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展望
●自殺と衝動性
高橋祥友
 自殺は多要因的かつ複雑な現象であり,単一の原因だけで説明することは不可能である。さまざまな危険因子と保護因子を慎重に評価することによって,現実に自殺が生じる可能性を臨床的に予測していく以外には確実な予測法はない。従来からさまざまな自殺の危険因子が同定されてきたが,その中には,(1)衝動性の亢進と,(2)衝動性をコントロールする能力の低下を示す因子が多い。本稿では,衝動性と関連して,重要な危険因子について解説した。
Key words : suicide, risk factors, impulsivity, accident proneness

特集 衝動性の生物学的基盤と精神薬理
●衝動性の神経機構
宮崎勝彦  宮崎佳代子  銅谷賢治
 衝動性にはモノアミン神経系が密接な関わりを持つことが知られているが,その様々な側面にどのモノアミン系が関与しているのかはいまだ解明されていない点も多い。筆者らのグループでは,衝動性が強化学習理論のメタパラメータである将来報酬の割引率によって説明可能であり,この割引率の調節にセロトニン系が関与しているという仮説を立てた。最近の研究から,脳内のセロトニンを減少させることにより将来獲得できる報酬に対する評価の時定数(割引率)が小さくなるということが明らかになった。さらに我々が現在進めている研究から,ラットを用いたマイクロダイアリシスの実験では,報酬提示までに遅延時間を設けた課題において背側縫線核のセロトニン放出が高まることを,また,単一ニューロン活動記録ではセロトニン神経が報酬遅延期間中に発火頻度を持続的に増大させることを見出した。これらの結果は,背側縫線核内の多くのセロトニン神経が,将来獲得できる報酬に対しての待機行動中に活動を高めていることを示している。
Key words : impulsivity, serotonin, reinforcement learning, discount factor, waiting behavior

●衝動性の動物モデルと精神薬理
泉 剛  大村 優  木村 生  吉岡充弘
 衝動性は,行動抑制の低下によるimpulsive actionと,衝動的な行動を選択するimpulsive choiceに分けられる。前者の測定法として,5-選択反応時間課題,stop signal reaction time taskおよび低反応率部分強化があり,後者の測定法として,報酬の時間割引や確率割引がある。動物実験の結果から,衝動性に関与する主要な脳部位は,infralimbic cortex,側坐核および眼窩前頭皮質であり,ドーパミン,ノルアドレナリン,セロトニンおよびアセチルコリン神経系が衝動性を調節していると考えられる。本稿では,衝動性の動物実験における脳破壊および薬物の影響について,現時点で得られている所見をまとめた。筆者の所属する研究室では,impulsive actionを検出する簡便かつ妥当性の高い方法として,3-選択反応時間課題を開発したので,併せて紹介する。
Key words : impulsivity, impulsive action, impulsive choice, 5-choice serial reaction time task, 3-choice serial reaction time task

●抗うつ薬と衝動性
野村健介  渡邊衡一郎
 2000年代に入ってから,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)に代表される抗うつ薬による衝動性の亢進についての報告が相次いでいる。その機序としてセロトニン系の関与が示唆されている一方,神経行動学的にはセロトニン系は衝動性を抑えるというコンセンサスがほぼ確立している。うつ病患者では薬物療法だけでなく,精神療法と衝動性の亢進との相関も認められる上,経時変化を見ると自殺関連事象は治療開始の直前が最も多く,その後は漸減していくことから,衝動性は治療法とではなく原病の重症度と相関し,抗うつ薬には衝動性を抑制する効果が期待できるという意見もある。欧米では小児や青年に対する抗うつ薬の使用に警告が出された結果,抗うつ薬の処方量が減少し,同時に自殺既遂率が急上昇した。軽症例では他の治療法の検討も必要であるし,抗うつ薬の使用にあたっては十分なリスクの説明は必要だが,過剰な処方の抑制は慎まねばならない。
Key words : antidepressant, serotonin, impulsivity, jitteriness, suicide

●注意欠如多動性障害における衝動性と薬物療法
牛島洋景  齊藤万比古
 注意欠如多動性障害(Attention Deficit Hyperactivity Disorder : ADHD)は多動性・衝動性や不注意を主症状とする疾患である。その原因としては実行機能をはじめとする前頭葉機能障害が想定されている。ADHDの診断に際しては,広汎性発達障害との鑑別や,他の精神医学的併存症などにも注意が必要である。ADHDの衝動性に対しての薬物療法では,methylphenidateなどの中枢刺激薬で一定の効果が得られるものの,効果が不十分な場合も少なくなく,状況に応じて薬物の変更や追加投与などが必要となる場合もある。ADHDは加齢とともに多彩な状態像をとるので,薬物療法での効果が一定しない場合には診断の再考や併存症に対しての再評価などを慎重に行い,ADHDに対しての治療だけではなく,併存症に対する治療も十分に行うことが症状改善のために必要である。
Key words : ADHD, impulsivity, executive function, comorbid disorder, methylphenidate

●脳器質性精神障害における衝動性・攻撃性と薬物療法,とくに頭部外傷後遺症について
城野 匡  池田 学
 衝動性および攻撃性は,臨床場面ではよく遭遇する精神症状であり,器質性精神疾患,とくに頭部外傷後遺症の精神症状としてみられることがある。そして衝動性・攻撃性のため,本人や周囲の安全がおびやかされ,日常生活や社会復帰に大きな支障をきたすこともあり,早急な対応が求められる。しかし,頭部外傷後遺症における衝動性・攻撃性は,定義が明確にされていないこと,および様々な要因が複雑に影響して生ずる可能性もあって,その薬物療法におけるエビデンスは十分ではなく,推奨されうる薬物が決まっていない。したがって投与の際には,個々の症例で実際の観察から投与薬物と投与量を慎重に検討する必要がある。一方,Quality of Life(QOL)の改善や社会復帰に向けたリハビリテーションにおいて精神症状の安定は大前提であることも確かであり,症例によっては的確な薬物療法が必要である。
Key words : impulsivity, aggressive behavior, organic brain disorders, traumatic brain injury

●司法精神医学でみられる衝動性とそのマネージメント
谷 敏昭
 衝動性は,社会生活における様々なイベントの表出手段の1つとして機能し,精神症状について検討する際の重要な特徴的行動である。本稿では,衝動性の内容および対応方法について具体的に検討し,衝動性マネージメントに係る基本事項と介入のポイントについて紹介した。衝動性に係る基本事項として,(1)衝動性の因子は,3つの下位項目のあることが提示されていること,(2)人間の精神活動には方向性があるという,精神活動の3方向性ルールを踏まえることが有効であること,(3)衝動性の誘導因子は多岐にわたるが,一部を除き,自律神経系反応を伴う前駆症状が存在し,その原始的な表出手段として,衝動的行為が表出されるという一定の流れが存在することを提示した。介入のポイントとしては,(1)衝動性が実際に問題となるのは,職員が予測できない衝動的行為が発生したときであること,(2)発生過程を整理し,構造化を徹底することが有効であることを解説した。
Key words : impulsiveness, forensic psychiatry, intervention, management

原著論文
●Fluvoxamineからparoxetineへ置換した際のうつ病患者における忍容性の違い
常山暢人  鈴木雄太郎  福井直樹  須貝拓朗  渡邉純蔵  小野 信  染矢俊幸
 うつ病治療において,最初のSSRIを副作用で中断した場合,次の治療を別のSSRIで安全に行えるかについては不明である。本研究では,fluvoxamine(FLV)を副作用で中断した症例をparoxetine(PRX)へ置換し,同一個体において忍容性の違いを検討した。対象は大うつ病性障害と診断された外来患者94例。初診後FLVで治療開始し,経過中にFLVを副作用で中断した症例をPRXへ置換し,副作用による中断の有無を検討した。94例中,FLVを副作用で中断したものは10例(10.6%)であり,そのうち7例が消化器系症状で中断していた。この10例のうち,PRXも副作用で中断したものは1例(10%)であり,FLVとPRXの副作用中断の割合に統計学的有意差を認めなかった(p=1.000)。よって,うつ病治療においてFLVを副作用で中断した場合でも,PRXへの切り替え治療は安全に行える可能性が示唆された。
Key words : major depressive disorder, fluvoxamine, paroxetine, discontinuation, adverse effect

●統合失調症通院患者における新規抗精神病薬の使用実態調査
山川百合子  寺島 康  田上洋子  小徳勇人  志井田 孝  佐藤晋爾
 統合失調症患者が地域への移行を果たすためには,通院における薬物療法の維持が中心課題である。そこで本研究では,茨城県における外来での新規抗精神病薬単剤化の長期的アウトカムについて前向き観察調査を施行した。対象は県内13施設で新規抗精神病薬を単剤化した統合失調症患者91例とした。24週間にわたり,精神症状(BPRS,CGI),副作用(DIEPSS),社会的機能(GAF),服薬感(DAI-10),QOL(EuroQOL),薬剤選択理由や薬剤中止理由を評価した。その結果,olanzapineやrisperidoneが選択される割合が高く,治療継続性は有意差はないもののolanzapineが73.0%と最も高かった。どの薬剤も24週間で減量され,低用量で精神症状,内服感やQOLなどが改善傾向にあった。
Key words : atypical antipsychotics, schizophrenia, discontinuation, adherence, QOL

●身体表現性障害に対するSSRIの有用性について(第2報)――Paroxetineを用いて――
名越泰秀  渡邉 明  中村光男  西萩 恵  福居顯二
 他の精神障害の合併がない身体表現性障害の外来患者で抗不安薬の効果が不十分であった88例に対し,paroxetineによる治療を行った。効果判定が可能であった85例(副作用により3例が脱落)のうち,71例(83.5%)が有効であった。治療効果は強迫性障害と類似した病態に対するものであることが示唆された。投与量は平均31.7mg/日で,10~50mg/日にわたっていた。効果発現時期は1~2週間後が多かったが,1週間以前に効果がみられたものや4週間を要したものもみられた。臓器別の有効率は,循環器症状では高く,口腔内の症状では低い傾向がみられた。副作用は,食欲不振,眠気が多かった。食欲不振に関しては制吐剤の併用により軽減することが可能であったが,眠気には注意を要すると考えられた。以上からparoxetineは身体表現性障害の治療において有用であると考えられた。
Key words : somatoform disorders, somatic symptom disorders, obsessive-compulsive spectrum disorders (OCSDs), selective serotonin reuptake inhibitors (SSRIs), paroxetine

●第2世代抗精神病薬持効性注射製剤の患者ニーズ調査
熊田貴之  青山 洋  石垣達也  住吉秋次
 統合失調症治療において,服薬遵守率と再発や再入院との関係が知られている。しかし,通院加療を行っている状況の中で,部分アドヒアランスという問題を解決することは容易ではない。その問題を解決するべく,2009年6月よりrisperidone持効性注射製剤が使用可能となった。しかし,かつてのデポ剤の使用経験から,持効性注射製剤に対して患者のみならず,治療者にも偏見が存在するのが現状である。また,侵襲的な治療の強制は患者の受療すら阻害しかねない。そこで我々は,第2世代の持効性注射製剤に対する患者のニーズを調査した。単純なアンケート調査では患者のニーズが3.2%に止まったが,医師が直接患者にそのメリットやデメリットを説明することにより最終的には23.8%の患者にニーズが生ずる結果となった。適切な薬剤情報提供をすることにより,患者の持効性注射製剤に対するニーズが高まり,彼らの未来に福音がもたらされることが望まれる。
Key words : compliance, adherence, long acting injection, second generation antipsychotics

症例報告
●Risperidone投与中に夜尿と勃起不全を生じblonanserin変更後に軽快した統合失調症の1例
笠貫浩史  安宅勇人  窪倉正一  鈴木利人  新井平伊
 新規抗精神病薬は錐体外路症状などの多彩な副作用が出現しにくいが,新規薬間における副作用の相違も報告されている。今回risperidoneを使用中に勃起不全と夜尿を呈した統合失調症の男性例を経験した。上記の症状はrisperidoneの開始後10日目頃より出現したが,同剤をblonanserinに置換後夜尿は早期に消失し,勃起不全は約1ヵ月遅れて軽快した。以上より,これらの病態にはrisperidoneが主として関与したと考えられ,これらの出現の背景に脳の器質的脆弱性やsodium valproateとの併用の問題が挙げられた。また新規抗精神病薬の両剤間の5-HT2A受容体,1受容体,2受容体への親和性や脂溶性の相違が関与していると考えられた。Blonanserinに変更後も症状の再燃を示していないことから,本剤は今後risperidoneによる副作用の出現時にswitchingする候補薬の1つとなりうると考えられた。
Key words : nocturnal enuresis, erectile dysfunction, risperidone, blonanserin

●Aripiprazoleが奏効したトゥレット障害の2症例
河邉憲太郎  堀内史枝  越智紳一郎  上野修一
 トゥレット障害の主な薬物療法は,haloperidolやpimozide,risperidoneなどの抗精神病薬が使用されるが,近年,トゥレット障害に対するaripiprazoleの使用についての報告が散見される。AripiprazoleはドーパミンD2受容体部分アゴニストであり,多くの抗精神病薬がドーパミンD2受容体アンタゴニストであることから,特殊な薬理学特性を持つ抗精神病薬と言える。Aripiprazoleは,また,強力な抗精神病作用を有し,錐体外路症状,代謝異常や過鎮静をきたしにくい安全性の高い抗精神病薬のため,統合失調症の第一選択薬として国内で認識され,広く使われている。今回,我々は,トゥレット障害と診断し,多彩なチック症状に対してaripiprazoleの使用により改善に至った2症例を経験したので報告する。1例目は14歳男性,risperidoneによる治療を開始したが,過鎮静と効果不十分のためaripiprazoleに置換して6mg/日から開始,24mg/日まで増量し,奏効した。2例目は12歳男性,広汎性発達障害が併存していた。Aripiprazole 3mg/日から開始し,12mg/日まで増量したところ,チック症状は改善した。2症例とも副作用は眠気のみであった。以上から,aripiprazoleは,継続投与が可能で忍容性が高く,効果が期待でき,トゥレット障害に用いることのできる薬物治療の選択肢の1つであると判断した。
Key words : aripiprazole, Tourette’s disorder, tic disorder, children, adolescents

総説
●Duloxetineの有効性における用量別比較――二重盲検ランダム化placebo対照比較試験のプール解析から――
小野久江  丹治由佳  高橋道宏
 抗うつ薬の投与量については,初期投与量で有効性が認められない場合は十分量まで増量することが推奨されている。しかし,日本では抗うつ薬が十分量まで増量されることなく別の抗うつ薬が上乗せされる場合がある。そこで,日本で新規導入されたduloxetineの用量による有効性を理解することは重要と考え,海外で行われた2種のプール解析を紹介する。これらのプール解析の結果,寛解率において,duloxetine 40mg/日はplaceboの寛解率を有意には上回らなかったが,60,80,および120mg/日ではplaceboより有意に高い寛解率が認められた。また,全般的症状改善度においては,わずかではあるが用量反応性が認められた。すなわち,寛解率と全般的症状改善度の結果から,少なくともduloxetineは 40mg/日から60mg/日への増量が有益である可能性が考えられた。
Key words : major depression, antidepressant, dosage, serotonin-norepinephrine reuptake inhibitor, duloxetine

●化学的に見た抗うつ薬とその薬理
諸岡良彦  平井憲次  渡部勇信
 神経伝達における伝達物質と受容体の相互作用は鍵と鍵穴の関係ではなく,塩基性のアミンと受容体の酸点の間の酸・塩基反応であり,抗うつ薬はその組織に到達すれば,どのmonoamine受容体や再取込みサイトとも相互作用するという化学的観点から,抗うつ薬とその薬理作用を概観した。うつ症状はserotonin伝達の減衰が基本であり,それにdopamine伝達の低下やnoradrenaline伝達の変調が併合したものである。うつ病という名称で1つに括られているが,実態は3種の神経伝達の不整の程度と方向によって複雑で,治療も薬物の投与も複数のタイプに分けて対応する必要がある。現在使用されている抗うつ薬は,三環系,四環系および非定型が基本であり,タイプを問わず全てのうつ症状に有効である。これらの抗うつ薬は,受容体との相互作用の強い第3級アミンが主体で,いずれもserotoninアゴニストであり,同時にnoradrenalineとdopamineの受容体にも作用し,さらに各種再取込みサイトとも相互作用するため,SRI(serotonin再取込み阻害)やNRI(noradrenaline再取込み阻害)作用も示す。これらのmultiactionを総合して神経伝達の調整を行う。そこから特化したSSRI(選択的serotonin再取込み阻害薬)およびSNRI(serotonin・noradrenaline再取込み阻害薬)はserotoninとnoradrenalineの再取込み阻害効果を中心とした薬物である。しかし,SRIやNRIは薬物のアゴニストまたはアンタゴニストとしての薬理作用の一部であって,結果は伝達を亢進させるか,抑制するかで判断されねばならない。化学構造から見ると,SSRIおよびSNRIはserotoninアゴニストであるが,noradrenalineに対してはアンタゴニストで,結果的にはserotonin伝達の亢進に特化された分子である。塩基性の弱い第1級または第2級アミンを主作用動点として分子設計されているため,monoamineの受容体に対する直接の相互作用力は弱く,副作用が比較的少ない。Serotonin伝達の低下に基づくうつ症状の治療には優れた治療効果を発揮するが,catecholamine伝達の不整を伴ううつ症状には効果が乏しい。SSRIあるいはSNRIに分類される抗うつ薬で改善されないうつ症状には,dopamine,noradrenaline伝達の調整にも配慮した三環系や四環系抗うつ薬や抗精神病薬が有効で,治療の主体となるが,3種のmonoamine伝達の不整を同時に調整するのはなかなか難しく,神経伝達系を一様に鈍らすlithium carbonateやsodium valproate,あるいは一時的効果しか期待できないECT(電気けいれん療法)が併用されることもある。このような難治性うつ病と,serotonin伝達の調整のみで改善される軽度のうつ病とは,区別して治療,投薬を行う必要があろう。
Key words : antidepressant, monoamine, chemical interaction, molecular structure, agonist and antagonist


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