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■特集 「リカバリー」再考:生きがいを支援する

第1章 総論:「リカバリー」概念の歴史と意義
●リカバリー概念の歴史
田中英樹
 リカバリーを基にした新しいプログラムや支援技法がわが国にも紹介され,その実践が始まっている。小論では,アメリカ発のリカバリー概念をわが国独自の課題に合わせて歴史的に考察する。リカバリーは,セルフヘルプ運動,権利擁護や自己決定,精神障害リハビリテーションの新たな目標概念の模索という3つの思想的起源を持つ。そして現在のリカバリー概念は,その重要性を共有する段階から,科学と結びつけて修得する具体的なプログラム開発の段階に発展している。しかしリカバリーは,専門家主導で精神障害当事者にトレーニングすることではない。リカバリーは当事者発の思想であり,わが国がリカバリーの歴史から学ぶことは,精神障害当事者や家族のニードに耳を傾けることや権利を理解すること,スティグマや偏見,制度的な差別や劣悪な生活の実態を取り除く努力,そしてリカバリーは個人が独力で達成できるものではなく,多くの支援が必要になると結論づけた。
キーワード:リカバリー,コミュニティケア,第三のパラダイム転換,セルフヘルプ運動,当事者発の思想

●リカバリーとリカバリー指向のケアシステム
木村真理子
 リカバリービジョンは1990年代,精神病の経験をもつ本人,精神障害リハビリテーション専門家,研究者など,いくつかの立場を異にする流れが合流して,精神障害リハビリテーションサービス分野の政策およびプログラムの中核を構成する要素として注目を集め,今日に至っている。現在は,個人の経験や臨床的なリカバリーの事実を個人のレベルにとどめるのではなく,精神保健ケアシステム上の精神保健変革を求める課題が先進諸国の関心を集めている。この議論の焦点は,精神保健システム変革の過程で,どのように当事者の役割を中心に位置付け,本人の志向するリカバリーを支援するプログラムを作ることができるかである。本稿では,明らかにされつつあるリカバリー概念を概観した上で,精神保健システム変革の流れと実践の現状を紹介し,リカバリー指向のケアシステムにおける人材養成の課題とプログラム内容の関係について論じることとする。
キーワード:リカバリー,リカバリー指向のケアシステム,精神保健システム変革,コンピテンシー

●〈リカバリー〉と〈リカバリー概念〉
後藤雅博
 リカバリー概念の議論は,それぞれの立場での強調点の違いによるものであり,当事者の生きられる〈リカバリー〉とは違うことを述べ,脱施設化とノーマライゼーション,権利擁護,EBPが十分でない日本的コンテクストで安易に専門家がリカバリーを要求する危険性について言及した。当事者のオリジナルな言語を共同体の中で公共化するプロセスの重要性と同時に,〈リカバリー〉を成立させるコンテクストとしての脱施設化,ノーマライゼーション,権利擁護が実現できているかを検証することが,専門家と社会の役割として要求されていることを述べた。
キーワード:ノーマライゼーション,権利擁護,脱施設化,EBP,障害受容

●障害論から見たわが国におけるリカバリー論の展開
野中 猛
 障害および障害者をめぐる,主にわが国における諸論考と,1980年代後半にアメリカ合衆国において始まったリカバリー論との関連について述べた。障害構造論では「体験としての障害」,障害受容論では「社会受容」や「相互受容」,障害学では「シチズンシップモデル」,障害者運動論では「平等派」と「差異派」の視点,ナラティブでは「語ることの意味」についての中井や清水の論考,援助関係論では三村の「障害関係論」や新井の「協同者」に関する論考について紹介した。これらの障害論はそれぞれ独立しており,統合するのはこれらの刺激を受けた当事者や援助者の生き方であるものと期待する。
キーワード:障害構造論,障害受容,障害学,障害者運動,ナラティブ

第4章 リカバリーを支援する技術
●リカバリーを支援するための技術総論――どのような理念,支援構造,技術がリカバリーを促進しうるか――
池淵恵美
 リカバリー支援の基本は,「回復することが可能であること」を信じていること,当事者が主体であること,人生の支援であることである。それを実現する支援構造として,主体的な生活の場が確保されていること,本人が自分の力で選んでいくことを保証する人生の選択肢が豊富に準備されていること,仲間集団があり,リカバリーモデルの存在にふれることができることの3つがあげられる。こうした理念と支援構造のもとで,自ら意思決定することを援助する技術,継続的に回復を支援していくために援助関係を確保する技術,精神障害についての見通しを得るための心理教育,不安・苦痛・絶望や,症状に対処していくツールとしての認知行動療法,当事者が主体となるための技術,仲間をはぐくむ技術,生きがい・人生を支援するケアマネジメントなどの技術が生かされる。
キーワード:リカバリー(回復),統合失調症,認知行動療法,心理教育,ケアマネジメント

●地域生活はリカバリーそのもの――地域生活支援の立場から――
上野容子
 地域生活支援の現場では,精神障害がある人たちと地域で身近に共にいる経験をとおして,「患者」ではなく,「生活者」として捉え,生活の場でその人が元来もっている多様な生きていく強さを見る機会に遭遇してきた。それはまさにリカバリーそのものである。しかし,わが国では,1970年代の地域生活支援の現場からこのような活動を発信しても,「医療を知らない素人の声」として扱われがちであった。医療や薬が進歩してきた近年,エンパワーメント,ストレングス,リカバリーなどの用語が,新しい概念や援助手法のように取り上げられており,しかも諸外国からの輸入物として導入されているが,日本各地の先達の地域生活支援活動の中に,実践に基づいた地道で多くのエビデンスを生み出してきている活動もあることも改めて注目すべきである。
キーワード:地域生活支援,地域,市民,自己選択・自己決定,相互互助

●ケアマネジメント――その人の持ち味を活かすストレングスモデル―
栄セツコ
 ストレングスモデルは,クライエントやクライエントを取り巻く環境のストレングスを活用して,クライエントのリカバリーを目指すケアマネジメントの一類型である。本稿では,ストレングスモデルの開発の背景,ストレングスモデルに基づく実践に役立つ重要な概念と6つの原則について紹介し,ストレングスモデルの機能にそって,リカバリーを支援する技術(スキル)について提示した。
キーワード:ストレングス,対話(dialogue),協働(collaboration),可能性の開かれた生活の場

●リカバリーに果たす心理教育の役割
三輪健一
 統合失調症の事例を通して,リカバリーに果たす心理教育の役割を検討した。診断を受け容れず就労への焦りが強い事例に対して,病名告知はいったん保留した上で,本人の希望に添って援助していった。統合失調症の当事者や家族にとって,病気を受容することはなまなかのことではない。心理教育は,当事者や家族に「回復することが可能である」という「希望」を伝えられるものでなければいけない。心理面への十分な配慮をしながら情報を伝え,困難に対する対処法を習得してもらい,主体的に療養生活を営めるようになってもらうことが目指される。
キーワード:リカバリー,心理教育・家族教室,精神科リハビリテーション,心理教育的面接,統合失調症

●認知行動療法としてのSST
皿田洋子
 精神障害を抱える患者および家族への援助のねらいは,症状の改善のみでなく,生きる力の回復,リカバリーである。それを援助する有効な方法の1つに認知行動療法としてのSSTがある。SSTは安心して自分が出せる雰囲気の中で,1人ひとりの目標,希望の達成に向けて,参加者がお互いに協力しあってロールプレイによる行動練習を行い,よかったところをフィードバックし,さらによくするための方法を考え,練習を繰り返す流れですすめられ,最後に学習した行動を日常生活で実行していく。自分の考えや気持ちを相手にうまく伝えるコミュニケーション技能が向上し,同時に,自信のなさ,うまくいかないのではという自己認知の改善にも効果的である。また,グループの中で受け入れられたという体験が,自己の回復,リカバリーの促進につながっていくのである。
キーワード:リカバリー,SST,認知行動療法,精神障害,家族支援

●WRAP:元気回復行動プラン――1人ひとりが,自分についての専門家――
増川“ねてる”信浩
 誰しもが自分の人生の中で,自分の「生活の工夫」や「生きる知恵」を獲得して生きています。「人生」というところで見れば,1人ひとりが自分の専門家。WRAPは,自分の持つ「工夫」や「知恵」をいつでも使えるようにする手助けをしてくれます。また,WRAPを通して,それらの「道具」を他の人と「交換」することもできます。
 WRAP(元気回復行動プラン)は,「さまざまな種類の身体的な問題や精神的な困難をもつ人々によって開発され,利用されているシステム」です。その背景には,困難があっても,人生を取り戻し,幸せな生活を送ろうという努力を積んできた人たちの姿があります。
 専門家であるお互いから学ぶということ。ここでは,WRAPとの出会いから,WRAPを作るのが困難だった時期を経て,日常生活に取り入れていくようになるまでの,筆者の4年間の体験をお伝えします。その後は,是非皆さんのこともお聞かせください。道具や思いを,交換していきましょう!
キーワード:WRAP,元気,リカバリー,元気に役立つ道具箱,交換

●当事者研究――自分自身で,ともに――
向谷地宣明
 当事者研究はべてるの家や浦河赤十字病院精神科で毎週行われている「自分を助けるプログラム」である。統合失調症などのさまざまな苦労や生きづらさを持ちながら地域で暮らす当事者の活動のなかからはじまり,発展してきた。その特徴は,当事者のかかえる幻覚や妄想も含めた困難な世界に共に降り立ち,家族や専門家と当事者が連携していきながら,その苦労のパターンや成り立ちを理解し,生活のなかに活かせる対処法やアイデアを編み出していくことにある。また,単に問題を解消していくこと以上に,当事者が「自分の苦労の主人公になる」(まさに当事者になる)ことを大切にしている。当事者研究のなかでわかってきた苦労の構造や対処法(「幻聴さんとのつき合い方」「緊張の解消法」など)は,基本的にはそれぞれの当事者固有の「オーダーメイド」のものであるが,応用が可能だったり,他の当事者の参考になったりすることも多い。
キーワード:当事者研究,オーダーメイド,苦労のパターン,自分の助け方,自分の苦労の主人公になる

●精神障がいをもつ人々のリカバリーを支援する共同意思決定
福井貞亮
 外来診療での精神科治療薬に係るShared Decision Makingに焦点をあて,その概念や技法についてアメリカの議論を中心に紹介する。
キーワード:共同意思決定,リカバリー,精神科治療薬


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