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展望
●双極性障害と抗うつ薬を巡る論争
加藤忠史
 双極性障害と抗うつ薬に関しては、双極性障害の大うつ病エピソードに抗うつ薬が有効なのか、有害なのか、という問題がある。これらは双極Ⅰ型障害と双極Ⅱ型障害で事情が異なっていると考えられる。抗うつ薬の中でも、三環系抗うつ薬、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)、その他の抗うつ薬のそれぞれで異なる可能性があり、SSRIの中でも薬剤によって異なるかもしれない。また、有害な可能性については、躁転、急速交代化、賦活症候群など、さまざまな問題がある。診断の上では、抗うつ薬に誘発された躁状態、軽躁状態をどのように捉えるかが重要である。双極性障害のうつ状態の治療については、その使用による長期的なメリット、デメリットを勘案して、大局的に捉える必要があると考えられる。
Key words : bipolar disorder, antidepressant

特集 広がる双極性障害の概念と抗うつ薬を巡る問題
●広がる双極性障害概念とその臨床的意義
阿部隆明
 現代の双極性障害の先駆概念はFalretの循環精神病である。これは、一元論的な構想であるKraepelinの躁うつ病に一旦は吸収されたが、1966年に発表されたAngstやPerrisの研究によって、単極うつ病と分離された双極性障害として復活を遂げた。1970年代後半になって、単極うつ病の異種性が指摘され、軽躁病エピソードの既往を有するうつ病は双極Ⅱ型障害と命名された。さらに単極うつ病と双極Ⅱ型の中間領域に関して、1980年代にはsoft bipolar disorder(Akiskalら)、2000年代にはbipolar spectrum disorder(Ghaemiら)という概念が出現した。両者とも、抗うつ薬による(軽)躁転、躁うつ病の家族歴を重視するが、Akiskalらが人格内の軽躁的な要素、うつ病相での部分的な軽躁的因子といった臨床特徴に合わせて下位分類を量産するのに対し、Ghaemiらはむしろ診断基準を提示して薄い双極性障害の特徴を持つ病態を一括する。いずれにせよ、双極性障害概念を拡大する意義は、同障害として早期治療の必要な気分障害に注意を促すという治療的な観点にある。
Key words : bipolar disorder, bipolar spectrum, depression, hypomania, soft bipolar

●双極スペクトラム障害の病態と治療
坂元 薫
 近年、双極スペクトラム概念が注目を集めているが、若干の混乱も見られる。双極スペクトラム障害は、「診断基準を満たす明確な躁病/軽躁病エピソードは認めないが、双極性要素つまり双極性bipolarityを有する気分障害」に限定してとらえるのが妥当である。Bipolarityの指標としては、抗うつ薬誘発性の(軽)躁病エピソードの既往、双極性障害の家族歴、頻回のうつ病エピソード、高揚気質、うつ病エピソードにおける過眠・過食症状、うつ病エピソードの遷延化、季節連関性、不安障害の併発、「混合性の特徴の特定用語」(DSM-Ⅴ草案)などがあげられる。現時点での病像に躁症状が混入する混合性うつ病においては、抗うつ薬は、躁転、activation症候群、自殺企図などの有害事象を来たし、病態を複雑化し経過を不安定化する可能性が高いため、投与禁忌と考えた方がよい。現時点で躁症状の混入のない双極スペクトラム障害のうつ状態に対しては、bipolarityの程度の強いものほど、双極うつ病に準じた治療を行う。Bipolarityが明瞭でない症例には大うつ病性障害に準じた治療を行う。Bipolarityを見逃さず、また双極性障害や双極スペクトラム障害の過剰診断もしないバランス感覚を持った診断、治療姿勢が何よりも重要である。
Key words : bipolar spectrum, bipolar spectrum disorder, bipolarity, potential bipolar, bipolar depression

●脳画像からみた双極性障害の特徴――多チャンネルNIRSによる検討を中心に――
亀山正樹  青山義之  須田真史  武井雄一  成田耕介  間島竹彦  福田正人  三國雅彦
 双極性障害について、CT・sMRIなどの脳構造画像、PET・SPECT・fMRI・NIRSなどの脳機能画像を用いた病態研究・臨床応用が進んでいる。双極性障害の脳画像研究では、前頭前皮質と辺縁系、およびそれらの神経連絡における感情調整ネットワークの障害が示唆されている。向精神薬と脳画像の関連も検討されており、lithiumによる灰白質体積の増加を認め、同剤の神経保護作用が推測されている。また、NIRSを用いた気分障害患者の脳血液量変化測定の検討によると、単極性うつ病ではその賦活反応性の低下を認めるが、双極性障害では課題前の状態に依存した緩徐な賦活反応性を認める。こうした両疾患の所見の違いを利用し、NIRSのうつ症状の鑑別診断補助における診療支援ツールとしての利用も始まっている。このように、双極性障害の脳画像研究の発展は目覚ましく、今後も同疾患の病態究明および臨床応用への貢献が期待される。
Key words : bipolar disorder, brain imaging, NIRS, pharmacotherapy, prefrontal cortex

●エビデンスからみた双極性うつ病に対する抗うつ薬の投与の是非
谷 将之  大坪天平
 双極性うつ病に対する抗うつ薬の投与は、抗うつ効果の有無や躁/軽躁状態への移行、病相の急速交代化(rapid cycling)の誘発、維持療法の有用性などの問題を有し、それぞれについて多くの議論がなされてきた。本稿では双極性うつ病に対する抗うつ薬の投与の是非について、主に近年発表された大規模試験であるSTEP-BDやメタ解析を中心に概説した。これらの報告からは、(1)抗うつ薬の抗うつ効果はある程度期待できるが、否定的な見解もある、(2)抗うつ薬により躁転を来す一定のリスクがあり、気分安定薬はその予防に有用である可能性がある、(3)抗うつ薬により病相の急速交代化を来す可能性があり、その場合は抗うつ薬を継続して使用するべきではない、(4)維持治療に関する有用性は確立していない、等の推論が導かれるが、現在でも意見が拮抗している部分も多く、更なる研究の蓄積が必要である。
Key words : bipolar depression, antidepressants, manic switch, rapid cycling, maintenance treatment

●抗うつ薬によるactivation syndromeと双極スペクトラム障害
田中輝明  小山 司
 近年、うつ病概念の広がりとともに双極スペクトラムが注目を集めるようになり、気分障害の診断をめぐる状況は大きく様変わりしている。一方、新規抗うつ薬が自殺関連事象を惹起する危険性について指摘が相次ぎ、使用の是非をめぐって議論が交わされたことも記憶に新しい。一連の過程でactivation syndromeの概念が大きく取り上げられたが、その病態は抑うつ混合状態(混合性うつ病)あるいは双極スペクトラム障害と大きく重複することが指摘されている。本稿では、bipolarity(双極性障害の指標)の視点から抗うつ薬によるactivation syndromeを捉え、抑うつ混合状態および双極スペクトラム障害との関連について概説した。
Key words : bipolarity, mixed depression (depressive mixed state), bipolar spectrum disorder, activation syndrome, suicidality

●双極性障害の治療ガイドライン、アルゴリズムからみた抗うつ薬の位置づけ
塩江邦彦
 本稿では、双極性障害の代表的な治療指針における推奨内容と抗うつ薬使用の位置づけについて紹介した。双極性うつ病に対する抗うつ薬の使用について、治療指針により選択順位に多少の相違はあるが、抗うつ薬は気分安定薬(非定型抗精神病薬を含む)との併用で使用するという基本原則は一致していた。併用療法に用いる抗うつ薬の選択順位は、躁転や病相の不安定化のリスクが低いというエビデンスの順に、(1)SSRI、(2)SNRI、(3)mirtazapineなどのより新しい抗うつ薬、となった。しかし、これらの抗うつ薬と気分安定薬との併用療法の効果についてエビデンスは十分とはいえない。一方で、抗うつ薬の単独使用はすべての治療指針で推奨していない。推奨内容のアップデートは重要で、治療指針の作成者および団体は、長期にわたって計画的な妥当性の検証と改訂を繰り返すことが必要である。
Key words : practice guideline, treatment algorithm, bipolar disorder, antidepressants, mood stabilizer

原著論文
●国内における入院中の統合失調症患者の薬物療法に関する処方研究2006
吉尾 隆  宇野準二  中川将人  長谷川 毅  杉村和枝  梅田賢太  三輪高市  稲垣 中  稲田俊也
 統合失調症患者の薬物療法は現在、単剤・低用量での処方が推奨されている。国内においては、単剤で使用することでコスト・ベネフィットが高いと言われる第二世代(非定型)抗精神病薬6剤(今回の研究では2006年の調査のため、blonanserin、clozapine、risperidone LAIについての調査は行っていない)が使用可能となっているが、多剤併用大量処方が大きな特徴であることが指摘されており、特に長期慢性の入院患者に対する多剤併用大量処方について改善が見られていないことが指摘されている。今回の調査では、2005年の調査報告を踏まえ、精神科臨床薬学研究会(PCP研究会)会員病院61施設における入院中の統合失調症患者9,325名についての薬物療法に関する調査を行い、国内における入院中の統合失調症患者に対する処方実態を調査・検討した。抗精神病薬の平均投与剤数および投与量はそれぞれ2.2剤、873.8mg/日、単剤処方率30.1%であり、また第二世代(非定型)抗精神病薬の処方率が73.7%に達しているものの、単剤処方率は24.4%と低かった。調査対象を拡大しているが、2005年の調査とほぼ同様の結果となっており、諸外国の処方実態とは異なった処方が我が国で行われていることが考えられる。
Key words : schizophrenia, medication, prescription survey, polypharmacy, second generation antipsychotics

●双極性混合状態における不安・焦燥感対策の重要性――Lithiumにtandospironeを追加する強化療法により効果がみられた34症例の考察――
片上哲也  織田裕行  木下利彦
 (背景)DSM-Ⅳ-TRにおける双極性混合状態の診断基準は、少なくとも1週間の間は、ほとんど毎日、躁病エピソードの基準と大うつ病エピソードを満たすこととされている。しかし、実際にはその診断基準に該当することは少なく、うつ症状と躁症状が様々に組み合わさっている状態が多い。(目的)混合状態の不安・焦燥感に対してlithiumにtandospironeを追加する強化療法の有効性を検討する。(方法)不安・焦燥感や恐怖に注目することにより、双極Ⅱ型障害または双極Ⅱ型障害とパニック障害の併存に診断を変更した34症例に対して、lithiumにtandospironeを追加する強化療法を行った。効果判定には17-item Hamilton Depression Scale(HAM-D17)、Young Mania Rating Scale日本版(YMRS-J)、Hamilton Anxiety Rating Scale(HAM-A)を用いた。(結果)すべての評価尺度で不安・焦燥感、恐怖に関連する項目の改善がみられた。(結論)本研究において混合状態の不安・焦燥感、恐怖に対してlithiumにtandospironeを追加する強化療法の有効性が示唆された。
Key words : mixed episode, anxiety, augmentation therapy, lithium, tandospirone

症例報告
●Perospironeにより生活機能改善が認められた精神遅滞の2症例
吉浜 淳
 精神遅滞患者の精神症状に対して抗精神病薬を使用する場合、錐体外路症状や過鎮静などの副作用について注意が必要である。Perospironeは比較的副作用の出にくい抗精神病薬の1つであり、D2受容体に対して血中消失半減期の短いperospironeと活性代謝物ID-15036により、間欠的に遮断するtight & transient作用の特徴がその背景にあるとされている。今回精神遅滞患者にperospironeを投与して過鎮静なく速やかに状態が改善し、その後の生活機能改善効果も認められた2症例を報告する。
Key words : perospirone, mental retardation, functioning

●急性期より退院を考えたrisperidone持効性注射剤の使用経験
津河大路  前田友子  宮本起世子  宮本典亮
 服薬不良により当院に入院し、risperidone内用液剤(RIS-OS)にて治療中の統合失調症患者で、risperidone持効性注射剤(RLAI)に切り替えることで症状の改善が見られ、外来通院が可能となった2症例を経験したので報告する。症例1ではRIS-OSをRLAIに切り替えたところ、錐体外路症状の発現は同程度であったが、精神症状の改善が認められた。症例2は、入院以前は服薬継続ができず、服薬ストレスを強く感じる患者であったが、RLAIに切り替えることで服薬ストレスから解放され、再燃・再発防止に有用であると考えられた。また、退院準備プログラムとしてSocial Skills Trainingとテストを実施した結果、RLAIが薬であるとの認識、およびテスト実施の環境調整が重要であることが示された。今後は、さらにRLAIの再発予防効果に関して継続した調査を実施していく予定である。
Key words : risperidone long-acting injection, social skills training, adherence, stress

●Quetiapineによる統合失調症患者の長期維持療法
畑田けい子
 経過が長期にわたることが多い統合失調症の維持療法には、副作用や再発が少なく、かつ高いQOLの維持が期待できる抗精神病薬を使用することが望まれる。Quetiapine(以下QTP)は、錐体外路症状の発現が少なく、陰性症状や認知機能を改善するなど、長期維持療法に適した薬剤の1つであると考えられる。今回、QTPによって数年という長期にわたり維持療法が行われている症例を提示した。症例1は、約6年間QTP単剤で安定した精神症状を維持しているケースである。症例2および症例3は、いずれも入退院を繰り返していたが、現在は退院して、QTP単剤で精神症状が安定しているケースである。症例2ではolanzapineを、症例3ではrisperidoneを一時的に併用したものの、それぞれ5年間あるいは8年間以上、QTPを中心にした治療で維持されている。各症例について、若干の考察を加えて紹介する。
Key words : quetiapine, schizophrenia, long-term maintenance treatment

総説
●統合失調症の抑うつ症状に対するolanzapineの有効性
片桐秀晃  岡本美智子  高橋道宏
 統合失調症患者には、抑うつ症状の併存が多くみられる。統合失調症に伴う抑うつ症状は統合失調症患者の予後の悪化を招くため、抑うつ症状の改善に目を向けた治療を行う必要がある。海外で行われたメタ解析や臨床試験の結果より、olanzapineの抑うつ症状に対する有効性が示されている。さらに、本邦でも抑うつ症状がみられる統合失調症患者に対しolanzapineへ切り替えた後に抑うつ症状が改善した症例の報告がある。Olanzapineは、抑うつ症状に対する有効性が高いとの報告がある一方で、olanzapineを含む非定型抗精神病薬で治療された患者では一般的に体重増加が報告されている。統合失調症に対する薬物療法に際し、患者の症状に応じて最適な薬剤を選択することを推奨したい。
Key words : schizophrenia, depressive symptom, olanzapine

●統合失調症に対するolanzapineの長期安全性
倉持素樹  丹治由佳  高橋道宏
 慢性疾患である統合失調症の治療は、長期にわたる薬物療法が必要となる場合が多い。現在広く使われている非定型抗精神病薬の長期安全性のエビデンスは少ないため、これらの薬剤の長期安全性については更なる検討が必要である。本稿では、olanzapineの長期安全性に関して遅発性ジスキネジア、性機能障害と血中プロラクチン値上昇、体重増加、代謝異常、自殺や死亡のリスクについて考察した。Olanzapineは、既報の研究結果より遅発性ジスキネジアの改善や、性機能障害と血中プロラクチン値上昇を引き起こしにくい可能性があった。しかし、olanzapineは体重増加や糖尿病関連の有害事象のリスクとの関係が知られており、長期にわたり使用する場合の患者の予後については、未だ不明な部分が多かった。Olanzapineの長期安全性プロファイルを知ることは、統合失調症の薬物治療選択を検討するうえで有用と考えられる。
Key words : olanzapine, schizophrenia, long-term safety, atypical antipsychotics


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