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星和書店
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三つの文化を生きた一人の精神科医

三つの文化を生きた一人の精神科医

日本、中国、そして米国の各文化による性格形成への影響

曽文星(ハワイ大学精神医学部名誉教授)著
林建郎 訳


A5判 上製 416頁
ISBN978-4-7911-0831-2〔2012〕
定価 6,090 円(本体 5,800 円)

著名な文化精神医学者が、3つの異なる文化で送ってきた自らの人生を振り返る。多様な文化が心理や思考、行動にどう影響してきたかを分析し、文化と性格形成の問題を検証する個性あふれる内容。

触法精神障害者への心理的アプローチ

触法精神障害者への心理的アプローチ

再他害行為防止のための治療

壁屋康洋 著

A5判 並製 232頁
ISBN978-4-7911-0830-5〔2012〕
定価 2,940 円(本体 2,800 円)

触法精神障害者の治療に関わる心理職、矯正施設等で他害行為の防止のための治療教育に関わる心理職にとって、関わりのヒントとなる一冊。臨床心理学的援助の方法や課題を事例とともに詳述した。

不安障害のためのACT(アクセプタンス&コミットメント・セラピー)

NO PARKING

ハヤシタケヲ写真集

ハヤシタケヲ 著

B5横長判 並製 88頁
ISBN978-4-7911-0833-6〔2012〕
定価 2,940 円(本体 2,800 円)

1985年半ばから’89年にかけてニューヨークに住んだ著者が、マンハッタン、ブロンクス、クィーンズなどトライボロ地区を中心に、既視感という視点からその街並みをカラー写真で切り取ったスケッチブック。

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精神科治療学
定価 3,024
月刊 精神科治療学 第27巻12号

特集:統合失調症の症状を日常臨床で見逃さないために

統合失調症が、見逃されていないか?統合失調症と、誤診されていないだろうか?操作的診断を基準にして機械的に診断が下されてしまうという傾向が強まっている。適切な診断を下すには、同じ幻覚や妄想でも統合失調症に固有のものとそうでないものを患者の個別性にも注意しながら吟味することが重要である。本特集では、個々の症状ごとに統合失調症の症状にはどういう特徴があるかを、専門用語をなるべく使わず、わかりやすく丁寧に解説した。
JANコード:4910156071228

臨床精神薬理
定価 3,045
月刊 臨床精神薬理 第16巻1号

特集: 増強療法の原理と有用性を再考する

増強療法は精神科臨床の中で広く行われているが、正当ではない 治療という評価もされがちである。本特集は増強療法に関する理解を深めるため、統合失調症に対する増強療法、抗うつ薬の併用、うつ病治療における抗精神病薬の併用、双極性障害における併用療法、不安障害における増強療法を取り上げ、エビデンス情報の整理と根拠となる原理を紹介した。
ISBN:978-4-7911-5183-7

今月のコラム
今月のコラム
アディクションとしての自傷
―心の痛みに対する「鎮痛薬」にして、「死への迂回路」―
松本俊彦
独立行政法人国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所
自殺予防総合対策センター/薬物依存研究部

いまを生き延びるための「鎮痛薬」

リストカットなどの自傷行為は、通常、激しい怒りや不安、緊張、気分の落ち込みといったつらい感情を緩和するために行われます。その意味では、「死ぬこと」を目的とする自殺企図とは区別される行動といえます。

典型的な自傷行為は、一人きりの状況で行われ、周囲の誰にも告白されません。したがって、自傷行為は、援助者がしばしば誤解しているような、「人の気を引くためのアピール的行動」とは本質的に異なり、むしろ孤独な対処方法と理解するべきです。それは、誰に助けを求めることも誰かに相談することもなく、自分ひとりで苦痛を解決しようとする行動であって、その根底には人間不信があります。

また、自傷行為は、身体に痛みを加えることで心の痛みを封印する方法でもあります。自傷を繰り返す若者のなかには、「もう何年も涙を流したことがない」「すごく悲しいときにも自分だけ涙が出ない」と語る人が珍しくありません。

自傷行為は簡便で即効的な対処方法です。たとえば、侮辱されたり無視されたりすることによる苦痛に対しては、直接、加害者に対して、「そういう態度はやめてほしい」と改善を求めるのが建設的かつ根本的な解決策といえますが、反面、この方法は、相手が圧倒的に強い存在であったり、改善を求めるとかえって事態が悪化することが危惧されたりする場合には、リスクの高い方法です。そのような場合、自傷行為をすることによって、ある種の人たちはすみやかに苦痛を感じている意識状態を変容させることができるのです。事実、ある研究は、自傷を繰り返す者の場合、自傷直後には血液中の脳内麻薬様物質の濃度が上昇していることを明らかにしています。つまり、自傷行為には、耐え難い心の痛みに対する「鎮痛薬」としての効果があるわけです。

「死への迂回路」としてのアディクション

このように自傷行為は、少なくとも短期的には自殺とは明確に異なる行為であり、少なくとも一時的には「心の痛み」を緩和する効果があります。

それでは、「自傷したい奴はすればいい」と放っておけばよいのでしょうか?

もちろん、そうではありません。なぜなら、自傷行為には二つの深刻な問題があるからです。一つは、結局のところそれは一時しのぎにすぎず、困難に対する根本的、建設的な解決がなされなければ、長期間には事態の困難さはむしろ深刻化してしまうという点です。もう一つは、自傷行為は、繰り返されるうちに麻薬と同じく耐性を獲得し、それに伴ってエスカレートしてしまいやすいという点です。そして、この耐性獲得の結果、当初と同じ程度の「鎮痛効果」を得るために、自傷の頻度や強度を高めざるを得なくなってしまうのです。自傷行為が習慣化してしまった者の多くが、「切ってもつらいが、切らなきゃなおつらい」という事態に到達しています。この状態はまさしく「アディクション」といってよい様相を呈しています。しかも、すでに述べたように、本人を取り巻く現実は長期的にはいっそう過酷なものとなっています。実際、この段階では、多くの者が、「消えたい」、「いなくなりたい」、「死にたい」という考えにとらわれるようになります。

要するに、自傷行為というアディクションは、つらい瞬間を生き延びるための「鎮痛薬」として繰り返されながら、長期的には、むしろ逆説的に死をたぐり寄せてしまうという意味で、「死への迂回路」といえる行動なのです。実際、10代においてリストカットや過量服薬といった、致死性の低い自傷行為の経験者は、そうでない者に比べて10年後の自殺既遂によって死亡するリスクが数百倍高くなるといわれています。つまり、たとえ「リストカットじゃ死なない」といえたとしても、「リストカットをする奴は死なない」とはいえないのです。

自傷行為の援助

それでは、援助者は自傷行為に対してどのような態度で向き合えばよいでしょうか?

まず、もしも若者が自傷行為のことを告白した場合には、「正直に話してくれてありがとう」という言葉をかけて、彼らの援助希求行動を支持し、強化してあげましょう。

もしも自傷した傷の手当てを求めてきたのであれば、「よく来たね」といってあげてほしいと思います。というのも、自傷行為とは、単に自分の身体を傷つけることだけを指すのではなく、自傷後に傷の手当てをしないことを含めた概念だからです。実際、自傷後に医療機関で傷の手当てを受けない者ほど、自己嫌悪感や自殺念慮が強いことが知られています。したがって、傷の手当てを求めてきたということは、まだ「自分を大事にしたい」という気持ちがあることを意味します。なかには、「切っちゃった」などと傷の手当てを求める若者の軽佻な態度に腹立たしさを感じる援助者もいます。しかし、彼らがケロッとしているのは、自傷行為によって苦痛を軽減した直後だからであって、周囲の反応を楽しんでいるわけではないのです。

それから、頭ごなしに自傷を禁止しないほしいですし、若者と「自傷は是か非か」といった議論をするのも避けるべきです。また、「自分はちゃんと自傷をコントロールできている」と、依存症患者さながらの否認を呈する若者と出会うこともありますが、彼らの否認や抵抗と戦うのも好ましいこととはいえません。なぜなら、自傷行為に深刻なまでに依存する者ほど、「自傷行為をやめたら自分をコントロールできなくなって、発狂するのではないか?」という不安は相当に強烈だからです。

まとめておきましょう。自傷行為の援助とは、「問題行動」をやめさせることではなく、背後にある「苦痛」を見極め、それを軽減することにあります。そして最終的には、こうした援助プロセスを通じて、「世の中には信頼できる人もいて、つらいときには助けを求めてもいい」、あるいは、「人生において一番つらいことは、ひどい目に遭うことではなく、一人で苦しむことである」といったことを知ってもらうことが目標となります。そのような認識をもったうえでの患者(もしくはクライエント)との協働作業こそが、自分を傷つける若者たちの将来における自殺を予防するのだと信じています。

こうした私の考えは、自身の臨床経験、さらには自分の経験を、自分なりの方法による研究で確認してきた知見にもとづいています。そうした研究知見をまとめた論文集が、2010年に星和書店から刊行した『アディクションとしての自傷』です。よろしければ一読してみてください。

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