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展望
●自殺リスクの評価と自殺予防の方略
宮本浩司 張 賢徳
日本では1998年に自殺が激増し,長らく「年間自殺者3万人」時代が続いた。2012年から2万人台に減じたものの,なお若い世代の死因の1位を占める。世界的にも自殺は大きな問題であり,自殺予防は重要な課題である。自殺予防対策にはコミュニティモデルと医学モデルの大きく2つのアプローチがある。自殺者の約90%に精神科診断がつく事実から,診療場面では医学モデルを基点にし,自殺プロセスを念頭におきながら,個々の患者の自殺予防を考えていく。具体的には患者の希死念慮を確認し,うつ状態を確認することが必要である。リスクを評価の上,自殺予防の面接,薬物療法,環境調整を行う。自殺しない約束を試み,キーパーソンの特定を行い連絡を取る。抗うつ薬の使用の検討を行う。休養,休職を患者と話し合い促す。レジリエンスの強化,ポジティブコーピングスキルの強化を図る。人間関係のつながりを強め,維持を図る。宗教,スピリチュアリティを確認し,信仰を持つ患者は強みにつなげる。自殺手段へのアクセスの制限をもうける。自殺プロセスに着目しながらこれら自殺予防を継続することが重要である。
Key words : suicide risk, suicide prevention, suicidal ideation, suicidal behavior, depression
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特集 精神科治療における自殺:向精神薬のもたらすリスクとベネフィット
●統合失調症患者の自殺における抗精神病薬のリスク・ベネフィット
山口大樹 辻野尚久
統合失調症の自殺予防において薬物療法は重要な治療介入の1つと位置づけられ,適切な薬物療法をすることで自殺の危険性を軽減することができる。第一世代抗精神病薬の自殺予防効果については一定の見解が得られていない。第二世代抗精神病薬は第一世代抗精神病薬と比較して自殺予防効果が高いと考えられており,中でもclozapineは自殺予防効果の明確なエビデンスが得られている薬剤である。実臨床における薬剤の選択は,そのメリットとデメリットを十分に検討し慎重に使用していくことが望まれる。病初期における自殺企図は抑うつ気分だけでなく精神病症状にも影響されることが多く,抗精神病薬が奏効する可能性が高い。一方,維持期においては治療アドヒアランスの維持が極めて重要となる。そして,薬物療法だけでなく,適切な心理社会的療法を組み合わせることにより自殺予防効果はさらに向上する。
Key words : schizophrenia, suicide, antipsychotics, clozapine, adherence
●うつ病患者の自殺に関する抗うつ薬のリスク,ベネフィット
辻 敬一郎 田島 治
1990年代より抗うつ薬と自殺をめぐる問題が取り沙汰されるようになり,各国の規制当局の抗うつ薬処方に関する警告発令がその議論をさらに活発化させた。種々の調査や研究がなされ,抗うつ薬の自殺に関連するリスク,すなわち有害作用としての自殺関連事象の発現について様々な見解が示された。現在のところ,抗うつ薬が自殺関連事象を惹起する可能性がある程度の割合であること,明らかにそのリスクは若年者に高いことなど,各規制当局の見解を支持するものが優勢のようである。しかし,このような抗うつ薬のリスク,すなわち有害作用としての自殺関連事象の発現率はうつ病患者が有する自殺関連事象の出現率よりも遥かに低く,抗うつ薬治療によるうつ病患者の自殺抑制というベネフィットはそのリスクを遥かに上回っている。抗うつ薬の有害作用としての自殺関連事象発現のリスクがあることは念頭に置きつつ,自殺防止を見据えた適切な抗うつ薬治療を心がけていく必要がある。
Key words : depression, antidepressants, SSRI, suicide, suicide related phenomena
●双極性障害における自殺と気分安定薬のリスク・ベネフィット
寺尾 岳
双極性障害における自殺と気分安定薬のリスク・ベネフィットを検討するために,lithiumとplaceboないし他の薬物の自殺予防効果を比較した研究のメタ解析や,lithiumとvalproateの自殺予防効果を直接検討し比較した研究を紹介する。次に,処方と自殺に関する疫学研究の結果を示し,最後に水道水中の微量なlithiumが自殺予防効果を発揮している可能性に触れた。特に,最近のメタ解析において,lithiumがplaceboよりも,自殺による死亡が有意に少なかったことからlithiumの自殺予防効果が示唆された。さらに,総死亡もlithiumの方が有意に少なかったことから自殺の手段としてlithiumを大量服薬して死に至る危険性よりもlithiumが自殺を予防する効果が大きい可能性が示唆された。処方と自殺に関する疫学研究によっても,lithiumや抗てんかん薬の自殺予防効果が示唆された。したがって,自殺に関するlithiumのベネフィットはリスクよりも大きいと考えられる。さらに,水道水に含まれる微量なlithiumの男性における自殺予防効果が示唆されているが,これが真であれば,さらにlithium中毒のリスクは小さくなり,ベネフィットがはるかにリスクを凌ぐことになる。気分安定薬として用いられる抗てんかん薬についてはlithiumほど治療濃度と中毒濃度が接近していないために,リスクはそれほど大きくないと考えられるが,ベネフィットに関してlithiumほどエビデンスが揃っておらず,リスクとベネフィットの関係については現時点で判断を保留すべきであろう。
Key words : mood stabilizers, lithium, anticonvulsants, suicide, risk, benefit
●不眠症患者の自殺に睡眠薬が及ぼすリスク・ベネフィット
松井健太郎 稲田 健
慢性的な不眠は,希死念慮や自殺企図行動に有意に関連するほか,うつ病などの精神疾患への発展を介して自殺リスクを上昇させることが示されている。睡眠の改善がうつ病および自殺リスクの改善に寄与する可能性が示唆されている一方で,バルビツール酸系薬剤の過量服薬により致死的となる例,ベンゾジアゼピン系・非ベンゾジアゼピン系の睡眠薬による異常行動から,自傷行為や自殺既遂に至る例が少なからず存在する。睡眠薬使用の際,バルビツール酸系薬剤は原則処方しないこと,ベンゾジアゼピン系および非ベンゾジアゼピン系薬剤の多剤処方は避けることが重要であろう。また不眠に対する認知行動療法は,不眠症治療において薬物療法と同等の効果があり,加えて随伴する抑うつ症状の改善も期待できることから,自殺リスクを有する不眠症患者への導入を積極的に考慮すべきである。
Key words : suicide, insomnia, depression, sedative-hypnotics, overdose
●物質使用障害における自殺──薬物療法のリスクとベネフィット
松本俊彦
物質使用障害は自殺の重要な危険因子の1つであり,間接的および直接的な機序でそれに罹患する者の自殺リスクを高める。すなわち,物質使用障害は,間接的には心理社会的,経済的状況の悪化をもたらし,直接的には精神作用物質の薬理作用が抑制を解除し,自己破壊的行動の発現閾値を低下させる。しかし,物質使用障害患者の自殺予防のためには,どのような特徴を持つ物質使用障害患者で特に自殺リスクが高いのかを同定する必要がある。本稿では,そのような問題意識から筆者らが実施した,物質使用障害患者の自殺リスクに関する研究成果を紹介するとともに,その成果を踏まえ,物質使用障害患者に対する薬物療法のリスクとベネフィットについて私見を述べた。
Key words : substance use disorder, suicide, methamphetamine, hypnotic / anxiolytic, pharmacotherapy
●パーソナリティ障害における薬物療法のリスクとベネフィット
小野和哉
パーソナリティ障害に対する薬物療法は,非特異的で,対処的に過ぎないものであると共に,リスクとベネフィットが拮抗してそのバランスを図るのが困難なところが特徴である。その中で境界性パーソナリティ障害は,多くのエビデンスがあり,諸外国でガイドラインも頻回に改訂されていることからこの障害を中心に論考したい。本障害に関するリスクとベネフィットを検討してみると,基盤障害をどのように考えるかという課題と,我が国の医療システムの中で外来を中心に治療する困難さの課題の2つが浮かび上がってくる。海外のガイドラインの推奨する単剤,危機管理のための限定使用を行うには,その背後に構造化された心理社会的接近が不可欠である。我が国のように,外来診療の短時間の枠組みで患者を支えていくには,リスクとベネフィットを考慮しながら,薬物療法は基盤障害を見据えつつギリギリの選択を迫られるというのが現実ではないだろうか。そこで本小論ではそうした現状に資するよう,最新のエビデンスを整理し,今後の展望について検討した。
Key words : personality disorder, risks, benefits, pharmacological interventions, borderline personality disorder
●がん患者の自殺予防における薬物療法の役割──薬物介入のリスク・ベネフィットに着目して──
上村恵一
がん患者は告知後,治療中,再発時,治療の中止を告げられたなど多大なストレスに曝露されるためメンタルヘルスの危機にさらされる機会が数多くある。そんな中で,希死念慮を呈することも少なくない。疫学研究では,がん患者の自殺率は一般健康人とくらべて2倍程度高く,そのリスクがもっとも高いのは診断後間もない時期であり,男性,診断時の進行がん,頭頸部がんなどが危険因子とされている。がん患者の自殺者の95%には精神疾患の診断名が付いており,6割以上が介入を必要とするうつ病である。希死念慮を呈したがん患者に対して,その背景にある苦痛を理解しようとする共感的な態度が必須であることは言うまでもない。しかしそのメッセージは薬物療法を躊躇せよという意味合いではない。薬物療法が必要な重度のうつ病が少なからずいることを認識し適切な介入を行うことが必要である。すべての向精神薬には副作用の可能性があるため,面前のがん患者には,どのような副作用プロフィールを持った向精神薬が適切かを検討する必要がある。進行がん患者のうつ病に関する薬物療法のアルゴリズムではベンゾジアゼピン系抗不安薬を最初に投与することを推奨していることが多いが,そのせん妄惹起や習慣性のリスクは無視できるものではない。むしろ,副作用プロフィールを十分に吟味し適切な抗うつ薬を選択することがメリットになることも少なくない。
Key words : cancer, suicide, depression, antidepressants
●高齢者の自殺に対する薬物療法と認知機能障害について
藤城弘樹
高齢者では,若年者と異なった薬物体内動態を示すだけでなく,神経伝達機能に加齢性変化を生じ,脳内の薬物反応性に影響が生じうる。一般身体疾患の併存も増加し,使用されている治療薬も多様となる。このような加齢に伴う変化は,個人差が大きく,個々の背景病態,身体機能,併存身体疾患,併用内服薬などを考慮し,個別性を持った薬物量の設定が必要となる。さらに高齢者では,認知機能障害を伴う場合も多く,Kiossesらは,高齢者の自殺に至るプロセスの中で情動と認知機能が関わる点に注目している。すなわち,加齢による脳器質的変化を伴うことで認知機能低下,特に衝動性の制御や判断力に影響が生じ,自殺に至るのではないかという仮説である。背景となる脳器質的疾患を的確に臨床診断することは,神経伝達機能の変化を把握することに役立つばかりでなく,向精神薬の投与による認知機能低下を含む有害事象を最小限に留めるためにも重要である。本稿では,高齢者の自殺に対する薬物療法のリスク・ベネフィットを考慮する上で,認知機能障害に配慮する重要性について述べた。
Key words : cognitive impairment, neurodegeneration, judgement, impulse control disorder
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症例報告
●Aripiprazole単剤投与切り替えにより社会機能の改善と衝動的な自殺企図の減少をみた統合失調症の1例
奥山純子 石田雄介 舩越俊一 小松 浩 本多奈美 小高 晃
たびたび自殺企図を起こし,治療に難渋していた統合失調症患者に対し,入院を契機にaripiprazole(以下APZ)単剤による維持療法への切り替えを行った結果,認知機能が向上し,錐体外路症状などの副作用を減じ,社会機能が向上した1例を経験したので報告する。症例は37歳の男性,罹患期間は約26年。APZ投与前は,risperidoneやzotepineなどを併用し,chlorpromazine(CP)換算で813mg/日が処方されていた。APZ単剤に切り替えた後,作業所通所を開始したり,家業の技術取得に出かけたりするなど自発的な行動をとるようになった。結果として,それまで患者の受け入れを拒否していた父親や親戚らの態度改善が見られ,患者の衝動的な自殺企図は見られなくなった。自殺予防のためにはさらなる検討が必要であるが,APZが社会適応を進める手段となりえる可能性が示唆された。
Key words : schizophrenia, aripiprazole, suicide attempt, social function, switching
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特集 新規抗てんかん薬lacosamide
●新規抗てんかん薬lacosamideの薬理作用と作用機序
丸 栄一 浦 裕之
各種実験てんかんモデルに対するlacosamideの効果を見ると,その薬理作用プロフィールはphenytoinなど従来のNaチャネル阻害型抗てんかん薬のそれと極めてよく似ている。LacosamideはNaチャネル阻害薬として分類されるものの,従来のNaチャネル阻害型抗てんかん薬とは全く異なる作用機序を持つ。本稿では,lacosamideの作用機序を理解するために,膜電位依存性Naチャネルの「急速不活性化ゲート」と「緩徐不活性化ゲート」の構造と機能について,さらに「持続的Na電流」とてんかん発作の関係について詳しく解説した。Phenytoinやcarbamazepineが電位依存性Naチャネルの急速不活性化を増強するのに対し,lacosamideは緩徐不活性化を選択的に増強してその抗てんかん作用を発揮する。緩徐不活性化の特徴は,異常な脱分極や高頻度発射が持続すればするほど,その不活性化が強まることである。したがって,lacosamideは,数秒以内に消失する急速不活性化に依存した従来のNaチャネル阻害型抗てんかん薬では対処できない激しい発作に対しても有効な抑制作用を示すことが期待される。
Key words : lacosamide, voltage-dependent sodium channels, fast inactivation, slow inactivation, persistent sodium current
●Lacosamideの物性プロファイルと薬物動態
寺田清人
Lacosamideは主に電位開口型ナトリウムチャネルの緩徐な不活性化を促進することで抗てんかん作用を示すという,新しい作用機序を持った新規抗てんかん薬である。Lacosamideは薬物動態の個体内・個体間差が少なく,一部は複数のCYPで代謝を受けるが腎排泄され,血漿タンパクとの結合率は低く,CYPを介したほかの薬剤への影響やCYPを介したほかの薬剤からの影響も少なく,両親媒性を有するなどの特性を持つ。これらの特性により,吸収や生物学的利用能が高く,薬物相互作用が少なく,また脳内への移行も良いなど,抗てんかん薬として望ましい性質を有する。また,年齢,性別,人種などの影響も受けにくいとされている。一方,腎排泄のため腎機能障害の場合には用量の調整が必要となり,人工透析後には補充が必要となるので注意を要する。本稿ではこれらの特徴についてこれまでの報告を元に概説する。
Key words : lacosamide, pharmacokinetics, metabolism, cytochrome P450, drug interaction
●Lacosamideの臨床成績(有効性・安全性)
神 一敬 中里信和
Lacosamide(LCM)がまもなく本邦でも発売となる(2016年5月現在)。LCMは2008年9月に欧州で初めて発売され,現在は世界46ヵ国で使用されている。欧州では16歳以上,アメリカでは17歳以上の焦点発作を有するてんかん患者に対する併用療法として承認されている。アメリカでは単剤療法も承認されている。成人の難治性部分てんかんに対するLCM併用療法に関しては,有効性・安全性ともに確立されている。4〜5年以上の長期効果に関しても良好な結果が示されている。日中共同で行われた二重盲検試験の結果も欧米と同様であった。本稿ではこれらの結果を概説する。成人の部分てんかんに対する単剤療法,全般てんかん,小児の部分てんかんに対するLCMの有効性・安全性はまだ十分なエビデンスが確立されていないが,既報告をもとに現状を概説する。
Key words : lacosamide, focal epilepsy, antiepileptic drug, double-blind study
●新規抗てんかん薬lacosamideへの期待
井上有史
Lacosamide(LCM)は,他の抗てんかん薬で十分な効果が認められない16歳以上のてんかん患者の部分発作(二次性全般化発作を含む)に対する併用療法として,間もなく承認が見込まれる抗てんかん薬である。これまでに報告されているデータを紹介し,その特性や今後への期待と課題についてまとめた。LCMは今後てんかん治療の前線での活用が期待される薬剤であるが,てんかん治療における位置づけを明らかにしていくには,今後使用経験を積み,特長を生かした使用方法を見出していく必要がある。
Key words : antiepileptic drug, lacosamide, effectiveness, tolerability, clinical trial
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原著論文
●Olanzapine投与を開始した急性期双極性障害患者の臨床経過──48週間非介入コホート観察試験──
丹治由佳 原田英治 藤越慎治 植田 要 片桐秀晃
Olanzapineは双極性障害の躁・うつ両病相に適応を有する抗精神病薬である。我々は,日常診療下の本剤使用に関する情報を得るため,本剤投与を開始した中等度以上の急性期双極性障害患者を対象に,本剤継続の有無にかかわらず48週間観察する非介入観察試験を実施した。解析対象は全体で445例であり,そのうち躁/混合状態群は219例,うつ状態群は226例であった。48週時の反応率,寛解率,回復率は躁/混合状態群で87.6 %,87.6%,47.6%,うつ状態群で64.9%,69.7%,55.0%であった。躁/混合状態群では機能は改善したが生活の質(QOL)は変化せず,医師による客観的機能評価と主観的QOL評価が符合しない可能性が示唆された。うつ状態群では機能,QOLとも持続的な改善傾向が示された。Olanzapine投与期間中に認められた主な有害事象は体重増加及び傾眠であり,いずれも既知の事象であった。
Key words : olanzapine, bipolar mania, bipolar depression, observational study, acute phase
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