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展望
●計算論的精神医学におけるNMDA受容体機能の意義と可能性
川﨑康弘
向精神薬の薬理作用を解明しようとする精神薬理学の発展に後押しされ,生物学的精神医学は発展してきた。意思決定理論や認知神経科学の領域の最近の進歩により,生物学的精神医学における逆問題,すなわち分子レベルの現象と臨床事実との間に存在するブラックボックスの解明に向かい始めている。コンピュータ・サイエンスに育てられた計算論的精神医学(computational psychiatry)は,NMDA受容体機能調節機能の解明を端緒に脳の完全なコンピュータモデル構築をめざし,これまでとは全く異なる生物学的指標に基づく精神医学の創出という魅力的な課題に挑戦している。
Key words : NMDA receptor function, computational psychiatry, neuroimaging, biological psychiatry, schizophrenia
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特集 NMDA受容体機能と新たな精神疾患治療
●NMDA受容体機能に着目した創薬研究
茶木茂之 日吉哲明 神辺太樹
NMDA受容体は4つのサブユニットから成るイオンチャネル型受容体であり,受容体複合体に受容体活性を調節する調節部位が存在する。また,NMDA受容体を構成するサブユニットもそれぞれサブタイプが存在する。NMDA受容体分子のイオンチャネル部位,調節部位あるいは特定のサブユニットを含有するNMDA受容体に特異的に結合する化合物の新規統合失調症あるいはうつ病治療薬としての可能性が検討されている。さらに,代謝型グルタミン酸受容体に作用することにより間接的にNMDA受容体活性を制御する化合物あるいはNMDA受容体を介する作用を模倣する化合物の創製が行われている。これらの創薬研究の中から,いくつかの化合物のヒトにおける有効性が検証されている。
Key words : NMDA receptor, schizophrenia, depression, mGlu2/3 receptor, mGlu5 receptor, glycine transporter 1
●NMDA受容体拮抗薬ketamineの即効性の抗うつ作用
橋本謙二
NMDA受容体拮抗作用を有する麻酔薬ketamineが,治療抵抗性うつ病患者に単回投与で即効性の抗うつ効果を示すことから,新しい抗うつ薬の治療ターゲットとして,NMDA受容体が注目されている。一方,ketamineは,ヒトに統合失調症と酷似した精神病症状を引き起こすこと,および繰り返し投与による薬物依存などの問題から,臨床応用には限界がある。NMDA受容体は,いくつかのサブタイプの複合体として形成されているので,副作用の少ない薬剤の開発が進められている。本稿において,治療抵抗性うつ病の新規治療薬としてのketamineおよびその他のNMDA受容体拮抗薬の可能性について考察したい。
Key words : ketamine, glutamate, NMDA receptor antagonist, stereo isomer, metabolite
●NMDA受容体調節作用を有する新たな統合失調症治療薬への期待
三宅誕実 宮本聖也
ドパミンD2受容体を標的とする抗精神病薬は,統合失調症の陽性症状の改善には確かな恩恵をもたらした。しかし,社会的・職業的機能に大きな影響を与える陰性症状や認知機能障害に対しては,その効果は限られており,unmet needsとみなされている。一方,グルタミン酸の伝達異常,あるいはその受容体であるN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体の機能低下が,統合失調症の病態生理に関与するという有力な仮説が存在する。この仮説に基づき,NMDA受容体機能を調節する多数の薬剤が今日まで開発され臨床試験が実施された。その結果,NMDA受容体機能を増強させる薬剤は,陽性症状のみならず,陰性症状や認知機能障害に対しても,ある程度の有効性を有する可能性が示唆されている。本稿では, 陰性症状を標的に現在開発中のglycine再取り込み阻害薬であるbitopertinの話題を中心に,NMDA受容体機能調節作用を有する新規の薬剤の臨床試験を概観し,その課題と展望を考察した。
Key words : bitopertin, glycine site agonist, glycine reuptake inhibitor, NMDA receptor, schizophrenia
●NMDA受容体機能調節作用を有する新たな気分障害治療薬への期待
熊田貴之 大坪天平
わが国では健康問題,経済・生活問題,勤務問題,家庭問題を背景に自殺者が増加し,社会問題となっており,厚生労働省を中心として自殺対策に取り組んでいる。自殺の要因の1つとして精神疾患,とりわけ気分障害にともなう抑うつ状態が挙げられることから,その対策において精神科医療は極めて重要な役割を担っている。抑うつ状態の薬物療法は,長らくモノアミン仮説に依拠した薬剤で行われており,忍容性の問題を解決する形でSSRI,SNRIなどの抗うつ薬が多数開発された。しかし,効果の遅発性や治療抵抗性など多くの課題を残しているのが現状である。その課題を打破するために注目されているのがketamineを中心としたNMDA受容体機能調整薬であり,本稿では,適応外ながら本邦で上市されているketamine,memantine,D-サイクロセリンを中心に概説する。
Key words : NMDA, depression, suicide, ketamine, antidepressant
●NMDA受容体機能調節作用を有する新たな認知症治療薬への期待
中村 祐
認知症薬物治療においてN-methyl-D-aspartate(NMDA)受容体作動薬に大きな期待が寄せられてきたが,実際に使用できる薬剤に辿り着いたのは,memantine hydrochloride(メマリー(R))のみである。現在,開発が進んでいる主要な薬剤はない。Memantineは,NMDA受容体に対して適度な親和性を持つことにより,アルツハイマー型認知症脳において,神経保護作用と学習機能改善作用を発揮すると考えられている。臨床試験において,攻撃性や行動異常の改善・抑制作用を含めて認知症症状の進行抑制作用が示されており,2011年6月より本邦においても使用可能となった。また,コリンセステラーゼ阻害薬との併用が可能であり,認知症薬物治療において主要な薬剤の1つとなっている。
Key words : NMDA receptor, memantine, cholinesterase inhibitor, Alzheimer’s disease
●NMDA受容体機能調整作用を有する新たな強迫症治療薬への期待
村山桂太郎 中尾智博
強迫症(以下OCD)に対する薬物療法は選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が第一選択となっているが,改善するものは50〜60%といわれている。そのような状況の下で,病態におけるグルタミン酸系の異常や治療薬としてNMDA受容体機能調整作用薬が近年注目されている。そこで本稿では,画像研究,遺伝子研究,臨床介入研究についてOCDに関する知見をまとめ,報告した。尾状核や前帯状回といったOCDの病因に関連が示唆されている部位でグルタミン酸複合体の濃度が変化しているという報告や,ゲノムワイド関連研究やメタ解析によるグルタミン酸トランスポーター遺伝子の関与が報告されていることから,グルタミン酸の本疾患への関与が示唆された。さらに臨床介入研究ではNMDA受容体アゴニストやアンタゴニストを用いた治療効果に関する知見が集積されてきており,OCDにおける新たな治療戦略として期待されることを述べた。
Key words : NMDA receptor, obsessive-compulsive disorder, glutamate, treatment strategy, pharmacotherapy
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原著論文
●大うつ病患者におけるmirtazapineの睡眠および食事摂取量と体重変動に対する臨床的評価
外賀真佑美 稲田 健 外賀裕次郎 高橋結花 高橋賢成 木村利美 石郷岡 純
Mirtazapine(MIR)はヒスタミンH1受容体への親和性が高く,睡眠持続・食欲亢進作用を有することが知られているが実臨床での報告は少ない。そこで東京女子医科大学病院精神科入院患者の睡眠および食事摂取量と体重変動を後方視的に調査・解析したので報告する。2009年9月〜2012年12月に,大うつ病の診断で入院加療中にMIRの内服を開始した51例を対象とした。評価期間は内服開始から8週間とした。睡眠への影響は,患者の自記式による夜間総睡眠時間と内服benzodiazepine(BZP)系睡眠薬の服用量(剤数およびdiazepam換算値)の変化で評価した。夜間総睡眠時間は15mg内服時の内服初日4.6±2.0hr(Mean±SD)と比較して翌日以降では6.3±1.9hrと延長(P<0.05)が認められた。BZP系睡眠薬の内服剤数は,開始時1.2±0.7剤から終了時0.49±0.5剤へと減少(P<0.05)し,うち中止可能症例は22例だった。Diazepam換算値は,開始時6.6±4.2mgから終了時2.0±2.2mgへ減少した(P<0.05)。食事摂取量は用量に比例し増加傾向がみられたが,体重は評価期間初日と最終日で差は認められなかった。MIR内服による治療は,早期から総睡眠時間を延長し,BZP系睡眠薬の減量および中止を可能とし,BZP系睡眠薬の多剤併用や長期使用の防止策の1つになりうると考えられた。
Key words : mirtazapine, major depressive disorder, sleep, appetite, benzodiazepine
●Clozapine施設導入と薬物治療アルゴリズム運用による統合失調症に対する薬物治療の適正化――岡山県精神科医療センターにおける処方実態調査より――
吉村文太 北川航平 馬場大樹 西村大樹 来住由樹
Clozapine施設導入と初回エピソード統合失調症薬物治療アルゴリズム運用が,統合失調症薬物療法の適正化に繋がっているかを検討するために,入院患者の処方調査を行った。調査時期は①clozapine導入患者選定前(2009年),②clozapine導入後/薬物治療アルゴリズム運用前(2012年),③薬物治療アルゴリズム運用後(2013年)とした。対象は主病名が統合失調症ならびに統合失調感情障害(ICD-10)の入院患者である。抗精神病薬単剤処方率は2009年20.3%から2012年38.1%を経て2013年53.1%へ有意に増加していた。抗精神病薬の平均用量(chlorpromazine換算)は,2009年1200mgから2012年1016mgを経て2013年909mgへ有意に減少していた。抗パーキンソン薬の平均用量(biperiden換算)は,2009年3.0mgから2012年1.2mg,2013年1.3mgへ有意に減少していた。Clozapine施設導入と初回エピソード統合失調症薬物治療アルゴリズム運用が,統合失調症入院患者に対する抗精神病薬と抗パーキンソン薬処方の適正化を進める可能性が示唆された。
Key words : clozapine, algorithm-based pharmacotherapy, schizophrenia, polypharmacy, high-dose treatment
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症例報告
●アルツハイマー型認知症に合併したうつ病にquetiapineが有効であった1例
宮本浩司 張 賢徳 板井貴宏 天保英明
アルツハイマー型認知症はうつ病の合併が多いことが知られている。一方で合併するうつ病の効果的な薬物療法は確立していない。一般的に抗うつ薬の投与が行われるが,その確たるエビデンスは得られていない。第2世代抗精神病薬であるquetiapineはうつ病,双極性障害うつ病相に対し有効であることが示されている。これより,アルツハイマー型認知症に合併するうつ病に対しても効果を示す可能性を考えた。今回,うつ病を合併したアルツハイマー型認知症患者にquetiapineの投与を行い,有効であった1例を経験した。抑うつ症状,希死念慮に加え,不安の改善も認めた。
Key words : Alzheimer’s disease, depression, suicidal ideation, quetiapine
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資料
●日本全国の生活保護受給者への抗不安・睡眠薬処方の地域差
奥村泰之 藤田純一 松本俊彦 立森久照 清水沙友里
本研究は,生活保護受給者における向精神薬の多剤処方の地域差を検討することを目的とした。2011〜2012年の医療扶助実態調査における調剤レセプト2,285,106件をデータ源とした。向精神薬の多剤処方割合が全国平均よりも29〜55%高い地域は,北海道,山形県,岐阜県,大阪府,奈良県と和歌山県の6地域であった。多剤処方割合の最も高い地域と低い地域の間には11倍の差がみられた。人口あたりの生活保護人員数が多い地域と精神病床を有する病院が少ない地域は,向精神薬の多剤処方割合が高いことが示された。2011年と比較した2012年の多剤処方のオッズが20%よりも減少した地域は,川越市,千葉市,兵庫県の3地域であった。向精神薬の多剤処方の状況を定期的にモニタリングするための体制を構築し,地域の実情に応じた対策を進めることが望まれる。
Key words : drug utilization, trends, prescriptions, insurance claim review, benzodiazepines
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