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■特集 〈失敗学〉から学ぶ精神科臨床サービス

第1章 総 論
●精神科臨床における失敗の特質と意義――失敗が支える臨床サービス――
福田正人,大舘太郎,熊野大志,平岡敏明,黒崎成男,野崎裕介
 精神科臨床における失敗の特質と意義を以下の8 点にまとめて述べた。(1)失敗はわかっているのに「ついしてしまう」という形で現れやすい。(2)実学である精神科臨床サービスにおいて失敗の積み重ねは本質的な過程である。(3)失敗をなくしていくためには見通しを持つことが重要である。(4)しかし失敗を認識し評価することは意外に難しい。(5)失敗を生かすためには形として残すことが重要である。(6)失敗を生かすことが難しいのはそれが情意の反応として実感され意識化しにくいことに由来する。(7)精神科臨床サービスを向上させるために失敗を当事者と共有できるシステムが必要である。(8)当事者が感じている失敗を共有し援助できる工夫と仕組みが求められる。
キーワード:精神科臨床サービス,失敗,実学(応用科学),ソマティック・マーカー

●失敗学から見てスーパービジョン,カンファレンスは何故必要か?――失敗学で失敗しないために――
丸田俊彦
 失敗学の法則を出発点とし,精神科臨床への失敗学応用の問題点を念頭に置きながら,DSM-WやEBM ,「甘え」,精神科救急などとの関連で,カンファレンスで何を学び,スーパービジョンを通して何を伝えるかを考察した。
キーワード:失敗学,カンファレンス,スーパービジョン,間主観性

●統合失調症の薬物療法と病名告知に関する失敗学
八木剛平
 精神科臨床サービスに失敗学を応用する初めての試みとして,近年の新薬導入に先立つ薬物療法の失敗(非可逆性・致死性副作用の増加)と「精神分裂病」の呼称変更に先立つ病名告知の失敗(「病名ショック・絶望症候群」の発生)を取り上げ,その要因と「からくり」を探った。とくにそれぞれの「失敗のからくり」を分析して,非定型抗精神病薬による薬物療法にも再び当事者の健康を損なう危険が,また「統合失調症」の病名告知にも再び当事者や家族に士気喪失をもたらしかねない危険が潜在していることを指摘した。
キーワード:薬物療法,非可逆性・致死性副作用,非定型抗精神病薬,病名告知・士気喪失症候群,統合失調症

第2章 失敗事例から学ぶ――臨床技法別
●失敗学から学ぶ薬物療法
犬塚敦志,今村弥生,吾妻ゆみ,千住秀佳,小澤寛樹
 精神科薬物療法の過程では,程度も質も多様な「失敗」が発生し,それぞれから学ぶことが可能であるが,本稿では,一見すると患者・治療者にとって,全くメリットのない,失敗以外の何物でもなさそうな状況として,処方薬の大量服薬と,拒薬の状況を選び,そこから学ぶことを試みた。いずれの状況も向精神薬がメッセージの媒介として使われている点は共通しており,患者・治療者双方が薬物に対して単純に症状を除去するもの以上の意味付けをしている。また精神科においては多剤併用・大量療法が実は治療者側の最大の失敗といえるが,なかなか見えにくい存在である点が問題でもある。薬物によって症状と共に消されてしまいがちなメッセージや薬物療法よりも大事な「言語介入」について注目したい。
キーワード:失敗学,大量服薬,拒薬,多剤併用・大量療法,希望

●Fluvoxamine からparoxetine への切り替え中に有害事象が出現したうつ病の1例
堀輝,吉村玲児,堀広子,中村純
 今回我々はfluvoxamine からparoxetine への切り替え中に有害事象が出現したうつ病の1 症例を経験した。治療薬物濃度モニタリング(TDM )を行なったところ,fluvoxamine 200 mg 単剤時の血中fluvoxamine 濃度は128 ng /ml であったが,parox -etine 20 mg をfluvoxamine 150 mg に併用したところ血中fluvoxamine 濃度は224 ng /ml へと上昇し,有害事象が出現した。その後,paroxetine を中止しfluvoxamine 150mg 単剤で経過観察したところ,血中fluvoxamine 濃度は95 ng /ml へ低下し,有害事象は消失した。Fluvoxamine は主にCYP 2 D 6 と1 A 2 で代謝され,paroxetine はCYP 2D 6 の強力な阻害作用を持つため,併用時にはfluvoxamine の血中濃度が上昇する可能性があり注意が必要である。
キーワード:paroxetine ,fluvoxamine ,薬物相互作用,血中濃度,治療薬物モニタリング

●精神療法における「失敗」の対象関係
奥寺崇
 精神分析理論の1つである対象関係論の視点から,精神療法における失敗の現象学的理解を試みた。倫理規範の逸脱,精神療法の可能性を吟味しないといった明らかな失敗について,それぞれ,Fairbairn の指摘する興奮する対象関係,拒絶する対象関係から考察した。
 次に,臨床素材を示し,ユーザーの言動への理解を深めることが精神分析的な精神療法の本質であることを指摘した。その場合の手がかりとして,Parsons の「耳を傾ける水準」,Schwaber の「精神分析的聴き方」という考えを紹介した。また,精神分析的な治療には養育を矯正する要素があるという中久喜の主張から,このような理解の深まりは精神分析の歴史であり,したがって,精神分析的な精神療法は個体の発達に似た,ユーザーの心情について理解を深めてゆく過程であると考えられる。
 失敗の対象関係について考えることは精神療法のあり方を考える際に極めて有用であるといえよう。
キーワード:興奮する対象関係,拒絶する対象関係,耳を傾ける水準,精神分析的聴き方,矯正的養育体験

●失敗という精神療法過程――失敗を精神力動的に考える――
白波瀬丈一郎
 力動的精神療法を患者が自らについて理解を深めていく作業と捉え,その作業に協力するのが精神療法家の役割であり,一方それに反する精神療法家の言動が力動的精神療法における失敗であるとした。こうした失敗は精神療法過程で必然的に生じるものであり,失敗かどうかを批評するのではなく,失敗を精神療法過程の進展のために役立てていこうとする努力が精神療法家の重要な役割である。加えて,失敗を最小限にとどめるための努力もまた重要であり,その努力として治療を構造化することとスーパービジョンを受けることの2つが挙げられる。
キーワード:力動的精神療法,治療機序,治療の構造化,スーパービジョン

●患者の両親関係を見立て介入する
中村伸一
 思春期・青年期を含むこどもの症状や問題で来院する両親に介入する際の原則を示した。両親関係の見立てが重要であることを述べ,それらを単純化した3種のモデル(open fight , united front , over -/under -functioning )を示し,それぞれのモデルで治療者として陥りやすい問題点と介入上の注意点を指摘した。
キーワード:家族療法,両親関係,介入原則

●集団精神療法,集団力動と「失敗学」――治療的膠着状態と集団のマネージメント――
権成鉉
 私は対象関係集団精神療法において膠着状態に陥った症例と精神科クリニックの集団のマネージメントについて「失敗学」の視点から述べ,考察した。
 失敗学でいう,失敗の構造の3要素,つまり,要因,からくり,そして結果という脈絡から治療経過や集団のマネージメントを概観することは有用であると考えられた。特に治療的膠着状態を考える時の転移―逆転移関係や集団力動に,要因とからくりという視点を持ち込むことで,理解が容易になることを示唆した。
 集団のマネージメントでは集団に出現しやすい分裂という現象を「失敗の脈絡」からの予測として論じた。またスタッフ・ミーティングやスーパービジョンを「仮想演習」という視点からも述べた。
キーワード:対象関係集団精神療法,失敗学,要因・からくりと集団力動,対象の分裂,スタッフ・ミーティング・スーパービジョンと仮想演習

●作業療法士が陥りやすい落とし穴
香山明美
 作業療法士は,作業活動を通して対象者の健康的な側面を引き出し,その人らしい生活ができることを目指していく。対象者の健康的な側面に着目するがゆえに陥りやすい,作業療法士の落とし穴があると感じている。
 本稿では筆者の失敗体験を紹介し,作業療法士が陥りやすい落とし穴を整理し,その対応策を考察した。どんなに経験を積んでも,失敗をしないように準備をしていたとしても,やはり同じ落とし穴に落ちてしまうことが多い失敗は完全に防げるものではないが,その予防策としての自分の臨床を客観化する作業の重要性を強調した。
キーワード:作業療法,健康的な側面,落とし穴,客観化

●失敗事例から学ぶ「SST 」
皿田洋子
 SST の技法はきわめて単純明快で,少し訓練すれば実施が可能である。しかし,それだけに注意は必要で,常に患者に役立っているかの検討は大事である。今回は筆者の経験から失敗事例5例を呈示し,その失敗の背景に何が不足していたかを明らかにしながら,効果的なSST 実施に向けて配慮すべき点を論じた。
キーワード:SST ,失敗事例,統合失調症

●ソーシャルワーク実践における利用者からの学び
寺谷隆子
 ソーシャルワーク専門職は,人間の福利の増進を目指し,社会の変革を求め,人間関係における問題解決を図り,人びとのエンパワメントを増進するものである(国際ソーシャルワーカー連盟定義,2000 年)。その実践は,だれもが社会の構成員として参加・参画する支え合う責任を分かち持つ共生社会を共通のビジョンとして協働を果たすことである。そのための環境を整備し変革を求め協働する関係は,願いと夢を持つ人の課題に挑戦するエンパワメントを醸成するパートナーシップを基本とする。筆者の失敗学は,対等な立場で相互交流を求め,信頼し合うパートナーになり得たかどうかである。そのことを,パートナーシップの本質に沿い,専門家主導ではなく当事者主導の意義を協働活動から確認した。同じ社会の構成員として課題の挑戦を分かち合い,自分たちに出来ることは何かを考え,地域の力にする参加と協働にこそエンパワメントがあることを実践からの学びとした。
キーワード:パートナーシップ,当事者主導,参加と協働,エンパワメント,相互交流

●訪問看護の失敗
萱間真美
 精神科訪問看護では,ある場面で対象者が否定的な気持ちを抱いても,それをきっかけに自分の問題を直視できるようになったり,底つき体験となって,対象者の行動を変える場合もある。訪問看護の継続した関わりの中で, 「体験が積み重ならない」「身体合併症の悪化」「医療とのつながりが切れる」の3パターンを示した。訪問看護の働きかけの目的は,もちろんその日その日を対象者が健康に,楽しく過ごすことにもあるが,それが長期的に対象者の健康を損なってはならない。健康につながる医療を,長期的な視点から効果的に提供する。これが訪問看護師が専門職であることの意味でもある。
キーワード:精神科訪問看護,底つき体験,身体合併症

●リジリアンスを育むケースマネジメント
三品桂子
 ケースマネジメントの失敗事例を2 事例あげ,失敗の脈絡を検討した。失敗は,ケースマネジャーや支援者が利用者の語る言葉を十分に受け止めていなかったり,利用者とのパートナーシップを築かなかったり,利用者のストレングス/リジリアンスを信じなかったり,利用者との会話のスキルが未熟であったり,リジリアンスを育む技法をもたなかったりすることから起こることを述べた。次に,近年さかんに研究されるようになっているストレングスの中核概念であるリジリアンスに着目し,ケースマネジメント実践を成功させるためにリジリアンスを育む技法の重要性を論じた。なお,本稿では,ケアマネジメント(care management :CM )を仲介型のケースマネジメントとして表現している。
キーワード:ケースマネジメント,失敗事例,リジリアンス,技法

●就労援助場面での失敗から学ぶ
倉知延章
 就労援助では,当初は精神障害者本人が支援の対象であるが,支援が進むうちに,企業関係者も支援の対象となる。その場合,双方を支援するバランスが大切になる。このバランスが崩れると,支援者は,どちらかまたは双方からの信頼を失い,支援が失敗に終わることがある。また,支援では精神障害者本人の自己決定を重視する。しかしそのためには,自己決定できる情報提供と,支援者の熱意による無言の圧力をかけないことが重要なポイントとなる。そこを誤ると,支援が失敗に終わることがある。最後に,どうしても原因,理由がわからない失敗もあることを知っておき,常に利用者の本当のニーズを引き出すことに耳を傾けることを意識する必要がある。
キーワード:精神障害者,就業支援,職業リハビリテーション,就労援助,失敗事例

第3章 失敗事例から学ぶ――プログラム別
●精神科デイケアの経験から学ぶ
原敬造
 精神科デイケアでは日々様々な活動を,メンバーと共に実践している。同じ日は一日としてない。日々の活動によって,メンバーと考え,悩み,実践してメンバーも我々も共に変わっていく。
 メンバーには大きな力と可能性がある。その力がより力強いものになっていくには,院外での活動が重要である。院内の活動にとどまっていては発展が望めない。個々人の力が発揮されるには,仲間の力が必要である。メンバーが主体の活動により精神科デイケアの実践はより力強いものになると確信している。
キーワード:精神科外来機能,精神科デイケア,精神科リハビリテーション,SST (social skills training ),精神科デイケアプログラム

●「3カ月」がひとり歩きした時
内野俊郎,近間浩史
 精神科急性期治療病棟は,本邦における急性期を支える入院プログラムとしてより充実した治療プログラムを提供することが期待され,年々その病床数も増加している。一方で,3カ月間の退院と再入院の防止が求められており,その3カ月間という基準は時として治療方針の決定に影響しかねない現実的な課題をもたらすことがある。入院期間が延長しがちであったり,再入院が必要となる患者は急性期治療病棟を利用するニーズが高い患者とも言えるが,仮に3カ月間という数字がひとり歩きして基準を満たすことに治療者の目が行き過ぎるようなことになれば,治療上の不利益につながる可能性も生じかねない。本稿では治療者が3カ月間という入院期間や再入院の期間に拘泥してしまうという初歩的な失敗をした結果,患者に不利益な状況を生じてしまった症例を報告し,急性期治療病棟を運営していく上で注意すべき点について検討を行った。
キーワード:精神科急性期治療病棟,入院期間,再入院

●生活訓練施設が提供する社会復帰援助プログラム
小田潤,伊勢田堯
 長期入院した精神障害者の退院促進が進められていく中で,社会復帰施設における生活訓練の重要性が高まっている。黎明期の社会復帰施設の役割が,昨今の精神保健福祉法改正など精神障害者施策が大きく変わっていく流れによって「失敗」してきた現状が浮き彫りになり,新たな展開を余儀なくされている。
 筆者らは「失敗」してきたという認識のもとに,社会復帰援助プログラムを従来の問題解決指向型の評価法から脱皮させることを目標にした。即ち,ストレングスモデルやICFの概念を取り入れた評価法に改め,その評価に基づいた地域定着を促進するための所内訓練および地域訓練を密接に組み合わせたプログラムを工夫した。従来の評価法が失敗学に言う「予想した結果ではない不都合な結果」を導き出していた経験から得た教訓である。それは,新たな時代への脱皮の試みでもある。
キーワード:国際生活機能分類,ストレングスモデル,精神障害者社会復帰

●失敗から学ぶ隔離室での治療
森隆夫
 失敗の根本にある課題そのものを修正することは,その結果としての失敗をなくすことに貢献する可能性がある。本稿では,隔離について,あくまで治療的な視点から課題そのものを見直し,隔離の治療上の役割や必要性,そして問題点を整理した。
 隔離の治療的意義については,(1)刺激を遮断することによる効果,(2)薬物のコンプライアンス向上による効果,(3)状態把握を詳細にできるという効果,(4)他害の危険を防ぐ効果,(5)自殺の危険を防ぐ効果,(6)身体合併症を有する患者への効果,(7)治療抵抗性患者に対する効果,について説明し,事例をとおして,失敗の脈絡,予兆,および失敗の拡大再生産について若干の考察を加えた。そして,治療の視点からみた隔離の問題点として,(1)アメニティ,(2)頻繁で質の高い観察,(3)フレキシブルな対応,(4)プライベートやセルフケアに対する配慮,を挙げ,これらを解決するひとつの方法として,隔離室の機能分化という考え方を紹介し,これについての私見を述べた。
キーワード:隔離,隔離室,治療効果,失敗事例

●アルコール・薬物依存症治療過程における治療中断の危機および膠着状態を打破するための視点と工夫
堀達
 アルコール・薬物依存症治療の中で,「頼る」「よりかかる」という意味での心理学的な依存との混同や,「否認→底つき」という画一的な対応,あるいは依存症の入院治療は任意入院のみで行うという柔軟性に欠けた対応によって,依存症及びそれに伴う身体的・社会的問題を悪化させることがある。そのような治療破綻を招かないためには,依存の行動薬理学的定義を明確にし,治療の動機付けを高めるためのアプローチ(motiva -tion enhancement therapy )をすることが重要になってくる。そして,治療関係の形成維持を阻害する要因となる入院中の再摂取,遷延性退薬徴候(退薬後情動障害)や前頭葉機能障害などへの対応も治療上大切である。2〜3カ月の治療プログラムで断酒・断薬が困難なケースで生じやすい治療経過中の膠着状態や医療者の患者に対する陰性感情に焦点をあて,それらを打破するための病状の捉え方や対応について述べた。
キーワード:依存症,底つき,動機づけ(motivation enhancement therapy ),遷延性退薬徴候(退薬後情動障害),前頭葉機能障害

●グループホームの実践から
田尾有樹子,那須由香,尾川優子,横田桂
 巣立ち会では1992 年からグループホームを中心とした住居支援を開始し,早15年が過ぎようとしている。この間,120 名以上の人たちが私たちのサービスを受け,今現在地域で生活している人や,通り過ぎていった人たちがいる。何をもって失敗と呼ぶか,何をもって成功と考えるか,なかなか判断は難しい。もろ手を挙げてよかったと皆が思うことはむしろまれであるかもしれない。思うようにならない事例から,しかし私たちはたくさんのことを学ぶ。その経験や蓄積が次の出会いに生かされ,少しずつ,支援の方法も私たちも成長してきていると信じたいと思う。失敗を恐れず,これからも日々チャレンジをしていきたいと思うのである。
キーワード:グループホーム,居住支援

●君はひとりぼっちじゃない
松浦幸子
 「ひとりぼっちをなくそう」を合言葉に,地域で当たり前に暮らしていく拠点としての共同作業所活動の途上で,孤立した青年が自ら命を絶ってしまった。防ぐことができなかった大きな失敗に,関わった誰もが自らの力不足を責めた。共に絶望を味わった後,再び希望を見つけようと前向きに活動を展開した。ひとつには,夕方からの生活支援の場を開設しSST を導入,仲間と励まし合いながら対人関係能力の向上を図った。また,メンバー自らが思いを表現してうたを作り,CD ブックス『へいなよ』を出版した。弱い力を寄せ合って一緒に生きていこうと,うたを通してメッセージを送れるようになった。そして,家族も市民も当事者も学ぶチャンスを作り,メンタルヘルスへの理解を深めていくための講座を開設した。このように,地域サポートの場から発信できる文化・学習活動を活発に行い,共に支え合うことで当事者達が孤立せず元気になり,失敗を乗り越えることができた。
キーワード:心の居場所,ひとりぼっちにさせない,うたでリカバリー,文化の発信,共に学ぶ

●チャレンジを成功の糧にする就労支援のコツ――IPS モデルの活用――
香田真希子
 日本の精神保健サービスは,再発予防と病気の治療に重点を置き,再発・再燃を恐れ,失敗する機会も,成功する機会も与えずに,一般就労にチャレンジすることに臆病になっている場合が多かった。IPS (individual placement and support )モデルではうまくいかなかった経験を「失敗」と捉えない。1日で仕事をやめたとしても,「1日しか続かなかった……」ではなく,「いままで働けなかったけど,1日働けたね。この経験から学んだことはなんだろう。次の仕事にこの要素が活かせるね」とすべての経験をプラスに変えていく。そしてそのためには,チャレンジした経験を成功の糧に変えていくためのハイサポートを提供できる力量が支援者に必要となる。
 本人・家族・専門家の「内なる偏見」(できるはずのこともできないと思い込んでしまう)や,支援者の力量不足のために,精神障害を持つ人々から「働く」ことから得る利益を奪ってはいけない。「働く」ことはリカバリーの重要な要素である。
キーワード:就労支援,IPS ,place -then -train モデル,ハイサポート,リカバリー

第4章 私が学んだ失敗事例
●失敗を後悔しないこと
岡野憲一郎
 本稿では私自身の「後悔しない」方針についてまず論じ,実際の臨床上の失敗例を紹介した。そして臨床における失敗が単純な因果関係からは程遠い事情について強調した。臨床における失敗は,「失敗学」という新しい学問の枠組みで捉えられるべきである。「失敗学」は人間の犯す過ちを糾弾するものではなく,むしろ人間が失敗を犯しやすい存在であるという前提から出発した,現実的な学問である。今後よりよい精神医療を目指すうえでも,この「失敗学」の貢献するところは大きいものと考える。
キーワード:失敗(mistakes ),失敗学(the Study of Failures Mistakes ),後悔(regret )


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