『大人のADHDワークブック』と赤ちゃん
臨床心理士
山藤奈穂子
妊娠中はとにかく頭がぼんやりする。なにもする気になれない。お腹のなかで壮大な仕事にとりかかっているせいかもしれないが、ぼんやりして本来の仕事はまったくできない。本も読めない。かと思えば、急に思い立ってパンを焼いたり、凝った手芸やネイルアートをしてみたくなったりする。これまでやったこともないのに、プロになれるような気すらして、道具や材料を買いそろえる。しかし、子どもを産んだあとは、自分がなぜそんなことをしようと思ったのかさっぱりわからない。
産後はとにかく気が散る。赤ちゃんが泣くと、頭のなかに霞がかかったようになり、赤ちゃんを泣き止ませるためにすること以外、なにも身が入らない。食器を洗っていても、掃除をしていても、仕事のメールをしていても、気が急いて不注意になる。「早く終わらせて駆けつけなくては」としか考えられず、イライラして食器を割り、掃除機にけつまずき、メールが誤字脱字だらけになる。
あるいは、なにかに集中してとりくんでいても、いったん赤ちゃんからのお呼びがかかると、していることをすべて途中で放り出すことになる。ご飯を食べる。赤ちゃんがウンチをする。ご飯を途中でやめてオムツを替える。それが終わるころには、なんだかお腹がいっぱいになっている。食器を片付けようとすると、赤ちゃんはお腹が減ったとぐずりはじめる。授乳をする。授乳中は動けないのでぼんやりと部屋を見回していると、部屋の埃がたまっていることに気づく。赤ちゃんがひとり遊びを始めたすきに掃除機をとりだす。半分かけ終えたところで、赤ちゃんが眠くなって凄まじい大声で泣き出す。慌てて掃除機を放り出し、赤ちゃんを寝かしつける。赤ちゃんが寝たのでやっと食器洗いと掃除を最後までやろうと思うけれども、その音で赤ちゃんが起きてしまうのではないかと恐れて、できない。一息ついてお茶を飲もうとする。3口ほど飲んだところで赤ちゃんがふにゃふにゃと泣く。添い寝をしてトントンしていると自分も眠くなる……。翌朝、部屋を見回すと、途中でやめたものだらけ。なにもかも最後までやり遂げられない。飲みかけのカップがあちらこちらにある。食器洗いすらまともにできない自分がイヤになる。
『大人のADHDワークブック』は、自分のもつ力を発揮できず、自己嫌悪と疲れがたまるばかりの人を助けるために書かれている。著者はADHDの兄弟を事故で亡くしている。だからこそ、どんな著者よりもADHDに悩む人に寄り添い、親身になってこの本を書いている。著者の言葉はあたたかく、力強い戦友となって励ましてくれる。
ADHDの人々がなによりもつらいのは、自分自身に対して嫌気がさしてしまうこと。自分にがっかりし、失望し、うんざりする。そんな毎日を積み重ねるのはとても疲れる。もしもあなたが自分を見損なう苦しみを知っているなら、ぜひこの本を手にとってほしい。もしもあなたのクライエントが自分のもつ力を見失って悲しんでいるのなら、この本を役立ててほしい。この本は、ADHDの人が自分自身をコントロールする力を獲得できるように手を貸してくれる。本人のもつ力をだれよりも信じ、その力をのびのびと伸ばすことができるように勇気づけてくれる。あなたのせいではないんだ、こんなふうにコントロールすればいいんだと教えてくれる。そう、大人のADHDはコントロールできるのだ。赤ちゃんはコントロールできないけれど!
|