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展望
●社会不安障害の診断と治療
伊豫雅臣
 社会不安障害(SAD)は高い有病率であり,若年期に発症することも多く,本人にとって苦痛をもたらし,長期に亘ると社会生活にも大きな障害をもたらす疾患である。また,その苦痛は二次的な抑うつ症状を引き起こし,症状を緩和するためにアルコール乱用を引き起こすこともある。そして,治療抵抗性うつ病ではSADを併発していることが多く,SADを合併していることの認識とその治療はうつ病治療においても重要である。SADに対する治療として選択的セロトニン再取り込み阻害薬やセロトニン-ノルアドレナリン再取り込み阻害薬の有効性が示されているとともに,認知行動療法の有効性に関するエビデンスも蓄積されており,適切な診断とともにエビデンスに基づく治療を提供する必要がある。
Key words : social anxiety disorder, selective serotonin reuptake inhibitor, serotonin noradrenaline reuptake inhibitor, cognitive behavioral therapy

特集 社交不安障害(SAD)を再考する
●社会不安障害(SAD)の障害,comorbidity,診断
山田武史  中込和幸
 SADは精神疾患の中でうつ病,アルコール依存症,特定の恐怖につぎ,4番目に生涯有病率の高い疾患である。発症のピークは思春期前後の10代にあり慢性に経過する。不登校の原因となり就学,就労,経済状況に影響し,うつ病と同等にQOLも低下させる。SADは有病率が高いにもかかわらず,受診率,診断率が低いことが問題とされており,原因として患者,医師ともに,疾患ではなく,性格の問題と考えてしまうことなどが挙げられている。診断率を上げるためには問診表を利用するなどの工夫が必要である。SADはうつ病,アルコール依存症の併存率が高く,それぞれの疾患の予後にも大きく影響する。回避性パーソナリティ障害との併存率も高く,経過,治療反応性などが共通していることから両疾患の異同が論議されており,回避性パーソナリティ障害はSADの重症型であるとの見方がなされている。
Key words : social anxiety disorder, comorbidity, diagnosis

●社交不安障害(SAD)の神経生物学的検討:Fear-circuitry dysfunctionの観点から
塩入俊樹
 社交不安障害(SAD)などの不安障害患者は脅威に関する手がかりを選択的に注意するが,必ずしも意識的ではない。つまり,「恐怖条件づけ」の神経回路の過活性化がそのベースに存在する。この回路の基本的プロセスにおいて極めて重要な役割を演じているのは,扁桃体である。また社会的認知には,扁桃体領域だけでなく,線条体,前頭前野,帯状回皮質などの様々な脳部位が介在していることがわかっている。例えば,扁桃体-背側線条体回路は抑制的回避学習と運動学習に関与し,扁桃体-腹側線条体回路は感情の処理と欲求行動をつなぐ役割がある。SADでは,扁桃体だけでなく,行動の監視に関与している前部帯状回や前頭領域の活動亢進,そして大脳基底核での活動低下が推定されており,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や認知行動療法(CBT)によってこれらの各領域の活動性が正常化することが推定されている。
Key words : social anxiety disorder(SAD), Stress-induced fear circuitry disorders, amygdala, serotonin, dopamine

●現代のうつ病と社交不安障害(SAD)
永田利彦
 社交不安障害は,恐怖症の一括りからの独立後,当初のスピーチ恐怖症ともいえる限局した恐怖症から,回避性パーソナリティ障害との同時診断可能な全般性の社交恐怖,そして全般性の社交不安障害と概念が拡大してきた。疫学研究でもスピーチ恐怖症以外の社交不安障害の増加が指摘されている。またうつ病との関連も変わってきた。人生早期に発症する社交不安障害は2次的に大うつ病性障害を引き起こす。その病像についても,当初は大うつ病性障害は非定型の病像をとることが多いとされていたが,一般人口中や最近の臨床例の報告では,非定型の病像をとることは稀であると報告されている。また治療については大うつ病性障害に遅れて社交不安障害が改善し始めるので,大うつ病性障害が良くなっても投薬などの治療を中断せず,休息療法から不安なことをあえて行う治療に変更する必要がある。
Key words : major depressive disorder, social anxiety disorder, under-diagnosis, under-treatment, selective serotonin reuptake inhibitors

●社交不安障害(SAD)の治療――薬物療法と精神療法,一般臨床での対応――
朝倉 聡  小山 司
 Social Anxiety Disorder(SAD)の治療については,薬物療法としては選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRIs)の有効性と認容性が多くのコントロール研究によって示されるようになり,現在では第一選択薬と考えられるようになっている。わが国でも,SADに対するSSRIsによる薬物療法としてfluvoxamineに続きparoxetineの保険適応が承認されている。また,精神療法としては,わが国の対人恐怖に対する精神療法として検討されてきた森田療法は有効と考えられるが,認知行動療法の有効性が多く検討されており,有用な認知モデルの提唱や技法の開発もおこなわれている。一般臨床においては,体系的な認知行動療法や森田療法を施行できる施設は限られていると思われ,現状に即した工夫も必要と考えられる。有効性が指摘されている薬物療法の知見を活用し,認知行動療法的介入もわが国の一般臨床で使用しやすいように工夫して,よりよい対応がなされていくことが望まれる。
Key words : Social Anxiety Disorder(SAD), pharmacotherapy, psychotherapy, selective serotonin reuptake inhibitors(SSRIs), cognitive-behavioral therapy

●社交不安障害(SAD)治療におけるparoxetineの可能性
菅原裕子  坂元 薫
 近年,社交不安障害(Social Anxiety Disorder : SAD)は社会機能の障害が大きい病態として注目されつつある。SAD患者では皮質辺縁系におけるセロトニン神経の機能異常が示唆されており,海外の治療ガイドラインにおいて選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor : SSRI)はSADの薬物療法における第一選択薬に推奨されている。その中で,paroxetineはこれまでうつ病・うつ状態のほかパニック障害,強迫性障害に適応を有していたが,2009年10月に新たにSADに対する適応を取得し,本邦において不安障害に最も多くの適応症を有する薬剤となった。これまでの多数の臨床試験において,その短期的治療効果から長期的な再燃予防効果に加え,若年期のSAD患者に対する有効性が証明されている。他の新規抗うつ薬との有効性比較については,直接比較試験が少ない点を考慮すべきであるが,プラセボ対照比較試験を統合したメタ解析の結果が報告されており,他剤と同等以上の効果を示したparoxetineは今後本邦においてもSAD治療の第一選択薬の1つとして位置づけられる薬剤と考えられる。安全性については,paroxetineを含む全ての抗うつ薬で共通とされる若年者における自殺関連行動には注意を要するものの,全般的に忍容性に優れた薬剤であることから,paroxetineは本邦におけるSAD患者にさらなる希望を与えることとなろう。
Key words : paroxetine, social anxiety disorder, serotonin, suicide, activation syndrome

●SSRI登場で進んだ社交不安障害(SAD)の臨床
尾鷲登志美
 社交不安障害(社交恐怖;social anxiety disorder : SAD)に対する薬物療法として,現在では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor : SSRI)が第一選択薬である。2010年時本邦ではfluvoxamineとparoxetineがSAD治療薬として認可されているが,その歴史は数年のみである。拙稿ではまずSSRIが登場する前後での薬物療法を比較し,SSRIがSADの薬物療法において第一選択薬である背景を概観した。次に,SSRI登場によってSAD認知度が向上し,今まで受診行為の少なかったSAD患者が治療に結びつく可能性について紹介した。また,SAD治療においてSSRIはまだ登場して間もない段階であり,今後の課題についても概観した。
Key words : social phobia, social anxiety disorder, pharmacotherapy, serotonin reuptake inhibitor, visibility

原著論文
●診療報酬明細データを用いた統合失調症患者の治療アウトカムの検討
中原直博  鎌江伊三夫  稲垣 中  小林 慎
 株式会社日本医療データセンターから提供を受けた診療報酬明細書(レセプト)データを基に,統合失調症の初期治療患者に用いられる抗精神病薬(N05A)の種類の違いに焦点を当て,探索的な解析を実施した。分析対象は,過去1年間に統合失調症による治療がなく,かつ最低3ヵ月間の追跡が可能であった統合失調症患者1,164例を対象とした。精神科関連の診療科(精神科,神経科,心療内科)から発行されたレセプトの情報を基に,初回処方月に投与されたN05Aの種類により,各群の3ヵ月間の医療資源消費量を集計した。また単剤非定型治療群において,処方例数の多い上位2種の薬剤群については個別の比較分析を実施した。単剤非定型治療群におけるN05Aの内訳は,risperidone(RIS)治療群が132例と最も処方が多く,次いでolanzapine(OLA)治療群が118例であった。投与開始後3ヵ月間においてこの2剤間の比較を行ったところ,総医療費はOLA治療群とRIS治療群の両群間で統計学的に有意な差は認められなかった(p=0.188)。また,同期間における初回処方治療薬の継続率は,OLA治療群はRIS治療群よりも有意に優れていた(p=0.019)。OLA治療群とRIS治療群の比較において,現在の薬価が直接影響したと考えられ,OLA治療群のN05A薬剤費は高いが,両群間の総医療費には差がないことが認められた。また治療継続率では,既に報告されている海外観察研究と同様,OLA治療群はRIS治療群に比べ高いことが確認された。これらの結果は,日本の統合失調症治療に有益な情報を提供するものであると考える。
Key words : healthcare resources, medical cost, antipsychotics, olanzapine, schizophrenia

●急性期の統合失調症患者におけるquetiapine fumarate(25mg,100mg錠剤,50%細粒)の有効性および安全性の検討
加藤 大輔,町田 恵子,小林 俊光,他
 急性期統合失調症患者におけるquetiapine(以下,QTP)の有効性,安全性を検討するため,全国の99施設において製造販売後調査を実施した。本調査には246例が登録された。有効性解析対象症例235例において,QTPの1日平均投与量は1週後に332mg,2週後に405mg,4週後に455mg,8週後には477mgまで増量されていた。Brief Psychiatric Rating Scale(BPRS)総スコア,BPRS陽性症状スコア合計,BPRS陰性症状スコア合計は,QTP投与8週後においてそれぞれQTP投与開始前の57%,54%,68%まで低下していた。QTP単独治療群(162例)は併用治療群(73例)に比べ全般改善度が有意に高く,抗パーキンソン薬の併用率が低かった。また,血中プロラクチン値の有意な変化は認められなかった。重篤な副作用は,鎮静2件,肺炎,精神運動亢進,呼吸抑制,腸閉塞,低体温の各1件であった。いずれもQTPを減量もしくは投与中止することにより回復した。以上より,急性期の統合失調症患者においてQTPの有用性が示された。 
Key words : schizophrenia, quetiapine, positive symptom, dose titration, Post-marketing Surveillance

症例報告
●Quetiapineへの切り替えにより精神症状の改善および社会生活能力の向上がみられた統合失調症の2症例――社会生活能力の評価にRehabilitation Evaluation Hall and Baker(REHAB)を用いて――
片上哲也  織田裕行  木下利彦
 Bromperidolやrisperidoneなどの抗精神病薬からquetiapineへの切り替えを行った統合失調症の2症例において,陽性・陰性症状評価尺度(以下PANSS)とRehabilitation Evaluation Hall and Baker(以下REHAB)の全般的改善がみられた。今回,特にREHABの全般的行動の3項目(社会的活動性;SA,言葉のわかりやすさ;DS,セルフケア;SC)においては,両症例ともに改善がみられた。しかし,寛解状態であるが入院治療を余儀なくされている症例1では社会生活の技能(以下CS)の項目は,改善がほとんどみられなかった(16点→15点)。一方,症状が寛解し退院後,社会で生活を送っている症例2ではCSは大幅な改善を示した(10点→6点)。これらのことから,寛解状態における統合失調症患者にとって,社会にて生活を送ることが,社会能力やコミュニケーション能力の改善に重要であることが示唆された。
Key words : quetiapine, schizophrenia, PANSS, REHAB


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