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展望
●抗精神病薬治療と統合失調症患者における突然死
藤井康男
 統合失調症患者の平均寿命は一般人口と比べて10〜25年短く,このmortality gapをもたらす最大の要因が心臓突然死である可能性が高い。1950〜60年代にphenothiazine deathsと呼ばれた突然死が数多く報告され,その原因として気道閉塞や窒息,身体疾患の潜在化,抗精神病薬に関連すると思われる心臓の伝導系障害,そして冠動脈疾患,心筋梗塞などが考えられた。近年,抗精神病薬服用中の患者における心臓突然死リスク増加についての検討が進んだが,これがどこまでQTc延長,Torsades de Pointesという流れで生じているのかはなお不明である。統合失調症入院突然死例の剖検報告から,突然死の6〜7割は心血管系疾患(全体の5〜6割は心筋梗塞),1〜2割は呼吸器系疾患で,剖検しても原因不明である場合が1割程度認められることが明らかになっている。この原因不明突然死の一部が心臓の伝導系障害による死亡であるかもしれない。統合失調症患者の突然死リスクを減らすためには適切なモニタリングと身体治療が必要であるが,これらを阻害する要因も多い。対応可能な6つのリスクファクター(喫煙,高血圧,高血糖,運動不足,肥満,高脂血症)への取り組みが,発病早期から求められる。わが国で特に問題になっている多剤大量処方,精神病症状の存在,睡眠時無呼吸症候群など突然死や死亡リスクに関連するかもしれない要因は多く,わが国においても多数例に対する長期的な検討を行い,これに基づいた対策の実施が求められる。
Key words : sudden cardiac death, antipsychotics, metabolic syndrome, coronary heart disease, schizophrenia

特集 抗精神病薬治療と突然死
●わが国の精神科患者における突然死研究の流れ
今井淳司  須藤康彦  林 直樹
 わが国の精神科患者における突然死研究は少ない。松下らは,向精神薬が突然死へ直接的に関連することは否定しつつもそのメカニズムに何らかの影響を与える可能性を示唆し,藤岡らは,早朝,喫煙歴,慢性心疾患,心電図異常,多飲傾向,精神症状増悪時の向精神薬投与,行動制限,が突然死に関連するとした。筆者らは,窒息,不整脈などによる急性心不全,肺塞栓症,肺炎,心筋梗塞,が死因として重要で,窒息での朝方や固形物の摂取,心不全での従前の心電図異常,肺塞栓症での若年,行動制限,1週間前以内のECT,日中の発生,肺炎での喫煙歴や高齢,急性心筋梗塞での高齢や心筋梗塞の既往,などが各死因の関連因子であるとした。これらの研究には,①突然死の定義の問題,②死因の不確実性,③対照群の欠落と解析手法,④後ろ向き研究であること,⑤対象が入院患者に限定されている,などの限界があり,これらの課題を克服したわが国独自の突然死研究の実現が望まれる。
Key words : sudden death, Japanese, psychiatric patients

●多剤大量処方と突然死
野上和香  稲垣 中
 これまでに実施された疫学調査の結果より,統合失調症患者の死亡リスクは一般人口の約2〜3倍であり,全死亡の5〜8%を突然死が占めるといわれている。本稿では抗精神病薬とベンゾジアゼピンが統合失調症の死亡リスク,および突然死リスクに及ぼす影響について検討した。過去に実施された疫学研究のいくつかで抗精神病薬の投与量や併用されている剤数の増加に従って,死亡リスクや突然死リスクも増加する可能性があることが示唆されているが,これを否定する研究も多く,検討対象となった用量範囲もchlorpromazine換算400mg/日前後まででしかなかった。一方,ベンゾジアゼピンに関しては,ベンゾジアゼピンの併用によって死亡リスク,突然死リスクともに増大するということで過去の疫学研究の結果は一貫しており,特に長時間作用型薬剤のリスクが大きいとする研究結果も存在した。以上のことから,今後のわが国の臨床現場では抗精神病薬の多剤大量投与を可能な限り回避するとともに,ベンゾジアゼピンの漫然投与も控えるなどといった配慮がなされることが好ましいと考えられた。
Key words : schizophrenia, sudden death, antipsychotics, polypharmacy, benzodiazepine

●Haloperidolの静脈内投与と心臓突然死
川上宏人
 Haloperidolは国内において静脈内投与が承認されている唯一の抗精神病薬であり,その非経口投与(静脈内・筋肉内投与)は精神科急性期の現場だけでなくせん妄の治療にも用いられている。Haloperidolは呼吸や血圧への影響が少ないため,その非経口投与は比較的安全と考えられてきたが,静脈内投与や高用量での使用によりQT延長やTorsades de Pointesを発生させた報告が多く見られたため,2007年に米国FDAはhaloperidolの静脈内投与に関しての警告を発している。本稿では,haloperidol静脈内投与とQT延長やTorsades de Pointesとの関連について検討し,近年の臨床現場においてhaloperidol非経口投与がどのような位置づけにあるのかについて考察した。
Key words : parenteral, haloperidol, sudden cardiac death, Torsades de Pointes, QT prolongation

●持効性注射製剤と統合失調症患者の死亡リスク
八重樫穂高
 近年,統合失調症患者の死亡リスクについての大規模な検討が次々となされ,治療評価の重要なアウトカムの1つとして重視される流れが生まれてきている。本稿では統合失調症患者の持効性注射製剤(LAI:Long Acting Injectable Antipsychotics)に関連した死亡リスクについて検討した。大規模研究では抗精神病薬非投与群の高い死亡リスクが指摘されており,抗精神病薬の継続が死亡リスクを減少させるとすれば,LAIによって治療継続性を高めることが死亡リスク減少に繋がる可能性がある。現在,LAIと死亡リスクについての研究はほとんどなく,治療継続性の向上によるメリットと,LAIの特性が引き起こす可能性があるデメリットの両面について,死亡リスクに関する検討が求められる。また,LAIの使用ガイドラインや研修制度の整備,各種モニタリングのマニュアル化なども今後の課題である。
Key words : schizophrenia, mortality, long acting injection, depot, antipsychotics

●抗精神病薬によるQTc延長と突然死
堀 輝  村岡秀崇  中村 純
 新規抗精神病薬がわが国でも次々に上市され,統合失調症薬物療法の選択肢は大きく広がった。新規抗精神病薬は安全性の高さが期待されているが,Rayらは,2009年にNew England Journal of Medicine誌に新規抗精神病薬は従来型抗精神病薬と比較して心臓突然死のリスクは変わらないと報告した。この報告は,安全性が高いと考えていた臨床医にとっては衝撃的な報告であった。その後も様々な報告や,各抗精神病薬によるQTc延長作用の違いなどが報告されている。しかし,実際にQTc延長や突然死のリスクは決して多い副作用ではないが,致死的な影響を及ぼすこともあるため見逃すことはできない。本稿では,抗精神病薬によるQTc延長,およびその危険因子,それぞれの抗精神病薬のQTc間隔に与える影響および必要な心電図のモニタリングの頻度についてまとめた。
Key words : antipsychotics, QT prolongation, sudden death, torsades de pointes, monitoring

●統合失調症患者におけるメタボリックシンドロームと心臓突然死
三澤史斉
 統合失調症患者の生命予後は一般人口と比べて悪く,その死因の大部分は心血管系疾患によるものと言われている。その中で,メタボリックシンドロームは心血管系疾患および心血管系疾患死のリスクを上げるため,その対策は統合失調症治療においても非常に重要である。しかし,統合失調症患者は一般人口よりメタボリックシンドロームの有病率が高く,その理由として,運動不足,不健康な食生活,そして高い喫煙率といった生活習慣,抗精神病薬治療,さらには統合失調症の疾患自体の影響が考えられている。したがって,統合失調症患者の生活習慣を改善し,適切な抗精神病薬を選択し,そして適切なモニタリングおよび身体的治療を行うなどメタボリックシンドロームへ対応することによって,統合失調症患者の生命予後を上げていくように取り組んでいかなければならない。
Key words : schizophrenia, metabolic syndrome, cardiac sudden death, life style, antipsychotics

●統合失調症患者の突然死リスクと遺伝子研究
福井直樹  染矢俊幸
 統合失調症の突然死という表現型そのものを対象とした遺伝的研究はほとんどない。しかし,その突然死の大半は心筋梗塞によるものと報告されており,心血管疾患およびその危険因子である糖・脂質代謝異常や肥満を対象とした遺伝的研究は比較的多い。最近は,内科領域などの大規模GWASによって糖・脂質代謝異常,肥満などと関連する遺伝子領域が同定されている。これらの遺伝的要因に,抗精神病薬内服および統合失調症と関連するライフスタイルなどの環境要因が加わると,交互作用によって心血管疾患および突然死のリスクがさらに高まる可能性がある。また以前より,統合失調症と糖尿病の間に共通の遺伝的要因が存在することが示唆されているが,統合失調症および統合失調症で問題となる身体リスクの双方に関連する遺伝的要因を探るという研究手法も有望と考えられる。
Key words : schizophrenia, sudden death, genetics

原著論文
●日本語版せん妄評価尺度(DRS-R-98)による各種精神疾患の検討
井形亮平  中村 純  阿竹聖和  香月あすか  堀 輝  吉村玲児
 せん妄は一過性の幻覚・妄想などの異常体験や興奮を伴った特殊な意識障害であるが,認知症などの精神疾患との鑑別が難しいことがある。せん妄の評価尺度としてはDelirium Rating Scale-Revised-98(DRS-R-98)日本語版が多く使用されていると推察されるが,その有用性を検証した研究は少ない。今回,精神疾患患者および健常者を対象にDRS-R-98日本語版を施行し,その結果を比較検討した。対象は精神疾患で入院している患者94名(せん妄18名,認知症24名,統合失調症26名,大うつ病性障害26名),健常者19名である。せん妄群の重症度得点,総合得点はいずれも他群の点数より有意に高値であった。また,せん妄群と認知症群のカットオフ値は重症度得点で17点(感度83%,特異度71%),総合得点で21点(感度83%,特異度79%)であった。DRS-R-98日本語版はせん妄の評価尺度として有用であり,今回求めたカットオフ値を参考にすることで認知症との鑑別で役立つと考える。
Key words : DRS-R-98, delirium, acute confessional state, screening measurement for evaluation

資料
●茨城県内の精神科病院に入院している統合失調症患者の向精神薬および代謝性疾患治療薬の処方実態調査
鈴木弘道  中田智雄  金城邦男  市原直美  内野美貴子  大原久子  柏村豊子  丹羽久子  伊師頼子
 茨城県における精神医療の従事者数は全国平均を下回っている。近年の統合失調症薬物治療は処方の簡素化が全国的に進められているが,本県では異なる傾向を示す可能性がある。そこで,県内の精神科病院に入院している統合失調症患者の向精神薬の処方実態調査を行った。また,本県のメタボリックシンドローム該当者率は全国平均と比べて高いため,代謝性疾患治療薬についても併せて調査した。対象患者は2,574人,抗精神病薬の投与量(CP換算値)は平均値764.1mgであった。単剤処方率は29.7%であった。全国調査と比べて単剤処方率はやや低いものの大きな差はなく,本県において処方整理が進んでいる状況が確認できた。糖尿病治療薬および脂質異常症治療薬の処方率も国民健康・栄養調査結果と同様の結果であった。今回の調査により,本県における統合失調症薬物治療の実態を概ね明らかにすることができたと考える。
Key words : schizophrenia, psychoactive drugs, antipsychotic, metabolic syndrome


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