詳細目次ページに戻る

展望
●ムードスタビライザーとは何か
加藤忠史
 ムードスタビライザー(気分安定薬)の定義については,「躁病エピソードとうつ病エピソードに対する急性期の効果と予防効果を持つ薬剤」という2×2の定義,それに加えて「躁からうつ,うつから躁への再発の予防効果も持つ」ことが証明されるべきであるとするGhaemiの定義,そして,「(躁病およびうつ病エピソードに対して)予防効果がある薬剤」というGoodwinとJamisonの定義など,さまざまな考え方がある。実際には,「双極性障害に対する再発予防効果が(たとえ不十分なエビデンスでも)示されている薬剤のうち,抗精神病薬でないもの」である,lithium,lamotrigine,バルプロ酸,carbamazepineの4つを気分安定薬と呼ぶことが多いが,将来的には,化学的薬理作用に基づいた分類へと収斂することが期待される。
Key words : mood stabilizer, bipolar disorder, lithium, lamotrigine, valproate

特集 ムードスタビライザー再考
●Mood stabilizerの定義と各薬剤の位置付け
近藤 毅
 狭義のmood stabilizerとは,双極性障害の治療において,躁/うつの極性に関係なく両相性に作用し,急性効果と再発予防効果を併せ持ち,最終的には寛解状態に収束させるとともにそれを維持する薬剤と定義されうる。これらの全基準にエビデンスをもって合致するgold standardの薬剤は,これまではlithiumのみと考えられてきた。近年,quetiapineやolanzapineなどの第2世代抗精神病薬が総合的mood stabilizerとして有用であるとするエビデンスが蓄積されているが,長期使用時の安全面への懸念が依然として問題に残る。一方,古典的な mood stabilizerとして汎用されてきた抗てんかん薬は,valproateやcarbamazepineが躁病相に,lamotrigineがうつ病相に優位な効果を発揮する選択性があるため,万能なmood stabilizerとはいい難い。しかし,これらの薬剤が補完的に併用された場合には,lithiumと同等,または,それ以上の効果を発揮する可能性を秘めており,特に不快気分を伴う躁病,混合状態,急速交代などlithiumへの反応が不良な病態に対しては有用である可能性が示唆される。
Key words : mood stabilizer, bipolar disorder, polarity, acute effect, relapse prevention

●神経保護効果に基づいた気分安定薬の作用メカニズム
小俣直人  村田哲人  和田有司
 気分安定薬の作用機序について,その神経保護効果に基づいて我々が得た研究結果を中心に,lithiumおよびバルプロ酸に関する知見などとともに概説した。脳スライスとポジトロン標識化合物を用いた実験により,lithiumは慢性投与されてはじめて海馬など脳部位特異的に神経保護効果を発揮し,さらにそのメカニズムとして,glycogen synthase kinase 3s(GSK3s)阻害によるcAMP response element binding protein(CREB)やbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)の発現上昇が関与する可能性が考えられた。またlentivirusシステムを用いたin vivoでの RNA interference(RNAi)による実験では,海馬歯状回におけるGSK3sの持続的な抑制が抗うつ様効果を発揮し,この効果が気分安定薬の臨床作用機序に関与する可能性が考えられた。
Key words : mood stabilizer, chronic treatment, neuroprotective effect, GSK3s, dentate gyrus

●ムードスタビライザーとしてのlithiumの現状と課題
寺尾 岳
 Lithiumの薬物動態学的知識を簡単にまとめた上で,lithiumの気分安定化作用について最近の関連文献を検討した。いわゆるBALANCE研究からバルプロ酸とlithiumの併用療法とlithium単剤療法に有意差はなく,lithiumはバルプロ酸よりも気分安定化作用が有意に大きいことが示唆された。また,lamotrigineとの比較研究からはlamotrigineもlithiumもプラセボより有意な気分安定化作用を有し,lamotrigineはうつ病再発に有効で,lithiumは躁病再発に有効である可能性が示唆された。LithiumのNumber Needed to Treat(NNT)は4前後であり気分安定化作用は比較的大きいと考えられた。さらにClassicalityが高く,Recurrenceが少なく,M-D-Iパターンをとる双極性障害に,lithiumは気分安定化作用を発揮しやすいと考えられた。
Key words : lithium, lamotrigine, mood stabilizer

●ムードスタビライザーとしてのバルプロ酸・carbamazepineの位置付け
中野和歌子  吉村玲児  堀 輝  中村 純
 双極性障害の治療には,気分安定薬(ムードスタビライザー)が用いられるが,なかでもlithiumはエビデンスが多く最も確立した治療薬である。しかし,lithiumの効果が乏しい病態もあり,バルプロ酸やcarbamazepineなど,もともと抗てんかん薬として使用されていた薬物の気分安定化作用が注目され,今日両薬剤も双極性障害の治療に用いられている。本稿では両薬剤に関して,急性期躁状態,急性期うつ状態,病相予防・維持療法,副作用に分けて概説した。バルプロ酸,carbamazepineともに急性期躁状態に対してはlithiumと同様に有効性が示されている。その使用に関しては,長期にわたり両薬剤に特徴的な有害事象に配慮する必要がある。また,急性期うつ状態や病相予防・維持療法に関しては,有効性に関するエビデンスは乏しく,単剤として第一選択薬になることは少ないと考えられる。今後は大規模な研究がなされることを期待したい。
Key words : mood stabilizer, bipolar disorder, valproate, carbamazepine, antimanic

●Lamotrigineはムードスタビライザーか?
加藤正樹  木下利彦
 本誌第12巻5号(2009年5月)のlamotrigine(LTG)特集では,“気分安定薬としてのlamotrigine―双極性障害治療における有効性―”
とのテーマで,難渋する双極性障害治療における新たな選択肢として大きな期待を持って総説を書かせていただいた。しかしながら,当時の保険診療ではLTGの双極性障害への使用は認められておらず,臨床使用は限定的なものであった。本稿では,この度,ようやく双極性障害の適応追加を成し遂げたLTGに関しての,最新のデータを含めた無作為比較対照試験,メタ解析のエビデンスを,効果指標Number Needed to Treat(NNT)と,有害事象の指標Number Needed to Harm(NNH)とともに提示した。LTGは,主要なガイドラインにおいて,双極性障害のうつ病相急性期および維持療法期での有効性と長期使用における安全性が評価されており,そういった特徴は,再発・再燃を繰り返し,長期間の薬物治療を要し,また,生涯経過において主にうつ病相に長く苦しむ双極性障害の性質に対し相性が良いと思われ,本邦の臨床においても力強い存在となることが期待される。LTGはどのような状況で最も力を発揮するムードスタビライザーかという問いに対する回答を本稿の中で見つけていただけたら幸いである。
Key words : lamotrigine, mood stabilizer, bipolar disorder, maintenance

●ムードスタビライザーとしてのquetiapineの位置づけ
橋爪祐二
 双極性障害の薬物療法は,1948年にCadeがlithium carbonateの躁病に対する有効性について初めて報告し,lithiumは現在も気分障害の躁病エピソードや双極性障害の有効的な治療薬として最も使用される薬物の1つである。その後,バルプロ酸が,双極性障害の躁状態や躁うつ混合状態にlithiumと同等の有効性があるとの報告がなされた。ところで,日本国内においては,risperidoneが1996年に新規非定型抗精神病薬として登場し,その後,quetiapine,olanzapine,perospirone,aripiprazoleなどが次々に上梓された。1996年,clozapineが治療抵抗性の躁状態に対して有意に治療効果があったとの報告がなされた後,olanzapine,quetiapineやaripiprazoleにも双極性障害に対して有効性があるとの報告がなされた。現在では,双極性障害の単剤での治療や従来のlithium,carbamazepineやバルプロ酸などの薬剤とこれらの非定型抗精神病薬の併用療法が,双極性障害の治療の第一選択として推奨されている。今回,いくつかの症例をとおして,quetiapineのムードスタビライザーとしての位置づけについて考察する。
Key words : quetiapine, mood stabilizer, mood disorders

●ムードスタビライザーとしてのolanzapineその他の第二世代抗精神病薬の位置付け
堤 祐一郎
 双極性障害の治療薬すなわちムードスタビライザーの必要条件は,抗躁効果と抗うつ効果,維持期安定効果および忍容性であるが,従来型のそれはこれらの条件を十分に満たしているとは言えず,新たな治療薬が望まれている。Olanzapineは本邦においては第二世代抗精神病薬の中で初めて双極性障害躁症状に適応を追加した。続いてうつ症状にたいしても臨床試験で効果が検証され,厚生労働省に適応を追加申請中である。Aripiprazoleは双極性障害躁症状への臨床試験が終了しその有効性が本年の日本うつ病学会で報告された。本稿ではolanzapine,risperidone,aripiprazole,paliperidoneの双極性障害への臨床試験の結果やガイドライン,メタ解析による有効性指標,筆者らの臨床経験などを紹介し,これら第二世代抗精神病薬のムードスタビライザーとしての位置けについて考察する。
Key words : bipolar disorder, second generation antipsychotics, acute treatment, maintenance treatment, mood stabilizers

原著論文
●急性期統合失調症入院患者70例に対するblonanserin(BNS)の治療有用性
堤 祐一郎  奥井賢一郎  高橋 晋  春日雄一郎  柴田結以  稲田 健  伊坂洋子  高橋理歩  中西正人  二階堂亜砂子  辻 敬一郎  渡部和成
 Blonanserin(BNS)で治療開始された急性期統合失調症入院患者70例に対する臨床全般改善度,副作用,随伴事象,治療継続率,治療中断例数とその理由などを後方視的に調査検討した。有用性評価はBNS投与開始から4,8週時点で行った。BNSは陽性症状を中心に十分な治療反応性を認めた。投与量は投与開始から2週間以内で最終平均投与量14.7mgとなっており早期に増量されていた。16mg以上で錐体外路症状(EPS)を認める傾向があった。過鎮静状態は極めて少なかった。補助薬(lorazepam,sodium valproateなど)はBNS投与例の約80%に併用されていた。BMI高値(平均BMI 25.3)の患者が多く選択されていたが体重の病的増加例は認めなかった。解析可能であった61例の「あらゆる理由」による投与中止を除く治療継続率は75.4%であり,risperidone,olanzapineと比較して同等の印象であった。以上より,BNSは代謝系背景にかかわらず急性期治療に選択可能な薬剤であると考えられた。
Key words : blonanserin, acute phase schizophrenia, effectiveness, metabolic side effect, discontinuation

●初発妄想型統合失調症患者における社会的転帰および主観的QOL――Olanzapineとaripiprazoleの比較――
森 清  高橋義人  山本 晋  野口真紀子  安田素次
 当院を初診した未治療の統合失調症患者で,第一選択薬としてolanzapine(OLZ)もしくはaripiprazole(APZ)を使用し,維持されている者を対象に社会的転帰,心理社会機能および主観的QOLについて薬剤別に比較検討した。継続率に関しては,OLZ群では10名中8名で80%,APZ群では22名中13名で59.1%であった。継続例の社会的転帰については,APZ群ではOLZ群と比較して家庭内に限局している者は少なく,何らかの社会活動に参加している者が多かった。心理社会機能の評価尺度としての全般的評価尺度(GAF)では,APZ群がOLZ群と比べて有意に高かった。主観的QOLに関しても,主観的ウェルビーイング評価尺度(SWNS-J)で,その下位項目である「セルフコントロール」においてAPZ群がOLZ群と比べて有意に高値であった。初発統合失調症患者において,治療継続率に関してはOLZの方がAPZと比べて高い可能性が示された。その反面,APZが有効で継続可能であった症例は,OLZ有効例と比較して心理社会機能や主観的QOLおよび社会的転帰が改善する可能性があることが示唆された。
Key words : psychosocial function, quality of life(QOL), aripiprazole, olanzapine, first-episode schizophrenia

●統合失調症治療における服薬状況のMEMS(Medication Event Monitoring System)多施設研究――アドヒアランスを維持することの重要性――
趙 岳人  川島邦浩  木下秀一郎  森脇正詞  大賀 肇  田伏英晶  池田 学  岩田仲生
 統合失調症患者の服薬アドヒアランスを正しく把握するために,多施設(1大学および6精神科病院)共同により50例の患者を対象として,日本で初めてMEMS(Medication Event Monitoring System)を用いた服薬継続性の検討を行った。退院時点から6ヵ月間の服薬状況をMEMSにより持続的に測定し,服薬遵守率とその傾向について調査した。服薬良好群(調査期間における総服薬率75%以上)は全体の64%,服薬不良群(総服薬率75%未満)は12%であり,24%が調査期間中に脱落した。服薬率の低下が特に目立つのは,退院直後の1週間から1ヵ月にかけてであり,この時点ですでに20%の対象者が服薬遵守不良を示した。また,服薬不良群においては,定められた服薬時間からのズレが大きく,日ごとのばらつき具合も大きいことがわかった。アドヒアランスを維持するためには,退院直後から当事者への積極的な関わりやさまざまな工夫をチーム医療の現場で重ねていくことが重要であることが示唆された。
Key words : MEMS (Medication Event Monitoring System), schizophrenia, time gap, adherence

症例報告
●Mirtazapineにより早期にうつ状態が改善し併せてベンゾジアゼピン系睡眠薬と抗不安薬を減量することが可能となった3症例
髙木 学  折田暁尚  岡久祐子  水木 寛  高橋 茂  児玉匡史  内富庸介
 遷延性の経過をたどる難治性うつ病性障害に対して,mirtazapineが投与早期から有効であった3症例を経験した。3症例ともに,ベンゾジアゼピン系抗不安薬,睡眠薬への依存傾向がみられた。Mirtazapineにより,抗不安薬,睡眠薬を減量,または中止し,維持療法が可能となった。副作用の眠気は,初回用量に注意し,説明を加えることで,体重増加は適切な用量設定で防ぐことができ,mirtazapineの脱落率が下がる可能性が示唆された。
Key words : mirtazapine, depression, dependence for benzodiazepine, drowsiness, weight gain


本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright(C)2008 Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved.