■展望 ●統合失調症の早期介入と予防:認知障害の視点
松岡洋夫 松本和紀
統合失調症の病態の中核は古くから認知障害と考えられてきた。認知障害は精神症状以上に疾患の機能的転帰に強い影響力をもっており,最近では機能的転帰に対してより特異的と思われる“社会認知”に概念が拡大し,さらに認知障害自体を治療標的と考えるようになってきた。統合失調症における認知障害の形成過程については,早期の神経発達障害に加えて,発症前の精神病への移行期前後での変化を支持する所見が増えており,さらに一部の認知機能は発症後にも変化する可能性があるとされている。こうした複数のおそらく連鎖的な病理過程が認知障害形成に関係していると推定され,認知改善のための治療“臨界期”はより早期にまで拡大して対人的,社会的機能障害の出現時点を考慮する必要があるだろう。その際,機能的転帰に特異的な認知領域に注目することと,疾患の異種性を考慮することが重要である。現時点では早期介入による認知改善の程度は限定的である。そのためより有効で安全な薬物療法の開発に加えて,精神病への発展過程を段階的に規定するモデルを構築し,機能的転帰に対する心理社会的影響因子を考慮した,しかも倫理的に十分配慮されたきめ細かい包括的治療法の開発が期待される。
Key words :clinical staging model, critical period, cognitive dysfunction, duration of untreated illness, early intervention, schizophrenia
■特集 ●統合失調症前駆期および初回エピソードにおける脳構造画像所見の特徴
鈴木道雄 高橋 努
脳画像研究の進展により,統合失調症における軽度の脳灰白質体積減少などの構造変化についての知見が集積されてきた。また近年では,統合失調症を含む精神病性障害に対する早期介入活動の新しい試みと軌を一にして,初回エピソード,さらに遡って前駆期における構造変化に関する研究報告も増加しつつある。それとともに,顕在発症が切迫した時期から初回エピソードにかけて,活発な進行性の脳体積減少が生じていることが明らかになってきた。本稿では,そのような病初期における脳構造画像研究の選択的なレビューを行い,特に進行性変化の特徴を明らかにするとともに,今後の課題について考察する。
Key words :schizophrenia, at risk mental state, first episode, magnetic resonance imaging, progressive brain change
●統合失調症ないし精神病性障害の前駆期/超ハイリスクの症候学
針間博彦 西田淳志
統合失調症ないし精神病性障害の発症前状態に関しては,本来後方視的な概念である前駆症と,前方視的な概念である超ハイリスク(UHR)/発症危険精神状態(ARMS)がある。UHR/ARMSは精神病状態発現の切迫したリスクがある人を同定しようとするものであり,CAARMS,SIPS/SOPSといった評価尺度ではUHR群の包含基準と精神病状態発現の基準が操作的に定められている。一方,統合失調症の前駆期に見られる特徴的症状を示したものに,Huberの基底症状と中安の初期統合失調症症状がある。これらはいずれも統合失調症の経過上最初期に出現すると考えられているものであり,前駆期における統合失調症の早期発見をその目的としている。本稿ではCAARMS,SIPS/SOPS,基底症状,初期統合失調症症状について症候学的側面から概説し,それらの異同について検討した。
Key words :prodrome, UHR, ARMS, basic symptoms, early symptoms of schizophrenia
●統合失調症前駆期における薬物療法
住吉太幹
統合失調症を含む精神病の前駆期を対象とした医療的介入は,発症の遅延や社会機能の維持という観点から重要であり,関連する研究も多くなされている。例えば,第二世代抗精神病薬の予防的投与が,前駆期における精神病症状を軽減するなどのエビデンスが蓄積されつつある。また,発症予防に対する抗うつ薬の有効性などについても関心が向けられている。さらに,統合失調症の病因・病態生理に基づく新しい薬物療法に関する基礎的研究も進んでいる。本稿では,統合失調症への脆弱性を有するハイリスク者における発症前の薬物療法について,その意義,効果の検証,今後の方向性などに関し,これまで報告されている研究成果の概説を交え論じた。早期介入プログラムなどを通じた発症予測精度の向上への取り組みとともに,心理社会的アプローチと有機的に連動した予防的薬物療法の開発促進が,本邦においても今後期待される。
Key words :schizophrenia, prodrome, early intervention, prevention, pharmacotherapy
●DUP(duration of untreated psychosis)と薬物療法による治療予後
辻野尚久 森田桂子 根本隆洋 水野雅文
統合失調症を含む精神病においてDUP(duration of untreated psychosis)の短縮が予後の改善に繋がることから,早期発見・早期介入の必要性が強調されている。本稿では,まずDUPと予後の関係とその生物学的背景について概説した。さらに,薬物療法との関係性やDUPをめぐる今後の課題についてまとめた。
Key words :schizophrenia, DUP, early detection, early intervention, antipsychotic drugs
■症例報告 ●統合失調症患者の維持治療におけるquetiapineの使用経験
吉川憲人
統合失調症の治療は長期にわたることを考慮した場合,副作用の少ないquetiapineなどの第二世代抗精神病薬が維持治療に適していると思われる。Quetiapineは,陰性症状や認知機能障害を改善し,錐体外路症状の発現も少ない。しかし,D2受容体に対する親和性が低く,D2受容体からの解離が速いというquetiapineの特性は再発予防効果に適していない可能性も考えられる。今回,quetiapine単剤(300~400mg/日,1日3回投与)で維持治療していた統合失調症患者4例の症状再燃に対して,quetiapine単剤(400~500mg/日)の就寝前1回投与で長期間(9~20ヵ月)維持できた症例を経験したので,若干の考察を加えて報告する。
Key words :quetiapine, schizophrenia, maintenance treatment
■総説 ●統合失調症の認知機能に対するolanzapineの効果
片桐秀晃 丹治由佳 高橋道宏
統合失調症の中核症状と考えられている認知機能障害は,患者の社会機能の低下を招き,さらにはQuality of Lifeを悪化させ,社会復帰への大きな障害となる。統合失調症の認知機能障害は明らかな精神症状の発現以前の前駆期から存在し,その後長期にわたって存在するとされ,統合失調症治療において認知機能障害の改善を目標とすることは重要であると考えられている。既報の臨床研究より,非定型抗精神病薬の認知機能障害に対する有効性が示されており,その効果が期待されている。現在までに数種類の非定型抗精神病薬が統合失調症治療薬として承認されており,追加研究が必要であるものの,認知機能障害に対しそれぞれ異なる効果を示すと考えられている。本稿では,olanzapineの統合失調症患者の認知機能に対する有効性についての研究結果を中心に概観した。統合失調症の認知機能障害に関する研究は発展途上であるが,本論文が有益な情報となることに期待したい。
Key words :schizophrenia, olanzapine, cognitive dysfunction, atypical antipsychotics, Quality of Life (QOL)
■資料 ●日本における統合失調症入院患者への薬物療法の特徴――東アジアにおける向精神薬の国際共同処方調査REAP―AP2(Research on East Asia Psychotropic Prescription Pattern―Antipsychotics2)の結果から――
中野和歌子 Yang Shu―yu 藤井千太 新福尚隆 Sim Kang Chong Mian―Yoon Ungvari Gabor S. Si Tianmei Chung Eun Kee Tan Chay―Hoon 中村 純
2004年に東アジアの国々で,統合失調症入院患者に対してどのような処方がなされているのかを調査した。本論文は,その国際共同研究の結果を紹介し,2001年に実施した同様な調査の結果と比較検討したものである。2001年および2004年の調査には,中国,香港,日本,韓国,シンガポール,台湾という東アジアの6つの国・地域から多くの施設が参加し,共通の研究プロトコールに従って,統合失調症と診断された2,000を超える症例の処方を調査した。2001年の調査では,日本の多剤併用,大量処方が,近隣のアジア諸国・地域と比較し顕著であることが指摘された。2004年の調査で明らかになったのは,2001年と比較して参加国・地域の中で唯一,日本において平均抗精神病薬投与量の有意な低下を認めたことである。抗精神病薬の多剤併用も,日本と台湾において有意に減少していた。しかし日本における併用の頻度は依然高く,中でも定型+非定型という組み合わせの多剤併用が,他の国・地域と比較して多く見られ,また非定型+非定型という組み合わせも増加していた。日本における抗精神病薬の処方に関して,定型抗精神病薬と非定型抗精神病薬の適正な併用をどのように考えるか,また新たな形の多剤併用を如何に減少させるのかが重要な課題である。
Key words :antipsychotic drugs, east Asia, poly―pharmacy, schizophrenia, international collaboration study
●自殺の危険因子をともなう治療抵抗性統合失調症に対するclozapine治療の経験
日域広昭 岡本泰昌 三上一郎 岩本崇志 冨田洋平 足立知也 後藤志保 井田裕美 山脇成人
症例は19歳頃に幻聴,妄想などで発症し41歳時にclozapineを開始した統合失調症の女性。実母,実兄が自殺既遂。本人も20歳時の精神科初診以後,複数回の自殺企図がある。複数の第1世代および第2世代の抗精神病薬が単剤あるいは多剤併用で投与されてきたが,幻覚,妄想,希死念慮が消失することはなく,これまで十数回の入院を要した。Clozapine単剤による治療を開始したところ,それまで固辞してきたデイケアを利用するようになり,その後希死念慮の訴えが減少したとの家族の評価を得ている。
Key words :schizophrenia, clozapine, suicidal idea, suicide, day care
●Clozapine単剤治療によって生じた無症候性のアミノトランスフェラーゼ異常に対処した1例
佐藤英樹
薬物治療抵抗性の統合失調症患者にclozapine単剤治療を行い,短期間で著効を認めた1例である。投与直後より,血清アミノトランスフェラーゼ(AST,ALT)値の上昇が繰り返し認められた。しかし,これらは無症候性のものであり,いずれも減量または現状量維持による経過観察によって,1~2週間ほどで正常化に至るものばかりであった。
Key words :schizophrenia, clozapine, AST, ALT