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■特集 明日からできる強迫症/強迫性障害の診療 I

●今さら聞けない強迫性障害
中尾智博
 強迫性障害は繰り返し生じる不快な思考(強迫観念)とその苦痛を和らげようとして繰り返しとられる行動(強迫行為)によって成り立っている疾患である。症状は自我異和的であり苦痛や不合理感を伴うものであるが,そのコントロールは難しく,しばしば生活に強い支障をきたす。有病率は1〜2%と精神疾患としては高く,うつ病や発達障害などとの併存も多い。現在の標準的な治療として認知行動療法やSSRIによる薬物療法が推奨されており,重症例や難治例では入院治療も検討する。古典的には神経症概念の1つであり,これまでは不安障害に属する一疾患という位置づけであったが,その特徴的な病態のあり方から近年では1つの独立したカテゴリーとして考えられるようになりつつある。本稿では,強迫性障害に関する基本的な知識についてQ&A方式で紹介する。
キーワード 強迫性障害,強迫神経症,強迫スペクトラム障害,認知行動療法,SSRI

●強迫性障害の症状には,どのようなものがあるか
野間利昌
 クリニック外来の日常臨床にて経験した強迫症状のさまざまな例を報告した。多様な強迫症状を概観することを目的に,確認,加害恐怖,不潔恐怖,浄めの儀式,縁起恐怖,数・対称性への拘り,思い返し,繰り返し,緩慢などの症例を提示した。
キーワード 強迫性障害,強迫症状,縁起恐怖,緩慢,確信が持てない

●最新の脳科学と強迫性障害
蟹江絢子
 強迫症の薬物療法と脳科学の知見から,その障害の維持にはセロトニンやドーパミン系だけでなく,グルタミン酸系の関与が推測される。近年発展した脳機能画像の見識からは,強迫症の病態仮説として眼窩前頭前皮質-線条体-視床の異常だけではなく,背外側前頭前皮質やさらに広範囲の後頭葉,頭頂葉,小脳の異常が示唆される。不安症との併存には扁桃体,うつ病との併存には海馬,チック症との併存には尾状核,PANDASには基底核が関連している可能性がある。神経心理学的検査の研究からは,前頭前皮質と関連する遂行機能(実行機能)が最も関連するとされる。脳外科手術としては,定位術手術の他に,内包前脚への脳深部電気刺激や眼窩前頭前皮質に反復経頭蓋磁気刺激法で抑制をかける方法の有用性が示唆される。今後の脳科学的研究は強迫症のさらなる病態解明や治療の発展に寄与すると期待される。
キーワード 強迫性障害,脳科学,皮質線条体視床回路(CTRS回路),グルタミン酸系,脳画像

●強迫性障害に対する治療法とその選び方
渡辺杏里,中前 貴
 強迫性障害には曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法と,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)による薬物療法が有効である。曝露反応妨害法は不安が起こる状況に自ら身を曝し,その後に生じる不安を抑えるための行動をせずに,時間と共に不安に馴れていくという治療法である。再発率を低く抑えられるが,高い治療意欲を必要とし,大うつ病を合併していたり病識が乏しい場合には導入が難しい。一方,薬物療法は,高用量で十分期間のSSRIを試みる必要があり,副作用や中断時の再発率の高さが問題となる。本稿では,これらの治療法のメリットとデメリットを明らかにし,どのように治療法を選択していくか,また,臨床上問題となってくる外来治療と入院治療の選び方についても概説する。
キーワード 強迫性障害,認知行動療法,曝露反応妨害法,選択的セロトニン再取り込み阻害薬,治療選択

●薬物療法が役に立つ場合,役に立たない場合
住谷さつき
 強迫性障害(obsessive-compulsive disorder:OCD)の薬物療法は選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonine reuptake inhibitor:SSRI)を十分量,十分期間使用することが原則である。本邦では現在4種類のSSRIが使用可能であり,OCDの薬物治療がしやすくなった。また,SSRIに反応が見られない場合には少量の非定型抗精神病薬を使用中のSSRIに付加する方法により劇的な効果がみられることもある。こうした薬物療法を適切に行うことでかなりの比率のOCD患者に改善がみられる。しかし,OCD患者の中にはこれらの薬物療法に反応が見られない一群や副作用のために十分な薬物が服用できない一群も存在する。そのような場合でも認知行動療法や心理教育をしっかり行うことで改善が期待できることもある。OCDは治る疾患であると治療者自身が信じてあきらめないことが最も重要であると思われる。
キーワード 強迫性障害,選択的セロトニン再取り込み阻害薬,非定型抗精神病薬,薬物応答性

●認知行動療法が役立つ場合,役立たない場合
原井宏明,平田祐也,岡嶋美代
 強迫症/強迫性障害はもともと難治とされていた。認知行動療法の登場によって治せる疾患に変わったと言える。一方,どんな治療でもそれが役立つ場合と役立たない場合がある。役立つ・役立たないと言うとき,一般には患者の要因に応じて考えることが多いが,実際には患者以外の治療者側・環境側の要因の方が大きい。認知行動療法は,治療者を選ぶ。また,小児であることや発達障害,身体醜形障害の合併など,根拠がないまま認知行動療法が役に立たない理由にされている患者側要因がある。本稿では,こうした一般に流布する認知行動療法への誤解も解くようにした。
キーワード 強迫症/強迫性障害,認知行動療法,エクスポージャーと儀式妨害(ERP),治療者特性,治療成績

●森田療法を行う場合の施策──どのようなケースにどのように適用するのか──
舘野 歩
 神経質性格を基盤に症状への「とらわれ」の機制が明確な強迫性障害であれば外来森田療法に適応しやすい。症状への「とらわれ」が曖昧で日常生活が損なわれている場合入院森田療法の適応になる。強迫性障害に対する外来森田療法の要点として,①原因追求から離れる,②生の欲望を発見し賦活する,③不安のまま一拍置く,④不安のままに建設的な行動を促す,⑤時間をものさしにする,⑥治療者が患者を理屈で説得しようとしない,⑦強迫症状が再燃した際,もう一度心理機制を振り返る,⑧建設的な行動が広がってきた後強迫的な行動パターンを修正する,を挙げた。森田療法は症状に関連した行動だけに焦点づけるのではなく,建設的な行動を広げることを治療目標とし,その結果として症状の軽減を導くことが特徴である。
キーワード 神経質性格,「とらわれ」の機制,あるがまま,建設的な行動,症状からの脱焦点化

●精神力動的視点が有効である場合はあるのか
齊藤幸子
 強迫性障害(OCD)の難治例や,再発を繰り返す症例の中に,チック障害や,自閉症スペクトラム障害に加えて,過酷な生育歴に根ざした未解決な問題を抱えた一群が含まれていると私達は考えている。前者の自閉症スペクトラム障害には薬物療法や支持的・療育的なアプローチが適切な場合が多く,過酷な生育歴に根ざした未解決な問題を抱えた一群には精神分析的精神療法が根治療法として有効な場合がある。ここでは,精神分析的精神療法が有効であったOCDの難治例を紹介し,OCDにおける力動的視点の活用法について考える。OCDの病態解明,診断ならびに治療法において記述精神医学的アプローチだけでは限界があり,記述精神医学と力動精神医学との両方の視点をバランスよく活用することが臨床現場で最も重要な課題の1つであると考えている。
キーワード 強迫性障害,力動的診断面接,力動精神医学,精神分析的精神療法,精神分析学

●強迫症状を伴ううつ病
小林聡幸
 うつと強迫に関連性があるとは古くから指摘されてきたことである。うつ病患者は性格面で強迫的傾向を持っていることが多く,強迫性障害の患者はしばしば二次的に抑うつ状態に陥る。しかし,うつ病か強迫性障害か診断に迷うほどに双方の症状が顕著に現れている症例は多くはない。心気・貧困・罪責といううつ病の三大妄想は妄想の水準までいかなければ強迫観念の様相をとる可能性があるが,この場合,あまりうつ病における強迫症状というとらえ方はされないだろう。うつ病の三大主題から偏倚した強迫観念が生じたような場合にうつ病における強迫症状という認知のされ方をすると思われる。この場合,自分や他人を傷害してしまうのではないかという強迫観念が生ずることが多いという指摘がある。難治例ほど病態の見極めが重要であろう。
キーワード うつ病,強迫観念,強迫行為

●強迫症状を伴う知的障害への支援─行動障害に見られる強迫的こだわりへの支援─
中島洋子
 知的障害には,自閉症スペクトラム障害(ASD)などの発達障害を併存することが多く,知的障害でこだわりを示す場合,ASD併存の可能性が高い。ASDと強迫性障害(OCD)はともにこだわり現象を示し似ているが,その病理には違いがある。ASDのこだわりの多くは興味のある事象への反復行動であるのに対して,OCDでは不合理性の自覚があり苦痛を伴うとされる。しかし知的障害が重度であるほど,表現能力の弱さがあり病理性の判別されにくい。軽度知的障害に伴う強迫は,ある程度の言語能力があるので周囲が早期に気づき治療で軽症化されやすい。一方,ASDを伴う重度・中度知的障害では,日頃から多様な行動問題を伴っているため,OCDが発症しても見過ごされ重症化することが多く,強度行動障害ではOCDの併存といえる症例が少なくない。知的障害にみられるこだわり問題が重度であるとき,ASDおよびOCD併存についての検討をすることが有用である。
キーワード こだわり,強度行動障害,トゥレット障害,自傷,知覚過敏

●強迫症状を伴う統合失調症
尾鷲登志美
 統合失調症患者では強迫症状を伴うことが稀ではない。統合失調症と診断されていない場合でも,強迫症状を呈する場合には後の統合失調症発病のリスクが高いという前方視的縦断研究や,強迫性障害が統合失調症発病に先行したという後方視的縦断研究から,強迫症状が統合失調症の前駆症状である可能性も示唆されている。1980年代後半以降ではそれまでの見解とは異なり,統合失調症で強迫症状を伴う場合には伴わない場合よりも予後が悪い,という研究結果が多い。強迫症状を伴う統合失調症における薬物療法としては,抗精神病薬とセロトニン再取り込み阻害薬との併用が一般的である。ただし,その際には薬物相互作用や錐体外路性副作用に留意する必要がある。統合失調症と強迫症状との関連および治療反応性についての長期にわたる前方視的研究が現時点では少なく,今後のさらなる研究が期待される。
キーワード 統合失調症,強迫症状,強迫性障害,前駆症状,予後

●強迫性障害と広汎性発達障害の併存するケースについて──精神療法的な関わりを中心に──
塩路理恵子
 強迫性障害に広汎性発達障害を併存するケースに対する精神療法的な関わりを中心とした治療・対応の工夫を検討した。強迫症状に対しては「強迫観念やさまざまな気になることは持ちつつ,その人なりの生活を大きく崩さず維持できるようになる」ことが目標となる。治療場面で見られるエピソードが外傷と同様の体験とならないようにし,対処を考える契機として活用することが望まれる。治療の進め方,周囲との関わりにはスタッフの関与が必要となるが,一方で対応や介入を行うときの本人の心性への配慮を欠かしてはならない。発達障害を持つ症例では,より早い時点で各症例の特徴を理解することが,きめ細かい治療的対応に結びつくと思われる。
キーワード 強迫性障害,広汎性発達障害,精神療法,森田療法的アプローチ

●なぜ強迫症(強迫性障害)は不安症(不安障害)ではなくなったのか──DSM-5にみる強迫症のこれから──
松永寿人
 強迫症(OCD)は,DSM-Ⅳ-TRまで不安障害の一型とされてきた。しかしDSM-5では,OCDはパニック症や社交不安症などを含む不安症群から分離され,身体醜形症,ためこみ症,抜毛症,皮膚むしり症などとともに,「とらわれ」や「繰り返し行為」を共有する「強迫症および関連症群」という新たなカテゴリー内に位置づけられた。この背景には,病因や病態,治療など他の不安症との相違に関する多くの知見の集積がある。しかし病的不安や回避の存在,うつ病との密接な関連性といった臨床像や病態を含め,他の不安症との共通性も明らかで両者の関係は複雑である。その複雑さには,cognitiveからmotoricなものまで,さらに自閉スペクトラムや嗜癖性障害などとの連続性を含むOCDの広がりや異種性が関わっており,OCDの今後の方向性に関しては,妥当性や臨床的有用性を含めさらに検証が必要である。
キーワード DSM-5,強迫症,強迫関連症群,不安症群,強迫スペクトラム

■寄稿
御嶽山噴火の災害時の心のケアについて
小泉典章
 御嶽山の噴火による犠牲者のご遺族や負傷者への心のケアについて報告する。犠牲者は県外在住者が多かったが,長野県警は身元確認できた全遺族に,全国にある精神保健福祉センターの連絡先一覧を配布している。さらに,持ち主が判明した遺留品を長野県警が直接届ける際に,当センター作成のリーフレットも手渡しした。負傷者はDMATがトリアージし,県内病院に搬送,治療を受け,精神科とも連携している。災害拠点病院の県立木曽病院に,県内初のDPATがこころの医療センター駒ヶ根から噴火翌日に,派遣された(DPAT出動は広島の土砂災害に続き,わが国で2回目になる)。DPATの診察では,誰でも不安になるが正常な反応であること,自責的になり過ぎないよう,また各県にも支援体制があることをお伝えしている。DPATが活動した後,駒ヶ根と当センターの混成の心のケアチームが出動した。DPAT出動や撤退の判断,目的の明確化,他の心のケアチームとの役割分担など,今後の課題となった。
キーワード 災害時の心のケア,御嶽山噴火,DPAT,サバイバーズギルト,PTSD


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