詳細目次ページに戻る

展望
●新規抗精神病薬は精神科医療を変えたか
稲田 健  石郷岡 純
 1996年に新規抗精神病薬(新規薬)が登場し現在までの間に,疾患の呼称は精神分裂病から統合失調症に変わり,医療政策では入院医療から地域社会への移行が推し進められている。これらの新規薬の登場と共に生じた精神医療の変化は,治療目標が症状コントロールから社会復帰に変化してきたことと関連する。同時に,社会復帰を目標としたとき,薬物療法を含む精神科治療の有効性と限界が明らかになり,今後の課題が明らかとなった。現在約3割に過ぎない寛解率を押し上げるために認知機能,陰性症状に有効性を持つ薬剤の開発,心理教育との統合が必要であり,副作用とQOLやアドヒアランスに与える影響への配慮はますます重要になるだろう。
Key words :schizophrenia, antipsychotics, second generation antipsychotics

特集 新規抗精神病薬は精神科医療を変えたか
●新規抗精神病薬は精神科病院での治療を変えたか
堤 祐一郎
 新規抗精神病薬は,従来型抗精神病薬に比べ錐体外路症状が少ないことと陰性症状の改善が期待できることが主な特徴であり,わが国に導入後10年以上が経過した。新規抗精神病薬が精神科医療とりわけ精神科病院での治療に変化を与えた可能性について,精神科病院の医療を担う看護師,作業療法士,薬剤師,精神保健福祉士,栄養士への自由記載方式のアンケートの内容から考察する。ほぼ同時期に精神科医療を取り巻くさまざまな社会状況にも大きな変化がみられたが,これらが治療に与えた影響についても言及する。精神科病院での医療に変化を認めたとしても,患者の病状の寛解や回復の頻度や程度に変化を認めたか否かについては今後の大きな課題である。
Key words :novel antipsychotics, psychiatric therapy, psychiatric hospital

●非定型抗精神病薬と力動的チーム医療
堀川公平
 わが国における非定型抗精神病薬(以下,非定型薬)は,zotepineを含めれば計7種類となった。処方率は年々増加傾向にあるが,いまだに多剤併用,長期入院主体の精神科医療の実態は変わらない。一方,「力動的チーム医療」を実践する当院150床(救急病棟60床,急性期病棟60床,療養病棟30床)における統合失調症患者の非定型薬の処方状況は,外来522名で処方率88.1%,単剤化率62.8%,chlorpromazine(CPZ)換算値423.1mg(2009年3月末現在),入院68名で各々88.2%,82.3%,514.8mg,平均在院日数(他疾患も含む)は62.7日(2009年6月末現在)と,外来,入院ともに他施設に比し,処方率,単剤化率は高く,CPZ換算値は概ね低かった。これらの結果は,システム論を包含し,治療共同体想定下,患者の自主性や相互扶助の育成を目指す「力動的チーム医療」の非定型薬との親和性によるものと考えられる。
Key words :atypical―antipsychotics, psychodynamic team treatment, mono―pharmaco―therapy

●アドヒアランス改善のための薬剤師の役割
吉尾 隆
 1955年から1964年までの臨床試験論文から抗精神病薬の多剤併用が単剤投与を凌駕する根拠はなく,その後の追試によってもこの結論に変わりはないとしたFreemanの総説以来,抗精神病薬は単剤で使用されることが国際的に推奨されてきた。しかし,我が国においては,現在も多剤併用大量処方が処方全体の約70%を占めていることが報告されている。2005年に行われた精神科臨床薬学研究会(以下PCP研究会)による処方調査の結果では,統合失調症の薬物治療に用いられる抗精神病薬の1日平均投与剤数は2.0剤,投与量は812.6mg,第2世代(非定型)抗精神病薬の処方割合は69.4%,単剤での処方率は21.8%(抗精神病薬全体では29.8%)であった。同様にPCP研究会による2006年,2007年,2008年の調査においても,大きな変化がないとの結果が出ている。そしてこれらの調査から,国内における統合失調症の薬物治療は依然,多剤併用大量処方であることが判明している。アドヒアランスを改善するには,薬物治療に対する適切な支援が必要となる。統合失調症患者のアドヒアランス改善に向けて,薬剤師が行う支援として特に重要なのが,薬物治療の評価,処方支援,処方設計などを行うための薬学的管理である。今後はさらに処方支援,処方設計といった薬剤師の専門性を活かした薬物治療の支援を積極的に行い,統合失調症における薬物治療の最適化を図り,アドヒアランスの改善に寄与していく必要がある。
Key words :schizophrenia, adherence, polypharmacy, pharmacist, second generation antipsychotics

●新規抗精神病薬は認知機能を改善させるか
堀 輝  吉村玲児  中村 純
 Kraepelinは統合失調症を早発痴呆と言い,中核症状の1つに認知機能障害を位置づけた。これまで統合失調症の治療標的は,幻覚や妄想など陽性症状にあてられてきたため,抗精神病薬の開発過程ではドパミンD2受容体遮断作用が必ず注目されてきた。新規抗精神病薬ではドパミン受容体遮断作用に加え,セロトニン(5―HT2A)受容体遮断作用をはじめ,ドパミン受容体以外の受容体に対する親和性があり,錐体外路症状などの副作用を惹起しにくいという特徴を有し,陰性症状に対する効果も期待できるとされている。近年,統合失調症患者の社会復帰を困難にする要因の1つとして認知機能障害についての関心が高まっており,新規抗精神病薬の認知機能障害に対する効果が期待されている。また,新規抗精神病薬間における薬理学的プロフィールの違いと認知機能の特定領域の改善との関連も想定されてきている。しかし,新規抗精神病薬も統合失調症の認知機能障害を健常者レベルにまで改善させることは困難と考えられている。したがって,新しい薬理学的プロフィールを有した薬物の開発や,薬物療法以外のアプローチなどに期待が寄せられている。
Key words :schizophrenia, cognitive dysfunction, atypical antipsychotics

●非定型抗精神病薬の登場によってドパミン関連の副作用はどう変わったか?
渡邊衡一郎  竹内啓善
 1996年わが国でrisperidoneが上市されてから,現在まで6剤の非定型抗精神病薬(非定型薬)が上市されている。非定型薬の‘非定型性’は錐体外路症状(EPS)が少ないことを意味するが,非定型薬といえどもEPSを来たしやすい薬物があり,用量に配慮することが求められる。他にもドパミン関連副作用として,高プロラクチン血症は短期的には性機能障害,長期的には骨代謝異常や乳がんを起こしうる危険性もある。また陰性の主観的体験も患者のquality of life(QOL)や社会復帰に影響する。こうしたドパミン関連副作用は昨今のメタボリック問題に比較すると目立たなくなり,軽視されがちであるが,アドヒアランスやQOLの悪化,社会復帰の妨げ,さらには自殺にもつながりうるため,正しい診察方法を習得し,積極的に訊ね診察することが求められる。
Key words :extrapyramidal symptom, prolactin, dopamine, dysphoria, antipsychotics

●第二世代抗精神病薬の導入による新たな副作用の視点
久住一郎  村下眞理  小山 司
 第二世代抗精神病薬による体重増加や糖脂質代謝障害は,脳血管・心循環器系疾患のリスクファクターとなるため,生命予後も含めた広い意味でのQOL向上の観点から,積極的な対策が必要である。第二世代抗精神病薬治療中は,精神科医自身が患者の食事・運動などの生活習慣に配慮し,定期的で適切なモニタリングを施行して,肥満や糖脂質代謝障害の予防に努めることが重要である。最近,わが国の実情に応じた,第二世代抗精神病薬治療中の血糖モニタリングガイダンスが提案されており,糖脂質代謝障害の予防に有用であることが期待される。また,第二世代抗精神病薬治療中に糖脂質代謝障害を呈した場合は,内科医と積極的に連携して,精神科治療とのバランスを保ちながら糖脂質代謝障害の治療にあたる必要がある。
Key words :body weight gain, diabetes mellitus, hyperlipidemia, monitoring, second―generation antipsychotic

原著論文
●統合失調症に対するblonanserinの長期投与試験――被験者の要請による長期投与試験の継続――
長田賢一  宮本聖也  丸田智子  三宅誕実  中野三穂  山口 登
 新薬開発のためのblonanserin(BNS)の長期投与試験に参加し,引き続き投与を希望した統合失調症患者に対してBNSを継続投与し,有効性および安全性を検討した。21例が組み入れられ,半数近くの症例で6年以上の投与継続が可能であり,最長の投与期間は約8年6ヵ月であった。有効性の指標であるBPRS,全般改善度のいずれも先行する長期投与試験開始時より本試験開始時で改善しており,最終評価時でもその状態を維持していた。21例中20例に何らかの有害事象が新たに発現したが,国内で実施された他のBNSの臨床試験でみられた種類や程度と大きな違いはなく,新たに遅発的な有害事象が発現することはなかった。アカシジア,振戦などの錐体外路症状が発現したが,DIEPSSでは合計スコア,項目別スコアとも先行する長期投与試験開始時から減少し,特に動作緩慢,振戦,アカシジアおよび概括重症度では有意な減少が認められた。抗パーキンソン剤の併用割合並びにbiperiden換算による平均使用量も長期投与試験開始時と比較して最終評価時で有意に低下した。また,他の抗精神病薬で問題となる耐糖能異常および体重増加の発現リスクは低いと考えられた。以上のように,BNSは非常に長い期間投与しても有効性および安全性に大きな問題はなく,長期に亘って使用できる有用な薬剤であると考えられた。
Key words :blonanserin, serotonin―dopamine antagonist, schizophrenia, long―term study, safety

総説
●化学的に見たdopamine,およびそのアゴニスト,アンタゴニストと受容体の相互作用
諸岡良彦  平井憲次  清水高子
 Schizophreniaの主たる症因はdopamine伝達の異常亢進であるという仮説の下に,抗精神病薬としてdopamineアンタゴニストや部分アゴニストの投与で治療が行われている。神経伝達物質,およびそのアゴニスト,アンタゴニストと受容体の相互作用は鍵と鍵穴の関係とは遠く,限られた原子間の化学的相互作用であり,両者の主たる結合力はリガンド分子中のアミン部位(塩基点)と受容体(酸点)の酸・塩基反応である。リガンドの塩基点の塩基性の強弱に加えて,分子中にdopamineのアゴニストとして化学上の条件の有無を考えることにより,全ての抗精神病薬の薬理作用は統一して合理的に理解できる。第一世代の抗精神病薬はcatecholamineより強い塩基性を示す第三級アミンを作動点とする完全なアンタゴニストである。Aripiprazoleを含む全ての第二世代の抗精神病薬は,分子中に複数の塩基点を持ち,より強い塩基点はアンタゴニスト,弱い塩基点はアゴニストとして作用する部分アゴニストである。上記のような整理は,抗精神病薬の薬理作用に基づく統合失調症の仮説の展開においても重要であると思われる。
Key words :dopamine, dopamine agonist, antipsychotics, chemical interaction, molecular structure

●Olanzapine治療による統合失調症患者のQOLの変化――国内外の臨床試験から――
倉持素樹  丹治由佳  高橋道宏
 統合失調症治療において,患者の社会復帰を促すためにも,精神症状を長期的にコントロールし,患者のquality of life(QOL)を改善・維持させることは重要である。さらには,患者が受けている治療に対する主観的評価を得ることも重要視されており,患者の主観的概念であるQOLを質問と回答をもって定量的に測定することを可能としたQOL測定尺度が臨床現場で用いられるようになってきている。これらの数々のQOL測定尺度を用いてolanzapineのQOLに対する有効性を検討した結果,olanzapine投与後に患者のQOLが改善されることが示された。Olanzapineによる治療後に患者のQOLが改善し,就労や就学,対人関係が良好になるという試験結果が得られていることは,統合失調症の治療方針の決定に際して,有用な情報となりうると考えられる。
Key words :schizophrenia, olanzapine, Quality of Life (QOL), social function, atypical antipsychotic

●Olanzapineにおけるremissionとrecovery
片桐秀晃  岡本美智子  高橋道宏
 近年になり,統合失調症に対する薬物治療は大きな進展を遂げた。それに伴い,統合失調症治療の評価もベースラインからの症状の改善度といったあいまいなものでなく,重症度の診断に用いられる指標の絶対的閾値から症候学的な軽快を示す“remission”,さらには症候学的な軽快とともに機能障害の改善が得られかつ長期に良好な状態を維持できていることを示す“recovery”を視野に入れたものへと変化してきている。これまでに行われたolanzapineと他の抗精神病薬のremission率とrecovery率を比較検討した臨床試験では,olanzapineによる治療により有意に高いremission率とrecovery率が得られることが認められた。Remissionおよびrecoveryの定義にはさまざまな論議の余地があるが,統合失調症患者が症状の軽快とともに機能面でも良好な状態を維持し最終的に社会に復帰できるようになるためにも,remissionを治療の通過点とし,recoveryの達成が可能な治療薬の選択をすることが望ましいと考える。
Key words :schizophrenia, remission, recovery, olanzapine, quality of life (QOL)

●Lamotrigineの中枢神経系への影響
兼子 直
 抗てんかん薬(AED)では,従来薬・新規薬にかかわりなく中枢神経系への副作用が比較的よく認められるが,lamotrigine(LTG)はこの副作用が少ないだけでなく,てんかん患者のさまざまな精神症状を改善する効果が注目されている。本稿では諸家の文献をもとにLTGの中枢神経系に及ぼす作用ならびに副作用について解説した。LTGの大きな特徴の1つとして,てんかん患者にみられるうつ症状や不安に対する改善効果が挙げられるが,他のAEDではむしろ副作用としてのうつ症状が注目されることが多い。また,LTGは行動や注意に対しても改善効果を有することが報告され,精神症状や認知機能への影響も他のAEDと比較して軽微か,あるいはむしろ改善することが報告されている。有害事象による服薬中止率は他剤に比べて低く忍容性が高い。LTGのこのような特性は患者のQOLやADLの向上を治療ゴールと考えた場合きわめて意義深い。
Key words :lamotrigine, depression, behavior, aggression, adverse events


本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright(C)2008 Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved.