があります。社会学や女性学という切り口もあり、また一方で、最近は遺伝子研究や脳画像研究なども盛んです。しかし、治療については「これだけで治る」というような万能薬のような治療法はなく、当事者とご家族と治療者の日々の地道な努力が欠かせません。日本の摂食障害の治療の向上のために、日本にも摂食障害専門治療センターを作ろうという運動も展開中で、ぜひこれも実現してほしいですが、一方で、基本的な治療は日本中どこに居ても受けられるということも、車輪の両輪のように大事なことではないでしょうか。
『摂食障害:見る読むクリニック』は、受診を迷っている当事者や家族の方をまず念頭に置いて、治療のイメージをお示しした本です。付属のDVDでは、拒食症や過食症の模擬診察、模擬カウンセリングの様子や病気の解説なども見られます。すべてのケースで、この模擬面接のように時間をかけることはできないとは思いますが、摂食障害を専門にしていない医療関係者の方にも、日々の臨床の参考にしていただけると思います。
日本では、どの病院を受診するのも当事者の自由なので、「有名」な医師のところに患者さんが殺到するという事態が起こりがちです。特に新しい疾患の場合はそうなるようです。摂食障害も、これまでは、有名な医師のところでは初診数年待ちというようなこともありました。これに対して、『摂食障害:見る読むクリニック』では、「特別な病院を探し回るよりは、身近な病院で、できることから治していきましょう」というスタンスをとっています。地味ですが、これは大事な視点ではないかと思います。日本では、専門ユニットがないことは大きな問題ではありますが、一方で、摂食障害は、治療に取り組むのにご本人の勇気と忍耐が必要という側面もあります。治療への気持ちの壁を壊すには、身近な病院で体重を量ったり血液検査を受けるなど、どの病院でもできる「普通」の処置が役に立つことも多いのです。
Oxfamでボランティアをしていた医師の話の通り、専門ユニットと一般精神科医の連携は、海外でも必ずしも理想的に行われているわけではありません。専門ユニットのない日本から見ると専門ユニットがあるだけでうらやましいですが、「あるだけ」ではだめで、専門ユニットと一般医療機関のコミュニケーション、そして何より当事者や家族の方々とのコミュニケーションは欠かせないことなのだと思います。
日本にも多くのチャリティーショップができないでしょうか。患者さんの社会復帰援助にもなり、社会貢献にもなります。そんな日が来たら、私も店番ボランティアをしたいと思っています。
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