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展望
●向精神薬と自殺予防
山田光彦  稲垣正俊  米本直裕
 わが国では年間3万人以上が自殺で亡くなっており,大きな社会問題となっている。先行研究により,自殺死亡者の多くが何らかの精神障害に罹患していた可能性が強く指摘されている。また近年,向精神薬と自殺関連事象との関係が,注目を集めている。そこで本稿では,自殺の背景要因としての精神障害について概観し,次いで向精神薬にかかわる諸問題について考察した。精神医学は,自殺という大きな社会全体の問題に対して様々な形で貢献できる知識と技術を持っている。一方,精神科医師が向精神薬を処方する対象とされる患者は,何らかの精神障害を有しており,一般人口に比較して大きな自殺リスクを有している。また,向精神薬は文字通り中枢神経系に作用する医薬品である。そのため,向精神薬を投与する際には,患者の自殺リスクが増加することがないよう,療養環境を整える努力を怠らず,症状の変化を注意深く見守るなどの対応をとる必要がある。
Key words : risk management, safety, clinical trial, overdose

特集 薬物と自殺関連事象、そしてその予防
●抗うつ薬と自殺関連事象
原田豪人
 抗うつ薬の使用と自殺関連事象との関係に関する研究を比較検討した。FDAが行った治験のデータのメタアナリシスでは,小児のうつ病では抗うつ薬の服用により自殺企図・自殺念慮が有意に増加するという結果であった。しかし疫学データでは,2003年の抗うつ薬の規制以降は各国において抗うつ薬の処方量は減少したが,逆に自殺者は増加するという治験のデータ解析と相反する傾向がみられた。抗うつ薬のクラス間,SSRI内での各薬剤間における自殺関連事象の発現頻度については,差がないという報告が多くみられた。また自殺者の剖検などの他の研究において,抗うつ薬の服用と自殺関連事象の増加には否定的な結果も多くみられた。
Key words : antidepressant, SSRI, suicidality, activation syndrome

●抗精神病薬治療に起因する自殺関連事象
渡邉佑一郎  武田俊彦
 一般人口と比較した場合,統合失調症患者の自殺率が高いことはかねてより示唆されている。自殺に及ぶ要因としては複数考えられるが,目覚め現象,ディスフォリアおよび知覚変容発作など,抗精神病薬による薬物治療がかえって自殺関連行動の契機となることもある。目覚め現象においては,患者が自らの精神症状や機能的障害を正しく把握できるようになった結果,心理学的な不適応を起こし抑うつや絶望感が誘発され,自殺に帰結する危険性が報告されている。ディスフォリアでは思考抑制,集中欠如や快楽消失といったネガティブな主観体験が,また知覚変容発作では知覚過敏化,外界相貌化,空間構造の潰乱などの異常体験が認められるが,いずれも抗精神病薬に惹起された現象であり,患者にとって負の体験となる。薬物治療を行うに当たっては,抗精神病薬自体が自殺を誘発する可能性についても念頭に置いた上で,処方薬およびその用量を調整していく必要がある。
Key words : antipsychotics, suicidality, awakenings, dysphoria, perceptual alteration attack (PAA)

●抗てんかん薬と自殺関連事象
坪井貴嗣  仁王進太郎
 てんかん患者や双極性障害患者では,一般人口に比べ自殺率が有意に高く,治療のために用いられる抗てんかん薬がその要因の1つとなっている可能性がある。2008年に抗てんかん薬による希死念慮および自殺行動のリスクに関する注意喚起がFDAよりなされ,抗てんかん薬の添付文書にも記載が義務づけられるようになった。その見解とは「抗てんかん薬群における自殺関連事象のリスクは,プラセボ群の約2倍である」などであり,関係者に大きな衝撃を与え,反論を含めた議論がなされている。また,他にも抗てんかん薬と自殺関連事象の関連についての大規模試験がなされており,その結果も様々である。さらに,それぞれの抗てんかん薬の作用機序を自殺関連事象という観点から考察する必要がある。現段階でのエビデンスと臨床現場の状況を勘案したうえで,抗てんかん薬を適正に使用し,自殺の予防のための対策を講じることが肝要である。
Key words : antiepileptic drug, suicide, FDA alert, epilepsy, bipolar disorder

●抗不安薬・睡眠薬による異常行動――自殺,自傷との関連を中心に――
倉田明子  藤川徳美
 抗不安薬・睡眠薬のうち,最も一般的なBZ系薬剤およびzolpidemなど非BZ系のBZ受容体作動薬,diphenhydramineを主成分とするOTC睡眠改善薬について,自殺・自傷に関連した異常行動を呈する副作用を概説した。これらの薬剤で異常行動を呈する副作用には,(1)奇異反応,(2)もうろう状態やせん妄などの意識障害,(3)離脱症状,(4)健忘を伴う夜間睡眠時の行動障害,が存在する。これらの副作用を見逃さないため,抗不安薬・睡眠薬の投与後にかえって症状が増悪したり,新たな精神症状が出現したりする場合には,薬剤投与と症状出現のタイミングを経時的に判断する必要がある。BZ系薬剤やBZ受容体作動薬に関して,異常行動を引き起こす副作用の危険因子として,長期服薬,短時間作用型,高力価,高用量,アルコールとの併用があり,処方の際には安易な短時間作用型,高用量,高力価の使用を控えること,漫然と長期処方せず早期の減量・中止や他剤への変更を検討していくことが重要である。
Key words : sedative-hypnotic, anxiolytic, adverse effects, abnormal behavior, suicidal behavior

●自殺と身体科治療薬
平野仁一  渡邊衡一郎
 現時点においては薬剤誘発性の精神障害に対してさえエビデンスが十分とは言い難いとする指摘がある。このため,薬剤誘発性の精神障害からさらに先に進んだと考えられる身体科治療薬と自殺の関係を論じるにはエビデンスがまだ十分でない可能性がある。そして,我々が文献を調べた限りにおいて,薬剤が影響したと考えられる自殺に関する総説あるいはメタ解析等は認められず,文献は少なかった。このため本稿では精神症状をきたしやすいとされる身体科治療薬を念頭に文献的検索を行い,現時点での身体科薬治療薬と自殺に関する知見を概説する。
Key words : suicide, depression, varenicline, interferon-α

●気分安定薬の自殺予防効果
寺尾 岳  石井啓義
 Lithiumなど気分安定薬の自殺予防効果について文献的に検討した。その結果,lithiumも他の気分安定薬も自殺予防効果を発揮しうると考えられた。Lithiumに関しては,双極性障害に対する治療濃度よりも,かなり低濃度から自殺予防効果が発揮されることが疫学的研究で示唆されている。したがって,少なくともlithiumの自殺予防効果には気分安定化作用を介さない機序も存在する可能性があり,それはおそらく衝動性や攻撃性に対する緩和作用と考えられる。これによって,精神疾患を有する患者はもとより一般の健常人においても,微量なlithiumが自殺予防に役立つ可能性が示唆される。さらに,治療濃度のlithiumをきちんと服用する患者においては,気分安定化作用を介する自殺予防効果に加え,衝動性や攻撃性を緩和する作用を介する自殺予防効果も得られる可能性がある。
Key words : mood stabilizers, lithium, valproate, aggression, impulsivity

症例報告
●興奮性の症状にaripiprazoleが奏効した小児期の広汎性発達障害の6症例
辻井農亜  明石浩幸  左海真介  三川和歌子  白川 治
 AripiprazoleはドパミンD2受容体部分アゴニストという特徴をもつ非定型抗精神病薬である。今回,我々は小児期の広汎性発達障害患者6例のもつ興奮性(他者への攻撃性,かんしゃく,気分の易変性など)に対するaripiprazoleの治療効果,その効果発現までの期間,投与量,並びに副作用について検討を行った。治療効果判定にはCGI-IおよびAberrant Behavior Checklist-Japanese version(ABC-J)興奮性スコアを用いた。この結果,aripiprazole投与2週間目からABC-J興奮性スコア並びにCGI-Iスコアは改善し,その効果は8週間継続していた。報告した6症例のうちの1症例においては,体重増加という副作用がみられ投与を中止した。Aripiprazoleは小児期の広汎性発達障害患者の興奮性に対する治療効果を示す薬剤である可能性が示唆され,今後,有効性と安全性に対する多数例での検証が求められる。
Key words : aripiprazole, irritability, pervasive developmental disorders

●治療抵抗性統合失調症に対しclozapineを投与後,薬剤性の胸水,胸膜炎をきたし,投与中止・再投与開始後に好中球減少症がみられた1例
井上真一郎  矢野智宣  武田直也  高木 学  寺田整司  内富庸介
 国内において,2009年にclozapine(以下CLZ)が使用可能となったことで,統合失調症に対する薬物治療に新たな展開が期待できることは間違いない。ただし,CLZは無顆粒球症や心筋炎などの重篤な副作用を有するため,過去に国内だけでなく世界各国で販売や開発が中止となった経緯もあり,いわゆる“諸刃の剣”の薬剤でもある。そのため,効果だけでなく副作用およびその対応についても熟知しておく必要がある。今回,治療抵抗性の統合失調症患者にCLZ低用量を投与したところ精神症状に著明な改善を認めたが,増量経過中に薬剤性の胸水,胸膜炎をきたし,一旦投与中止し再投与開始後に好中球減少症がみられた1例を経験した。当初は発熱の原因が不明であったため,CLZにしばしばみられる薬剤熱を考慮した。CLZによる胸水,胸膜炎の既報告は決して多くないため診断が遅れることもあり,その使用にあたっては十分に注意が必要である。
Key words : clozapine, pleural effusion, pleuritis, neutropenia, drug fever


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