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展望
●処方薬乱用・依存からみた今日の精神科治療の課題:ベンゾジアゼピンを中心に
松本俊彦
 本稿では、近年筆者らが行った調査結果にもとづいて、ベンゾジアゼピン系薬物を主とする精神科処方薬の乱用・依存と今日の精神科治療の課題について論じた。そのなかで、薬物依存臨床の現場では、いまや睡眠薬や抗不安薬などの精神科治療薬は、覚せい剤に次ぐわが国第2位の乱用薬物となっている現状があり、患者の大半がその乱用薬剤を精神科医から入手しており、しかも、一般精神科治療の過程で処方薬の乱用・依存を発症していることを指摘した。また、処方薬乱用・依存発症の背景には、「薬剤を貯めている可能性を顧慮しない漫然とした処方」「依存性の高い危険な薬剤の処方」「多剤・大量療法」「診察なしの処方」といった、精神科医の処方行動における問題が認められた。
Key words : benzodiazepine, overdosing, prescribed drug, psychiatric treatment, substance use disorder

特集 ベンゾジアゼピンと処方薬依存を巡る問題
●各国におけるベンゾジアゼピンの使用動向とわが国の問題点
尾﨑 茂
 Benzodiazepine系睡眠薬、抗不安薬(BZ)は1960年代以降、国内外で広く使われてきている。BZは臨床的に有用である反面、反跳性不眠、前向性健忘や臨床用量依存などの問題がある。また、過量服用を含む乱用・依存の問題にもしばしば遭遇する。世界的にみると、抗不安薬ではdiazepam、alprazolamの製造量が多いが、消費では前者は減少、後者は増加傾向がある。睡眠薬では、lormetazepam、temazepamの製造量が多く、消費量ではbrotizolam、estazolam、flunitrazepam、lormetazepam、nitrazepamなどが若干の変動がありながら大きな差がなく推移している。諸外国においても、BZを含む処方薬の不正流通や乱用・依存問題が広い地域で拡大しつつあり、対策が急がれている。国内では向精神薬の処方率が増加傾向にあり、うつ病診療でのBZ併用率は海外に比較して高い傾向を認め、精神科医療施設の実態調査でもBZ系鎮静薬症例が増加していた。今後、ガイドライン策定や教育・研修、薬剤師の活用などを通じて、より適切なBZ使用法の確立と自殺対策への寄与を図るべきである。
Key words : benzodiazepine, abuse/dependence, INCB(International Narcotic Control Board), overdose, measures to prevent suicide, nationwide mental hospital survey

●救命救急センターからみた処方薬の問題――ベンゾジアゼピン系薬剤過量服薬を中心に――
井出文子
 救急医療の現場で過量服薬患者、特に向精神薬が原因の過量服薬は増加している。依存や乱用の観点からも向精神薬は危険視されており、特にベンゾジアゼピン系薬剤が多くを占めている。また縊首などの致死性の高い自殺企図手段をする前に脱抑制や酩酊を起こす目的でベンゾジアゼピン系薬剤が内服されることも散見されている。今回、筆者が勤務する北里大学病院救命救急センターにおける自殺企図目的で向精神薬─特にベンゾジアゼピン系薬剤─を過量服薬した患者を中心にその背景や問題点を述べる。
Key words : emergency department, overdose, benzodiazepines, prescription

●依存症治療専門病院における処方薬依存症の現状と課題――せりがや病院における治療経験から――
青山(上原)久美
 我が国では、ベンゾジアゼピン系薬物(BZD)をはじめとする鎮静剤、睡眠薬(以下、処方薬)の処方件数が高く、2010年には全国の薬物依存症者における依存性薬物のうち処方薬が覚せい剤に次ぐ第2位となった。依存症専門病院である神奈川県立精神医療センターせりがや病院でも2010年8月から2012年10月に薬物依存症者149人が入院し、その45人が処方薬を主たる依存薬物とした。処方薬依存症者は覚せい剤依存症者と比べて高い初回使用年齢、長い教育年数、経済的状況、逮捕歴の少なさなど異なる生活背景を持つ。また多くが症状緩和のため精神科医療機関で開始され、乱用時も8割以上が精神科医療機関で入手していた。身体疾患の合併が少なく、問題行動に健忘を伴うため病識が持ちにくい。治療には動機づけや薬物離脱症状への対応、原疾患の治療、家族や他の医療機関と連携した再乱用防止など長期にわたる包括的治療を要する。
Key words : prescription drug, benzodiazepine, addiction, hospitalization, medication, psychotherapy

●ベンゾジアゼピン系薬物の依存の薬理
伊藤教道  千崎康司  吉見 陽  山田清文
 Benzodiazepine(BDZ)系薬物は長期の使用により臨床用量であっても依存を形成することがあるため、その依存形成能を無視することはできない。BDZ系薬物は他の依存性薬物と作用点は異なるものの、依存形成については共通の作用機序を有することが明らかとなっている。BDZ系薬物は標的分子であるGABAA受容体に結合することでその作用を発揮する。近年、GABAA受容体のサブユニットと生理機能との関係が解明されつつある。薬理学的な研究からα1サブユニット選択性の高い薬物は、依存形成能が強いことが示され、BDZ系薬物による依存形成にはα1サブユニットが重要な役割を果たしていることが明らかになった。一方、α1サブユニットは鎮静・抗けいれん作用を担っている。BDZ系薬物を使用する場合、薬物動態学的および薬理学的特徴を考慮したうえで適切に使用することが肝要である。
Key words : benzodiazepine, GABAA receptor, α1 subunit, drug dependence, rewarding system

●不安障害の薬物療法とベンゾジアゼピン依存――特に全般性不安障害とパニック障害に注目して――
田中 聡
 不安障害のうち、全般性不安障害とパニック障害を特に取り上げ、日米英の治療ガイドラインを比較し、医療政策上多数の患者への対応を求められる本邦の精神医療場面におけるベンゾジアゼピンの位置付けと使用上の留意点について検討した。日本のガイドラインが、特に英国のガイドラインに比べベンゾジアゼピン類の使用に対しては許容的であるのは、これまでの医療政策からはやむを得ない部分がある。しかし、不安障害に処方薬依存を合併させて障害を固定・高度化する事例を減らすためには、個々の臨床医の個人的努力だけでなく、プライマリ・ケア領域への情報発信や、さらなる医療政策の改善が必要である。
Key words : anxiety disorder, pharmacotherapy, benzodiazepine, addiction

●睡眠障害,気分障害治療ガイドラインにおけるベンゾジアゼピン
稲田 健  高橋結花  石郷岡 純
 ベンゾジアゼピン(benzodiazepine:BZ)系薬物は、幅広い診療科で処方される必須薬であるが、依存性が存在し、処方薬依存と乱用の問題が指摘されている。本稿では、気分障害と睡眠障害の治療ガイドラインにおけるBZの位置づけを確認した。この結果、BZは気分障害の薬物療法の第一選択ではなく、補助的な治療法として記載され、服用期間を短期間に限定するといった注意喚起が併記されている。睡眠障害の薬物療法においては、短時間作用型のBZとBZ受容体作動薬が薬物療法の第一選択であると記載されるが、非薬物療法を検討することが前置きされている。つまり、各ガイドラインとも、BZの有用性は認めつつも、問題点を指摘し、適正な使用を促している。臨床医はガイドラインの意図を汲み、適正な使用を心がけるべきである。
Key words : benzodiazepine, depression, bipolar disorder, sleep, insomnia, guidelines

●ベンゾジアゼピン依存に対する行動療法
原井宏明
 医師に対する薬剤処方アンケートによるとベンゾジアゼピンの使用率は内科は約93%、精神科は約98%と報告されている。一方、いわゆるストレス性の疾患に対するベンゾジアゼピンの使用には問題がある。例えば、うつ病性障害や強迫性障害、摂食障害、PTSDに対してベンゾジアゼピンが単独でプラセボよりも有効だとするエビデンスはない。現在入手可能な最新のエビデンスによれば、ほとんどのストレス性疾患に対して有効な薬剤は抗うつ薬である。ストレス性疾患に対する治療に関して、ベンゾジアゼピンを漸減・中止することが必要な場合があると思われる。しかし、実際には通常の漸減法によって中止できるのは約1/3にとどまる。また一部の患者においては耐性や問題使用、薬物探索行動がみられる。この論文ではベンゾジアゼピンの頓服の問題点について取り上げる。学習理論に基づく仮説の1つである相反過程説を解説し、薬物を漸減、中止する場合に必要な行動療法・動機づけ面接について実例を挙げる。
Key words : anxiolytic, benzodiazepine, dependence, behavior therapy, motivational interviewing

総説
●ベンゾジアゼピンによる副作用と常用量依存
戸田克広
 日本の単位人口当たりのベンゾジアゼピン系抗不安薬(BZD)使用量は世界最多とは断言できないが、その可能性が高い。長期作用型BZDより短期作用型BZDの方が離脱現象(退薬症状)が起こりやすく、結果として長期使用になりやすい。BZDでは、臨床用量でも依存が起こるため常用量依存(臨床用量依存)と言われる。BZDにより転倒、骨折、交通事故、運動機能の低下、薬物乱用性頭痛、抑うつ症状、記憶力の低下、認知機能の低下、認知症、骨粗鬆症、せん妄、自殺、死亡率の増加、睡眠の悪化などが起こりやすくなる。様々な副作用と常用量依存は分けて考える必要がある。鎮痛目的、睡眠目的でBZDを使用すべきではなく、抗不安効果に限定してしかも抗うつ薬が効果を発揮するまでの一時使用にとどめ、半年以上使用すべきではない。
Key words : benzodiazepine, anxiolytic, hypnotic, conventional-dose dependence, adverse effect

短報
●強迫症状がうつ病相に同期して出現し,躁病相・正常気分で消失した双極Ⅱ型障害の1例
西中哲也  小野雄基  河田隆介  渡邉昌祐
 強迫症状がうつ状態に同期して出現し、軽躁状態・正常気分で消失した双極性Ⅱ型障害の1例を報告した。強迫症状と気分障害は2回とも同期して出現した。強迫症状の発症は職場で注意を受けたストレスが誘因になり、うつ状態は風邪の罹患が引き金となった。躁状態はSSRIのfluvoxamineの使用が関係したかもしれない。うつ状態と強迫症状の近縁性について生物学的側面から考察した。
Key words : bipolar disorder, obsessive compulsive disorder (OCD), clomipramine, aripiprazole, fluvoxamine


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