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展望
●Imipramineから50年――わが国における抗うつ薬開発の歴史的展開――
村崎光邦
 最初の抗うつ薬imipramineが1959年にわが国へ導入されて、昨年で50年の節目を迎え、さらに今年の2010年はMAO阻害薬のpheniprazineとphenelzineが導入されて50年となる。しばらくはimipramine、amitriptylineを中心とするTCAと次々に導入されたMAO阻害薬の時代が続いたが、得難い効果を示したMAO阻害薬が安全性の問題から徐々に撤退して1990年のsafrazineが最後となった。1979年には抗潰瘍薬として導入されていたsulpirideが抗うつ薬としての適応を取得してうつ病薬物療法の幅を拡げ、1980年には第二世代筆頭として異能のamoxapineが登場し、優れた抗うつ作用と速効性には目を見張った。その後、四環系抗うつ薬が導入され、さらに1991年trazodoneが導入されて、うつ病患者の睡眠障害への効果を得た。そして、TCAの抗コリン作用を持たない抗うつ薬をとの悲願から、新しい世代のSSRIとSNRIの開発が始まり、1999年fluvoxamine、2000年にはparoxetineとmilnacipran、さらに2006年sertralineが導入された。わが国ではSSRI、SNRIの導入が遅れて、恥を耐え忍んできたが、2009年、2010年と最後の大物mirtazapineとduloxetineが導入されて、世界からの遅れを取り戻しつつある。さらに新しい抗うつ薬の開発は脈々と続いており、今日的うつ病薬物療法の新しい展望が期待されている。
Key words : TCA, MAOI, SSRI, SNRI, NaSSA

特集 
●抗うつ薬導入50年を振り返って――芳香族モノアミンを巡る展開――
中嶋照夫
 1950年代初めに精神医療に適用されたchlorpromazineとreserpineは精神科薬物療法を発足させると共に、アミンを巡る神経伝達機構の解明と精神疾患の病態病理に関し生化学的仮説を生むこととなった。このような経緯の中で抗うつ薬の登場において演じてきたreserpineとiproniazidの役割と、その薬効機序の研究とうつ病患者の体液中のアミンおよびその代謝産物の分析から提唱されてきたアミン仮説について述べた。さらに、脳内アミンレベルの上昇と代謝回転を高める目的で試みられた前駆アミノ酸(プレカーサー)療法について言及した。
Key words : reserpine, MAO inhibitors, L-5-HTP, monoamine hypothesis

●三環系抗うつ薬の果たした役割と今後への期待
越野好文
 1957年にiproniazidの抗うつ効果が認められ、うつ病の薬物療法の可能性が示された。1959年に最初の三環系抗うつ薬(TCA)であるimipramineの効果が確立され、以後半世紀にわたって第一線のうつ病治療薬として使用されている。TCAの歴史と現状をみると、imipramine以後amitriptylineなど次々とTCAが開発され、さらに副作用の軽減をめざしたamoxapineや、四環系抗うつ薬、第二世代抗うつ薬も登場した。TCAの作用機序の研究から、うつ病では脳内神経伝達物質に問題があるとするアミン仮説が導かれた。そしてアミン仮説に基づいて、特定の神経伝達物質に選択的に作用する選択的serotonin再取り込み阻害薬やserotonin-noradrenaline再取り込み阻害薬が開発された。TCAは新しい抗うつ薬の登場後も独自の立場を保っており、うつ病以外の疾患にも有効である。TCAの今後に関連して、患者の示す抑うつ症状から障害されている神経伝達物質を推定し、それに適した作用をもった抗うつ薬を選択する合理的薬物療法の可能性を考えた。
Key words : amine hypothesis, history, imipramine, indications, tricyclic antidepressant

●四環系抗うつ薬の果たした役割と今後への期待
内村直尚
 本稿では四環系抗うつ薬であるmaprotiline、mianserin、setiptiline、およびtrazodone、sulpirideについての薬物療法の実際と、せん妄などのうつ病以外の疾患への応用および今後への期待に関して概説した。Mianserinやtrazodoneは鎮静系の抗うつ薬として、特にうつ病患者の不眠改善を目的として就寝前に使用されている。SSRIは睡眠を悪化させる可能性もあるため、SSRIとの併用薬としても期待できる。また、せん妄の治療薬としても使われている。Sulpirideは軽症・中等症うつ病や適応障害に有効性を認め、また、SSRIやSNRIの副作用である吐気、食欲低下などの消化器症状を予防できるため投与初期に併用することも少なくない。Maprotilineはノルアドレナリンの取り込みを選択的に阻害し、三環系抗うつ薬に比べて抗コリン作用が少なく、循環器系に対する副作用も少ないため、意欲低下などが目立つ患者に主に使われている。
Key words : maprotiline, mianserin, setiptiline, trazodone, sulpiride

●SSRIの果たした役割と今後への期待
田中徹平  野村総一郎
 SSRIは、第1世代抗うつ薬である三環系抗うつ薬(TCA)やMAO阻害薬と異なり偶然に抗うつ作用が発見された薬剤ではなく、脳内のセロトニン濃度を選択的に上げることで、抗ヒスタミン作用、抗コリン作用、抗α1作用などから生じるTCAの副作用を減らすことを意図して開発された薬剤である。そのため、SSRIとして一括りにされてはいるものの、各SSRI間の構造は大きく異なっており、各薬剤間の薬理学的プロフィールは異なっている。SSRIはTCAに比較して副作用が比較的少ないため、うつ病や不安障害を中心に広く使用されているが、賦活症候群などの問題も指摘されており注意が必要である。また、今後への期待に関しては、主として薬理遺伝学などの生物学的研究の観点から述べたが、SSRIの持つ副作用などの負の側面を認識した上で使用すれば、SSRIは精神医療に有用な薬剤であると考える。
Key words : SSRI, major depressive disorder, anxiety disorder, adverse effects, pharmacogenomics

●SNRIの果たす役割と期待
樋口輝彦
 SNRIはノルアドレナリンとセロトニンの再取り込み阻害能がほぼ等しい点が従来薬、SSRIと異なる薬理作用であり、これによる臨床効果に期待が寄せられる。SSRIとは効果に大きな違いがないとするメタ解析の結果もあるが、最近、わが国で市販されたduloxetineとSSRIとの比較では、duloxetineがHAMDの「仕事と活動」「精神運動抑制」「性的関心」「心気症」の4項目でSSRIよりも改善率が高く、逆にSSRIの方が改善率が高かったのは「中途覚醒」「早朝覚醒」の2項目であった。一方、各種ガイドラインあるいはアルゴリズムでは、SSRIとSNRIはほぼ同等に位置づけられ、いずれも第一選択薬とされている。しかし、最近の複数治療メタ解析の結果は、同じSSRI間、SNRI間でも有効性に差があることが報告され、同じSNRIでもvenlafaxineの方がduloxetineよりも有効性が高いとする報告もある。
Key words : SNRI, SSRI, duloxetine, venlafaxine, TMAP

●NaSSAの果たすべき役割とその可能性
加藤正樹  木下利彦
 Mirtazapineはその薬剤名とNaSSAというクラスとをイコールでつなぐことができる唯一の薬剤であり、このことだけでも、臨床における存在価値となりうる。そのユニークで絶妙なバランスを持った薬理プロフィールにより、睡眠障害、食欲不振に特に有効とされながらも、うつの中核症状に対しても、SSRI/SNRIより効果の発現が早く、治療効果が出るまでの期間が短くてすむようである。副作用に関しては、TCAで見られた抗コリン性の副作用、SSRIで見られた胃腸症状、性機能障害などの発現率は低い一方、睡眠障害、食欲不振の改善と表裏一体の過眠・過鎮静や食欲亢進・体重増加などの発現率が高く、その作用は諸刃の剣と言えなくもない。このユニークな抗うつ薬の、第1選択薬、また第2選択薬としての可能性を考察し、日本人とmirtazapineとの相性にも触れる。
Key words : mirtazapine, combination, treatment-resistant, side effect, pharmacological profile

●今後の抗うつ薬開発への期待
石郷岡 純
 新規抗うつ薬の開発に向けて、その考え方と期待される作用機序について述べた。現在の抗うつ薬には効果発現の遅さ、寛解率の低さなどがなお重大な課題として残されている。新規の抗うつ薬には有効性の向上と副作用の低減が求められることは当然だが、真の好ましいアウトカムの達成という、優れて臨床的な観点を常に見失わないことが重要である。うつ病の病態は決して均質なものではないので、従来のモノアミン仮説を超えた作用機序による薬剤に期待がもたれるのは当然である。しかし、モノアミン仮説による薬剤ほど確実性が高い手法もないので、新規の作用機序を検討する際には、複数の作用機序をもった薬物を検討する発想も重要であろう。
Key words : antidepressant, clinical development, target molecule, mechanism of action

原著論文
●Paroxetine塩酸塩水和物の中断後症状の実態と10mg/日未満の用量調節の必要性――日本臨床精神神経薬理学会 アンケート調査――
日本臨床精神神経薬理学会
 Paroxetineの中断後症状およびその対処の実態を把握し、医療現場におけるparoxetine 5mg製剤の必要性を明らかにすることを目的として、インターネットまたは調査票による調査を実施した。回答者の約8割が中断後症状を経験し、そのうちの約8割が投与終了期に10mg/日ずつの用量調節による減量を行ったにもかかわらず、中断後症状を経験していた。10mg/日未満の用量調節は、中断後症状が発現してからの対処というよりも発現予防を目的として実施されていた。予防目的としての代表的なスケジュールは、10mg/日まで10mgずつ減量し、最終段階のみ10mg/日未満の減量を行うものであった。10mg/日未満の用量調節による中断後症状の発現抑制効果については、予防目的として使用している回答者の87.2%が半減させる以上の効果があると回答した。さらに有効回答者の約9割がparoxetine 5mg製剤を「必要」と考えている実態が明らかになった。
Key words : paroxetine, discontinuation symptoms, SSRI, tapering schedule, antidepressants

●統合失調症患者におけるquetiapine 1日1回眠前投与の検討
柴田 勲  丹羽真一
 Quetiapine(QTP)の1日3回投与が行われている症状の安定した統合失調症患者10例を対象に、QTP 1日1回眠前投与への切り替えによる有用性を検討した。PANSSの陽性症状評価尺度合計点は、切り替え前後で有意な差はみられなかった。DIEPSSの合計点については、切り替え前後で有意な差はみられなかったが、切り替え前に抗パーキンソン薬を使用していた4例中3例で中止することができた。睡眠導入剤については、切り替え前に使用していた9例のうち3例で中止することができ、不眠の改善のために眠前投与していた併用抗精神病薬についても3例中1例で中止することができた。また、切り替え後の1日服用回数や錠数も減少した。以上より、QTPの1日1回眠前投与は、陽性症状を悪化させることなく、アドヒアランスを向上させるために有用であることが示唆された。
Key words : schizophrenia, adherence, quetiapine, once-daily dosing

●外来統合失調症治療におけるrisperidone持効性注射剤の有用性の検討――QOL向上と寛解を目指した治療のために――
窪田幸久
 精神科クリニックにおける外来統合失調症患者20例にrisperidone持効性注射剤への切り替えを行い、6ヵ月間の有効性・安全性の検討とともに患者の主観的QOLを評価した。結果、PANSS総スコアは88.5±11.4から63.1±13.5に、GAFは39.5±6.2から59.9±7.4に、DIEPSSは7.8±4.0から3.2±2.2に、それぞれ有意(p<0.001)な改善を示した。主観的QOL評価は心理社会関係、動機と活力、症状と副作用のいずれの領域においても改善が見られた。また近年、統合失調症治療の治療目標として提唱されている「寛解」の重症度基準においても、切り替え前1例であったのが切り替え6ヵ月後には14例が寛解に到達した。Risperidone持効性注射剤は外来維持治療の有用な治療選択肢であることが確認された。
Key words : schizophrenia, risperidone long acting injection, quality of life, remission, shared decision making

●日本人パニック障害患者を対象としたsertralineとparoxetineの有効性および安全性を検討する無作為化、二重盲検、非劣性試験
上島国利  貝谷久宣  今枝孝行  丸山奈美
 国内において、sertralineのパニック障害治療薬としての臨床的位置付けおよび特徴を明確にすることを目的に、paroxetineを比較対照とした臨床試験を行った。投与期間は、16週間(12週間の治療期および4週間の漸減期)であった。主要評価項目は、EES(Efficacy Evaluable Set)における治療期の終了・中止時のPanic and Agoraphobia Scale(PAS)合計点のベースラインからの変化とした。主要評価項目であるPAS合計点の平均減少量の群間差[sertraline-paroxetine:調整済み平均値(95%信頼区間)]は、-0.4(-2.5, 1.6)であり、95%信頼上限が非劣性マージン4より小さかった。このことから、sertralineのparoxetineに対する非劣性が検証された。また、治療期における因果関係が否定できない有害事象の発現率は、sertralineで68.8%、paroxetineで74.1%であり、sertralineで低く、有害事象の重症度も低かった。さらに、漸減期におけるsertralineのdiscontinuation symptoms(離脱症状)の発現は、paroxetineよりも有意に低かった。
Key words : sertraline, paroxetine, panic disorder, noninferiority, discontinuation symptoms

総説
●気分安定薬を用いた統合失調症の効果増強療法
山本暢朋  稲田俊也  藤井康男
 抗精神病薬の効果を増強するなどの目的で、気分安定薬を抗精神病薬に併用する効果増強療法は、日常臨床で比較的よく目にする処方である。しかし、海外の各種ガイドライン、アルゴリズムにおいて、こうした治療は優先的な治療選択肢には位置づけられていないものが多かった。また、効果増強療法の有効性に関するエビデンスレベルの高い研究のうち、lithium、バルプロ酸製剤、carbamazepineといった薬剤については、以前は有効性を肯定する報告が多かったものの、最近では否定的な報告もなされるようになってきている。一方で、lamotrigineやtopiramateでは、有効性に関する肯定的報告が多く存在した。気分安定薬と抗精神病薬の併用は、有害事象が発現する可能性もあるため、安易に行われるべきではない。健康保険適応上の問題があるが、今後は新規の気分安定薬を中心とした、実証的な研究の蓄積が求められている。
Key words : schizophrenia, augmentation therapy, mood stabilizer

●12の抗うつ薬はどれも同じか?――マルチプルトリートメントメタアナリシスが開く新しいエビデンス――
米本直裕  稲垣正俊  山田光彦
 本稿では、MANGA研究に焦点を当て、その特徴であるマルチプルトリートメントメタアナリシスの方法を解説し、重要なポイントを整理した。マルチプルトリートメントメタアナリシスには、様々な仮定や制約があり、結果の解釈にも限界がある。しかし、MANGA研究の結果は現時点での最高のエビデンスである。さらに妥当な結論を得るためには、実務的で大規模なランダム化比較試験が必要である。MANGA研究のような論文を読み解くためには、臨床試験、生物統計学の知識が必要であり、今後、臨床家にとっても、このような知識とその活用が重要になると考える。
Key words : antidepressants, clinical trials, evidene, meta-analysis


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