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展望
●精神科医療における睡眠学の役割
大川匡子
 ライフスタイルの多様化,夜型化などにより現代社会は24時間社会へと急速に変貌しつつある。この社会でいきいきと生活していくために人々の健康や睡眠を守ることは最重要課題であり,2002年に新しい学問体系として提唱された「睡眠学」を推進していくことは,最も効果のある形として,社会に還元できると考えられる。さまざまな精神疾患や心理状態と睡眠の関わりは特に深い。うつ病と不眠の因果関係については近年多くの研究報告がある。また,睡眠時間の短縮や睡眠リズムの変調は,子どもの発達過程において認知や精神機能に悪影響を及ぼすことがわかってきている。あるいは,高齢者における睡眠薬の使用頻度は有意に高く,医療費増加の大きな一因であることも問題となっている。より良い睡眠を介して精神の健康を維持・増進し,精神疾患を予防すること,さらに睡眠を手がかりにして精神疾患の早期診断・治療を行うことが重要である。
Key words : sleep psychiatry, somnology, biological clock, sleep substance, accreditation

特集 睡眠障害治療薬の現状とこれから
●精神疾患における睡眠研究
清水徹男
 精神疾患における睡眠研究は,単に精神疾患に副次的に見られる睡眠障害の性質や治療について検討することにとどまるものではない。気分障害を例にとると,不眠はうつ病の主要症状の1つであることにとどまらず,うつ病発症・再発再燃に先だって現れる前駆症状である。慢性の不眠はうつ病発症の危険因子であるとの報告も多い。過眠とうつ病の関係も重要である。また,うつ病をはじめとする気分障害発症には概日リズムの異常が関与している可能性が考えられている。近年,概日リズムの発振を担う時計遺伝子を操作することで気分障害のモデル動物が作成される。さらに,ヒトでは気分障害と関係する様々な時計遺伝子の多型が見いだされている。最後に,うつ病の治療にも時間生物学的な手法が用いられ,極めて有望な成績が報告されている。このように,睡眠研究は気分障害をはじめとする精神疾患の解明に重要な情報をもたらすものである。
Key words : sleep, depression, HPA-axis, clock gene, chronotherapy

●向精神薬の睡眠に及ぼす効果
小鳥居 望  内村直尚
 体性感覚のインパルスが大脳皮質に絶えず送られることにより,生体の覚醒は維持される。その信号は,脳幹といくつかの視床下部核に存在する覚醒中枢を介して上行するが,睡眠は端的にはその覚醒中枢の抑制により生じる。自然睡眠が,抑制系のGABAなどが覚醒機構に投射されることにより生じるように,BZP系薬物はGABAA受容体の作動を介してヒトに眠りをもたらす。さらにその作用ターゲットをω1受容体に絞り込んだ非BZP系薬物はより高い安全性を獲得した。睡眠薬以外にも,一部の抗うつ薬,抗精神病薬,抗ヒスタミン薬などは,覚醒中枢から投射されるノルアドレナリン,セロトニン,ドパミン,ヒスタミンなどのモノアミンを制御することにより睡眠を促進する作用を持つ。本稿では睡眠-覚醒のメカニズムについて述べ,睡眠と覚醒に影響を及ぼす向精神薬の薬理作用とその効果を概説した。睡眠障害に対して薬物療法を行う際には,その不眠の質を把握し,薬物の効果のメカニズムを考慮した上で,理由のある薬物選択をすることが重要である。
Key words : psychoactive drugs, hypnotics, benzodiazepine, insomnia, sleep

●睡眠障害治療薬の現状と課題
粥川裕平  岡田 保
 80を超える睡眠障害の中で,薬物療法が第一の治療法となっている病態を取り上げ,その現状と課題,今後の展望を述べる。慢性疾患としての位置付けが明確になった不眠症では,ベンゾジアゼピン系睡眠薬の時代から,現在は非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が主流となっている。また,メラトニン作動薬,セロトニン2a拮抗薬などがこれからの課題となっている。ナルコレプシーや睡眠時無呼吸症候群の残遺性眠気も含めた過眠症では,modafinilが主流となっているが,オレキシンの補充療法なども検討され始めている。ナルコレプシーの情動脱力発作については,clomipramineやimipramineなどの三環系抗うつ薬が今日でも主流となっている。むずむず脚症候群ではドーパミン作動薬が主流となっているが,clonazepamやその他の抗てんかん薬も見直され,今後が注目される。レム睡眠行動障害では,clonazepamが有効とされているが,無作為対照試験のデータはない。その他,悪夢障害に対するSSRI,夜尿症に対する三環系抗うつ薬などについても触れた。
Key words : sleep disorders, hypnotics, stimulants, DA agonists, anti-convulsants

●新規睡眠薬ramelteonの基礎と臨床
村崎光邦
 Ramelteonはわが国創製のmelatonin MT1/MT2受容体作動薬で,2005年米国でいち早く承認されているが,2010年わが国でも新規睡眠薬として承認された。今日,普遍的に用いられている睡眠薬であるbenzodiazepine(BZ)および非BZ-BZ受容体作動薬とはまったく作用機序を異にするもので,MT1受容体を介して視交叉上核(SCN)神経の自然発火を抑制し,MT2受容体を介してSCN神経活動の概日リズムの位相シフトの役割を担っている。Ramelteonはわが国で初めての大規模なpolysomnograph(PSG)による客観的睡眠潜時の短縮作用が確認され,さらには睡眠日誌を用いた主観的評価を経て,「不眠症における入眠困難の改善」の効能・効果を得ている。効果の特徴はBZおよび非BZ-BZ受容体作動薬とほぼ同等の睡眠潜時の短縮にあり,安全性については,上記睡眠薬で常に問題視される反跳性不眠,依存性,離脱症状などがまったくみられず,筋弛緩作用や健忘作用のない点である。今後,ramelteonの臨床上の特徴を生かした不眠症治療を展開し,治療の幅の拡がることを希望する。
Key words : ramelteon, melatonin, MT1 receptor, MT2 receptor, insomnia

●メラトニンとその受容体の生体内機能とその臨床応用
高橋一志  石郷岡 純
 このたび,ラルメテオンというメラトニン受容体アゴニストが臨床で使用できるようになった。これまでは,ベンゾジアゼピン系薬剤が睡眠薬の主流であったが,この新しい作用機序をもつ薬剤の登場により,メラトニンの生体内機能に対する関心が高まることが予想される。しかし,実際には,メラトニンの生体内機能については不明な点が多い。ここでは,メラトニン分泌の3つの特徴(光によって分泌が抑制されること,合成量に概日リズムが存在すること,光により分泌リズムの位相が変化すること)について簡単に概説したい。また,睡眠医療を含めた,さまざまな疾患に対するメラトニンの効果について解説し,今後の臨床応用の可能性について言及したい。
Key words : melatonin secretion, circadian rhythm, hypnotics, clinical usefulness

●睡眠薬の臨床評価方法のあり方について
三島和夫  中林哲夫
 日本人の約20%は不眠症状を有し,5~6%は慢性不眠症に罹患しているとされる。睡眠薬は処方箋発行数のきわめて多い薬剤の1つであり,2005~2009年における日本の一般人口での3ヵ月処方率は3.66~4.76%と試算され,一貫して増加を続けている。近年では依存性の強いバルビツール系薬剤の需要は低下し,治療薬の主体はベンゾジアゼピン系薬剤およびノンベンゾジアゼピン系薬剤(zopiclone,zolpidem)に移行し,今後はGABAA modulator,メラトニン受容体作動薬(ramelteon),オレキシン受容体拮抗薬,5-HT2A受容体拮抗薬など異なった作用機序を持つ睡眠薬の開発が進むものと期待されている。現行のGABAA受容体作動薬は不眠症状の改善効果は高いものの,リスクベネフィットバランスの観点から改善の余地がある。主たるユーザーである50歳以上の中高年層における安全性の担保(認知機能障害,筋弛緩・失調による転倒),長期使用時の耐性・離脱(常用量依存)など改善すべき課題が残されている。新規睡眠薬の開発試験では,原発性不眠症に対する十分な有効性と同時に,依存・耐性・離脱,薬物相互作用の情報,うつ病,認知症や発達障害等における二次性不眠症への効果,日中の覚醒水準や認知機能などQOLに及ぼす影響などに関するエビデンスが求められる。
Key words : clinical trials, hypnotics, insomnia, risk-benefit, quality of life

●これからの睡眠障害治療薬開発
井上雄一
 睡眠障害,特に不眠症に関しては,従来のベンゾジアゼピンないしアゴニストと作用機序が異なり,従来の薬剤の弱点であった睡眠維持障害に有効な薬剤が求められている。しかし,その開発治験にあっては,不眠専用の自覚症状スケールの欠点,ポリソムノグラフィ(PSG)所見と自覚症状の乖離,placebo効果などが問題視されており,これらを視野に入れた補助的指標の検討も必要であろう。原発性不眠のみならず,二次性不眠の原因として重要視されているrestless legs syndrome(RLS)の治療薬の開発も相次いでいる。RLSでは,専用の重症度スケールの妥当性と再現性が明らかにされており,試験成績も安定しているようである。ナルコレプシーを中心とする過眠症に関しては,modafinilの有効性と限界が明らかになってきており,ヒスタミン受容体への作用を有する薬剤が新しい治療薬の候補になっている。
Key words : pharmaceutical treatment, insomnia, placebo effect, restless legs syndrome, polysomnography

原著論文
●Mirtazapineの多施設共同での実地医療における臨床的有効性・安全性の検討
青山 洋  住吉秋次  熊田貴之  石垣達也
 Mirtazapineは,ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(Noradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant : NaSSA)として,2009年9月,本邦にて上市された。今回,3施設共同で,うつ病の入院・外来患者88例(有効性評価対象79例)に対し,実地医療で8週間での有効性,安全性の検討を行った。HAM-D17総スコアの平均は開始前22.8点で,1週目より有意に減少し19.3点,8週で10.6点まで減少した。HAM-D17下位項目では,特に抑うつ気分,睡眠障害,精神的不安の改善が認められた。CGI全般改善度では,8週で中等度改善以上が60.8%であった。副作用は眠気・傾眠,倦怠感,体重増加が早期から認められたが,消化器症状,性機能障害の副作用は認められなかった。88例のうち20例(22.7%)が中断となったが,65歳以上では,眠気・傾眠,倦怠感,体重増加での中断は認められなかった。Mirtazapineは,8週間の実地医療において,有効性・安全性が認められ,うつ病治療に有用と考えられた。
Key words : mirtazapine, NaSSA, antidepressants, efficacy, safety

●CN-801(modafinil)の安全性と有効性について――ナルコレプシーを対象とした長期投与試験の結果から――
井上雄一  江村成就  谷口充孝  内村直尚  高橋康郎  本多 裕  坂本哲郎  村崎光邦
 ナルコレプシー患者における,覚醒促進薬modafinil 200mg/日ないし300mg/日の長期投与(52週)治療の,有効性と安全性について検討した。64例に治験薬が投与され,52例(81.3%)が試験を完了した。解析対象63例(男37例,女26例,年齢37.8±15.0歳)では,有効性指標であるEpworth Sleepiness Scale(ESS)合計得点ならびに週あたりの居眠り回数が,投与初期よりベースラインに比し有意に減少しており(P<0.001),しかも,投与期間中効果の減弱はみられなかった。副作用は57例(90.5%)に認められたが,その程度は軽度なものがほとんどであった。主なものは,口渇,頭痛,胃不快感,不眠であり,その発現時期は投与初期にほぼ集中していた。本剤長期投与により有意な血圧上昇と脈拍数増加が認められたが軽微な水準にとどまっており,重度なものはなかった。また,明らかな依存性形成を疑われた例は認められなかった。以上より,modafinilのナルコレプシー患者に対する長期投与の有効性と安全性が確認された。
Key words : modafinil, narcolepsy, Epworth Sleepiness Scale, long-term open study, side effects

●慢性期の統合失調症患者に対するblonanserin単剤治療への切り替えの有効性および安全性の検討
河邉憲太郎  細田能希  上野修一
 Blonanserinは,D2受容体選択性の高い非定型抗精神病薬の1つであるが,慢性期の統合失調症患者を対象に長期的な効果を検討した報告はない。今回,我々は統合失調症発症後10年以上の慢性期の17例(54.4±9.1歳,男性11名,女性6名)に対し,精神症状の改善もしくは副作用の軽減の目的でblonanserin単剤へ切り替えを検討した。その結果,17例中8例(47%)で単剤化に成功し,1年間の維持が可能であった。単剤に置換できなかったもののうち,4例は他の抗精神病薬の併用投与による維持が可能であったが,5例はblonanserinを中止せざるを得なかった。Blonanserin単剤処方例の簡易精神症状評価尺度(Brief Psychiatric Rating Scale)は,切り替え前44.6±10.3から1年後36.0±10.2と有意に改善し,切り替え前後の抗精神病薬使用量はchlorpromazine換算で1144±979mg/日から338±92mg/日と有意に減少した。以上より,blonanserinは慢性期の統合失調症の治療においても有用であり,選択可能な新規抗精神病薬と考えられた。
Key words : blonanserin, monotherapy, chronic schizophrenia, polypharmacy, antipsychotics

症例報告
●Mirtazapineの低用量追加投与が奏効したparoxetine投与下の慢性うつ病:睡眠習慣の改善
菅原英世
 症例は60歳女性の不眠を伴った慢性の大うつ病性障害患者で,paroxetineの投与にて不全寛解を呈していたが,低用量のmirtazapineを追加投与して早期にうつ病が回復した。通常開始用量のmirtazapine 15mgの投与が過度の眠気で困難であったため,1/2以下の用量を外来にて持続投与し,直後から夜間覚醒が消失して熟眠感が得られ,抑うつ症状をはじめとするうつ病の症状や不安症状も4~6週程度でほぼ消失し,寛解状態となった。SSRIとmirtazapineの併用については,抗うつ効果における増強作用が報告されており,SSRIのもつ睡眠構築へのあまり良くない影響をmirtazapineが補う可能性がある。したがって,不眠を伴う慢性うつ病に対して,SSRIとmirtazapineの併用は優れた選択肢の1つとなりうる。しかしながら,mirtazapineの投与量には注意が必要である。
Key words : mirtazapine, insomnia, chronic depression

短報
●抗精神病薬の減量単純化のための減量速度一覧表の作成
助川鶴平
 統合失調症患者に対する抗精神病薬の多剤併用大量投与はわが国では広く行われているが,これは是正されるべきものである。そのために我々は減量単純化の方法を開発し,普及に努めてきたが,未だ多剤併用大量投与は改善していない。我々の提唱した方法はchlorpromazine換算で減量速度を表示していたため理解しにくく,普及していないものと考えられる。このたび,わが国で用いられている全ての抗精神病薬の減量速度を表示した一覧表を作成したので,わが国の抗精神病薬処方の適正化を促進するためにこれを公表する。
Key words : antipsychotics, high dose polypharmacy, simplification, reduction

総説
●Olanzapineの統合失調症陰性症状に対する有効性――非定型抗精神病薬の大規模比較試験の検討――
小野久江  岡本美智子  高橋道宏
 非定型抗精神病薬は,定型抗精神病薬と比べて統合失調症陰性症状に対する有効性が高いと考えられてきたが,近年のメタ解析から,全ての非定型抗精神病薬が陰性症状に同様の有効性を示すとは言い難くなってきた。そこで今回,非定型抗精神病薬の大規模比較試験に立ち戻り,各試験の特徴を考慮しながら,olanzapineとrisperidone,quetiapine,aripiprazoleの陰性症状への効果の違いを検討した。その結果,全般的な有効性はこれらの薬剤間でほぼ同様と考えられたが,対象患者や試験デザインなどにより結果が異なる可能性が示された。よって,各試験の特性を考慮したうえで試験結果を吟味し,臨床の場での薬剤選択に役立てることが患者の利益につながると考えた。
Key words : olanzapine, negative symptom, schizophrenia, atypical antipsychotic

●Duloxetineの特徴――国内第3相比較試験の再解析結果を中心に――
樋口輝彦
 2010年4月,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるduloxetineが登場し,うつ病治療の選択肢が1つ増えた。Duloxetineのプロファイルは,既にいくつかの論文で報告されているが,今回,国内第3相比較試験における結果を別途詳細に解析・検討したところ,興味深い知見が得られた。効果の面では,HAM-D17のFactor別解析でduloxetineはうつ病の中核症状で2週目以降,不安・身体症状で4週目以降(精神的不安の1項目では2週目以降)にplaceboとの有意差がみられた。このことから,duloxetineはHAM-Dにおける抑うつ気分,仕事と興味および精神的不安を中心とする中核症状が早期に改善し,続いて身体症状を改善するといった特徴があると考えられた。寛解率においてもduloxetineはplaceboに対して有意に高かった。また,投与初期にみられたduloxetineの副作用の多くが,発現後も処置をせず投与継続が可能であり,転帰もほとんどが回復であった。これらの効果および投与初期の副作用の面からも,初期用量20mgの設定は妥当であると考えられた。さらに,体重,血圧および脈拍数はduloxetineの長期間投与による変動が少なく,肝機能障害や性機能障害は臨床的に特に問題となる所見がみられていない。Duloxetineの特徴を十分に把握し適切に使用することで,その効果が最大限に発揮されるものと期待される。
Key words : duloxetine hydrochloride, SNRI, depression, clinical trial


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