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展望
●強迫スペクトラム障害の概念とその病態,最新の動向
松永寿人  林田和久
 2013年に予定されるDSM-5改訂に向け,不安障害の領域では,強迫性障害に類似した臨床症状を呈し,comorbidityや家族性関連,生物学的機序,治療などを特異的に共有する障害群,すなわち強迫スペクトラム障害(Obsessive-Compulsive Spectrum Disorder : OCSD)の動向が注目されている。OCSDは,「とらわれ」や「反復的・儀式的行為」などの症候学的特徴に加え,前頭葉機能異常といった病態,あるいは成因仮説と,臨床的諸現象との整合性を目指しており,各障害間の関連性や連続性を想定した概念である。この点,従来の研究でも,線条体を中心とした脳機能,セロトニン,ドパミン系など神経化学システムについて,OCSD間に共通,ないし類似性が検証されている。DSM-5の草稿をみれば,OCSDは他の不安障害と同一カテゴリーを構成する可能性があるものの,特にチック障害など運動性のOCSDについては,これを疑問視する意見も少なくない。今後さらにfield trialを経て最終型を目指すが,現段階では,その構成や位置付けは未だ流動的である。
Key words : obsessive-compulsive spectrum disorders, obsessive-compulsive disorder, DSM-5, anxiety disorders

特集 強迫スペクトラム障害の薬物療法
●強迫性障害の薬物療法と認知行動療法:包括的医療のエビデンス
中前 貴  多賀千明
 強迫性障害(obsessive-compulsive disorder : OCD)の薬物治療においては,従来からclomipramineの有効性が示されていたが,近年ではclomipramineと同等の効果を持ち,より忍容性に優れた選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor : SSRI)が第一選択薬として広く用いられ,大規模なメタアナリシスにおいてもその有効性が示されている。また,曝露反応妨害法を中心とした認知行動療法の有効性も確立されており,SSRIと同等の治療効果を有すると考えられている。しかし,これらの治療に反応しない一群が存在し,治療抵抗性のOCDに対して,抗精神病薬による増強療法が行われている。本稿では,これらの一連の治療戦略に関する包括的治療のエビデンスとして,米国精神医学会(American Psychiatric Association : APA)のガイドラインの内容を概説した。
Key words : obsessive-compulsive disorder, obsessive-compulsive spectrum disorders, drug therapy, cognitive therapy, evidence-based medicine

●摂食障害における強迫性・衝動性と薬物療法
宮脇 大  岡本洋昭  切池信夫
 神経性食思不振症(anorexia nervosa : AN)と神経性過食症(bulimia nervosa : BN)に大別される摂食障害は,拒食や過食などの摂食行動異常に強迫性と衝動性という要素を包含している。また摂食障害患者は強迫性障害や強迫性パーソナリティ障害をしばしば併存し,過食症状を呈する患者は自傷行為や万引きなどの摂食行動異常以外の衝動行為を呈することが多いため,摂食障害における強迫性と衝動性の関係性は複雑である。近年の精神科薬物療法の発展に反して,摂食障害の臨床では薬物療法が主役となることはなく,精神療法,身体療法などを個別的に適応され,強い強迫性や衝動性を有する摂食障害患者に対して,SSRIや第2世代抗精神病薬が補助的に使用されている。RCTではBN症状に対するSSRIの効果が明らかになっている一方で,AN症状への効果が実証された薬剤はなく,さらなる研究が期待される。
Key words : anorexia nervosa, bulimia nervosa, pharmacotherapy, impulsivity, compulsivity

●強迫スペクトラム障害論からみたパーソナリティ障害における強迫性,衝動性,および自傷の生物学的基盤と薬物療法への展望
小野和哉  中山和彦
 強迫スペクトラム障害(OCSD)は,強迫性と衝動性を同じ次元の両極とし,それらの症候を含む種々の障害において,生物学的基盤や,治療戦略の共通性を見出そうとするもので,パーソナリティ障害の治療においても示唆的である。ここでは,OCSDの両極に近い領域の障害として強迫性パーソナリティ障害(OCPD)と境界性パーソナリティ障害(BPD)を取り上げ,その強迫性と衝動性について症候,精神病理,生物学的基盤から検討し,治療への展望を試みた。強迫と衝動は概念的には類似性があり,またこの制御には,セロトニン系とドーパミン系の両者が関係している。その意味でOCDS治療には,それらの相互性に留意した薬物療法が想定される一方,精神療法的には,強迫と衝動では一部に共通点を持ちながら異なる技法が開発されている。したがってOCSDにおいては,その共通性と異種性に留意した,多角的治療が構想される必要があると考えられた。
Key words : OCD, OCSD, OCPD, BPD, SIB (self-injurious behavior)

●小児期精神疾患における強迫性・衝動性と薬物療法――広汎性発達障害との関連を中心に――
岡田 俊
 小児における強迫性障害は,成人期とは異なる病態である可能性が,症状プロファイルと併存障害,家族集積性や性差を含めた疫学所見,脳血流などの生物学的所見から示唆されてきた。小児期強迫性障害の臨床症状は,併存障害の症状学的表現と密接な関連を示す。本稿では,広汎性発達障害との関連を中心に展望した。先行研究から,広汎性発達障害と強迫性障害は相互に密接に関連していること,しかし,その症状プロファイルからは広汎性発達障害に併存する強迫症状が強迫性障害単独例とは異なる位置づけを持つことが示唆された。Hollanderらの強迫スペクトラム概念でいえば,広汎性発達障害に併存する強迫症状,とりわけ常同性は,強迫性よりも衝動性としての位置づけに近く,皮質レベルよりも,基底核などの皮質下領域のなかで衝動制御に関わる脳領域の機能障害が関与することが示唆される。薬物療法に関する知見は,セロトニン再取り込み阻害薬よりも抗精神病薬の有効性を強く示しており,かかる病態理解の妥当性を支持している。
Key words : obsessiveness, stereotypy, impulsivity, pervasive developmental disorders, pharmacotherapy

●物質依存の強迫性・衝動性――渇望に対する薬物療法――
松本俊彦
 物質依存患者の物質摂取行動は,その動機が判然としないがゆえに強迫的に見え,同時に,その予測困難さゆえに衝動的と映る。つまり,彼らの強迫性や衝動性はある種の「得体の知れなさ」という点で共通しているのである。この「得体の知れなさ」こそは,物質依存患者の渇望に由来するものであり,そのことが理解できないと,彼らの再飲酒や再使用に苛立ち,本来,精神療法的であるべき診療場面が単なる叱責や説教の場へと成り下がってしまう。本稿では,近年,海外で試みられている,物質依存の渇望に対する薬物療法を概観し,それらの知見を踏まえて,わが国で導入可能性のある治療薬について私見を述べた。物質依存に対する苦手意識や忌避的感情を抱く精神科医療関係者は少なくないが,この理由の1つとして,わが国には有効な薬物療法が存在しないことがある。その意味でも,わが国における物質依存に対する薬物療法の開発は喫緊の問題といえるであろう。
Key words : craving, compulsion, impulsivity, pharmacotherapy, substance dependence

●てんかんに併存する強迫性・衝動性とてんかん治療の影響
木村記子  井上有史  岡田 俊
 てんかん,とりわけ側頭葉てんかん(TLE)の患者には粘着性や爆発性がみられることが古くから知られているが,現在では,てんかんのある特定の病態に由来する心理行動特性と考えられている。これらの特性は,症状学的には強迫性と衝動性のスペクトラムから捉えうるものであるが,Hollanderの提唱する強迫スペクトラムには位置づけられていない。本稿では,てんかんに併存する強迫の位置づけとその治療について検討した。TLEには強迫性障害(OCD)が併存することが多いが,その症状プロフィールは様々であるものの,OCD単独例と相違があることが示唆されている。TLEの側方性との関連については,右側を示唆する研究がある一方,それを否定する研究もある。てんかんの外科治療により,併存するOCD症状が軽減,あるいは,増悪した報告も見出される。てんかんに併存するOCD症状に対しては,OCD単独例に準じた治療が行われているが,その効果は一定でない。Carbamazepineによる発作抑制が,併存するOCDにも有効であったという報告もされており,今後の検討が求められる。逆に,抗てんかん薬の投与がOCD症状の発現に関連していたとの報告も認められ,てんかんとOCDの併存例においては,臨床経過を考慮した治療選択が求められる。
Key words : epilepsy, temporal lobe epilepsy, obsessiveness, impulsivity, antiepileptic drugs

原著論文
●初発の統合失調症患者におけるquetiapine fumarateの有効性および安全性の検討
曽我部啓三  小林利光  宗 政博  松井慶太
 急性期統合失調症患者におけるquetiapine fumarate(以下,QTP)の有効性,安全性を検討するための製造販売後調査に登録された246例のうち,初発の統合失調症と診断された75例について,QTPの有効性・安全性の検討を行った。有効性解析対象症例74例のうち54例(73%)がQTP単独で治療されていた。QTP単独治療例における1日平均投与量は1週後に339mg,2週後に415mg,4週後に476mg,8週後には491mgまで増量されていた。BPRS総スコア,BPRS陽性症状スコア合計,BPRS陰性症状スコア合計はQTP投与8週後において,それぞれQTP投与開始前の50%,42%,63%まで低下していた。全般改善度(中等度改善以上)は74.0%であった。遅発性の患者(45歳以上)においても著明改善の患者の割合は46.2%であった。併用治療20例における全般改善度(中等度改善以上)は70.0%であった。重篤な副作用は,鎮静,肺炎,低体温の各1件であった。いずれもQTPを減量もしくは投与中止することにより回復していた。以上より,初発の統合失調症患者においてQTPの有用性が示された。
Key words : schizophrenia, quetiapine, first episode, dose titration, post-marketing surveillance

総説
●アドヒアランスからみたてんかん治療――特に新規抗てんかん薬とアドヒアランスについて――
山内俊雄
 服薬の履行に関し,コンプライアンス(compliance)という言葉が用いられてきたが,最近,服薬する者の主体性を重視するアドヒアランス(adherence)という言葉が使われるようになった。その背景には,患者が医療者と協同して積極的に治療に参加するという思想があってのことである。しかし,現実には疾患の種類にかかわらず,服薬の履行率は高くなく,その関連因子として,服用薬剤数,服薬回数,副作用,うつ病などの合併疾患,患者と主治医との関係,患者の疾病や薬物に関する理解度などが挙げられている。てんかんにおけるアドヒアランスについても,発作の頻度や重症度はあまり関係がなく,薬の副作用やうつ病などの合併症,医師-患者関係などが関係することが知られている。そこで,新規抗てんかん薬のアドヒアランスについて文献的検討を行った結果,“頭が働かない”“ものが考えられない”“記憶力が落ちる”“集中力がない”“気分が晴々しない”などが生活の質(QOL)を損なうものとして,服薬を忌避することにつながることが明らかとなった。アドヒアランスを高めるためにはこのような副作用が少なく,不愉快さがなく,自ら進んで,積極的に服薬するようになること(willingness)が大切である。以上の所見に基づき,わが国で使用可能となった新規抗てんかん薬,gabapentin, topiramate, lamotrigine, levetiracetamについて,アドヒアランスの立場から検討した。
Key words : compliance, adherence, anti-epileptic drug (AED), new AED, willingness

●Atomoxetineとmethylphenidateに関するグローバルエビデンスのレビュー:特に両薬剤の比較・切り替え・併用について
後藤太郎  松井晶子  大原文裕  高橋道宏
 本邦では,小児期における注意欠陥/多動性障害(AD/HD)に対する薬物療法としてatomoxetineとmethylphenidate徐放錠が承認されており,ともに第一選択薬として位置付けられている。両薬剤ともにAD/HDの中核症状に対して有効性を示すことが認められているが,効果が発現するまでの時間に差があり,methylphenidate徐放錠は即効性があるのに対し,atomoxetineは立ち上がりが緩徐であるがon/offなく1日を通しての症状改善がみられる。また,安全性プロファイルも一部違いが認められる。AD/HDに対する薬物療法においては,これら2剤の特徴の違いを把握した上で使い分ける必要がある。本稿では,海外におけるatomoxetineとmethylphenidateのエビデンスレベルの高い報告を要約する。本邦ではこれらの薬剤が承認されてから間もないため,今後の日本人における臨床経験とエビデンスの集積が望まれる。
Key words : Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder (AD/HD), atomoxetine, methylphenidate, quality of life (QOL), child and adolescent


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