「漢方薬」について
東京女子医科大学東医療センター 山田和男
(あなたが精神科医であるとしたら、)患者さんから「漢方薬」について尋ねられたことはないだろうか? また、認知症の行動・心理症状(BPSD)に対して「抑肝散」という漢方薬が有効であるらしいという話(エビデンス)を、聞いたことはないだろうか? (あなたが患者さんであるとしたら、)ひょっとしたら自分の病気には、漢方薬が効くのではないかと思ったことはないだろうか?
日本漢方生薬製剤協会の調査によれば、平成23(2011)年現在、漢方薬を処方している医師の割合は、平成20(2008)年の83.5%から5.5ポイントアップして89.0%になったそうである。すなわち、わが国の医師の実に9割が、漢方薬を処方しているのである。さらに、精神科医に限れば、漢方薬を処方している医師は92%にのぼり、「現在は処方していないが、以前は処方していた」という医師(6%)と合わせれば、何と98%の精神科医に漢方薬の処方経験があるという結果であった。
まさに、第何次目かの漢方ブーム到来の感がある。
さらに同調査によれば、漢方薬を処方する理由(複数回答可)としては、「西洋薬治療で効果がなかった症例で、漢方薬治療により効果が認められた」が57%でトップであった。以下、「患者さんの要望があった」が43%で2位、「エビデンスが学会などで報告された」が34%で3位であった。また、漢方薬を処方するきっかけ(複数回答可)は、「他の医師からの勧め」と「MRの情報提供」がいずれも45%でトップであったが、「患者さんの要望」というのも29%あった。
医師の側も、患者さんの側も、漢方薬を使ってみたい(使ってほしい)という願望を持っているのである。また、漢方治療に関するエビデンスも増加しているのである。
ところで、漢方医学(伝統医学)と西洋医学(現代医学)は、本来、異なる概念の上に成り立ったものであり、診断や治療の方法も当然の結果として異なっている。やや専門的な話になるが、漢方薬は、現代医学的な病名ではなく、漢方医学的な「証」に合わせて処方する―「随証治療」という―。実際にも、現代医学的な病名をもとに漢方薬を処方する「証」を無視した治療―「病名漢方」という―では、効果の面でも不十分であることが多く、また副作用も出現しやすいことが知られている。それゆえ、漢方薬を投与するさいには、「証」をはじめとした漢方医学の概念を、しっかりと理解した上で処方しなければならない。しかし、これらの概念は、現代医学を学んできた現代の医師にとっては非常に難解なものと映りやすい。
上述のように、「漢方薬を使ってみたい」という精神科医や、「漢方薬を出してほしい」と思っている患者さんは多いはずである。しかし、現実には、漢方薬を初めて処方しようという精神科医には、「漢方医学の基礎的な概念がわかっていないので、何をどう処方していいのかわからない」という壁が立ちはだかっている。
ネット検索をすれば容易にわかることであるが、世の中にはさまざまな漢方治療に関する書籍が出版されている。しかし、それらの多くは、「病名漢方」を元に書かれた素人向けのものか、漢方医学の奥義を追求するかのごときマニアックなものといった両極端なものが多く、初心者の医師(精神科医)向けのものは少ない。
この状況は、実は20年前から変わっておらず、「素人向け」でもなく「マニアック」でもない、漢方初心者の精神科医向けの書籍が必要であると痛感していた。そこで、私たちは1997年に『実践 漢方医学 ―精神科医・心療内科医のために―』という本を上梓した。手前味噌ながら、当時は第2刷も出されたことから、それなりに需要があったのであろう。しかし、その後は売れ行きもだんだんと先細りになったようで、数年前にオンデマンド出版扱いになったと、編集者から聞かされた。
ところが、最近になって、出版社の方から、『実践 漢方医学』の注文が少しずつ増えているので、改訂版を書いてみてはどうかというお話があった。そこで、『実践 漢方医学』の内容に1997年以降に新たに知られたエビデンスを加えた改訂版を、17年ぶりに出版させていただくこととなった(『実践 漢方医学〈改訂第2版〉―精神科医・心療内科医のために―』)。「漢方薬を使ってみたい」という精神科の先生方、さらには精神科領域の漢方治療に興味を持つすべての方に、手に取っていただければ幸いである。
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