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展望
●うつ病治療における抗うつ薬多剤併用療法
稲垣 中
 うつ病治療における抗うつ薬同士の併用投与の現状と妥当性について検討した。わが国では早い時期から抗うつ薬同士の併用を考慮するという併用投与支持派の医師がどちらかというと多数を占め,約3分の1の患者で併用投与が行われているものと推定された。海外では治療抵抗性うつ病患者や部分的反応者に対する併用投与の妥当性が臨床試験によって検証されており,その有効性を支持する試験が半分程度を占めている。最近の海外では併用投与に対して必ずしも否定的ではなく,ガイドラインでも併用投与がsecond―lineからthird―lineにかけての地位を占め,5〜25%程度の患者に併用投与が行われているのはそのあらわれと思われる。ただし,抗うつ薬同士の併用を行った場合には薬物相互作用によってセロトニン症候群をはじめとする副作用のリスクが増大する可能性が問題視されている。よって,抗うつ薬同士の併用を行う場合には,精神症状と副作用を定期的に監視して,漫然と投与することがないように注意することが重要と考えられる。
Key words :antidepressant, polypharmacy, treatment―resistant depression, partial responder, treatment algorithm

特集 抗うつ薬治療における増強療法と併用療法
●治療抵抗性うつ病に対するlithium増強療法と甲状腺ホルモン増強療法
秦野浩司  寺尾 岳
 治療抵抗性うつ病に対する増強療法として,代表的な薬物にlithiumと甲状腺ホルモンがある。特にlithiumによる増強療法に関しては,多くのメタ解析が行われており,治療抵抗性うつ病に対する有効性が示されている。一方,甲状腺ホルモンによる増強療法は,海外ではT3による増強療法が主流であるがメタ解析は少ない。本邦ではT4による増強療法が多く行われている。米国におけるうつ病患者に対する大規模二重盲検試験STAR*Dでは,治療抵抗性を示した患者に対する増強療法としてlithiumとT3を比較している。この結果では,有意差はないもののT3の有効性がlithiumのそれを上回っていた。しかし,オープンスタディである上にcitalopram抵抗性の患者に対象が限定されている。現時点では,治療抵抗性うつ病の増強療法において,エビデンスが豊富なlithiumを第一選択とすることが推奨される。
Key words :treatment‐resistant depression, augmentation, lithium, T3

●治療抵抗性うつ病に対する第二世代抗精神病薬増強療法
菅原裕子  坂元 薫
 近年,優れた抗うつ効果と忍容性を併せ持つ抗うつ薬の登場により,うつ病治療がその領域を広げている中で,治療抵抗性うつ病は未だ精神科臨床の大きな課題である。抗うつ薬治療によって寛解に至らない治療抵抗性うつ病に対しては,抗うつ薬の変更や抗うつ薬以外の薬剤を併用する増強療法が選択される。第二世代抗精神病薬(SGA)は,第一世代抗精神病薬に比べ,陰性症状や認知機能障害の改善効果,感情面への効果があるとされ,気分障害治療における期待が高まっている。すでに双極性障害治療においては,その有効性が確立されており,さらに治療抵抗性うつ病に対する選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)への増強療法としての有効性が実証されつつある。SGAのうつ病に対する効果としては,セロトニン2A受容体に対するantagonist作用,セロトニン1A受容体に対するagonist作用,神経保護作用などの関与が指摘されている。Risperidone,olanzapine,quetiapine,aripiprazoleの中では,quetiapineがややエビデンスに劣る傾向はあるものの,他の3剤はほぼ同等に大規模臨床試験において治療抵抗性うつ病に対する有効性が実証されている。中でもaripiprazoleは大うつ病性障害に対する増強療法において,唯一米国食品医薬品局から承認を受けているSGAである。今後は,本邦で開発されたSGAであるperospironeやblonanserinによる増強療法の効果が実証されることが期待される。
Key words :treatment―resistant depression, augmentation, antidepressant, second generation antipsychotics

●抗うつ薬と電気けいれん療法の併用療法
佐藤真由美  岡本長久
 電気けいれん療法electroconvulsive therapy(ECT)は,パルス波治療器導入に伴い,より安全性の高い使用法が広がり,うつ病の治療として再びその有効性が期待されるようになった。薬物療法に抵抗性を示したうつ病にも効果を認め,治療抵抗性うつ病の治療として有効であり,その効果発現は薬物療法より早いため急性期の治療としても有効である。一方,その効果が持続しないという問題点があり,ECT治療後の維持療法として薬物療法を行うことや,薬物療法だけでは寛解状態を維持できない時は,薬物療法に維持継続ECTを併用することが望まれる。しかしながら,麻酔のリスクだけでなく認知障害などの副作用の軽減,作用機序の解明,より効果的な使用法の統一などの課題も残されており,今後さらなる研究が必要であろう。
Key words :depression, combination therapy, electroconvulsive therapy (ECT), antidepressants

●抗うつ薬と認知行動療法の併用ストラテジー
宗 未来
 我が国の精神医療においても,薬物療法に加えて認知行動療法を中心とした欧米でエビデンスの高い精神療法は,医療機関においても期待されていることが報告されている。特に,非メラコンリー型うつ病性障害のような従来型抗うつ薬治療への反応性が劣ると考えられている外来患者の増加が多く指摘される現状では,一層そのニーズは高まっていくと予測される。一方で,調査では精神療法を充実させられない上位3位の理由として,(1)時間不足,(2)診療報酬不足,(3)治療者不足が挙げられており,これは我が国の精神医療の現状を反映していると思われる。今後,心理療法専門家の育成やそれらのシステム充実は無論求められるが,一方で精神科医自身にとってもそのエッセンスをいわゆる小精神療法の延長として自身の治療で生かす試みの意義は大きい。本稿では,うつ病治療における認知行動療法と抗うつ薬併用から得ることができる利点,および通常外来における折衷的な「つまみ食い認知行動療法」についてうつ病性障害を中心に検討してみた。
Key words :CBT, depression, antidepressant, augmentation, Cognitive―Behavioral Therapy

●双極性うつ病に対する抗うつ薬の併用
谷 将之  大坪天平
 双極性うつ病に対して,気分安定薬に抗うつ薬を併用することは一般臨床において広く行われている。しかし,双極性うつ病に対する抗うつ薬の効果への疑問,躁転のリスク,rapid cyclingの誘発など様々な問題点も指摘されている。本稿では双極性うつ病に対する抗うつ薬の有効性と,維持治療の是非,躁転やrapid cyclingといった原疾患の不安定化に繋がる深刻な有害事象について述べ,また,各国のガイドラインでの双極性うつ病に対する抗うつ薬の位置づけを示した。双極性うつ病に対する抗うつ薬の併用の是非は有効性,有害事象のいずれの点からも十分な結論が出ているとは言いがたく,双極性うつ病に対する第一選択の治療とはなり得ないが,そのリスクを十分に理解し,適切に使用することで有用な治療オプションとなると考えられた。
Key words :bipolar disorder, antidepressants, manic switch, rapid cycling, maintenance treatment

●うつ病の併用療法・増強療法における薬物相互作用について
鈴木映二
 難治性うつ病などに対して,併用療法・増強療法は有効な治療手段であるが,薬物相互作用に注意する必要がある。Selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)は薬物代謝酵素cytochrome P450(CYP)に対し阻害作用があり,併用薬の薬理作用が強まることがある。FluvoxamineはCYP1A2,CYP2C19,CYP3A4などを,paroxetineはCYP2D6を,sertralineはCYP2D6などを阻害する。BenzodiazepineはCYP3A4で代謝されるのでfluvoxamineとの併用には注意を要する。非定型抗精神病薬や三環系抗うつ薬でも,SSRIとの併用で血中濃度が上がるという報告が出てきている。いずれにしても,併用療法では少量から始め,慎重に増量することが望まれる。
Key words :combined treatment, augmentation, antidepressant, drug interaction

●高齢者における抗うつ薬の併用療法と増強療法
藤澤大介
 本稿では,老年期うつ病に対する抗うつ薬使用上の基本原則を記述した。そして,老年期うつ病に対する主要なアルゴリズム研究であるPROSPECT研究,STAGED研究を概観した。また,lithium,非定型抗精神病薬,精神療法(認知行動療法,対人関係療法,睡眠剥奪),カルシウム拮抗薬,エストロゲン,methylphenidateなどの増強療法,venlafaxineへの切り替えとの比較を含む,いくつかの臨床研究について述べた。
Key words :geriatric depression, augmentation, combination, switching, remission

●児童青年期の大うつ病性障害に対する抗うつ薬の使用・併用療法の是非
岡田 俊
 大うつ病性障害の児童・青年を対象とした無作為割り付け試験から,fluoxetineの有効性が報告されたが,sertralineおよびcitalopramにはリスクを上回るベネフィットは認められないと判断された。また,三環系抗うつ薬およびその他のSSRI,SNRIの有効性は証明されていない。英国の規制当局が18歳未満の大うつ病性障害患者に対するparoxetineの投与を禁忌としたことから,各国の規制当局や専門家を巻き込む議論へと発展したが,その他の抗うつ薬についても検討を加えた結果,24歳以下の児童・青年・若年成人では,すべてのSSRIおよびSNRI,三環系抗うつ薬について自殺関連事象が誘発されるリスクがあることが明らかになった。さらに,投与開始時および用量増減時には自殺関連事象が発現しやすいこと,不安,激越,不眠,易刺激性,衝動性,アカシジアなどが出現する可能性があること,薬剤の投与中止時には離脱症状が発現することから漸減中止が必要であることについて注意喚起された。児童青年期の大うつ病性障害に抗うつ薬が奏効しない場合には,lithium,bupropion,新規抗精神病薬などの追加投与が推奨されているが,それを裏付けるエビデンスは乏しい。一方,認知行動療法や対人関係療法などの精神療法の有効性に加え,認知行動療法を薬物療法に組み合わせることで治療効果が高まることが示されている。
Key words :antidepressant, major depressive disorder, suicidal behavior, augmentation, psychotherapy

原著論文
●Aripiprazoleの慢性期統合失調症患者の臨床症状および認知機能に対する影響:perospirone,olanzapineとの比較
鈴木英伸  井上雄一  元 圭史
 本研究はaripiprazole(APZ)の慢性統合失調症患者における臨床症状および認知機能に対する影響について,perospironeまたはolanzapine(OLZ)との比較検討を行った。臨床症状はBrief Psychiatric Rating Scale(BPRS),認知機能は遂行機能および記憶・注意機能検査としてWisconsin Card Sorting Test(Keio Version:KWCST)およびSt Marianna University School of Medicine's Computerized Memory Test(STM―COMET)を用いて評価した。その結果,BPRS平均総得点はAPZと他のいずれの薬剤との比較においても有意差を認めなかった。また,APZはKWCSTの第1および第2段階における達成カテゴリー数(CA数)は有意に増加し,さらに第2段階におけるCA数はOLZに対して有意差を認めた。一方,OLZは第1段階のNelson型保続数が有意に減少したが,APZに対して有意差は認められなかった。STM―COMETの各評価項目はいずれもAPZと他の薬剤との比較においても有意差を認めなかった。よって,臨床効果および記憶ならびに注意機能に対する改善効果は,APZと他のいずれの薬剤との比較においても差がなかったが,APZとOLZにおける遂行機能に対する改善効果のプロフィールには違いがある可能性が示唆された。
Key words :aripiprazole, perospirone, olanzapine, cognitive function, clinical symptoms

●新規抗うつ薬mirtazapineのうつ病及びうつ状態の患者を対象としたプラセボ対照二重盲検比較試験
木下利彦
 Mirtazapine(以下MIR)は,ノルアドレナリン作動性/特異的セロトニン作動性抗うつ薬(NaSSA)という新たな分類に属する唯一の薬剤である。今回,うつ病患者を対象に,MIRの有効性の検証と用量反応関係を推定する目的で,プラセボ(以下PLC)を対照とした多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施した。その結果,主要評価項目であるハミルトンうつ病評価尺度(HAM―D)合計スコア(17項目)の投与開始前からの変化量は,MIR30mg/日群−13.8,PLC群−10.4,群間差(95%信頼区間)は−3.4(−5.8〜−1.0)であり,MIR30mg/日群のPLC群に対する優越性が検証された(p=0.0065)。さらに,HAM―D合計スコア(17項目)の投与開始前からの変化量の週別推移において,MIR30mg/日群では,投与1週から6週後の全ての観察時点で,PLC群と比べ有意な減少がみられ,効果の発現は早く,その効果は安定していることが確認された。また,MIRの15mg/日群,30mg/日群及び45mg/日群間の用量反応関係を最大対比法で検討した結果,用量反応関係は平坦であると考えられた。有害事象の発現率は,MIR群合計が89.0%,PLC群が81.4%であった。重症度別では,重度は無く,MIR群合計の90%以上が軽度であった。また,MIRの各投与群間で,有害事象の発現率及び重症度に明確な用量依存性は認められなかった。以上の結果から,MIRの15〜45mg/日投与は,うつ病に有効であり,効果発現は早いことが示された。また,安全性に大きな問題はなく,忍容性も良好であったことから,MIRはうつ病治療に有用な薬剤であると考えられた。
Key words :new antidepressant, NaSSA, mirtazapine, depression, randomized placebo―controlled study

●統合失調症急性期症状に対するolanzapine・Zydis錠の有効性と安全性に関する調査――長崎Zydis研究会最終報告から――
中根秀之  福迫貴弘  畑田けい子  田川安浩  小澤寛樹
 われわれは,長崎Zydis研究会を立ち上げolanzapine Zydis錠(以下,olanzapine口腔内崩壊錠とする)の有効性と安全性を検討した。実施機関は,長崎大学病院精神神経科,長崎県下の総合病院,精神科病院,クリニックの計20施設である。対象は,統合失調症者51例であり,24週間評価した。有効性についてはBPRS/PANSS―EC/CGIによって精神症状を評価し,その他QOLと病識,治療薬・服薬アドヒアランスも調べた。安全性については,血液・生化学検査,体重,錐体外路症状等について評価した。その結果,olanzapine口腔内崩壊錠による治療でBPRSでは開始前と24週後で−15.4点と精神症状の有意な改善が認められた。QOLや病識,服薬感についても同様に経時的に有意に改善した。水なしで服薬できる口腔内崩壊錠は,薬物治療のアドヒアランス向上にも寄与している可能性が示唆された。
Key words :schizophrenia, efficacy, adherence, QOL, pharmacotherapy

総説
●統合失調症における早期介入の重要性
中込和幸
 統合失調症の治療を早期に開始することにより,良好な予後が得られる可能性が示唆され,発症後早期あるいは発症前からの治療に期待が寄せられている。本稿では,発症後の早期介入を中心に,その意義を述べるとともに,早期介入を成功させるためにはどうすべきかを考察した。これまでの検討で,発症から治療開始までの期間をできる限り短くすることにより,より良好な治療成績と予後が得られることがわかってきた。再発予防や認知機能,社会的機能,脳所見などの改善も認められている。早期介入を成功させるには,治療に対して患者,家族が納得し,意欲をもって取り組んでもらうことが何より重要である。そのために,疾患や治療に関する十分な説明により,患者との良好な関係を築くことが必要となる。そのうえで,良好な治療アドヒアランスを目指し,副作用,飲みやすさなどを考慮した薬物療法の工夫が求められる。
Key words :schizophrenia, early intervention, prevention of relapse, adherence, medication therapy

紹介
●Mood and Physical Symptoms in Depression Scale(MAP―D)――うつ病における気分と身体症状の評価尺度――
小野久江  御前裕子  大洞哲也  高橋道宏
 うつ病に痛みを伴う頻度は高いことが知られており,うつ病患者の気分と痛みの両方の症状に注目することは,うつ病の正確な診断や良好な治療結果に結びつく可能性があると考えられる。しかし,現在の日本においては,痛みに関する項目を含む簡易なうつ病の評価尺度はない。そこで,日本イーライリリー株式会社において,気分症状と痛みを同時に評価できる簡易な自記式評価尺度であるMood and Physical Symptoms in Depression Scale(MAP―D)の日本語版を作成したので,本稿で紹介する。
Key words :MAP―D, depression, physical symptom, pain, evaluation scale


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