詳細目次ページに戻る

展望
●うつ病は認知症の危険因子となるのか
馬場 元  新井平伊
 うつ病から認知症へ移行する症例は日常臨床においてしばしば経験するものであり,多くの疫学的調査でもうつ病が認知症の危険因子であることが示されている。これまでは高齢発症のうつ病が認知症に移行しやすいものと考えられていたが,最近の調査では若年発症のうつ病も将来の認知症発症の危険性を高めることが報告されている。また神経心理学的研究でもうつ病の寛解後も認知機能や記憶機能の低下が残存することが示され,うつ病と認知症の関係についての関心が高まっている。うつ病から認知症への移行のメカニズムについては,脳血管障害の存在や前頭葉,帯状回の機能障害,視床下部 下垂体 副腎系の過活動による海馬を中心とした脳ダメージ,BDNFを介した神経新生の障害などがその生物学的背景として指摘されている。さらにアルツハイマー病の病因・病態に深く関係するアミロイドβタンパクの代謝異常もこれに関与している可能性が示唆されている。
Key words : depression, dementia, risk factor, epidemiology, mechanism

特集 高齢発症の気分障害の増加と認知症
●高齢の気分障害患者の特徴
堀川直希  中村倫之  富田 克  内村直尚
 世界に類を見ない高齢化社会への加速が進む我が国において,気分障害患者の現状と高齢の気分障害の臨床的特徴について俯瞰した。厚生労働省の患者調査によれば,精神科において過去 10 年間に気分障害患者は増加の一途をたどっており,高齢者の気分障害患者も増加している。年代別の増加率は 80 歳以上の男性で最大であり,高齢化を如実に反映している。高齢のうつ病患者は強い身体愁訴,妄想の出現など症候学的な特徴があり,高齢者の高い自殺率の背景としても極めて重要である。双極性障害は比較的若年発症が特徴とされるが,50 歳以降に初回の気分エピソードを持つ双極性障害患者も希ではない。認知症への移行や自殺予防等,我が国の高齢者の気分障害患者に関する課題は多く,今後の患者数の増加に対し充分な対策を講じる必要がある。
Key words : mood disorder, bipolar disorder, depression, elderly

●高齢うつ病者の薬物療法――認知症治療薬と抗うつ薬との併用――
中村 祐
 外見上活動性が低下する認知症の精神行動症状(Behavioral Psychological Symptoms of Dementia:BPSD)にアパシー(apathy)とうつ状態(depression)がある。アパシーの治療には,コリンエステラーゼ阻害薬であるdonepezil,galantamine,rivastigmineを用い,うつ状態の治療には,SSRI/SNRIを用いるが,実際のところ,この2つの症状の鑑別が極めて難しく,直接治療が難しいことに結びつく。アパシーとうつ状態が併存する可能性もあり,その場合はコリンエステラーゼ阻害薬とSSRIなどの抗うつ薬を併用する可能性があるが,併用の有用性については確たるエビデンスはないのが現状である。また,レビー小体型認知症では,その初期症状として,うつ状態が見られることが多く,この場合はコリンエステラーゼ阻害薬が有効な可能性がある。
Key words : apathy, depression, choline-esterase inhibitor

●高齢者の躁病・躁状態:鑑別の留意点と二次性躁病
新里和弘
 高齢化社会を迎え躁病の患者も高齢化する。高齢期では躁状態の出現の仕方が典型的ではなく,認知症やせん妄状態と誤って捉えられがちである。本稿では前半において高齢期の躁病・躁状態の鑑別診断の留意点について記載した。また高齢期は,二次性(併発性,続発性)の躁状態が出現しやすい時期であることも知られている。本稿後半では,この二次性躁病についてその特徴,原因疾患について述べ,治療に関する概説を行った。
Key words : manic state, elderly, delirium, secondary mania, manic pseudodementia

●高齢うつ病者のうつ状態に対する対応――非薬物療法を中心に――
下田健吾  木村真人
 高齢化社会の中で増加している高齢うつ病の治療,介入は重要な問題である。高齢うつ病は遺伝・生育的要因のみならず神経生物学的要因,器質的要因や社会心理学的要因などさまざまな要因が発症に関与し,個々の患者においてその割合は異なるため多面的な評価とアプローチが必要である。本稿では非薬物療法の中で,有効性のある治療として心理療法(認知行動療法,対人関係療法,問題解決療法),コミュニティレベルでの介入,電気けいれん療法,経頭蓋磁気刺激法,運動療法について概説した。心理療法や電気けいれん療法はエビデンスの高い治療法として確立しているが,経頭蓋磁気刺激法,運動療法については今後の研究成果の蓄積が待たれる。高齢うつ病の治療において重要なことは薬物療法,非薬物療法の線引きをすることではなく,全人的立場から最適な治療が提供されることであり,有効性の実証されているコミュニティレベルでの介入の普及が必要である。
Key words : late life depression, non pharmacological interventions, psychotherapy, electroconvulsive therapy, depression care management

●高齢者における気分障害の診断と治療――器質因との関連――
切目栄司  辻井農亜  松尾順子  白川 治
 高齢者の気分障害の診断では,罹患している一般身体疾患や中枢神経疾患による認知機能障害がその病像を修飾している可能性を常に念頭におくことが求められる。器質因を考慮すべき気分障害では身体疾患に対して既に複数の薬物投与を受けていることも多いため,向精神薬の投与にあたっては服用中の薬剤との相互作用に留意し,Short(投薬期間を最小限に),Simple(種類を最小限に),Small(用量を最小限に)の「3 S」が望ましい。また,漸減・中止を含め処方薬の必要性を定期的に再評価すべきである。器質因の存在が疑わしい気分障害では,一般身体疾患鑑別のための検査を注意深く行うとともに,器質性気分障害と診断されれば原則的にはまず原因疾患の治療を行い,向精神薬を用いる場合は高齢者であることや原因疾患の存在に留意する。
Key words : organic mood disorder, vascular depression, Alzheimer disease, Parkinson disease, antidepressant

原著論文
●RLAIの12ヵ月間における処方・臨床評価の推移と患者意向の変化(多施設共同研究)
石垣達也  青山 洋  熊田貴之  住吉秋次
 実地医療において,RLAIを投与した3施設 23 人の統合失調症患者の使用開始後12 ヵ月間の有効性と安全性を検討し,処方内容,患者意向の推移を調査した。RLAIによって精神症状の改善だけでなくEPSの有意な改善がもたらされた。それによって処方は単純化し,患者の社会機能は回復に向かい,アドヒアランスは改善傾向を示した。重篤な副作用の発生もなく,投与開始 12ヵ月後の時点での治療継続率は 82. 6%と高く,前薬に比べた満足度も高かった。RLAIはわが国で使用できる初めての非定型抗精神病薬の持効性注射剤として,患者のアドヒアランスを向上させ,再発を予防するとともに,患者本人が希望する目標を実現するための鍵となる薬剤であると思われる。
Key words : adherence, risperidone long-acting injection, effectiveness, schizophrenia

●Paliperidone徐放錠の有効性・安全性・患者主観的評価の検討――多施設における8週間短期評価の報告――
青山 洋  熊田貴之  石垣達也  住吉秋次
 経口第二世代抗精神病薬徐放性製剤であるpaliperidone徐放錠(PAL-ER)は,薬物血漿中濃度を 24 時間安定化させることで,安定した効果や,錐体外路症状等の副作用の軽減が期待されている。今回,3施設での実地医療下で,統合失調症の外来・入院患者67 例の8週間における,PAL-ERの有効性・安全性,患者主観的評価の検討を行った。BPRS総得点では2週から,CGI-S,GAFではそれぞれ,2週,4週から有意な改善を示した。DIEPSS総得点はrisperidoneからの切り替え例(RIS切替群)で有意な低下を示した。患者主観的評価では,1日の中で「症状のブレ」がある患者の 53. 6%がその軽減を訴え,「薬の効きめの良さ」「副作用の少なさ」の向上,患者満足度(MSQ)では,RIS切替群の 90. 0%,非RIS切替群の 55. 6%に満足度の向上が認められた。これら主観的評価は,BPRSやDIEPSSなどの有効性・安全性の指標と合致するものであり,実地医療においてPAL-ERの有用性が示され,精神症状の安定維持にPAL-ERのもつ徐放錠としての特性が寄与している可能性が示唆される結果ともなった。
Key words : paliperidone extended release, second generation antipsychotics, efficacy, safety, questionnaire survey

●精神科病院における 28 ヵ月間のrisperidone持効性注射薬使用経験――入院治療に関するmirror-image解析を含めて――
小林和人
 Risperidone持効性注射薬(RLAI)使用例を後方視的に解析し効果的な使用法を探った。対象は当院で 28 ヵ月間にRLAIを処方された統合失調症圏患者 29 例で,処方内容,導入・中止理由,用量,継続日数等を調査した。RLAI期間と,同じ長さの前治療期間を設定し,mirror image解析を行った。罹病期間は 28.5 ± 11.6 年で,93%(27 例)がアドヒアランス不良のためRLAIを導入され,361 ± 206 日継続し,用量は 34.6 ± 5.4mg/ 2週であった。導入前と最終注射時の比較では抗精神病薬剤数(P = 0.001),chlorpromazine換算値(P = 0.002),抗パーキンソン病薬biperiden換算値が減少し(P < 0.001),薬物療法の簡素化が確認された。調査時点でRLAI継続中 16 例の用量は33.1± 5.5mg/ 2週,中止 13 例は 36.5 ± 4.9mg/ 2週であった(P = 0.039)。Mirror image解析(n = 29)では入院日数(P = 0.755),非自発的入院回数(P = 0.735)は同等で,3ヵ月超の入院例を除外した第2回解析(n = 14)では入院日数が減少し(P = 0.043),非自発的入院は両期間ともなかった。今後は軽症例,アドヒアランス良好例に使用を拡大することが望ましい。
Key words : risperidone long-acting injection, schizophrenia, dose reduction, adherence, outcome

症例報告
●Blonanserin 1日1回十分量投与の有用性
吉川憲人
 抗精神病薬は,その強力なD 2受容体拮抗作用およびtightなD 2受容体親和性が治療効果として期待される半面,長期的な服用によりD 2受容体のup regulationが起こりsupersensitivity psychosisや,neuroleptic dysphoriaを惹起されるほか,急性 / 遅発性の錐体外路症状の発現等により他剤への変薬を余儀なくされる症例が少なからず存在する。Blonanserinも強力なD 2受容体拮抗作用とtightなD 2受容体親和性を有する抗精神病薬であるが,筆者はこうした問題をできる限り回避し,blonanserinの抗精神病作用をより有効に引き出す方法として1日1回高用量投与を考えた。今回blonanserin  1日1回十分量投与により十分に症状が改善し,有害事象を回避することが可能であった3症例について報告する。自験例では,開始用量は異なるが1日量ではなく1回量を十分量にすることで良好な経過を認めることが多かった。精神症状の悪化が認められた際には,抗精神病薬の増量ではなく投与方法の変更が有効となる症例もあり,考慮すべき手法と考える。
Key words : blonanserin, once daily, sufficient-dose, adherence, adjustment of medication method

●潜在性鉄欠乏の治療にて陰性症状が改善した維持期統合失調症の2例
吉村文太
 現時点で統合失調症維持期に残遺する一次性陰性症状にはっきりと有効性が認められた薬剤はなく,興奮性アミノ酸仮説に基づくいくつかの薬剤が開発,治験中である。今回,これまでの報告では知られていない経過,つまり潜在性鉄欠乏の治療にて陰性症状が改善した維持期統合失調症2症例を経験したので報告する。今回の2症例では貧血はないものの血清鉄低値,貯蔵鉄枯渇であることの他に,(1)有月経の女性であること,(2)初発精神病エピソード後の維持期であること,(3)陽性症状は抗精神病薬に反応を認めていること,(4)主剤はaripiprazole低~中等量単剤であること,(5)錐体外路症状は軽度であること,が共通していた。また,ドパミン生成時の律速酵素であるチロシン水酸化酵素は,いくつかの補酵素によって活性化されるが,その働きに鉄が関与していること等,鉄とドパミン神経系との直接的な関連を示唆する生化学的な裏付けがいくつか報告されている。そして,それらから鉄欠乏の治療で陰性症状が改善した理由を説明できるかもしれない。
Key words : latent iron deficiency, negative symptoms, iron replacement therapy, schizophrenia, dopamine

総説
●化学的に見た神経伝達の機作と中枢神経作動薬の薬理
諸岡良彦  長嶺敬彦  渡部勇信  平井憲次
 神経伝達はシナプス内では電気的に,シナプス間では化学物質の移動とタンパク鎖を含む化学物質同士の物質間相互作用で進行する。統合失調症や双極性障害の主たる原因であるmonoamine伝達の不整も,それを調節する薬物の作用も全て化学の基本的法則に従うという観点から,神経伝達に及ぼす薬物の影響を分子科学に基づいて再検討した。Agonistやantagonistといったシナプス間伝達の基本用語も,それを使う研究分野によって微妙に意味が異なる。分子間相互作用の機構もそれが確立した時代の流れや,治療の主役となった薬物によって変動する。シナプス間伝達を律する化学の原点に立ち返ることにより,時代や流行の薬物に左右されない簡明で合理的な薬理が確立されよう。このような薬理は,統合失調症や抗うつ薬の臨床結果にも良く適合し,薬物療法から遡って,症因の究明にも貢献することが期待される。
Key words : chemical view of neurotransmission, agonist and antagonist, molecular interaction, antipsychoics, psychopharmacology


本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright(C)2008 Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved.