■展望 ●抗精神病薬治療と医療倫理
藤井康男
精神医療はinformed consentをめざしつつ,これから外れた形態も許容しなければならない数少ない領域であり,医療倫理の世界での鬼っ子である。特に拒薬患者への強制投薬は避けて通れない問題であるが,これについては治療を受ける権利から,治療を拒否する権利へと進展してきた流れの中で,米国を中心に様々な議論が行われ,システムが作られてきた。現状では強制入院下にある拒薬患者への強制投薬には,判断能力と治療の適切性の審査を行うことが世界標準と思われ,日本の現状はこれらから外れている可能性が高い。わが国でも強制投薬までのプロセスの見直しや各種の強制投薬に対する医療倫理の視点からの分析が必要であり,治療を受ける側の評価や服薬アドヒアランスへの長期的な影響なども含めて今後の検討が望まれる。
Key words : informed consent, competency, voluntarism, the right to refuse treatment, forcible medication, involuntary psychiatric treatment
■特集 ●医療現場における抗精神病薬強制投与の実情と問題点
澤 温
日本では入院においては医師の判断で強制治療が可能であるが,それでもその後の治療関係,退院後の治療継続の点からさまざまな努力が行われている。治療の説明においてもインフォームドコンセントとはいえないが,デポ剤の使用を含めて,治療を受け入れてもらうための努力をすることが多い。非告知投与と無診療投薬とは異なり,非告知投与は場合によっては認められるが,無診療投与は医師法違反である。無診療投薬にならない非告知投与はまれにはありうるが,それには往診を含むアウトリーチが必要である。これまでの強制治療は社会防衛のためであったり,せいぜい筆者の言うようにできるだけその人の慣れ親しんだ地域でその人の本来の生活を長く享受させるためであった。しかし最近の生物学的知見から考えると,脳をできるだけ早くから,できるだけ長く守って,少しでも健康な脳でその人がより健康な生活を長く送れるようにするために強制治療が必要といえる時代となったとも考えられるが今後の十分な議論が必要であろう。
Key words : antipsychotics, involuntary treatment, neuroprotective action, medication without consent, community treatment order
●強制的薬物治療とその影響
三澤史斉
強制的薬物治療の妥当性についての議論はあるが,現状の臨床現場では暴力行為が切迫している場合や様々な取り組みによっても治療拒否される場合などに強制的薬物治療が行われている。これは治療を強制的にでも行う方が患者の最善の利益につながるという考えを根拠としている。したがって,強制的薬物治療が本当に最善の利益であるか否かを慎重に検証し,またそうなるように取り組んでいかなければならない。実際に強制治療を受けた患者の多くは,その治療について肯定的に受け止めているが,否定的に受け止めている患者も少なくない。強制的薬物治療には症状改善という肯定的側面と心理的・身体的苦痛という否定的側面を併せ持つ。強制的薬物治療を最善の利益へ導くためには肯定的側面を最大化し,否定的側面を最小化していくことを目指す必要がある。症状改善のためには「正しい」薬物治療が不可欠である。また強制的薬物治療による苦痛を軽減するために,十分な説明を行い良好な患者-スタッフ関係を築き,少しでも病識を高めていく取り組みが必要である。
Key words : involuntary medication, coercion, best interest, outcome
●抗精神病薬強制投与に対する法的対応:その国際的動向
横藤田 誠
ここ数十年,薬物療法を含む精神科医療をめぐって,健康に最大の価値を置く「医療モデル」と,自律を最重視する「人権モデル」が激しく対立してきた。現代の国際水準を示す国連原則(1991年)は一見人権モデルに組しているかのように見えるが,医療モデルの要素を相当含んでいる。人権モデルを牽引するのは北米で,西ヨーロッパ諸国の法規制は人権モデル・医療モデル・その中間と錯綜している。その他の地域では概して医療モデルが支配しているが,国連原則の影響もあり今後は両モデルをめぐる議論が盛んになることが予想される。アメリカの連邦最高裁判所はまだ通常の強制入院の事例で抗精神病薬拒否権について判断を下したことはない。判断能力を欠く患者に強制投薬が許されうることまでは一般に合意できても,その判定方法や,判断能力のある患者の拒否を覆して投薬を行うことができる要件等については,激しい議論がなされている。
Key words : right to refuse antipsychotic medication, informed consent, medical model, civil rights model
●強制通院制度と薬物治療
小口芳世
強制通院制度は,裁判所によってなされる治療継続命令に基づき患者の通院を義務付ける制度であり,強制的な長期入院にかわる「より制限的でない代替手段」として欧米各国で導入されている。本制度の成果については,再発エピソードや再入院回数,暴力行為などが減少したとの報告があるが,なおこれらは確立したものではない。本制度とデポ剤を組み合わせた際には,特にメリットが大きいとの調査結果も得られている。我が国の医療観察法においても指定通院の強化が必要であり,その中で強制通院制度について調査検討を行うべきと考える。
Key words : outpatient commitment (community treatment order), severe mental illness, the less restrictive alternatives, depot neuroleptics (long-acting injectable antipsychotics), compliance
●医療観察法における強制的治療審査と一般精神医療への拡大
五十嵐禎人
医療観察法に基づく指定入院医療機関における医療においては,対象者の同意に基づく医療が原則とされており,対象者の同意の得られない治療行為に関しては,外部から精神医学の専門家1名以上を招聘して開催される医療観察法病棟倫理会議において,その治療の必要性などについて事前審査ないし事後審査が行われることになっている。本稿では,医療観察法病棟倫理会議の仕組みについて概説し,指定入院医療機関を対象として行われた調査結果に基づいて,その運用状況や審査状況の現状について紹介した。倫理会議が,ピアレビュー的なセカンド・オピニオンとしての機能を一定程度果たしている可能性があること,その一方で,施設間で倫理会議の運用状況に格差が生じていることが明らかとなった。また,イギリスのセカンド・オピニオンドクター制度の運用状況を紹介し,わが国の精神科医療の現状を踏まえ,実現可能な精神科医療の強制に関する事前審査制度について提案を行った。
Key words : human rights protection, forensic mental health services, compulsory treatment, consent to treatment, peer review
■原著論文 ●強迫性障害患者におけるparoxetine塩酸塩水和物(パキシル(R)錠)の長期使用に関する安全性と有効性の評価――強迫性障害に対する製造販売後調査成績より――
松永寿人 田中亮子 安部博晴 井尻章悟
強迫性障害患者を対象に,日常診療下におけるparoxetineの長期使用の安全性および有効性を明らかにするため観察期間12ヵ月の製造販売後調査を実施した。安全性解析対象症例は323例,有効性解析対象症例は291例であった。副作用発現症例率は31.3%であったが,副作用のほとんどは非重篤な事象であり,重篤と評価された副作用の発現は4例(1.2%)であった。主な副作用は悪心,傾眠,便秘であり,副作用の発現に対して初回1日投与量(10mgまたは20mg),最大1日投与量(40mg未満または以上),併用薬の有無による影響はなかった。全般改善度を指標としたparoxetineの有効率は46.4%であり,うつ病併存,ベンゾジアゼピン系抗不安薬の併用,fluvoxamine前治療歴を有する患者のいずれにおいても有効性が示された。本調査の結果から,強迫性障害の治療におけるparoxetine長期投与の安全性および有効性が確認された。
Key words : paroxetine, post marketing surveillance, obsessive-compulsive disorder, efficacy, safety