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展望
●抗うつ薬の光と影
田島 治
 わが国初のSSRIが登場して早くも10年近くが経過したが,気分障害の診断と治療をめぐる状況は大きく様変わりしている。この10年間に気分障害の診断で治療を受けている患者は倍増し,抗うつ薬の売り上げも年間一千億円近くになろうとしている。自殺対策の重要な柱としてうつ病の早期発見早期治療が重視され,専門医への紹介が診療報酬の面からも推進されることとなった。しかしその一方で年間3万人を超える自殺者数が10年間続いているばかりでなく,24歳以下の若年成人や小児思春期のうつ病に対する抗うつ薬の自殺関連行動のリスクが明らかとなってきている。うつ病の疾患啓発により受診者数は急増したが,うつ病診断の範囲の広がりが議論の的となっている。本稿ではSSRIを中心とする新規抗うつ薬の登場がもたらした光と影を社会経済的な視点も含めて検討し,SSRIによる自殺関連行動のリスクをその中枢作用,特に衝動性と攻撃性に対する作用を中心に考えるとともに,うつ病治療における抗うつ薬の役割をresilienceという新たな視点で考えてみたい。
Key words :newer antidepressants, SSRI, publication bias, suicidality, resilience, drug―induced mood disorders

特集 新規抗うつ薬の課題
●SSRIによるactivation syndromeの定義,病態,治療,予防
尾鷲登志美  大坪天平
 SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)によるactivation syndromeについては,これまで暫定的に述べられているものの,その定義が存在するわけではない。概して,抗うつ薬開始初期の不安焦燥惹起等の現象をactivation syndromeというが,三環系抗うつ薬の時代から指摘されてきたものの,近年SSRIの使用増加と共に自殺関連行動とあいまって注目されるようになった。その病態や,治療,予防に関するエビデンスは,現段階では殆ど存在しないといって良い。Activation syndromeの定義に関しては,アカシジアやjitteriness syndromeとの相違を巡っても議論の余地があると考えられる。
Key words :children/adolescents, antidepressants, activation syndrome, jitteriness syndrome, akathisia

●SSRIによるdiscontinuation syndrome
上田展久  中村 純
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitor:SSRI)のdiscontinuation syndromeに関して概説する。SSRIのdiscontinuation syndromeとは以下の要件を満たす状態である。すなわち,(1)SSRIを4週間以上服用していた,(2)SSRI減量・中止後およそ7〜10日以内に症状が出現した,(3)その症状は原疾患の増悪ではない。SSRIのdiscontinuation syndromeで認めやすい症状はめまい,歩行障害,嘔気・嘔吐,倦怠感,不眠などである。また頻度は高くないものの特異的な症状として電気ショック様感覚がある。Discontinuation syndromeはSSRIの中ではparoxetineで起こりやすいことが報告されている。Discontinuation syndromeを予防するためには,SSRIを中止する際に漸減する必要がある。また中等度以上のdiscontinuation syndromeが生じた場合は,薬物の再投与と漸減方法の見直しが必要である。
Key words :selective serotonin reuptake inhibitor, discontinuation syndrome

●SNRIによる副作用とその治療,予防について
樋口 久  富永桂一朗  山口 登
 SNRIの副作用の特徴とその対処方法について解説した。SNRIの副作用の中で最も高頻度の症状は嘔気である。その発生頻度はmilnacipranが10%程度であるのに対してvenlafaxineとduloxetineは20%以上であり,milnacipranがより安全と言える。SNRIによる嘔気に対しては,5HT3拮抗作用を有するmianserinやolanzapineが有効であると考えられる。Milnacipranには低頻度(2%)ではあるが排尿障害がみられることがある。この副作用に対してはmilnacipranの減量によって対処するのが望ましい。またvenlafaxineは高用量にすると高血圧の発生頻度が高まると言われている。他のSNRIでも高用量を用いるときは一定の注意が必要である。SNRIによる嘔気を投与前に予測する生物学的マーカーが今後見つかると,嘔気を予防することが可能になるかもしれない。
Key words :SNRI, side effect, milnacipran, nausea, dysuria

●SSRI・SNRIは従来型抗うつ薬を超えたか?
切目栄司  高橋絵里子  松尾順子  白川 治
 我が国にSSRIおよびSNRIが登場して約10年が経過しようとしているが,この間SSRI・SNRIは飛躍的にシェアを拡大し,三環系抗うつ薬,四環系抗うつ薬など従来型抗うつ薬のシェアは相対的に縮小した。今後SSRI・SNRIは,従来型抗うつ薬に取って代わる存在になりうるのか。SSRI・SNRIと,従来型抗うつ薬とを,抗うつ効果や副作用などについて比較し,それぞれの優位性,問題点などについて考察した。その結果,重篤な副作用が少ないなどSSRI・SNRIが有利な点もあるが,うつ病の重症度,サブタイプ,症状特性などによっては従来型抗うつ薬が有利なケースもあり,従来型抗うつ薬の捨てがたい有用性が認められた。今後もSSRI・SNRIと従来型抗うつ薬の使いわけが求められる状況が続くと考えられる。
Key words :selective serotonin reuptake inhibitor, serotonin―noradrenaline reuptake inhibitor, tricyclic antidepressant, tetracyclic antidepressant, antidepressant effect

●抗うつ薬が自殺を増やすか?
玄 東和  張 賢徳
 1987年にfluoxetineが米国で導入されて以来,SSRIはうつ病治療の第一選択薬になり,世界で最も処方量が多い薬剤の1つになった。本邦でも1999年にfluvoxamineが上市されてから,抗うつ薬の処方量は増加の一途である。その一方で,SSRIなどの新規抗うつ薬による自殺の危険性も明らかになってきた。2003年6月から英国医薬品医療機器庁が,同年10月から米国食品医薬品局が小児と青年期のうつ病患者への新規抗うつ薬の投与に制限を加えている。本邦でも同年8月から同様の制限が行われている。SSRIを始め,抗うつ薬の副作用(行動毒性)としてアカシジアやActivation syndromeは起こりうることであり,これらが自殺関連事象に結びつく可能性がある。抗うつ薬によって生じると考えられる自殺関連事象の頻度は最大で5〜6%である。今後,数%生じる可能性のある行動毒性に注意しながら,適切かつ十分に抗うつ薬治療を行っていくことが大切であると考えられる。
Key words :antidepressants, SSRI, suicide, suicidality

●諸外国のうつ病治療ガイドライン・アルゴリズムにおける新規抗うつ薬の位置づけ――諸外国でもSSRI,SNRIは第一選択薬なのか――
渡邊衡一郎  田 亮介  加藤元一郎
 我が国のうつ病治療アルゴリズムにおいて,新規抗うつ薬は軽症から中等症うつ病で第1選択となり,重症例では従来型抗うつ薬とされている。しかしながら諸外国のガイドラインやアルゴリズムにおいて,軽症例では薬物療法よりも運動,支持的ケア,簡単な心理療法が推奨されている。中等症例において薬物療法は推奨されるが,特定のカテゴリーを指定しておらず,心理療法も同等に推奨されている。重症例では,薬物療法単独と同様に心理療法との併用が推奨されている。どのカテゴリーの抗うつ薬を選択するかについては,患者の嗜好,症状利益と安全性とのバランス等で検討されるべきとしている。この結果から分かるように,我々精神科医は各抗うつ薬のプロフィールを熟知し,患者と効果や副作用,費用等に関して議論し,治療法を選択することが求められている。そして軽症例では,侵襲的なアプローチよりも我々の支持的精神療法によってもたらされるプラセボ効果を意識し,resilienceを賦活する様なアプローチを優先すべきであろう。
Key words :guideline, algorithm, depression, mild depression, resilience, antidepressant

●クリニックにおける新規抗うつ薬の課題と,現在の外来精神科医療の問題点について――新規抗うつ薬は第一選択薬になりえない――
山口 聡  山本 裕
 各種のマスメディアにより,「うつ病」や「新規抗うつ薬」の存在が大量に喧伝されている。結果として「うつ」を訴えて精神科クリニックに受診する患者は増加している。受診の希望者は,ある程度の病気や薬の知識を得ているが,ほとんどマスメディアによる情報である。平成20年診療報酬改定以降に他科からのうつ病紹介の増加が懸念されたが,本稿脱稿時(平成20年6月末日)他科からの受診申し込みは若干の増加に留まっている。その理由として,精神科クリニックの混雑で「うつ病紹介」が円滑に進まない現状と,一般科に照準を合わせた新規抗うつ薬による治療上の問題点を指摘した。精神科においても安易な新規抗うつ薬使用の問題点が指摘されているときに,一般科で使用でき得ると考えたとしたら不見識といわざるをえない。筆者らはうつ病治療のアルゴリズムを見直して,新規抗うつ薬を第一選択薬から除外すべきであることを提言した。一方で,良好な医師―患者関係の構築という精神科治療の根幹に係わる問題が起きている。これは安易な新規抗うつ薬使用とリンクしたアルゴリズム・マニュアル治療の持つ宿命的な欠陥と,新規抗うつ薬の高薬価も影響したと思われる通院・在宅精神療法の点数の引き下げ,及び時間軸の導入に由来していると思われる。さらに従来から筆者らが指摘しているアルゴリズム・ガイドライン治療の問題点と,その根拠になるEBMの信頼性について論じた。
Key words :psychiatric clinic, evidence―based medicine, algorithm, therapeutic relationship between doctors and patients, reliability

原著論文
●Quetiapine投与患者における1日投与量,血漿中濃度および薬原性錐体外路症状の関係
大友雅広  元 圭史  井上雄一  関口 剛  鈴木英伸  諸川由実代  長田賢一  山口 登
 第2世代の抗精神病薬であるquetiapine(QTP)は,副作用の発現が低いとされるが,副作用発現における具体的なステータスなどの検討を行った報告は豊富ではない。そこでわれわれは,QTP投与時におけるQTP1日投与量,QTP血漿中濃度および薬原性錐体外路症状(EPS)発現の関係を検討した。対象は統合失調症と診断され,抗精神病薬としてQTP単剤投与中の患者18名であった。方法は,QTP投与量固定2週間後の朝に採血を行い,QTP血漿中濃度の測定を行うとともにDrug―Induced Extrapyramidal Symptoms Scale(DIEPSS)を用いて,薬原性EPSの評価を行った。その結果,QTP1日投与量と血漿中濃度の間に正の相関を認めた(r=0.57,p=0.01)。一方,QTP1日投与量およびQTP血漿中濃度において,それぞれDIEPSS総得点,アカシジア以外のEPS総得点との関係を比較検討した。その結果,DIEPSS総得点とアカシジア以外のEPS総得点は,QTP1日投与量に比較してQTP血漿中濃度との間により強い正の相関を認めた(r=0.62,p=0.01,r=0.69,p=0.002)。すなわち,QTP投与時の薬原性EPSの発現には,血漿中濃度が高く寄与していることが明らかとなり,臨床投与時には,QTP血漿中濃度のモニタリングが望ましいことが示唆された。
Key words :quetiapine, extrapyramidal symptoms, DIEPSS, plasma concentration monitoring

●SSRI・SNRI単剤にて寛解に至らなかった単極性うつ病患者における第二選択治療の有効性に関する調査研究
新出泰士  中島幸治  北市雄士  中川 伸  井上 猛  小山 司
 抗うつ薬未服薬の単極性うつ病142例における第一選択の抗うつ薬単剤治療による寛解率および,第一選択薬で寛解に至らなかった患者への第二選択治療について調査した。寛解はGAF71点以上に相当するレベルで4週間以上経過している症例と定義した。第一選択薬による寛解率はSSRI群44.8%,SNRI群38.5%,三環系・四環系抗うつ薬群34.8%であり,寛解率に有意な群間の差は見られなかった。第二選択治療はSSRIを第一選択とした症例では主にノルアドレナリン(以下NA)もしくはNA+セロトニン再取り込み阻害作用追加・増強といった治療戦略が取られ,SNRIを第一選択とした症例ではNA再取り込み阻害作用追加もしくはSSRIの併用といった治療戦略が取られた。SSRIで寛解しなかった症例33例のうち第二選択治療で寛解に至った症例は7例(21.2%)とSTAR*Dの結果と同様の寛解率であった。また,SNRIで寛解しなかった症例30例のうち第二選択治療で寛解に至った症例は7例(23.3%)であった。
Key words :SSRI, milnacipran, second―line medication, depression

●抗精神病薬の多剤併用と当事者の自覚症状――統合失調症通院患者のQOLおよび薬物療法に関するアンケート調査から――
宇田川 至  宮本聖也  諸川由実代  田中絢子  天神朋美  釘宮 麗  荻野 信  三宅誕実  遠藤多香子  山口 登
 わが国では第二世代抗精神病薬(second generation antipsychotics:SGAs)の登場後も統合失調症患者に対する抗精神病薬の多剤併用率が依然高く,その弊害について繰り返し指摘されている。しかし当事者が多剤併用療法下で実際どのような自覚症状を体験しているかについては不明な点が多い。そこで2005年に実施した525名の統合失調症通院患者に対するアンケート調査から,抗精神病薬の処方実態を調べて,当事者の自覚症状に対する多剤併用療法の影響を検討した。単剤処方率は第一世代抗精神病薬(first generation antipsychotics:FGAs)で10.7%,SGAsで29.7%と低く,多剤併用処方は全体の59.6%を占めた。SGAsは全体の72.7%で使用されており,単剤処方されていた156名のうち63.5%はrisperidoneが投与されていた。多剤併用処方は男性で入院回数の多い患者に高頻度でみられ,抗コリン性抗パーキンソン病薬の併用率は70.9%と高かった。多剤併用処方群では,当事者が非常に困っている自覚症状として,「体がだるい」「体が疲れやすい」「頭がぼおっとする」「朝の気分が悪い」「寝ぼけてしまう」の項目がSGA単剤処方群に比べ多かった。本研究より,抗精神病薬の多剤併用療法は,抗コリン性抗パーキンソン病薬の併用率を高めるとともに,二次性の陰性症状や認知機能の低下に関与する可能性が示唆された。またそれらは当事者にとって大きな苦痛として自覚される場合が多いことが判明した。陰性症状や認知機能に関するSGAsのベネフィットを活かすためにも,当事者の飲み心地や主観的薬物体験を考慮し,原則として多剤併用は避けるべきと考える。
Key words :schizophrenia, polypharmacy, second generation antipsychotics, subjective symptoms

●躁病および躁うつ病の躁状態の患者に対するsodium valproateの特別調査
手塚里美  中目暢彦  佐藤房子  笹本高司  三倉美保  後藤哲也
 「躁病および躁うつ病の躁状態の患者」を対象に,sodium valproateの使用実態下における安全性,有効性,血中濃度等の適正使用情報の確認を行うことを目的とした特別調査を実施した。その結果,2003年4月〜2005年2月の登録期間に全国73施設から197例が登録され,このうち,195例の調査票を回収した。安全性集計対象症例は192例であり,副作用は30例に45件認められ,副作用発現率は15.63%(30/192例)であった。有効性の判定は主治医判定による全般改善度を指標とし,有効性集計対象症例184例における改善率は67.93%(125/184例)であった。血中濃度測定は64.62%(126/195例)の症例に実施され,血中濃度集計対象症例120例における平均血中濃度は52.80±25.06(Mean±SD)μg/mLであった。以上の結果は,これまでの国内外の成績とほぼ同様であることが確認された。
Key words :valproate, bipolar disorder, mania, serum concentration, post―marketing surveillance

症例報告
●奇異反応と統合失調症の精神症状との鑑別に難渋した1例
福中優子  宇都宮健輔  中村 純
 解体型の統合失調症における頑固な不眠に対してベンゾジアゼピン系薬剤(以下BZ系薬剤と略す)を投与したところ,幻覚・妄想,興奮,滅裂な行動が出現し,増悪を認めた1例を経験した。BZ系薬剤の追加投与後に出現し,減量・中止にて改善したことから奇異反応と考えられたが,統合失調症自体の症状との鑑別が困難であった。奇異反応は,BZ系薬剤に期待される効果と逆の反応が生じるため,診断を誤り,対応が遅れ問題が大きくなることが多い。そのため奇異反応の診断には,薬剤投与と症状を経時的に十分に観察することが重要と考えられる。統合失調症患者において,CYP3A4を代謝酵素に持つ薬剤との相互作用によるBZ系薬剤の血中濃度上昇や,BZ系薬剤の長期服用によるBZ系受容体感受性の変化,また脳萎縮等の形態学的変化による中枢神経系の脆弱性は,奇異反応出現のリスクファクターになる可能性がある。よって統合失調症にBZ系薬剤を使用する場合には,奇異反応の出現に注意する必要がある。
Key words :paradoxical reaction, benzodiazepines, schizophrenia


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