●Clozapineはわが国の精神科医療に何をもたらすか
川上宏人
この度,ついに日本国内でclozapineを使用することが可能となり,わが国の精神科医療はようやく「世界水準」に追いつくことができるようになった。Clozapineの効果と,それによるさまざまなメリットには大いに期待が持てるが,その一方で私たちに突きつけられた課題も少なくない。例えば,clozapineを安全かつ有効に使用するためには,精神科医と一般身体科の医師や医療機関がこれまで以上に連携を強めることが求められ,clozapineを扱うこと自体にも煩雑な手続きが必要とされるなど,一人一人の医師にかかる負担はかなり大きなものとなる。その一方で,clozapineを使おうとする試みがなされていく中で,多剤併用大量処方傾向にある現在の処方のあり方が変わり,退院をあきらめかけている治療抵抗性患者に対する処遇や地域ケアについての考え方にも変化が生じるのではないかという期待も持たれる。Clozapineを有効に活用するためには,抗精神病薬の単剤化・処方の単純化や,積極的にチーム医療を行おうとする姿勢が求められ,さらには現在の精神科患者における身体合併症治療の仕組みが大幅に見直されることも必要である。
Key words :clozapine, treatment―resistant schizophrenia, medical psychiatry, side effects, polypharmacy
●Duloxetineの大うつ病性障害に対する臨床評価――大うつ病性障害に対する長期投与試験――
樋口輝彦
大うつ病性障害の患者215例を対象に,duloxetine40〜60mg/日(初期用量20mg/日)を最大52週間投与し,長期投与の安全性及び有効性を検討した。その結果,有害事象は210例(97.7%)で発現したものの,いずれも軽度又は中等度であり,ほとんどが回復した。これらの有害事象は投与初期に多く発現し,長期投与による有害事象の発現頻度増加や特記すべき有害事象の発現はなく,長期投与時の安全性について,臨床的に問題となる所見は特にみられなかった。有効性については,終了時までのHAM―D17合計評点の変化量(平均値±標準偏差)は,−12.6±8.4であり,開始前と比較して有意に減少した(P<0.0001)。さらに,投与開始1週以降の各観察週でも開始前と比較して有意に減少し(P<0.0001),長期間にわたり抗うつ効果が維持されることが示された。
Key words :duloxetine, SNRI, antidepressant, long―term study, major depression
●Duloxetineの大うつ病性障害に対する臨床評価――5mgに対する40mg,60mgの優越性試験――
樋口輝彦 村崎光邦 上島国利
大うつ病性障害の患者に対するduloxetine40mg及び60mgの有効性及び安全性を確認するため,duloxetine5mgを対照とした二重盲検比較試験を行った(割付例数:duloxetine5mg群149例,40mg群152例,60mg群150例)。その結果,有効性の主要評価指標であるHAM―D17合計評点の終了時における変化量について,40mg群(−15.0±8.2)及び60mg群(−13.2±9.3)はいずれも5mg群(−14.2±7.8)との間に有意差はみられなかった(各々P=0.4338,0.2294)。しかし,HAM―D17合計評点の時間上の変化の傾き(HAM―D17合計評点の減少の早さ)において,40mg群は5mg群に比べ有意に大きく(P=0.0192),また,60mg群は5mg群に比べて数値的に大きかった(P=0.0725)。安全性に関しては,有害事象発現率は40mg群(95.3%)及び60mg群(96.6%)とも5mg群(88.1%)に比べ有意に高かった(各々P=0.0326,0.0073)が,多くは軽度又は中等度であり,転帰も回復又は軽快した。以上より,本治験の結果はduloxetine40〜60mgの有効性を否定するものではないことを示した。また,安全性については臨床的に問題となる所見は特にみられなかった。
Key words :duloxetine, SNRI, major depression, antidepressant, double―blind study
●Duloxetineの大うつ病性障害に対する臨床評価――Placebo及びparoxetineを対照薬とした二重盲検比較試験――
樋口輝彦 村崎光邦 上島国利
Duloxetineの大うつ病性障害に対する有効性及び安全性を確認するため,placebo及びparoxetineを対照とした二重盲検比較試験を行った(割付例数:duloxetine40mg群91例,duloxetine60mg群84例,placebo群156例,paroxetine群164例)。その結果,割付後6週までのHAM―D17合計評点の変化量について,duloxetine40mg群とduloxetine60mg群の併合群(duloxetine併合群)(−10.2±6.1)のplacebo群(−8.3±5.8)に対する優越性が示された(P=0.0051)。また,duloxetine併合群がparoxetine群(−9.4±6.9)より数値で優っていた。有害事象発現率は,duloxetine併合群(87.4%),duloxetine40mg群(87.9%),duloxetine60mg群(86.9%),paroxetine群(87.2%)のいずれの群においても同程度であり,有害事象の程度や種類についても同様であった。また,みられた有害事象のほとんどが軽度又は中等度で,転帰も回復又は軽快しており,臨床的に特に問題となる所見はみられなかった。以上より,duloxetine40〜60mgは,臨床的に有用な抗うつ薬であると考えられた。
Key words :duloxetine, SNRI, paroxetine, placebo, double―blind study
●統合失調症患者の治療アドヒアランス向上のために知っておきたいこと――現在受けている薬物療法の主観的評価とrisperidoneの持効性注射剤(LAI)への期待――
柴田 勲 丹羽真一
統合失調症患者の服薬アドヒアランスの低下が実際の症状の悪化に及ぼす影響を調べるために,川口病院に入院となった患者の入院前の服薬状況について調査したところ,73.9%の患者に入院前の服薬アドヒアランスの低下がみられた。それをうけて服薬アドヒアランスの向上を考える上で,現在患者が受けている薬物療法に対する満足度ならびに受容度をDrug Attitude Inventory short form(DAI10)を用いて調査したところ非定型抗精神病薬の単剤療法が最も高く,次いで多剤併用療法,定型抗精神病薬の単剤投与の順であった。しかし,服薬アドヒアランスは予想以上に低いと考えられている。そこで,持効性注射剤(LAI)の受容度について,その理由も含めて調査したところ,約半数の46.7%の患者がLAIを希望し,主な希望理由は「楽そうだから」が79.1%であった。そのような状況において,非定型抗精神病薬であるrisperidoneのLAIが承認されたことで治療アドヒアランスの向上と多剤併用療法からの脱却が期待される。今後risperidoneのLAIが実際に導入された後に患者のアドヒアランスや薬物療法がどのような経過をたどるのかをみていくことは非常に興味深いことであると考えられた。
Key words :schizophrenia, adherence, patient satisfaction, long acting injection
■症例報告 ●高齢者に多い精神症状とfluvoxamineの臨床効果
古瀬 勉
高齢者の精神症状は身体・心理・環境的要因の影響を受けて特有の症状を示すことが多い。その代表的な精神症状としてうつ病,妄想,認知症,せん妄が挙げられる。今回認知症との並存が疑われた老人性うつ病,精神病性うつ病,物取られ妄想からせん妄に伸展したアルツハイマー病,重症肺炎を伴うせん妄に対して,シグマ受容体アゴニスト作用を持つfluvoxamineを投与し,不安障害や睡眠障害について即効性の臨床効果が得られたので報告する。
Key words :fluvoxamine, sigma receptor agonist, psychotic major depression, dementia, delirium