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■特集 これからの地域精神保健:大震災の経験から学ぶ

第1章 総論:住民の心の健康を支える地域精神保健
●地域精神保健の歴史と現状
江畑敬介
 米国の1人の精神障害者ビーアズ, C.は1908年に「A Mind That Found Itself」(『わが魂にあうまで』)を公刊し,精神衛生運動を開始した。精神障害者に対する処遇と治療を改善し精神疾患の予防を図る運動は,その後全米に広がり,さらに世界各国に普及し発展した。その精神衛生運動は,米国において1960年代に開花した地域精神医療の時代の底流となった。またわが国における精神障害者に対する処遇の歴史を見ると,(1)加持祈祷が中心の時代→(2)監護と治安に重点をおいた時代→(3)入院治療に重点をおいた時代→(4)精神障害者の人権に着目された時代→(5)福祉施策の対象としても位置付けられるようになった時代→(6)地域精神医療の時代への芽,として時代分類できるであろう。しかし時代的推移は一挙に完全に移行しているわけではなく,重層的に漸進的に移行している。
キーワード:ビーアズ,C.,精神衛生,精神保健,地域精神医療

●地域精神保健のありかた
宇田英典
 震災などの大きな健康危機事象が発生すると,危機時の対応を通じ平時の活動の課題が見えてくる。震災後のこころのケアの経験を,平時における地域精神保健に活用していくことが重要である。すなわち,災害後の精神的反応としてのさまざまな状態像や精神疾患,精神保健上の問題へどのように対応するかだけではなく,家庭や地域社会などへどのような対策を講じるべきか,個別事象,地域社会の両面から考え,対応していくべきである。そのためには,特定の集団に対するハイリスク・アプローチと,共通のリスク要因(震災体験)の軽減を目的として地域社会全体に働きかけていくポピュレーション・アプローチを組み合わせて実施することが大切となる。その際,地域住民を交えたネットワークが基本となる。
キーワード:保健所,公衆衛生,ハイリスク・アプローチ,ポピュレーション・アプローチ,ネットワーク

●福祉の立場から望む地域精神保健
増田一世
 3.11東日本大震災は未有の被害をもたらし,私たちの暮らしの基盤が極めて脆弱であることを実感することになった。この大災害で死亡した障害のある人は障害のない人の2倍であるという事実も明らかになった。本稿では,この大震災に障害のある人がどのような状況にあったのか,さらに「やどかりの里」という精神障害のある人への支援を行う実践現場から見えてきたことに触れつつ,現在進行中の障害者制度改革の方向性を明らかにしたい。さらに障害者支援に従事する立場から,こころの健康政策構想会議の提言も含め,障害のある人も住民の1人として,すべての住民の心身の健康を守るために必要な地域支援システムのあり方について考えてみたい。
キーワード:3.11東日本大震災,権利としての健康,こころの健康政策構想実現会議,障害者制度改革,やどかりの里

●欧米の最新の地域精神保健――若者への早期支援システムから見る地域精神保健のイノベーション――
山崎修道,西田淳志,安藤俊太郎,小池進介
 本稿では,欧米の最新の地域精神保健について,オーストラリア・メルボルンの若者向け早期支援サービスを例に紹介する。メルボルンのシステムは,(1)サービスの入り口でのトリアージ(Youth Access Team),(2)スティグマを与えない環境での入院医療サービス,(3)ケースマネジャーやピアサポートワーカーによる外来サービス,(4)地域の中の包括的サービスに組み込まれた精神保健サービス(Headspace)が特徴である。また,スタッフの「兼務」体制が,シームレスなサービス提供を支えている。今後の日本の地域精神保健体制をイノベーションしていくためには,(1)サービスを当事者に届けるシステム,(2)地域に責任を持つキャッチメントエリアの重視,(3)当事者・家族を巻き込んだサービス運営と評価が非常に重要である。
キーワード:早期支援,地域精神保健システム,心理社会的支援,包括的サービス,マネジメント

第2章 震災の経験から明らかになった精神保健のあり方
●宮城県・東松島市の経験から
門脇裕美子
 東松島市における震災後のこころのケアでは,犠牲者を防ぐべく自殺予防を視野に,常に変化する被災者の心理状態やニーズに合わせて支援を行った。このような,相手の気持ちやニーズに寄り添う支援がこころのケアにおいては重要であり,それは平常時の精神保健・医療においても原点となるものであった。
キーワード:東日本大震災,こころのケア,自殺予防,ニーズベースアプローチ,アウトリーチ

●福島県・相双地区の経験から
須藤康宏
 2011年3月11日午後2時46分,地震と大津波が東北地方の太平洋沿岸を襲った。翌日の福島第1原子力発電所の事故,それに伴う風評被害と,福島県は四重の苦難に見舞われた。特に「相双地区」と呼ばれる浜通り北部は壊滅的なダメージを受け,津波の被害も甚大ながら,原発から半径20キロ圏内が警戒区域に指定され,住民が立ち入ることができなくなった。無論,精神科医療・保健・福祉の領域も例外ではない。
 本稿では,まず発災時に筆者が勤務していた小高赤坂病院(現在は休院中である)の避難の様子を大まかに伝え,福島県相双地区の精神科医療・保健・福祉の実状がどうだったかを整理していく。その上で,今後当地域において新たにシステムを構築し,展開しようとしているメンタルケア事業について報告する。
キーワード:原発事故,臨時精神科外来,保健的アウトリーチ,地域精神保健,ニーズ・ベイスト

●女川町地域保健再構築に向けた取り組み
平山史子,宮川暁子,粕谷祐子,横井純子,高橋文子,佐藤由理,木村るみ子,菅原諭子
 東日本大震災により,女川町は甚大な被害を受けた。住民の健康を守る拠点である保健センターも津波により全壊し,健診データなどすべて流失してしまい,これまで築いてきた地域保健システムがなくなった。また,多くの住民が被災した上,家族や身内を亡くすなど心のケアへの対応が求められていた。
 今回,1人ひとりに対する心のケアに加え,地域全体で考え支えていく体制も構築していくこととし,「地域の体制づくり」そして「人材育成」に取り組んだ。女川町を主体とし,鹿児島県の宇田英典先生をはじめ保健師の方々にご指導をいただきながら,宮城県精神保健福祉センター,東部保健福祉事務所(石巻保健所)母子・障害班がともに取り組んだ事業である。
キーワード:再構築,地域コミュニティ,ここから専門員,聴き上手ボランティア,こころのケアスタッフ

●岩手県・釜石市の経験から
高橋大輝
 私が住む岩手県釜石市は,3月11日の東日本大震災により甚大な被害を受けた。被災地をご覧になっていない方のためにも,まずは震災後の現状について述べさせていただく。またその中で感じた支援者としての葛藤や課題を明確にした上で,今後のまちづくりや,その中でソーシャルワーカーに期待される役割についても考察していく。
キーワード:コミュニティワーク,まちづくり,地域住民との協働,自立支援協議会,ソーシャルワーカーの専門性

第4章 地域の特色を生かした精神保健の取り組み
●千葉県東部における精神保健の取り組み――精神科多職種アウトリーチと中核地域生活支援センターとの連携――
渡邉博幸,吉野智,高野則之,色川大輔,長谷川信也,青木勉
 千葉県には,人口稠密な都市部と過疎化が進む田園地域の2つの経済圏がある。後者に位置する旭中央病院精神科では,病床ダウンサイジングとアウトリーチシフトを積極的に展開している。その推進力になるのが,多職種アウトリーチチームと県単独事業である中核地域生活支援センターである。両者の協働により,長期入院者の退院支援,新規グループホームの立ち上げが実現し,救急事例化への早期介入や非自発入院の防止が可能となった。
 このような仕組みは,複合的な生活困難をかかえた当事者・家族への支援を効果的に行うための,1つの医療福祉連携モデルとなり得る。
 また,当事者のみでなく,その支援者にとっても,仕事の自己効力感を保ち,職業人として成長していくための大切な研修教育的な実践の場であることを実感する。
キーワード:多職種連携,精神科アウトリーチ,中核地域生活支援センター,災害精神医学

●3.12長野県北部地震の経験を通して,新たな地域精神保健の構築を考える
小泉典章,上島真理子
 2011年3月12日,長野県北部を震源とする震度6強の地震に被災した,栄村に対する災害時の心のケア活動の実際を述べた。長野県精神保健福祉センターでは,北信保健福祉事務所や栄村役場と連携し,精神科医による個別相談会の実施,アウトリーチ活動,地震災害に伴う当センターの電話相談,チラシの配布,村民対象の講演会,自殺予防ゲートキーパー養成研修会などの心のケア活動などを実施したが,災害時の心のケア活動は自殺対策と共通点が多いことに気づかされた。精神保健福祉センターは心のケアセンター機能として,平時でも災害時の心のケアマニュアルの作成,相談窓口の設置,災害時の心のケアの研修を担う点について触れた。栄村での新たな地域精神保健の中長期的なシステムの構築は,農村部の地震災害の被災者の心のケア活動のモデルになる可能性がある。
キーワード:災害時の心のケア,精神保健相談,アウトリーチ,自殺対策,PTSD

●保健所の統廃合――精神保健活動を阻害する現状と課題――
高橋貴志子
 憲法25条(生存権)は,国の責務として社会福祉,社会保障,公衆衛生の向上と増進に努めるよう規定しています。しかし,公衆衛生機能としての保健所は,地域保健法の制定以降減り続け,広域化と人員削減の中で,十分な機能を果たせていません。また,都道府県業務が市町村に移行する過程では,年齢別・疾病別・障害別に保健師の分散配置が進み,赤ちゃんからお年寄りまで人々の暮らしを丸ごととらえた活動の視点が,業務の多忙化とあいまって弱まっています。貧困と格差の広がりは,心の健康にも大きな影響を与えています。保健所に「複雑・困難事例」としてあがってくる事例の背景には,雇用破壊や家族関係の崩壊,不適切な住環境や食生活などがあり,それらを公衆衛生の課題としてきちんととらえた活動,施策化,連携が求められています。
キーワード:公衆衛生,地域保健法,地区担当(分担)制,地域,ネットワーク

●長崎県早市におけるACT の実践で見えてきたもの
田島光浩
 長崎県早市でACT を実施した。ACT は重い精神障がいを持つ方が地域生活を行うために,医療や福祉のサービスとそのニーズをつなぐケアマネジメントの1つ。重い精神障がいを持つ方が地域生活をしていくにあたり,大切な支援方法の1つであるが,ACT だけですべてを支えられるわけではない。生活の場に頻回に訪問し,生活支援の中で医療評価を行うことで,状態悪化の兆しの段階で解決していくことが新しい地域精神医療の1つの形になる可能性を探り,薬物調整だけに留まらない本人の持っている強みに着目した,病院の入院機能に過度に頼りすぎない支援方法の確立を目指した。
キーワード:ACT,ケアマネジメント,相談支援事業所,有機的連携,地域精神医療

第6章 地域精神保健を発展させる取り組み
●自殺希少地域-徳島県旧海部町に見る,援助希求を促す環境づくり
岡檀
 自殺希少地域である徳島県旧海部町を対象に調査研究を行ってきた結果,同町のコミュニティには自殺の危険を抑制すると考えられる5つの因子があり,なかでも,住民の援助希求に関する意識や態度に特徴が見られた。海部町は医療圏内でも特にうつ受診率が高く,しかも軽症で受診する者が多い。住民の日々の交流と情報交換により隣人の異変に気づくのが早いという点に加え,本人に直接指摘すること,指摘されることへの抵抗が小さい。うつを含む精神疾患への偏見が小さく,治療を受けている者を疎外しないという風土がある。調査から明らかになった海部町の住民気質の特徴――排他的気質が弱く,他者への評価は人物本位思考が強いという傾向も,住民の援助希求に対する心理的負担を緩和していると考えられる。海部町住民の援助希求は,当事者の意思と行動だけでなく,当事者を取り巻く人々の意識や態度,帰属するコミュニティの共通理念により支えられてきたと考えられる。
キーワード:自殺希少地域,自殺予防因子,援助希求,コミュニティ特性

●人への思いが人を支える
桜井なおみ
 東日本大震災を契機に被災地の癌患者支援活動として全国展開された「ワンワールド・プロジェクト」を例に,地域精神保健活動の必要性について紹介する。特に活動を通じたピア(当事者同士:癌経験者,家族)による支援が癌罹患に震災という地域社会との二重の孤立感を解消することの効果や大切さ,「人の役に立ちたい」というピアならではの思いがどのようにつながり,「地域精神保健活動」として機能したのか。さらに,ピアが介在することで現地での医療者と患者の距離間をどう縮め,被災者でもある医療者への「精神的支援」や「モチベーションの維持」に貢献したのかについて報告をする。まとめでは,「被災」を「教訓」に変えていくためのネクストステップについての方策を提案する。
キーワード:癌,ピアサポート,患者支援,心のケア,サバイバーシップ

●ケアする人をケアする取り組み
堀越栄子
 ケアに行き詰まり虐待,自殺,無理心中,殺人が起こっている。介護保険が始まっても,介護者の6割は悩みやストレスを感じている。2010年度に実施したケアラー支援調査によれば,ケアラーのいる世帯は5世帯に1世帯であった。身体の不調を感じている人は2人に1人,こころの不調を感じている人は4人に1人以上いる。後者の20人強に1人は受診したくてもできていない。またケアラーは,負担感・孤立感・罪悪感などの問題を抱えている。ケアラー支援は国民的課題であり,ケアに関わる問題はケア関係にある「ケアを必要とする人」と「ケアラー」の両当事者を取り上げてはじめてその全体像が把握でき,問題解決につながるにもかかわらず,ケアラー支援策はないに等しい。本稿ではケアラー支援の必要性とケアラー支援策について提言する。
キーワード:ケアラー(家族など無償の介護者),包括的地域生活支援センター(仮称),千葉県中核地域生活支援センター,ケアラー支援センター

●コミュニティメンタルヘルスと生活支援――精神保健福祉の実践活動を通して――
酒井昭平
 筆者の精神科病院と精神障害者社会復帰施設での勤務と,阪神・淡路大震災からの震災への関わりを通して取り組んだ「コミュニティメンタルヘルスと生活支援」について述べた。
 筆者の関わった地域精神保健・福祉活動は,支援者側からの発想,視点による活動が多く,個人の病理,問題としてのメンタルハイジーン,生活問題の捉え方の域を超えられなかった。また,保健所,市町村などとの連携の方法,技術が未熟であったし,継続性,持続性のある展開ができた活動は少なかった。度重なる震災の経験からの学びは,生活の復旧,メンタルヘルスに関する問題は,特定の人,病者,災害弱者のみの問題でなく,市民・住民の誰にでも関係することであること。日常の地域におけるメンタルヘルス活動,生活支援活動のあり様が,災害時の機能を左右する。よって,日常のメンタルヘルス計画と実践が必定であることなどである。
キーワード:メンタルハイジーン,コミュニティメンタルヘルス,生活支援,ネットワーク


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