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展望
●Resilienceの視点からみたうつ病治療
八木剛平  田 亮介  田辺 英  渡邊衡一郎
 筆者らは“resilience”を「病気を防ぎ,病気を治す心身の働き」,いわば自然治癒力の現代版としてとらえ,うつ病が自殺・再発のリスクを胚胎しながらも回復しやすい病気であることを前提にして,この病気とその治療を回復論的視点から考察した。まず,病前性格に潜在して回復にも関わるうつ病者の「底力」(渡辺)に注目し,近年の臨床像の変化に対応すべく「回復状況論」の必要性を指摘した。次に自殺の問題をめぐって,軽症うつ病の保護的な役割を示唆する疫学的資料とうつ病経験者が語る自殺念慮との闘いを紹介し,SSRIとセロトニンの問題に言及した。最後に,自然治癒力に基づく養生・治療論(神田橋)を近年の薬理・生物学的知見によって補強し,生物学的治療を養生とは逆の脳活動を刺激する手段とみなす俗説に訂正を促すとともに,薬物療法を含めてあらゆるうつ病治療は,罹病者に内在する“natural resilience”(Stassen,Angstら)を前提として行われるべきことを主張した。
Key words :resilience, depression, suicide, psychotherapy, pharmacotherapy

特集 Resilience(回復力)の視点からうつ病治療を見直す
●うつ病とresilience:ストレス脆弱性からみたうつ病と抗うつ薬の作用
土岐 茂  岡本泰昌
 一部のうつ病は再発,慢性化するため,再発予防と効率的治療法の確立が重要な課題となっている。この流れの中で,近年の生物学的研究では病相期の解明ばかりでなく,発症に関与するvulnerabilityと回復に寄与するresilienceの解明に焦点が当てられるようになってきている。Vulnerabilityの要因として遺伝子多型と早期養育環境の二点が挙げられ,その相互作用もヒトを対象とした研究で明らかにされてきている。さらに,うつ病治療の目標はうつ症状の寛解ではなく,ストレスに対する防御機構を取り戻す回復(resilience)をもたらすことであるというコンセンサスが得られつつある。その脳科学的基盤として,神経栄養因子の発現に伴う神経可塑性を介した神経回路の修復が重要であることが解明されてきている。本稿では,われわれの研究結果も交え,うつ病のvulnerabilityとresilienceに関連した知見について概説する。
Key words :depression, antidepressant, vulnerability, resilience

●うつ病治療とresilience:慢性うつ病に対するCBASPの視点から――慢性うつ病の精神療法CBASPの理論と技法――
中野有美  古川壽亮
 CBASP(Cognitive―Behavioral Analysis System of Psychotherapy:認知行動分析システム精神療法)は,慢性うつ病に特化した精神療法として,2000年5月にNew England Journal of Medicine誌に発表された驚異的な治療成績で一躍脚光を浴びるようになった。CBASPを考案したMcCulloughが臨床の場から抽出した慢性うつ病の精神病理は,Piaget学派の発達段階理論を用いて説明されている。その介入内容は,対処方法質問票を用いた“状況分析”(Situational Analysis:SA)と,これまで患者を誤って扱ってきたであろう重要他者の行動と治療者の促進的な行動とを明示的に比較・弁別させる“対人弁別訓練”(Interpersonal Discrimination Exercise:IDE)からなる。
Key words :CBASP, chronic depression, SA, IDE

●Resilienceの視点からみた児童青年期におけるうつ病の薬物療法
岡田 俊
 精神疾患の臨床経過を考える上で,個体の脆弱性とともに,回復力を意味するresilienceの視点が注目されつつある。子どもは様々なストレス刺激に対して繊細な存在であるとともに,resilienceに富む存在でもある。児童青年期のうつ病が成人期と同一の診断基準を用いて診断できると結論づけたのは近年のことであるが,臨床症状は成人期と比べて非定型的であるほか,臨床経過においても自然軽快や再発が多く,双極性障害への移行もしばしば認められる。児童青年期の大うつ病性障害を対象にした臨床試験では,プラセボの奏効率も高く,三環系抗うつ薬の有効性が示されていない。この点は,うつ病の児童・青年ではresilienceが維持されている可能性を示唆している。さらに,抗うつ薬と自殺関連事象の関連性を検討するなかで,activation syndromeに着目されたが,その背景には児童青年期の「うつ」が示すbipolarityの関与が指摘されている。ところが,近年の仮説によれば,双極性障害の発症には遺伝負因が大きな役割を果たし,エピソードを経験すると後続のエピソードを出現させやすくするという生物学的な脆弱性とともに,エピソードの出現を防ごうとする内在的なメカニズムの存在も示唆される。これらは,児童青年期の気分障害の病態理解において,成人期の場合以上にresilienceの視点が重要であることを示唆しており,今後のさらなる検討が求められる。
Key words :resilience, depression, activation syndrome, antidepressant, bipolarity

●Resilienceの視点からみた慢性うつ病への認知行動療法(CBT)とその実践
仲本晴男
 当センターで実践している慢性うつ病の認知行動療法(CBT)を,レジリアンスという視点から捉えなおした。治療構造としては作業療法を組み込んだうつ病デイケアとして位置づけ,CBTは集団療法として行い,プログラム上にも様々な工夫をこらすことによってレジリアンスを高めている。特に就労・復職支援に力を入れているが,CBTは休職に至る前の脆弱となったメンタルヘルスを強化するとともに,休職中の回復力の強化,復職後の再発予防という,うつ病における各病相期のレジリアンスを強化することができると考えられる。慢性うつ病に対するCBTがわが国に定着するためには,独自の歴史と文化を取り入れた市民にわかりやすいCBTの開発が必要ではないだろうか。
Key words :chronic depression, cognitive behavioral therapy:CBT, resilience, day care

●うつ病治療における行動活性化療法とResilience
園田順一  壽 幸治
 最近,米国においては,うつ病の治療として行動活性化療法が注目されている。本稿は,行動活性化療法の原理,治療手続き,アセスメントと治療評価,応用そして発展について紹介し,その有効性についても記述した。行動活性化療法の理解を深めるために,我々が実際にうつ病に対して薬物療法を併用しながらの行動活性化療法を適用して,短期間で改善した事例を示した。その治療手続きとしては,行動を活性化させるために「互恵性の原理」を用いて,特に言語活動と人間関係の関わりに焦点を当て,相互強化で活動を高めていった。最後に,行動活性化療法は,行動療法から発展してきたACTへの統合・発展の可能性があることを示した。
Key words :behavioral activation, depression, behavior, reinforcement, resilience

●Resilienceの視点からみた抗うつ薬の作用とうつ病治療
田島 治
 多様な抑うつ症状を訴えて受診する症例が急増した今日,うつ病治療や治療のゴールを,新たな治療モデル,回復モデルで見直すことが急務となっている。レジリエンスResilience(回復力)という概念は遺伝子や細胞のレベルから,心理社会的なレベルにまたがる幅広いものであるが,うつ病治療における抗うつ薬の果たす役割や,回復のモデルとして,臨床的にも非常に重要かつ有用である。三環系抗うつ薬は感情賦活薬thymoanalepticsと位置付けられ,感情や意欲の賦活作用によりうつ病に対する治療効果を発揮するのに対して,SSRIのうつ病と不安障害にまたがる効果はその感情麻酔すなわち不安や恐怖,強迫などの陰性感情の情報処理,認知を強く抑制することによるものであり,thymoanesthetics感情麻酔薬と呼ぶのが適切である。抗うつ薬は回復過程を促進する薬剤と考えることができ,治療のゴールは健康人の持つ幻想すなわち「なるようになる」「まあなんとかなる」というillusion of control,楽観バイアスを回復することである。
Key words :depression, pharmacotherapy, antidepressant, SSRI, resilience

●Resilienceの視点からみた社会復帰における抗うつ薬の作用の違い
吉村玲児  中村 純
 近年,vulnerabiliy(脆弱性)の反対概念としてresilience(回復力)という考えが注目されている。うつ病患者のresilienceを引き出すためには質の良い休息に加えて,薬物療法,精神療法,環境調整などバランスよく行われる必要がある。うつ病の寛解と社会復帰との間には大きな乖離があり,社会復帰を見据えたうつ病治療を行うには,薬物療法の工夫に加えて社会適応能力の改善やコーピングスキルなどにも焦点を当てることにより,患者のresilienceをさらに高めることが重要である。
Key words :resilience, depression, social adaptation, antidepressant

原著論文
●緊張型統合失調症24例に対するquetiapineの使用経験――統合失調症における緊張病性昏迷に対する薬物療法の有効性について考える――
吉村文太  石津すぐる
 緊張病性(亜)昏迷状態を呈した緊張型統合失調症24例,うち修正型電気けいれん療法(以下mECT)施行15例/未施行9例,に対してquetiapineを投与した結果,中等度改善以上が79.2%(19例/24例)と高い改善率を示した。90日以上にわたりquetiapineを投与し,入院治療を要する急性期からその後,外来治療に移行する回復期,安定期も継続して治療することができた患者は66.7%(16例/24例)であった。なお,継続・維持mECTを要した症例は無かった。また今回は,その中でmECT施行2例と未施行1例の治療経過も提示した。3例ともに経過中に緊張病性昏迷状態を呈した典型的な緊張型統合失調症であった。Quetiapineを主剤とし必要に応じてmECTを施行することで,比較的速やかに緊張病症状が軽快し,その後,寛解した状態を維持できている。以上のような使用経験から,quetiapineは緊張型統合失調症の第一選択薬として位置づけられる薬剤であると考えられた。
Key words :schizophrenia, catatonia, quetiapine, stupor, ECT

●Blonanserin投与患者の1日投与量,血漿中濃度と血漿中抗dopamine(D2)活性,抗serotonin(5-HT2A)活性の関係について
鈴木英伸  元 圭史
 Blonanserin(BNS)は,1988年に日本で開発され,2008年に臨床導入された新しい第2世代抗精神病薬である。本薬剤は,in vitroにおいて抗dopamine(D2)活性に加え,抗serotonin(5-HT2A)活性を併せ持つという,第2世代抗精神病薬に特徴的な性質を有しているが,in vivoにおけるBNSの薬理学的プロフィールについての報告は乏しい。我々は,統合失調症におけるBNS1日投与量,血漿中濃度,血漿中抗D2活性,血漿中抗5-HT2A活性の検討を行った。対象は聖マリアンナ医科大学神経精神科に通院中でDSM―IV分類により統合失調症と診断された男性6名,女性8名の計14名である。方法は,BNS投与量固定後14日後に採血を行い,血漿中濃度をHPLC法で測定した。また,血漿中抗D2活性,抗5-HT2A活性は,[3H]-spiperone,[3H]-ketanserinを用いたradioreceptor assay法によって測定した。その結果,1日投与量と血漿中濃度の間に統計学的に有意な相関を認めた(p=0.04)。また,血漿中濃度と抗D2活性および血漿中濃度と抗5-HT2A活性の間に統計学的に有意な相関を認めた(p=0.003,p=0.04)。このことから,血漿中抗D2活性および抗5-HT2A活性はほぼ未変化体のみで規定されていると考えられた。一方,平均血漿中S/D比は0.9で,本薬剤はin vivoにおいても抗D2活性に加え,抗5-HT2A活性を有しており,in vitroにおける薬理学的プロフィールがin vivoにおいても保持されていることが明らかとなった。
Key words :blonanserin, radioreceptor assay, plasma concentration, anti-dopamine (D2) activity, anti-serotonin (5-HT2A) activity

●身体表現性障害に対するSSRIの有用性について;――Fluvoxamineを用いて――
名越泰秀  渡邉 明  中村光男  松本好剛  福居顯二
 他の精神障害の合併がなくベンゾジアゼピン系抗不安薬の効果が不十分であった身体表現性障害の外来患者55例に対し,fluvoxamine(FLV)による治療を行った。FLVが有効であったのは,効果判定が可能であった52例(副作用により3例が脱落)のうち,44例(84.6%)であった。治療効果は強迫性障害と類似の病態に対してのものであると考えられた。投与量は平均150mgで,100〜200mgが多かったが,50mgで効果が得られた場合や300mgを要した場合もみられた。効果発現時期は,1週間後から4週間後までが多かったが,1週間以前や4週間以降のものもみられた。臓器別の有効率は,循環器症状では高く,口腔内の症状では低かった。副作用は,食欲不振,悪心,眠気が多かったが,重篤なものはみられず,制吐剤の併用や投与法の工夫により通院中断を減らすことが可能であった。以上から身体表現性障害の治療においてFLVは有用であると考えられた。
Key words :somatoform disorders, obsessive compulsive spectrum disorders, selective serotonin reuptake inhibitors(SSRIs), fluvoxamine

●抗うつ薬服用者を対象としたウェブ調査2008の結果に見る患者の気持ち
渡邊衡一郎  菊地俊暁
 精神科で抗うつ薬を処方された成人うつ病患者1,187例へのインターネット調査により,うつ病治療に関する本音を聞き出した。調査時点で約75%が受診中であった。受診理由は,うつ病の自覚,身体・精神症状のつらさ,他者からの勧めが多く,初診時の最たる希望は「症状の早期改善」であった。抗うつ薬の服用はSSRIが最も多く7割以上であった。効果の有無が満足度を左右した。受診理由で多かった不眠・不安感・ゆううつ感は治療効果を実感しやすい症状でもあった。大多数では症状改善より副作用が先に現れ,7割以上が副作用を経験し,うち3割は自己判断で中止・減量した。最もつらかったのは眠気であった。医師の説明が副作用への理解と対処を促したが,医師からの事前説明,発現時の報告,対処できた割合が副作用によって異なり,性の問題は特に相談しにくかった。多くの患者が,治療効果,周囲の人との交流を治療の励みとしていた。
Key words :depression, antidepressant, adverse event, coping, adherence

症例報告
●遷延した緊張病性昏迷にaripiprazoleが奏効した思春期症例
小松弘幸  桐野衛二  新井平伊
 長期間の緊張病性昏迷に対しaripiprazoleが奏効した思春期症例を経験した。症例は15歳男性,統合失調症初発エピソードで昏迷状態を呈していた。両親の信仰上の理由から,昏迷状態となってから精神科受診するまでに約1ヵ月を要した。その間,十分な飲水,食事を摂ることができず,当院初診時は極度の脱水を認めた。補液等で全身状態の改善を図った後,精神症状に対してはrisperidoneで治療開始した。しかし過鎮静となったためaripiprazoleに変更し,18mg/dayまで増量したところ,昏迷から脱しコミュニケーション能力が回復した。Risperidoneの効果もあったと思われるが,aripiprazoleは鎮静作用が弱く,全身状態に与える影響も少なかったため,本症例のように家族が治療に懐疑的な症例においては有利であった。初回治療の薬剤選択については治療効果のみならず,心理社会的な状況も見据えた包括的な判断が求められることについて論考した。また両親の入院前までの治療に対する拒否的態度に関しては,医療ネグレクトの観点から若干の考察を試みた。
Key words :aripiprazole, schizophrenia, catatonic stupor, adolescence

●Quetiapineへの置換とfluvoxamineの減量により遅発性ジストニアが改善した1例
渡邊 崇  大曽根彰  秋山一文  下田和孝
 抗精神病薬による治療経過中に出現する遅発性ジストニアは,難治性でその治療に難渋することが多い。本症例は22歳時発症の統合失調症の女性患者であり,抗精神病薬による治療経過中,43歳時に遅発性ジストニアが出現した。11年後,定型抗精神病薬をquetiapineに変更し,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であるfluvoxamineを減量したことで,遅発性ジストニアが消失した。遅発性ジストニアの発生機序は明らかではないが,各抗精神病薬に共通であるドパミン受容体遮断作用が重要な役割を持つと考えられ,その治療にあたってはドパミン受容体への親和性が低い非定型抗精神病薬への置換が推奨される。また,抗精神病薬とSSRIを併用している場合,SSRIのCYP阻害による抗精神病薬の錐体外路症状を惹起する作用の増強や,SSRIそのものによる錐体外路症状の出現に注意する必要がある。
Key words :tardive dystonia, atypical antipsychotics, quetiapine, fluvoxamine, SSRI


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