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展望
●精神疾患における拒薬・服薬困難を引き起こす背景と今後の課題
澤田法英
 適切な服薬行動には良好な治療者-患者関係が必須であり,治療者が患者の権利を尊重し,患者が治療者を信頼する時に最大の治療効果が発揮される。しかし,精神症状が重度で現実検討能力・判断能力の障害を合併すると,拒薬行動や服薬困難につながりやすく,寛解や回復が遅れる可能性がある。入院環境での拒薬頻度は7.2〜17.6%であり,症状,病識,副作用,認知などが関連する。拒薬例では精神症状が重度で,入院が長期化し,隔離拘束などの行動制限や症状改善に好ましくない影響がみられていた。米国では拒薬例に対し治療優先モデル,人権優先モデルの2つの異なるアプローチが存在するが,わが国では非自発的に治療を適用する制度がなく,医療者と政策担当者が連携し,パレンス・パトリエの理念を根拠に,治療を推進する制度を構築すべきである。本稿では,拒薬・服薬困難を引き起こす背景,判断能力の評価,非自発的な治療を行うための倫理基盤や必要とされるシステム構築について提唱する。
Key words : treatment refusal, competency, adherence, Shared Decision Making, informed consent, physician-patient relationship, involuntary medication

特集 拒薬・服薬困難患者への対応
●統合失調症入院患者における拒薬とその治療的対応
三澤史斉
 統合失調症治療の中で,拒薬を呈する患者に数多く遭遇する。これまでは,特に入院治療において,パターナリスティックな対応で乗り越えて来たことが多く,現在でも同様な対応は少なからずなされているであろう。そこで,本稿の目的は,拒薬への知識を深め,より適切な対応を考えていくことにある。これまでの拒薬に関する先行研究では,拒薬の定義が研究間で一定していないため,頻度などの実態を把握することは困難である。拒薬の理由は多岐にわたり,また,拒薬を呈することによって,入院期間,暴力,そして隔離・拘束の使用などに影響を与えるとも言われている。拒薬への対応として,自発的に薬物治療が受け入れられるように様々な取り組みをする必要があり,それでも拒薬が続く場合には,強制治療を行うことも考えていかなければならない。その際は,患者の判断能力と最善の利益を検討し,より適正な手続のもとで強制治療を行う必要がある。
Key words : medication refusal, forced medication, competence, best interest

●ケア対象者のリカバリーを支える服薬支援と看護師の役割
大橋明子  萱間真美
 精神科医療が効果的な急性期治療と地域生活移行と定着支援に移る中,精神科薬物療法は非定型抗精神病薬を中心とした処方に変化し,それによって看護援助や看護師の役割にも変化が生じている。非定型抗精神病薬には,特有の副作用がある。ケア対象者は,この副作用の経験と服薬行動を関連付けて解釈して拒薬をすることが多い。副作用があることは,症状の改善を困難にし,ケア対象者の望む生活や生き方にも大きく影響するだけではなく,生命の危機状態ともなりうる。これらのことから,精神科薬物療法における看護援助では,ケア対象者が服薬している薬剤を熟知し,生活の中からその効果や状態を判断する必要がある。また,拒薬につながる副作用を早期発見し,安全に回避できるように介入することも重要である。さらに,ケア対象者を支える多職種チームと連携をして,服薬支援を通したケア対象者のリカバリーをめざした援助を行う。
Key words : care support to medication, physical care for side effects,psychiatric pharmacotherapy, multidisciplinary team for medication, recovery

●認知症患者の拒薬に対する治療的対応
櫻井博文  羽生春夫
 認知症に伴う服薬拒否は,早期からみられ介護者を困らせる症状である。その要因は多様であるため,まず服薬拒否の理由を突き止めて対応することが必要となる。アルツハイマー病で最も多くみられる服薬拒否は,病識の低下によるもので,介護者や医療チームによる適切な服薬サポートによって減らすことが可能である。嚥下障害に伴う服薬拒否に対して,口腔内崩壊錠,パッチ薬,ゼリー薬などの剤型の変更が効果的である。妄想的な内容に基づく服薬拒否に対しては,介護者指導と同時に,早期に薬物療法(抑肝散,memantine,非定型抗精神病薬など)の併用も必要な場合が多い。
Key words : drug refusal, unawareness, dysphagia, delusion, dosage form

●救急医療の現場における昏迷,拒食,拒薬
八田耕太郎
 救急場面において昏迷患者を眼前にしたとき,潜在する身体疾患に関する精査と全身管理を最優先するべきである。検査で異常を見出せないとき,昏迷の背景が精神病性であるかどうか積極的に鑑別するために,benzodiazepine系薬剤の静注による治療的診断法を実施することが望ましい。Benzodiazepine系薬剤への反応性は比較的高いが,その効果が持続するかどうかは背景疾患が何かによる。抗精神病薬投与については議論があるが,電気けいれん療法の有効性については異論がない。薬物療法に拘泥して大量化するより,必要な場合は迅速に実施する方が安全面においても優る。拒薬の場合,内服するか注射を受けるかの選択を促す問いかけをしながら,治療への協力を求める働きかけは繰り返し行う必要がある。拒食を示す患者に対しては,全身状態の改善・維持を図る意味でも副作用を発生しにくくする意味でも,水分・電解質投与のための輸液,あるいは胃管からの流動の栄養投与を行う必要がある。
Key words : catatonia, stupor, benzodiazepine, electroconvulsive therapy, psychiatric emergency

●拒薬・嚥下困難などの患者に対する剤形の選択
吉尾 隆
 現在,国内ではrisperidone,olanzapine等をはじめとした8種類の第2世代(非定型)抗精神病薬が使用でき,様々な剤形が用意されている。第1世代(定型)抗精神病薬にも液剤や注射製剤があり,haloperidolとfluphenazineには持効性筋肉注射製剤(デポ剤)が用意されている。しかし,第1世代(定型)抗精神病薬における液剤やデポ剤の使用は主に拒薬を示す患者への強制投与が目的とされることが多かった。また,donepezilをはじめとした4種類の抗認知症薬は,口腔内崩壊錠,液剤,貼付剤といった剤形があり,拒薬患者,嚥下困難患者への投薬を行う場合の選択肢を拡げている。統合失調症の薬物治療における液剤の使用は,risperidone内用液剤の登場により,haloperidol液剤による秘密投薬からアドヒアランスを重視した治療へと変化した。その後の口腔内崩壊錠などの追加は,患者自らが自身の服用する剤形を選択し,薬物治療により積極的に参加していくことを後押ししている。
Key words : refusal of psychopharmacotherapy, dysphagia, antipsychotics, anti-dementia drugs, formulation

●精神科医療における強制医療は許されるか?
北村俊則  北村總子
 医療における患者の自己決定権とインフォームド・コンセントの原理では,患者の治療に対する同意を構成する要素は(a)医療者による情報開示,(b)自発性,(c)患者の判断能力の3点である。強制医療は患者の治療同意判断能力が減弱していると客観的に評価された時のみ許容される。入院の強制は治療の強制を自動的に導くものではない。治療同意の代行判断を家族が行う場合が多いが,家族のいない場合,多くの問題があり,成年後見制度の改正も視野にいれるべきであろう。拒薬患者に対する「隠し飲ませ」は患者への恩恵であれば許容するという意見もあるが,パターナリズムの観点からも容認できるものではない。
Key words : refusal, competency to give informed consent, medical ethics

●<症例報告>教育入院により拒薬と再入院の繰り返しから服薬と通院が可能になった統合失調症の1例
渡部和成
 拒薬し再入院を繰り返していた統合失調症患者が,院内の専用建物での教育入院プログラムによる治療を受けた結果,打って変って退院後16週間継続して服薬を遵守し毎週1回の通院と週5日のデイケア利用を行えるようになった症例を報告した。患者は,副作用の少ない単剤療法で薬効を感じることができ,システム化した患者用教育プログラムで治療法について学び,服薬の重要性や患者仲間の必要性に気付くことができた。家族用教育プログラムに参加した家族は,病気と治療法を理解し,患者の病からの回復をサポートしていく姿勢を取れるようになった。専用建物で実施する集団療法としての教育プログラムに参加したことで,患者と家族が患者の仲間や家族の仲間の存在を意識でき,孤立せず安心して治療を継続できるようになったことも患者の再入院防止に効果的であったと考えられる。
Key words : schizophrenia, educational hospital treatment, rehospitalization, refusal of medication

原著論文
●統合失調症急性期病態に対するblonanserin(BNS)の治療有用性(第2報)——治療継続に影響を及ぼす要因の検討——
堤 祐一郎  春日雄一郎  伊坂 洋子  二階堂亜砂子  高橋 理歩  辻 敬一郎  高橋 晋  稲田 健  大橋 優子  髙橋 杏子  津田 顕洋  中西 正人  渡部 和成
 統合失調症急性期病態に対する第二世代抗精神病薬blonanserin(BNS)の治療継続率に影響を及ぼす要因(中止・脱落に影響する因子)を検討するため,BNS8週治療継続群46例と脱落群15例に対して,BNS治療脱落までの日数を従属変数とし,性別,年齢,治療歴の有無,治療開始前と8週後PANSS,DIEPSS変化量,BNS用量,補助薬の有無を説明変数に設定し,単変量・多変量COX比例ハザード回帰分析を実施した。単変量解析の結果,PANSS EC変化量,PANSS ECを除く陽性尺度変化量,DIEPSS変化量,補助薬の有無に脱落に対する有意な影響が認められた。単変量解析で有意因子を独立変数とした多変量解析では,いずれの要因も脱落イベントに対する有意な影響が認められた。ハザード比よりそれぞれの変化量が1点上昇するごとに脱落となるリスクは,PANSS EC変化量でおよそ1.2倍,PANSS ECを除く陽性尺度変化量とDIEPSS変化量ではおよそ1.3倍上昇することが示された。さらに補助薬ありの方がなしに比べ脱落リスクが0.2倍となり,BNSに補助薬を併用することで中止・脱落率が低下することが示された。以上のことから,「PANSS EC変化量」「陽性尺度変化量」「DIEPSS変化量」「補助薬の有無」はBNSの治療継続に有意に影響し,その結論は強いことが示された。
Key words : blonanserin, dopamine-serotonin antagonist, acute phase schizophrenia, discontinuation, influencing factors

●急性期統合失調症患者におけるolanzapine単剤治療およびその他の抗精神病薬単剤治療の治療継続率についての検討——日常診療下における1年間の観察試験——
高橋道宏  藤越慎治  中原直博  伊豫雅臣
 日常診療下での日本人の急性期統合失調症に対する抗精神病薬単剤治療の治療継続率について検討するため,olanzapine単剤治療群578例とolanzapine以外の抗精神病薬単剤治療群511例(olanzapine以外の非定型抗精神病薬単剤治療群487例,定型抗精神病薬単剤治療群24例)を対象に,1年間の観察試験を行った。Olanzapine以外の抗精神病薬単剤治療群に対するolanzapine単剤治療群のハザード比は0.826(95% CI:0.699〜0.977,p=0.026)であり,olanzapine単剤治療群の治療継続率は有意に高いことが示された。治療中止例の割合は,olanzapine単剤治療群で53.6%,olanzapine以外の抗精神病薬単剤治療群では59.5%であり,olanzapine単剤治療群で有意に低いことが示された(p=0.032)。中止理由の内訳をみると,olanzapine以外の抗精神病薬単剤治療群や非定型薬単剤治療群と比べて,olanzapine単剤治療群では効果不十分を理由とする治療中止が有意に低く,有害事象の発現を理由とする治療中止は同等であった。また,パーキンソニズムの発現リスクも低いことが示された。Olanzapine単剤治療群でみられた有害事象は既知のものであり,olanzapine単剤治療の忍容性は概して良好と考えられた。以上より,これまで海外の統合失調症患者で報告されているように,olanzapine単剤治療は日本人の急性期統合失調症に対しても治療継続性が有意に高いと考えられた。
Key words : schizophrenia, treatment discontinuation, olanzapine, atypical antipsychotic drugs, effectiveness


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