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展望
●心身症概念の変遷:身体表現性障害(身体症状症および関連症群)から機能性身体症候群まで
中尾睦宏
 心身症は心理社会的ストレスが影響する身体疾患と考えられている。心と体が密接に関連する心身相関は,身体・精神疾患を問わず広く認められる現象であり,この現象を精神科の立場から捉えれば身体表現性障害となる。米国精神医学会の最新の診断分類DSM-5では,身体表現性障害は従来の「医学的病態に影響を及ぼす心理社会的諸因子」と同一の群となって,「身体症状症および関連症群」と呼称されることになった。一方,身体科の立場では,従来は「医学的に説明できない症状(medically unexplained symptoms)」として臨床各科で対応に苦慮していた一群を「機能性身体症候群」として捉えようとする考え方が最近注目されている。心身症の治療は,まずじっくりと患者の話を聞いて患者-医師の良好な信頼関係の確立に務め,必要に応じて抗うつ薬・抗不安薬・睡眠薬など薬物療法を適切に行い,ストレスを軽減する環境調整をしながらリラクセーション指導を行うことが基本となる。
Key words : functional somatic syndromes, psychosocial stress, psychosomatic illness, somatoform disorders, somatic symptom and related disorders

特集 心身症と周辺領域の治療戦略─薬物療法の位置づけと有効性
●疼痛を主症状とする身体症状症(疼痛性障害)の治療戦略と薬物療法
西村勝治
 疼痛を主症状とする「身体症状症」(DSM-5),従来の「疼痛性障害」の薬物療法において抗うつ薬と抗てんかん薬の果たす役割は大きい。抗うつ薬の鎮痛効果は抗うつ効果とは独立したものと考えられており,その主たる鎮痛機序はモノアミン(セロトニンおよびノルアドレナリン)再取り込み阻害による脊髄レベルの下行性疼痛抑制系の賦活作用である。このため両モノアミンに関与する三環系抗うつ薬とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬の有効性が高い。抗てんかん薬では,Ca2+チャネルα2δリガンド(特にpregabalin)の有効性が実証されており,グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の放出を抑制することによって,後シナプスの興奮を鎮静化することが主たる鎮痛機序と考えられている。一方,「身体症状症」全般に共通する「苦痛な身体症状に伴う過度の認知,感情,行動の特徴」に対する薬物療法の有効性は実証されていない。むしろ非薬物療法が一定の効果を有することが示唆されている。このため,疼痛ばかりでなく,それに伴う認知,感情,行動の各側面を十分に評価し,それに応じた非薬物療法を組み合わせることが最善の治療戦略となる。
Key words : somatic symptom disorder, pain disorder, tricyclic antidepressant, serotonin noradrenaline reuptake inhibitor, ca2+ channel α2δ ligand

●頭痛の治療戦略と薬物療法
高嶋良太郎  加治芳明  平田幸一
 一次性頭痛の代表的なものとして片頭痛,緊張型頭痛,群発頭痛等が知られているが,特に緊張型頭痛は疫学的にも一番多く,日常診療で遭遇することが多い疾患である。軽症例では個人に与える影響も少なく,医療機関の受診に至らないことが多いが,発作頻度が多い症例や発作が重度である場合には日常生活に支障を生じるため,治療介入が必要となる。現在,緊張型頭痛は国際頭痛分類第3版beta版に準じて分類され,その治療においても慢性頭痛の診療ガイドラインが作成され診療の指針が示されている。しかし,慢性化した症例においては診断や鑑別が困難であったり,治療に難渋することも少なくない。本稿では,緊張型頭痛の分類や特徴などの概略を述べ,治療については薬物療法と非薬物療法の詳細を示し,またその治療開始方法やタイミング,薬剤の選択・切り替えの考え方につき解説する。
Key words : tension-type headache, chronic headache, treatment, ICHD-3 beta

●月経前症候群・月経前不快気分障害の病態と治療戦略
大坪天平
 多くの女性が月経前に何らかの身体的・精神的変調を感じており,月経前症候群といわれている。また,月経前症候群の重症型ともいえる月経前不快気分障害も3〜8%の女性にみられるという。2013年,19年ぶりで改訂されたDSM-5で,月経前不快気分障害は初めて抑うつ障害群のカテゴリーの1つに分類され,うつ病(DSM-5)/大うつ病性障害と同列の独立した疾患として,本文中に診断基準が記載されるまでとなった。しかし,その病態や治療戦略に関して,熟知している精神科医はまだ少ないかもしれない。ここでは, 薬物療法を中心に述べるが, 月経前症候群や月経前不快気分障害は, あくまでもbio-psycho-socialな病態であり,女性の自然な周期性変調の1つでもある。むやみに薬物療法という介入をするのではなく,個々の状態や重症度に合わせて,薬物療法以外(心理療法,認知行動療法,生活改善,エクササイズなど)も利用する幅の広い対応が重要と考える。
Key words : premenstrual syndrome : PMS, premenstrual dysphoric disorder : PMDD, premenstrual tension, SSRI, oral contraceptive

●摂食障害の治療戦略と薬物療法
西園マーハ文
 摂食障害は,神経性無食欲症(AN),神経性過食症(BN),過食性障害(BED)などの食行動問題の総称である。従来,栄養補給や心理的治療が重視されてきたが,薬物療法の研究も進んでいる。まだ十分なエビデンスが報告されてはいないが,ANについては,第二世代の抗精神病薬が有用な場合もある。副作用に十分注意し,栄養補給を行いながら使用するという選択肢はあるだろう。BNやBEDについては,最もエビデンスが示されている治療法は認知行動療法であるが,過食や代償行動の頻度を減ずるためにはSSRIが有用な場合も多い。各国の治療ガイドラインでは,SSRIを用いるのであれば,治療初期に使用することを勧めている。薬物療法のみで摂食障害を完治させることは難しく,ガイデッドセルフヘルプ,認知行動療法等,生活リズムの改善や心理的治療との組み合わせで治療することが望ましい。
Key words : anorexia nervosa, bulimia nervosa, binge eating disorder, eating disorders, pharmacotherapy

●Maternity bluesの病態と社会心理および生物学的関連性
岡野禎治
 本論では,産褥早期の一過性の情動障害である,マタニティ・ブルーズの病態,危険因子,精神科既往歴および産後うつ病との関連について概説した。その発病頻度は,日本人では諸外国に比較してやや低かった。各種の危険因子の中でも,マタニティ・ブルーズと社会心理的要因や産科的要因との関連は低かった。また,生物学的要因に関した研究は活発に報告されてきたが,明らかな病因を特定できる所見は少ない。分娩直後に発現する一過性の「高揚感」(The highs)についても着目されている。また,マタニティ・ブルーズと精神科既往歴,性周期に伴う抑うつとの間の関連性が注目された。一過性の「正常反応」であるため,マタニティ・ブルーズに対しては特に治療的な介入は必要ない。しかし,マタニティ・ブルーズが出産後の産後うつ病,不安障害の予測因子であることから,ブルーズを経験した女性のその後の経過観察が重要である。
Key words : maternity blues, postnatal depression, perinatal mental health, biological aspect

●身体醜形障害の鑑別診断および心理的対応と薬物療法
鍋田恭孝
 身体醜形障害(醜形恐怖症,以後BDD)の精神病理学的位置づけに関しては,DSM-5において明確にされたように,強迫性障害に類縁した障害(強迫スペクトル障害)とするのが妥当ではないかと考えている。しかし,うつ病,ASDs(autism spectrum disorders),OCD(強迫性障害),SAD(社交不安性障害)などの症状が醜形恐怖症状と併存している場合が多く,疾患としての位置づけにはあいまいさが残っている。心理的な対応においては,病識が不十分な場合が多く,美容外科手術を強く希望するケースには,特に初期の対応が重要になる。また,妄想様の思い込みが強いケースが多く,従来型の精神療法的アプローチよりは,積極的な介入が不可欠だと考えている。薬物療法については,症状として妄想様であっても,抗精神病薬単独による治療はほとんど無効であり,病識の程度に関係なく,SSRIが高い効果を上げることが確認されている。本稿において,SSRIを中心としたアルゴリズムを提示した。
Key words : body dysmorphic disorder, dysmorphophobia, pharmacotherapy, cosmetic surgery, serotonin reuptake inhibitor

●口腔領域の非器質性慢性疼痛の治療戦略と薬物療法
徳倉達也  木村宏之  尾崎紀夫
 口腔領域の非器質性慢性疼痛を来たす疾患には,口腔内灼熱症候群(Burning Mouth Syndrome:BMS)と特発性歯痛(Idiopathic Odontalgia, Idiopathic Tooth Pain)がある。患者数は決して少なくなく,症状は長期化しやすくquality of lifeへの影響も強い。病態はいずれも依然不明であり,精神医学的には,“身体症状症,疼痛が主症状のもの(DSM-5)”に分類されることが多い。治療においては,「医科か歯科か」「器質因か心因か」といった二律背反的な対応にならず,歯科医と精神科医が連携して治療に取り組む姿勢が重要である。薬物療法としては抗うつ薬が有効であることが多いが,三環系抗うつ薬は副作用への配慮が必要であり,SNRIが使用しやすい。心理社会的治療としては認知行動療法の有効性を示す証左がある。
Key words : orofacial region, chronic pain, burning mouth syndrome, idiopathic odontalgia, pharmacotherapy

総説
●死別反応の概念とその治療
大谷恭平
 死別反応は,身近な人の死による喪失から生じる反応であり,多くの人は死別によって様々な辛さを体験する。これらの反応の多くは専門的な介入を必要としないが,一部の患者は悲嘆反応が遷延したり,うつ病などの精神医学的な疾患を合併したりする病的な反応となることがある。死別反応とうつ病は症状に類似点が多く見られるが,異なる病態であるため,診断を正しく行う必要がある。本稿では死別反応の概念について述べ,単純な死別反応,病的な死別反応への対処法をそれぞれ述べた。特に死別反応と合併するうつ病などの精神医学的に治療が必要な疾患について,薬物療法,特に抗うつ薬の有効性の有無を中心に述べ,今後の方向性を考察した。
Key words : bereavement, depression, antidepressants, grief, DSM-5


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