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■特集 「ピア」が拓く新しい支援

第1章 総論:ピアが私たちのサービスに与えるインパクトとは
●「ピアサポート」というチャレンジ—— その有効性と課題——
大島 巌
 世界の地域精神保健福祉活動では,ピアによるサポート活動が活性化し,その活動を精神保健福祉システムに適切に位置づけることが,精神障害をもつ方々のリカバリーやエンパワーメントの観点から重要と考えられるようになった。本稿では,この世界的動向とピアサポート活動の類型を整理し,その意義と有効性を示す。その上で今後発展が期待されるピアサポート活動について,日本における可能性と課題を検討した。
キーワード:ピアによるサポート活動,当事者サービス提供者(consumer providers),ピアサポート支援,リカバリー,経験によるエキスパート

●ピアサポーター活動から見える新しい支援の関係性
門屋充郎
 筆者の40年に及ぶPSW としての実践を,「当事者との関係性」「専門職としての意識」という観点から自省的に振り返った上で,わが国における当事者活動の歴史を概観し,特に帯広・十勝地域での状況,ならびに米国マディソンとの交流を報告する。ピア活動は現在,精神医療の根本を揺るがし始めており,専門職によってはなしえない変化を予兆させる。その促進因子として,ピアの活動のさらなる活性化と,対等性を基本に置いた専門職の育成が重要であることを述べた。
キーワード:PSW の専門性,当事者活動,ピアと専門職の対等性,マディソンモデル,リカバリー

●当事者が望むピアサポート活動とパートナーシップのあり方
宇田川健
 ピアサポート活動はリカバリーを可能にする。現存するピアスタッフと専門職のパートナーシップの問題点について。望ましいパートナーシップは相互に尊敬しあう関係である。これからのピアサポート活動とは,足りないところを補うのではなく,人生を豊かにすることであるべきである。
キーワード:ピア,当事者の望むピアサポート,リカバリー,パートナーシップ

第3章 ピアはどんな場所で,どんな活躍をしているか
●巣立ち会におけるピア活動とは
小林伸匡,田尾有樹子
 社会福祉法人巣立ち会は,これまで社会的入院と言われている人たちの退院支援を行ってきた。退院され地域で暮らし始めた人たちを支援していくプロセスにおいて,専門職の支援とは異なった視点から,さまざまな場面で仲間同士のサポートがとても有用な意味があることに注目することになった。昨今,全国津々浦々,こころの病を経験された人たちが,同じようなこころの病を経験している仲間に対して,さまざまな形で支援している活動が報告されている。
 本稿では,巣立ち会が現在取り組んでいるピア活動の現状を報告しつつ,また,退院促進・地域定着支援におけるピア活動の現状報告とともに,専門家が今後どのように「メンタルヘルスの経験者としての専門家」であるピアと向き合っていくかという課題を提示した。
キーワード:ピアサポート,ピアカウンセラー,リカバリー,傾聴,地域移行

●地域移行・地域定着支援におけるピアサポーター活動:ふあっとモデル
東美奈子
 2003年度より,出雲圏域における精神障がい者をとりまく医療保健福祉ネットワークに支えられながら,ピアサポーター活動を展開している。その活動内容は,(1)定期的に精神科病院を訪問し,レクリエーションや作業療法の中でグループによる関わりをしながら,長期入院患者の退院に対する動機づけを行う,(2)退院支援事業の自立支援員として地域で暮らす当事者モデルとして関わりながら,退院後の生活に向けての支援をする,(3)退院後の生活をする中での支援を行う,というものである。役割としては,(1)生活者モデル・回復者モデル,(2)その人らしさを取り戻す情緒的支援,(3)地域のサービス資源への架け橋,(4)病院職員の意識改革,である。つまり,当事者にしかできない支援である。
 この活動は当事者による当事者のための活動であると同時に,医療従事者の意識改革にもつながる活動であり,ピアサポーター活動により,退院に不安を持つ多くの患者の地域移行や地域定着が進んでいるといっても過言ではない。
キーワード:ピアサポーター,動機づけ,当事者モデル,役割,連携

●大阪府の精神障害者ピア・ヘルパー制度について
行實志都子
 2001年度に,精神障害者ピア・ヘルパー養成事業が大阪で実施された。この事業は,2002年度から始まる精神障害者ホームヘルプサービスが円滑に行われるために,当事者,家族の意見を受け入れ,「当事者にとって利用しやすいホームヘルプサービスの提供」を主目的に,精神障害者ピア・ヘルパー(以下,ピア・ヘルパー)が養成されたものである。養成されたピア・ヘルパーたちは大阪府内において活躍し,その流れが全国的に広がり,現在ピア活動が盛んに行われている基盤を作った要因の1つといえる。そして,誕生から10年が経過した2012年3月に,ピア・ヘルパー連絡会主催として「ピア・ヘルパー誕生10周年記念交流会」が開催された。その中で,人と関わることの楽しさや難しさ,そしてさまざまな制度の狭間で悩んだピア・ヘルパーの姿が明らかとなった。
キーワード:精神障害者ピア・ヘルパー,大阪府,コーディネーター,就労支援,10周年

●JHC 板橋会における当事者活動 ——JHC 板橋会が培い,あたためてきたピア・サポートの成果——
宗像利幸,渋谷 正,田村文栄
 JHC 板橋会では,1989年より日米の専門家,当事者が共に「ピアカウンセリング(相互支援の手法)」と「クラブハウスモデル(相互支援システム)」を学んできた。その哲学は,「当事者は自分たちが使うサービスに自ら参画する権利と責任があり,当事者が専門委員にもなり,常勤やパートの仕事を精神保健福祉システムの中で果たすことができる」と主張している。この間,1992年に日本で初めてクラブハウス「サン・マリーナ」を開設し,1998年地域生活支援センターの設置に伴い,当事者の活動の場の必要性を感じピアカウンセラーの職種を設け,「ピア電話相談」を導入した。これが先駆けとなり「ピアカウンセリング」や「当事者相互支援」はさまざまな領域で関心を呼び,その有効性が認められるとともに,当事者が従来の精神保健福祉の専門家と対等に活動に参画し,力を発揮してきている。しかし,現状ではまだまだ専門家との協働に偏見や無理解の中で葛藤している当事者は多く,今後彼らが自らの可能性にチャレンジできるに充分な活動の場と機会,それらを保障するための行政や専門家による環境づくりと支援が求められている。
キーワード:パートナーシップ,ピアアドボケイト,活動への参画の保障, We Are Not Alone,一人ぼっちにならない・させない

●地域活動支援センターのピアスタッフの役割と展望
磯田重行
 ここでは私(磯田)がピアサポートと出会い,ピアスタッフになるまでの過程,ピアスタッフとして活動してきたことを報告する。これらの活動を通して地域活動支援センターのピアスタッフに求められること,また一緒に働く専門職のあり方を示すことができればと考える。ピアスタッフが地域活動支援センターで存在することが当事者支援の重要な要素であり,彼らの支援が役に立つものであることも示したい。何よりピアスタッフの活躍が精神障害者のリカバリーモデルになること,精神疾患を抱えていても社会の中で役割を担える存在であることを伝えたいと思う。
キーワード:ピアスタッフ,ピアサポート,リカバリー,地域活動支援センター,WRAP

●自分の強みとすべての経験を活かして精神保健福祉士として働く
小川瑛子
 「ピア」の意味を明確にした上で,自分自身の強みと精神科医療ユーザーとしての経験を含めたすべての経験を活かし,精神保健福祉士として専門職の知識を活用する中で,人として生きている現状について述べた。また,人権を意識し,1人ひとりの強みに目を向けて,日頃,精神保健福祉士として,1人の人として働いている様子を紹介し,人の力や可能性に着目して,地域へ広がっていくことを目指すことへの期待を述べた。
キーワード:ピア,人権,ストレングス,精神保健福祉士,パートナーシップ

●ACT チームにおける当事者スタッフ
鈴木 司
 私は精神疾患を抱えながらACT チームで働いている。私のストーリーを語った上で,ACTについて概説し,ACT 当事者スタッフとして働いて感じるところを述べる。
キーワード:ACT,多(超)職種,自己開示

●過渡的雇用におけるピアサポートの役割
澤田優美子
 過渡的雇用とは,クラブハウスの独自の就労体験プログラムである。クラブハウスとは,精神障碍をもつ人たちの心理社会リハビリテーションモデルの1つである。70年近い歴史を有し,世界的に効果を上げている。過渡的雇用は精神障碍をもつ人たちの自信を高めるために特に有効である。筆者は2012年の調査研究において,過渡的雇用におけるピアサポートはメンバーの自信を高める最大の要因であることを明らかにした。本稿では,まず過渡的雇用の概要,次に筆者の過渡的雇用におけるピアサポートの経験を述べる。そして,筆者の調査研究からメンバーたちの生の声を報告し,過渡的雇用におけるピアサポートの役割を考察する。過渡的雇用におけるピアサポートは,スタッフとのパートナーシップと密接に関連している。
キーワード:過渡的雇用,クラブハウス,ピアサポート,相互支援,自信

●WRAP の「ファシリテーター」体験記 —— 1人ひとりが,自分についての専門家——
増川ねてる
 2007年3月,日本で初めての「WRAP ファシリテーター養成講座」が福岡県久留米市で開かれた。以来,1年に数回の頻度で,毎年「WRAP ファシリテーター養成研修」が開催されている。養成研修の開催地も,北海道から沖縄まで全国各地である。そして,現在は200人以上のWRAP ファシリテーターが存在している。
 ここでは,2005年,精神疾患の「当事者」としての活動を始め,2007年よりWRAP ファシリテーターとしての活動を開始,2012年にそれまで受給していた生活保護を廃止し,WRAP ファシリテーターを「職業」として行うようになった筆者の体験を語る中で,WRAP ファシリテーターの役割を記していきたい。「精神疾患」にこだわっていた時期があり,「自己」に意識がいっていた時期がある。そして現在は,自己から発信し,相手の話を聞き,お互いに変化をしていくことを志向するというようになった。自分を,仲間を感じながら,意識は前へ向いている。「当事者」とはなにか,「ピアサポート」とはなにか,WRAP で見ている「ピア」についても,考えていく。
キーワード:WRAP,リカバリー,ピアサポート,ファシリテーター,仕事がしたい

●ピアによるひきこもり支援
成瀬榮子
 セカンドスペースでは現在1人のスタッフ以外は全員当事者で,各人がさまざまな役割を持ち,互いにサポートしつつ役割を遂行している中で,人との信頼関係を構築したり,就業訓練を受けることができるようになっています。法人の事業全体が当事者である会員の手で行われています。会員の方々は発達障害も含め8割以上に統合失調症やうつなど精神疾患があり,集団を利用した認知行動療法を行っています。症状の程度や医学的知識,各人のひきこもり状態や興味等に対する全般的な知識など,対応能力を兼ね備えた力を持っているのがピアサポーターです。筆者は,医師やカウンセラーにない力を持ったピアサポーターの働きが互いに多大な影響を与え,症状の回復や社会復帰にもっとも有効な手段と考えています。
キーワード:ピアサポーター,ピアヘルピング,ひきこもり支援,就業訓練,認知行動療法に基づくピアカウンセリング

第4章 ピアサポート活動の始め方・進め方
●精神科病院においてピアサポート活動をどのように始め,定着させるか —— 精神的困難を経験した人たちと一緒に働く経験から学んだこと ——
中谷真樹
 ピアサポートの有益性への理解は,精神保健サービスの中で徐々に広がっている。中でも,サービス提供者としてのピア(consumer as employee:CAE)は今後拡大していくものと考えられる。組織にCAE を導入することには,課題は多くとも,非常に有益であると実感している。精神科サービス提供機関にCAE を導入した経験から,困難な点を,(1)リカバリー概念が浸透していないこと,(2)役割についての葛藤と混乱,(3)障害情報開示にまつわる問題,(4)ピアの仕事が明確でないこと,(5)ネットワークとサポートの機会の不足,に分けて論じた。ピアサポートを組織に導入するのは,新しい方法論を組織に導入する一般的な手順と異ならない,(1)情報提供,(2)選抜,(3)導入,(4)継続と進展,であることをあわせて指摘した。
キーワード:当事者サービス提供者,consumer asemployee,ピアサポート,当事者雇用,リカバリー

●ピアスタッフとして働きやすい環境とは
添田雅宏
 地域移行・定着支援事業,アウトリーチ支援推進事業などにおけるピアサポーターをはじめとして,ピアスタッフの役割が注目を集めている。本稿では,実際にピアスタッフとして働いている方の思いに焦点を当て,ピアスタッフとして働きやすい環境というテーマでインタビューを行った。その中で得られた知見として,ピアスタッフに対して特別な支援を必要としないこと,自分に与えられた役割を常に意識化すること,障害者として関わるのではなくひとりの人間として利用者と向き合える環境にあること,職場内での意思疎通の大切さなどが挙げられた。また,「ピア」という言葉を使用することへの懐疑的な思いなどが示され,今後の議論の必要性が示唆された。
キーワード:ピアスタッフ,精神的困難を経験した人,専門職,人としてのピア,健常者職員

●ピアサポーターの活動を広げるための取り組み ——日本における研修・相互支援体制——
土屋 徹
 近年,わが国の精神保健福祉分野において,ピアサポーター,ピアスペシャリスト,ピアサポート専門員などの名称を目にすることが多くなった。また,退院促進や地域移行,そしてアウトリーチ推進事業などにも,ピアサポーターがチームの一員として重要な役割を担っている。しかし,専門家の名称や資格制度・研修体制については規定が示されているが,ピア活動については,名称・研修体制・資格認定などについては,まだまだいろいろな人たちや機関が模索している途中である。筆者は,このピアサポートということに関して制度や資格を確立していくことも大切であると思うが,まずは日本に「ピアサポート」という言葉や認識を広めていきたいと活動してきた。未知の可能性と期待が広がるピアサポート。この項では筆者の取り組みや想いを紹介しながら,考えるきっかけを作っていきたい。
キーワード:ピアサポート,研修,多職種,リカバリー,ピアサポーター

●クラブハウスにおけるパートナーシップ形成
寺谷隆子,宗像ハツミ,下田路子,西根博貴
 パートナーシップとは,尊敬と温かさに裏打ちされた日常的な相互交流と対等な相互信頼を基盤とし,課題と希望を共有して共に行動する仲間同士の関係を意味する。クラブハウスモデルはこのパートナーシップを理念とし,メンバーによる計画・決定・担い手の3層への参加を基本としながら,地域へと架橋する共同活動である。本稿では,クラブハウスの起源と国際基準の理念を概説した上で,日本における取り組みとしてJHC 板橋「サン・マリーナ」の実践を紹介し,メンバーとのパートナーシップ形成が未来に希望をもたらす支援体制の新機軸であることを述べた。
キーワード:ストレングス,エンパワメント,インクルージョン,リカバリー,イノベーション

●アメリカの実践例
相川章子
 アメリカにおけるピアサポートの動向を述べた上で,当事者によるサポートグループを展開する事例,ピアサポートセンターを展開する事例,医療および地域の中でチームの一員として働くピアスペシャリストの事例の3つを紹介する。また,2000年にジョージア州で始まった「認定ピアスペシャリスト」制度について,制度化の背景,プロセス,仕組み,トレーニングシステムなどについて整理し,“経験”を生かす新たな専門職としてのあり方を提示する。その上で,ピアスペシャリストの有効性と課題についてまとめ,雇用をめぐる環境課題を整備する前提で,伝統的な精神保健福祉を変革していくキーパーソンであるとした。日本のこれからの精神保健福祉サービスには,経験のある当事者から,経験のない専門職は学び,協働していくことが必要であると述べた。
キーワード:プロシューマー,リカバリー,認定ピアスペシャリスト,ピアサポートセンター,経験

●イギリスの精神保健福祉サービスにおけるピアサポート —— リーズ市・ブラッドフォード市での実践——
平 直子
 イギリスでは,精神保健福祉サービスへの精神医療ユーザー(以下,ユーザー)の参加が重要な概念となっている。ユーザーが支援の提供,権利擁護活動,サービスの評価などさまざまな形で精神保健福祉サービスに関わるとともに,近年,支援機関でのユーザーの雇用が進んでいる。
 本稿では,ブラッドフォード市,リーズ市の精神保健福祉サービスに焦点を当て,医療におけるピアサポート,革新的でユニークなピアによるクライシスサービスと権利擁護活動について報告する。日本でピアサポート活動を普及・定着していくには,ユーザーのもつ力の認識,政策としてのピアサポートの推進などが必要だと考えられる。今後,イギリスなどを参考にユーザーの力を活かすシステムを構築していかねばならない。
キーワード:ユーザー,経験によるエキスパート(experts by experience),ユーザーの参加(user involvement)


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