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展望
●新規抗うつ薬に求められるもの:現状と期待
樋口輝彦
 SSRIが世界に登場して約30年になるが,従来薬に比べて安全性,耐容性の点では明らかな進歩を遂げた。しかし,抗うつ薬に関する問題がすべて解決されたわけではなく,なお改良・進化が必要と思われる。今後,解決すべき課題としては,1)更なる副作用の軽減,2)難治性うつ病に有効な薬,3)寛解率の高い薬,4)効果発現までの時間の短縮,5)認知機能障害の是正などが考えられる。現在,わが国で開発中の新規抗うつ薬の動向を整理した。近々,承認が得られる可能性のある薬剤としては,NaSSAに分類されるmirtazapineとSNRIのひとつであるduloxetineがある。また,現在,治験が進行中の薬剤には,SSRIであるescitalopram,SNRIであるdesvenlafaxine,NDRIであるbupropionがある。この他,海外では開発が開始あるいは検討されており,近い将来,わが国でも開発の可能性がある新規の抗うつ薬の情報についても整理した。
Key words :limitation of SSRI, refractory depression, faster onset, decreased side effect

特集 新規抗うつ薬mirtazapineとは
●新規抗うつ薬mirtazapine(NaSSA)の前臨床薬理作用
Nick Ward  Thijs de Boer
 うつ病は,大きな社会的および経済的負担を伴う重度な消耗性疾患である。Mirtazapine(MIR)は,ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)に分類される新規抗うつ薬で,α2アドレナリン受容体,セロトニン(5―HT)2A,5―HT2C,5―HT3およびH1受容体の遮断を介する,今までとはまったく異なった作用機序でモノアミン作動性神経伝達を改善する。α1およびβアドレナリン受容体,他の5―HT受容体サブタイプ,コリン作動性またはドパミン作動性受容体もしくはMAトランスポーターには低い親和性を示す。MIRはこの点で,5―HTトランスポーターに働くSSRIとは区別される。In vivo試験から,この受容体結合プロフィールがシナプス前のノルアドレナリン(NA)および5―HT神経伝達を促進し,その結果シナプス後5―HT1A受容体での神経伝達を特異的に増加させることが示された。さらに,MIRは初期・後期生活ストレスによるHPA系機能および行動性反応に及ぼす悪影響を緩和することが示唆された。また予備的研究で,MIRが神経栄養プロセスを促進させることが示唆され,この効果はうつ病における長期ストレスおよび不適応行動への悪影響を改善する可能性を示した。健常人およびうつ病患者で,MIRで提案された作用機序を裏付けるエビデンスが得られている。結論として,MIRは病態生理およびうつ病の治療において近年示されている重要な神経系およびプロセスを異なる機序で改善する有効な抗うつ薬であると考えられる。
Key words :mirtazapine, antidepressant, NaSSA, pharmacology, neurotransmission

●新薬mirtazapineの特徴――他の抗うつ薬との比較を中心に――
渡邊衡一郎  野村健介
 今回上市されるNaSSAという新しいカテゴリーの新規抗うつ薬mirtazapineは,既存の抗うつ薬に対する臨床医や患者の不満を解消する可能性を持つ。まず抗コリン,抗α1作用の副作用が少なく,また過量服薬時も安全であることが証明されており,三環系抗うつ薬よりも使いやすい。また,不安・焦燥,性機能障害,胃腸症状といった新規抗うつ薬の服用の支障となるような副作用も少ない。効果においても三環系抗うつ薬とほぼ同等と,これまでの新規抗うつ薬に対する不満となっている効果面の物足りなさや効果発現の遅さまでも払拭する可能性を秘めている。これらはどれも本剤がモノアミンのトランスポーター阻害という多くの抗うつ薬が持つメカニズムでなく,シナプス前部のアドレナリンα2受容体阻害やセロトニンの各受容体阻害を持つことに由来する。ただし,眠気と体重増加をもたらすヒスタミンH1受容体阻害を同時に持つため,それに伴う副作用の問題に留意しなければならない。以上を考慮に入れると,本剤はいかなるうつ病治療に対して第1選択薬になるとは言えないが,少なくとも中等症以上,あるいは希死念慮を伴う例では第1選択に,さらには効果不十分や忍容性の問題がある症例では,第2選択薬として一気に認知・使用されることが期待される。そういう意味において,我々はうつ病薬物治療における大きな切り札を手にしたのである。
Key words :mirtazapine, α2 receptor, NaSSA, weight gain, antidepressant

●Mirtazapineの有害事象
石郷岡 純
 新規抗うつ薬mirtazapine(MIR)の副作用を,海外の報告およびわが国の臨床試験結果から概観した。MIRの全体的な安全性は高く,現代の抗うつ薬の基本的要件は満たしている。また,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)で問題となっている消化器症状,性機能障害は,そのセロトニン5―HT2A,C受容体遮断作用により低い頻度である。しかし,ヒスタミンH1受容体遮断作用,セロトニン5―HT2C受容体遮断作用があり,眠気・過鎮静,食欲亢進・体重増加といった,SSRIとは異なる副作用が見られる。MIRの使用にあたっては,これらの副作用プロフィールを熟知して治療に臨むべきである。
Key words :mirtazapine, NaSSA, adverse events, second―generation antidepressants

●Mirtazapineの臨床薬理学的特徴
中神 卓  古郡規雄
 Mirtazapineは経口投与後速やかにかつ十分に吸収される。経口での生体内利用率は約50%である。Mirtazapineは用量にして80mgまでは直線的な薬物動態を示す。半減期は成人の20時間から高齢者の40時間が範囲となる。食事は吸収の開始時点で若干の遅れの原因となるが,吸収の程度を変えることはない。Mirtazapineの薬物動態は性差や年齢に左右される。肝機能や腎機能の障害は,重篤な経口クリアランスの減少をもたらす。Mirtazapineの代謝は,主にCYP2D6と3A4によって行われる。Paroxetineなどの物質により,これら酵素の競合的阻害が起こり血漿濃度は若干増加する。一方,mirtazapineはほとんどCYP酵素の阻害作用を持たない。したがってこれら酵素によって代謝される併用薬の薬物動態は,mirtazapineによる影響はほとんどない。血漿濃度と効果の関係で確立したものはない。
Key words :pharmacokinetics, mirtazapine, cytochrome P450, drug interactions, steroselectively

●Mirtazapineに関する臨床エビデンス:系統的レビュー
渡辺範雄  大森一郎  古川壽亮
 ある新薬が実際に臨床現場で使えるものであるためには,プラセボとの比較だけではなく他の既存薬剤と比較した場合の有効性や忍容性等の情報が必要である。Mirtazapineはこのたび我が国で臨床使用が可能となる新規の抗うつ薬で薬理作用も他の薬剤と異なるが,他の抗うつ薬と比較した有効性や忍容性に関する方法論的に優れた系統的レビューは存在していなかった。今回,我々はmirtazapineと他の抗うつ薬を比較した無作為割り付け比較試験(RCT)を同定して直接比較メタアナリシスを行い,mirtazapineの有効性や忍容性を明らかにした。さらに12の新規抗うつ薬について,それらを互いに比較した全てのRCTを同定し,薬剤間の直接比較・間接比較を統合したMultiple―Treatments meta―analysis(MTM)を行うことで各抗うつ薬にランク付けを行った。本稿では,この2つの研究を紹介することでmirtazapineの有効性と忍容性について考察を加えた。
Key words :mirtazapine, antidepressants, major depressive disorder, meta―analysis, systematic review

●Mirtazapineのうつ病治療における期待
中山和彦
 MirtazapineはNoradrenergic and Specific Serotonergic Antidepressant(NaSSA)と呼ばれる新しい作用機序の抗うつ薬であり,セロトニン5‐HT2A,5‐HT2B,5‐HT2C,5‐HT3およびアドレナリンα2受容体に対して高い親和性を示し,アンタゴニストとして作用する。これらの薬理学的特性から鎮静系の抗うつ作用を示すだけでなく,ベンゾジアゼピン(BZP)系睡眠薬の欠点を補う睡眠改善作用および抗不安作用を併せ持っている。また,臨床試験成績からその効果の即効性が期待できる。このことからmirtazapineはうつ病薬物療法の第一選択薬としての可能性がある。さらには薬物抵抗性を示しやすい億劫感などの残遺症状に対する有用性が期待されている。
Key words :mirtazapine, NaSSA, antidepressant, depression

●Mirtazapineのうつ病治療における可能性
岩本邦弘  尾崎紀夫
 わが国に選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)が導入されて10年を迎えたが,これまでの抗うつ薬と比べ有効性はほぼ同等であるものの,忍容性や安全性の高さからSSRIがうつ病治療の第一選択薬となった。しかし,SSRIに特有な副作用が次々と指摘され,また寛解率の低さや,効果発現が遅いという現状は,薬物療法における課題となっていた。今回わが国に導入されることになったmirtazapineは,新しい薬理学的特徴を有するノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)に分類される抗うつ薬である。Mirtazapineは早期効果発現,不安や不眠などの症状への効果という利点を持つ反面,過鎮静や体重増加といった副作用など,これまでの抗うつ薬とは異なったプロフィールを有している。本稿では,海外の知見から,mirtazapineの有効性および忍容性・安全性について概括し,うつ病治療における可能性を述べた。
Key words :mirtazapine, antidepressant, NaSSA, depression, pharmacotherapy

新薬紹介
●NaSSA:Mirtazapineの基礎と臨床
村崎光邦
 NaSSAと呼称されるmirtazapineはα2 autoreceptorおよびα2 heteroreceptorの拮抗作用が強い上に,α1 adrenoceptorに作用しないことから,NA神経系ではNAの放出を促進し,縫線核の5―HT神経系でもNA系を介した5―HT放出を促進することが知られている。一方で,強力な5―HT2および5―HT3受容体拮抗作用を有することから,放出された5―HTは専ら5―HT1A受容体に作用するという,いわゆるnoradrenergic and specific serotonergic antidepressant(NaSSA)の命名のもとに新規抗うつ薬として登場した。また,histamine H1受容体にも強い拮抗作用を有している。臨床的には,優れた抗うつ作用とその速効性が目立ち,睡眠障害への優れた作用や抗不安作用も確認されている。また,長期にわたって効果が持続して再燃防止を果たすことが知られ,忍容性の高さから,高齢者や身体疾患を有するうつ病患者へも使いやすい。とくにSSRI特有の消化器症状がなく,性機能障害を改善させる作用さえあるとされる。海外でうつ病薬物療法の第一選択薬の中に入れられているように,わが国でもうつ病治療上の強力な武器になることが期待される。
Key words :antidepressant, mirtazapine, NaSSA, improvement of sleep―disturbance and sexual dysfunction

原著論文
●統合失調症入院治療における患者心理教育の効果と抗精神病薬処方の関係
渡部和成
 統合失調症治療における患者心理教育の効果(5年後非再入院率で測定)と退院時抗精神病薬処方(非定型単剤,定型単剤,多剤併用の3群)との関係を調べた。5年非再入院率は,全体では心理教育参加患者で不参加患者より有意に高かったが,処方別では非定型単剤群のみにおいて全体と同様な結果が得られた。心理教育参加患者の割合は,非定型単剤群で高かった。多剤併用群(非定型薬が高頻度に併用されていた)では,参加・不参加によらず5年後非再入院率が高い傾向があった。3群すべてで入院中のトータル薬用量が大きい(重症度の高い可能性がある)患者の方が心理教育に参加していた。よって,退院後長期間の非再入院率を高めるという患者心理教育による効果を引き出すためには,入院薬物療法では非定型薬を単剤で処方することが望ましく,たとえ非定型薬を用いていても併用療法は避けた方がよいと考えられる。
Key words :psychoeducation, prescription of antipsychotics, schizophrenia

●抗精神病薬多剤併用による統合失調症患者生命予後への影響
助川鶴平  土井 清  林 芳成  池成孝明  松島嘉彦  坂本 泉  高田耕吉  柏木 徹  稲垣 中  塚田和美
 薬物療法の生命予後への影響を明らかにするために,薬剤調査の結果と生命予後の関係を分析した。2000年に鳥取病院に在院していた65歳未満の統合失調症圏患者172人を対象とし,2005年までの生命予後を調査した。性別,年齢,入院期間,閉鎖処遇・隔離・拘束の有無,抗精神病薬剤数,抗精神病薬投与量,高力価薬投与量,低力価薬投与量,抗コリン薬投与量,抗不安・睡眠薬投与量,下剤投与量,低血圧治療薬投与量,利尿薬投与量,他の薬剤数の他,非低力価薬性低血圧群を共変量に加え,生存期間との関係をCox比例ハザード法にて分析した。その結果,抗精神病薬剤数(P=0.026,R.R.=2.3),高齢,利尿薬投与量,非低力価薬性低血圧群の4項目が生存期間との間に有意な関係があった。欧州の2報告と共変量は異なるが,抗精神病薬剤数の相対リスクは欧州の報告と同様な2.3であった。よって,抗精神病薬剤数は最小限度に抑えるべきである。
Key words :schizophrenia, antipsychotics, polypharmacy, prognosis of life, survival analysis

●定型抗精神病薬からolanzapineへの置換により退院が可能になったと思われる長期入院統合失調症患者の検討――認知機能の改善と症状ならびに社会生活適応度の改善の関係――
柴田 勲  丹羽真一
 日本の精神科医療において,長期入院患者を退院に導くことは長年の課題である。今回,定型抗精神病薬からolanzapine(OLZ)への置換により退院が可能となった長期入院統合失調症患者4人の,認知機能(Wisconsin Card Sorting Test:WCST)の改善と症状(Positive And Negative Syndrome Scale)ならびに社会生活適応度(Life Assessment Scale for the Mentally Ill)の改善との関連について検討した。その結果,定型抗精神病薬からOLZへの変更により認知機能の改善効果は早期からみられ持続するが,臨床症状や社会生活適応度に反映されるには,より時間を要すると考えられた。よって,長期入院統合失調症患者ではOLZによる治療効果の判定に12ヵ月を要し,早期にみられるWCSTの成績の変化は治療効果の予測因子となる可能性があると考えられた。
Key words :schizophrenia, patients who have been hospitalized for a long time, typical antipsychotic, olanzapine, cognitive function

症例報告
●Quetiapine投与中に持続勃起症を呈した統合失調症の1症例
長田泉美  廣江ゆう  池澤 聰  中込和幸
 Quetiapine(以下,QTP)内服中に持続勃起症を呈した統合失調症の1例を経験したので報告する。症例は,28歳男性。X−14年不眠,自閉のため当科初診し,通院開始した。X−1年10月よりQTP350mg,zopiclone10mg内服中であった。X年4月7日より陰茎勃起状態が持続し,4月9日当院泌尿器科初診し,入院となった。4月10日当科紹介となり,QTPとzopicloneを中止した。4月11日より陰茎勃起状態に改善が認められた。4月16日自排尿良好となり,4月18日退院した。持続勃起症の機序としては,QTPのα1,α2受容体への高い親和性によると考えられる。本症例は,長期間,治療用量内服中に持続勃起状態となり,QTP中止により速やかに改善した。稀であるとはいえ,QTP投与中に起こりうる事象として一定の注意を要すると考えた。
Key words :priapism, quetiapine, schizophrenia


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