「コラム」と「橋渡し(ブリッジング)」
肥前精神医療センター 壁屋康洋
編集部からこのたびのコラムの依頼を受けて悩みました。専門領域以外の本をほとんど読まず、関心の狭い私に、広く一般向けの文章が書けるだろうか? 悩みながら「こころのマガジン」のコラムを十数編読みました。どの著者も広い読者に向けた平易な内容から始め、巧みにご自身の著書へとお話をつなげられているではありませんか! とても私には書けそうにないと頭を抱え込んでいて、ふと気付きました。コラムとは専門的知見と一般的な関心とのブリッジングではないだろうか。私は近頃NEAR(neuropsychological educational approach to cognitive remediation;メダリアら,2008)を病棟で実施していますが、NEARでは(1)コンピュータソフトを用いた認知リハビリテーションの時間に加え、(2)コンピュータで訓練していることと、日常生活とを橋渡しするブリッジングセッションを重視します。コンピュータでのトレーニングだけでは参加者がその意味を感じにくく、モチベーションが続きにくくなるため、ブリッジングセッションでは、トレーニングしていることが日常生活場面でどのような働きをしているのか話し合い、それら二つの橋渡しを行います。「こころのマガジン」のコラムは、それぞれの専門領域の著書と、広い読者の身近な話題とを橋渡しするという意味で、ブリッジングの役割を果たしています。
昨年『触法精神障害者への心理的アプローチ』を星和書店から出版させて頂く際、オビに載せた〈多職種チームアプローチ〉〈他害行為の内省/罪悪感〉〈アンガーマネージメント〉〈リスクアセスメント〉〈衝動性へのアプローチ〉という5つの言葉のフォントサイズと、それぞれの言葉を囲む楕円の大きさの調整で編集部と何度もやりとりしました。私のつまらないこだわりですが、〈多職種チームアプローチ〉が中心で、他の4つが周りを回っているような視覚効果を狙いました。多職種チームアプローチが中心にあって、他の技法はその周囲を回る衛星のようなイメージです。実際そのように見えますでしょうか。
〈多職種チームアプローチ〉が他を橋渡しするもので、同時に本書の中でも、医療観察法医療の中でも最も大事なものです。多職種チームアプローチは医療観察法医療だけでなく、精神科医療だけでなく、さまざまな領域で必須のものとなっていることでしょう。臨床心理士のプログラムと看護師の日々のケアとを橋渡しする、薬物療法と作業療法を橋渡しする……。しかし多職種の人間関係の中での連携は、うまくいくときは非常に良いのですが、苦労することも少なくありません。本書を読んで下さった方から「壁屋さんの悩んでいたことまで書いてあったので面白かった」という感想をもらいましたが、プロセスでの苦悩も含めて多職種の橋渡しの実際(他職種から橋渡ししてもらうことも)を書いています。言われてみると、できあがった理論や技法について書かれた本は多いですが、そこにたどり着くまでのプロセスや著者の思考の流れを書いた専門書は稀かもしれません。それが現場で取り組む人たちが体験する苦労と、うまくいった多職種チームアプローチや個々の治療プログラムとの橋渡しになれば、と思います。
コラムで橋渡しをしようとすると、このコラムの読者がどんな方か、ということを考える必要があるかもしれません。コラムに限らず、誰かに何かを説明するときには相手の関心と理解度を測る必要があるでしょう。拙著で書いたような医療観察法医療のことを、医療や矯正と関係のない領域の方に話す機会は稀ですが、先日、新聞社の取材を受けることがありました。医療観察法医療や治療プログラムの概要について説明する過程で、私がセルフモニタリングに触れたところで記者が「えっ?!」と驚きました。私は記者が驚いたことに驚きました。セルフモニタリングは私にとっては治療のステップの1つとして当たり前のものになっていましたが、精神科医療のことを知らない新聞記者から見ると、統合失調症患者が自分の症状を自分で観察し、記録を残すということは思いがけないことのようでした。それに気付いた私は、精神科医療への偏見を和らげるチャンスだと思い、「統合失調症も慢性疾患ですから、高血圧や糖尿病の人が自分で症状をチェックして自己管理するように、統合失調症の方も症状の観察と自己管理をします」とたたみかけました。セルフモニタリングに記者の驚きと関心が向かった瞬間をチャンスととらえて橋渡しをしたところ、記者は「へぇ〜」と感心して話を聞いてくれました。橋渡しは容易ではないけれど、日常の小さなところに橋渡しの種が転がっているのでしょう。種を目ざとく見つけ、相手の関心や日常生活とつなげる橋渡しを行うこと、これは臨床にもつながることです。コラムを執筆しながら、改めて臨床技術としての橋渡しの技術を高めていきたいと願うところです。
〈文献〉
壁屋康洋 2012 『触法精神障害者への心理的アプローチ』 星和書店
Medalia,A., Revheim,N., Herlands,T., 2002 Remediation of Cognitive Deficits in
Psychiatric Patients―A Clinician's Manual. 中込和幸・最上多美子(監訳)2008
『「精神疾患における認知機能障害の矯正法」臨床家マニュアル』 星和書店
|