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展望
●治療アドヒアランス向上に向けての取り組みについて
安西信雄  佐藤さやか
 統合失調症のアドヒアランスについて,コンプライアンスと対比しつつその定義を検討した。文献データベースを用いて海外文献と和文文献における各年ごとのアドヒアランスとコンプライアンスで検索される文献数を調査した。一般的な身体疾患として高血圧を取り上げ,身体疾患におけるアドヒアランスと精神疾患におけるアドヒアランスとを対比しつつ検討した。その結果,海外と日本では異なる傾向が認められ,特に最近のわが国におけるアドヒアランスへの注目の高さが示された。アドヒアランス向上に向けての心理社会的治療法についての諸研究を振り返り,単一の治療法でなく個々人のニーズに対応した複合的なアプローチの必要性を述べた。
Key words :adherence, compliance, schizophrenia, medication, psychosocial rehabilitation

特集 精神科薬物治療とアドヒアランス
●統合失調症のアドヒアランス
澤田法英  渡邊衡一郎
 統合失調症患者の再発・再入院の最大の原因はノンアドヒアランスであるが,入院にいたる患者の35%がノンアドヒアラントであり,また退院患者の50%が1年以内,75%が2年でノンアドヒアラントになることからも,アドヒアランスへの配慮が欠かせない。ノンアドヒアランスの平均的な割合は40〜50%とされるが,アドヒアランス研究での統一基準がなく,それぞれの研究結果を一概に比較できないという難点がある。非定型薬では定型薬よりもアドヒアランスにおいて優位性があると報告されてきているが,薬剤そのものの影響よりも,患者による剤型選択などの意義も大きい。統合失調症患者への心理的介入では,それぞれの患者の希望やニーズを考慮した個別の対応を行い,患者の自発性や服薬意識を喚起するPeer―to―PeerアプローチやShared Dicision Makingといったアプローチを行う。Patient―Tailoring Strategyのようにアドヒアランス・コーディネーターを設置してアドヒアランスの障害となっている要素を解決することや,治療を行う医師への介入も必要かもしれない。
Key words :adherence, discontinuation, relapse, persistence, compliance, schizophrenia

●うつ病治療におけるアドヒアランス
岡島由佳
 うつ病は急性期,維持療法期を通じて長期にわたる治療が必要な疾患である。コンプライアンスからアドヒアランスへの概念の変化は,患者の治療に対する姿勢が受け身的なものから,より主体性を持つものに変化したことを意味している。患者が自分の治療について理解し,治療を維持できるようにするために,医療者はどのような点に留意するべきか,うつ病のアドヒアランスに影響を与える因子について,治療の流れにそってあげた。急性期には患者の疾患や治療に対する考えや認識を汲み取りつつ,疾患や治療についての正しい知識を提供する。薬物の効果や副作用をこまめに観察する必要もある。維持療法期では患者に薬物療法継続の必要性を再度説明しつつ,患者の生活の変化にも気を配ることが求められる。医師の協力的なコミュニケーションスタイルは患者の治療アドヒアランスを向上させる。
Key words :depression, pharmacotherapy, adherence

●双極性障害の早期診断の重要性と維持療法のアドヒアランス
鈴木克治  小山 司
 双極性障害の維持療法をいつまで続けるべきかは十分に確立されてはいない。しかし,繰り返される,躁病相,うつ病相,あるいは間欠期においても病相とは認識されない程度の症状により,生涯に亘り患者の社会機能,生活機能を阻害する慢性疾患であり,薬物による維持療法の予防効果が部分的に実証されているため,維持療法の必然性,アドヒアランスの重要性は双極性障害においても一般に受け入れられている。本稿では,維持療法を行うために必要な双極性障害の診断がもっとも重要な課題と考え,最初に双極性障害の早期診断の重要性と難しさについて解説した。次いでアドヒアランス不良となる要因を患者要因,薬物要因,環境要因に分けて取り上げ,それぞれに対するアドヒアランス向上のために臨床医のなしうる工夫について述べた。とりわけ,早期に躁症状を検出する技術の向上と,躁病相からの回復期にうまく患者の病識を育て治療同盟を組めることがアドヒアランス確立のために肝要と思われた。
Key words :adherence, bipolar disorder, early diagnosis, early intervention, insight, maintenance treatment

●不安障害におけるアドヒアランス
永田利彦
 セロトニン再取り込み阻害薬の登場によって,不安障害の薬物療法の選択の幅は広がり,その治療可能性は高まった。一方で臨床試験の結果を詳細に検討すると,途中脱落は非常に多く,実際の臨床では,不安障害患者自身の主体的な治療への関わりを促すことが重要となってきている。これまでの数少ないこの問題に関する研究結果をまとめると,不安症状が強すぎると治療自体が不安の対象となり,症状が軽すぎるとついつい治療を先延ばししてしまう,など不安障害独特の状況が浮かび上がってくる。動機付け面接なども行われ始めているが,その効果の検証はこれからである。アドヒアランスを高める一般的な方法である心理教育においては,治療する側は,治療を先延ばしできる程度の障害であることを理解した上で,患者にどのように治療を説明し,促すのか,十分に整理しておく必要がある。
Key words :adherence, anxiety disorders, Motivational Interviewing, panic disorder, social anxiety disorder, obsessive compulsive disorder

●睡眠薬治療に対するアドヒアランス
内村直尚
 不眠症患者の多くは睡眠薬を服用することによる習慣性や副作用の発現に対し不安や恐怖を感じており,これが服薬アドヒアランスの低下を生じ,不眠症の治療抵抗性に繋がると考えられる。すなわち,睡眠薬による治療に対する不安から医療機関受診への抵抗感が高まり,医師による早期治療の遅延により不眠症の治療抵抗性や不眠治療の長期化に至る。また,睡眠薬を用いて不眠症の治療を開始した場合においても,睡眠薬に対する不安・恐怖は無断での中断や中途半端な服用の原因となり,服薬アドヒアランスを低下させ,ひいては反跳性不眠・離脱症状による不眠悪化を生じることで治療抵抗性の強い不眠症に至り,不眠治療の長期化に繋がる。したがって,患者に対する不眠治療に対する適切な啓蒙活動や,患者が不安や恐怖を感じることなく服用できるよう服薬アドヒアランスを向上させることが,不眠症を難治化させないために必要である。
Key words :adherence, hypnotics, benzodiazepine, treatment resistant insomnia

●てんかん治療におけるアドヒアランス
岩佐博人  兼子 直
 てんかん臨床では,医療を提供する側と受ける側との治療目標の指向性が基本的な部分では一致している場合が多い。その意味では,てんかん治療におけるアドヒアランスは築きやすいともいえる。しかしながら,診断,薬物療法,生活上の留意点などさまざまな領域において,具体的な局面についてのアドヒアランスが重要な意味をもつ場合が多い。一方で,病態理解のための高度な知識や薬物療法に関する専門的な判断が不可欠な場合も少なくない。したがって,てんかん医療に関わる者は,総合的かつ最新のてんかん学の知見を念頭に置いた上で,治療を受ける側にとって最も効果的な治療戦略が可能となるようなアドヒアランス形成を目指すべきである。てんかん治療のアドヒアランスは,単に「発作の抑制」という指標にのみ焦点を当てたものでなく,ハンディキャップを抱えながらも最大限の満足感のある生活を実現させるという包括的な目標を目指すものでなくてはならない。
Key words :adherence, antiepileptic drugs, epilepsy, pharmacotherapy, seizures

●統合失調症患者のアドヒアランス向上に向けての薬剤師の役割
吉尾 隆
 アドヒアランスとは,患者が治療に能動的に参加することであり,患者が実行可能な治療であること,治療に際し患者―医療者間の人間関係が重視されていることである。つまり,アドヒアランスとは一方的な強制力を排除したコンプライアンスの維持・向上のための概念であり,インフォームド・コンセントの概念にも近いと考えられ,医療従事者―患者間の関係および相互作用に着目し,その信頼関係を構築することであると考えられる。患者が服薬を継続するためには,薬剤とその薬剤を用いた治療に関する正しい情報が提供されていなければならない。そして,薬剤師が関与することで飲み心地の良い処方となることが重要である。精神科医療における薬剤師の役割として最も重要なことは,薬剤の適正使用のため,薬物治療に積極的に参加すること,つまり薬学的管理による介入を行うことにある。統合失調症の薬物治療に係わる時に最も重要なことは,“薬を飲ませる”ための係わりではなく,“薬が飲める”ようになるための係わりである。つまり,患者が継続可能な治療であるということである。
Key words :schizophrenia, compliance, adherence, antipsychotic medication, pharmacist

原著論文
●精神科救急入院料病棟における初期治療の意識調査――統合失調症精神運動興奮モデル事例から――
三澤史斉  野田寿恵  藤田純一  伊藤弘人  樋口輝彦
 本研究は,精神科救急入院料病棟における精神運動興奮状態にある急性期統合失調症の治療技法の現状およびばらつきを把握することを目的に行った。精神科救急入院料病棟を有する医療機関の医師に対して,精神運動興奮状態を呈する統合失調症のモデル事例を提示し,その症例に対する入院直後の治療技法についての郵送式アンケート調査を行った。抗精神病薬の主剤はrisperidoneの10名(53%)と,haloperidol注射液の9名(47%)の2群に分かれた。両群の平均総chlorpromazine換算量(標準偏差)はrisperidone群639.0(276.4)mg/day,haloperidol注射液群1951.4(666.0)mg/dayであった。本結果は,精神科救急入院料病棟における統合失調症の精神運動興奮に対する急性期治療技法は,中等量のrisperidoneと高用量のhaloperidol注射液を主剤とする2群に分かれていることを示唆している。今後,このような治療技法の差が生じる原因を探り,急性期治療の標準化を目指していく必要がある。
Key words :psychomotor excitement, acute schizophrenia, risperidone, haloperidol injection

●Aripiprazoleにおける副作用の検討――50症例の経験から――
田原健丞  堀川周一
 Aripiprazole(以下APZ)は,本邦で2006年6月に発売された新しい抗精神病薬である。今回,当院において発売当初より約10ヵ月間のAPZの処方調査を行い,特に治療中に出現した副作用についてまとめた。対象は,入院・外来合わせて50例であり,そのうち初回治療導入が2例あった。本調査中での副作用は,アカシジア・振戦・不安が少なく,不眠が多かった。また,注意するべきものとして躁病反応があった。初回治療導入の2例に関しては問題となるような副作用の出現は見られなかった。ただし,厳密な評価のためには,十分量のAPZ単剤投与による治療が必須であると考えられ,初回治療導入症例の集積も必要と考えられる。また,切り替えに際しては前薬の減量・中止による抗コリン性離脱・抗ドパミン性離脱等や,鎮静作用からの解放に注意し,慎重な切り替えを心がけることにより副作用の発現頻度が軽減する可能性が示唆された。
Key words :aripiprazole, side effects, clinical experience

●Tandospironeと全般性不安障害
長内清行  森川将行  永嶌朋久  紀本創兵  木内邦明  岸本年史
 [背景]General Anxiety Disorder(以下GAD)は,日本において近年注目されている疾患のひとつである。GADは患者の生活に多大な影響を与えるため,症状の改善に専門的介入,薬物の投与が必要とされ,日本ではベンゾジアゼピン系抗不安薬と選択的セロトニン再取り込み阻害薬(以下SSRI)の投与が一般的である。Tandospironeは,セロトニン1A受容体に作用し,抗不安,抗うつ効果をきたす非ベンゾジアゼピン系抗不安薬とされ,GADに対して有効な可能性が考えられる。[目的]TandospironeのGADに対する有効性を検討すること。[方法]外来通院中の,GADと診断された6例に,12〜24週にわたり,tandospirone(20〜60mg/day)を投与した。Tandospironeの効果判定には,Hamilton Anxiety Scale(HAM―A),State―Trait Anxiety Inventory(STAI),そして,Short―Form36―item health Survey(SF―36)を用い,0,2,4,8,12,24週において評価した。[結果]HAM―Aにおいて全6例中3例で,tandospironeの投与により,調査終了時に症状の改善が見られた。各症例は研究の終了まで,効果を維持し,身体症状より精神症状においてより効果的であることがわかった。STAIにおいて,1例は,2週目においては改善傾向にあった。またその他の症例では全期間にわたり改善を認めなかった。SF―36においては,改善傾向にあった。[結論]本研究においてGADに対するtandospironeの有効性が示唆された。
Key words :tandospirone, generalized anxiety disorder, GAD

症例報告
●Olanzapineの併用とうつ病専門精神科デイケアでの認知行動療法により社会復帰した治療抵抗性うつ病の2例
渡部芳コ  宍戸壽明  堀越 立  穂積 登  上島国利
 治療抵抗性うつ病はうつ病患者の約30%に認められると言われているが,近年,治療抵抗性うつ病への付加療法としての非定型抗精神病薬の有効性が報告されている。さらに認知行動療法(Cognitive―Behavioral Therapy:CBT)を組み合わせることで一定の効果が上げられる可能性がある。治療抵抗性うつ病に対して,抗うつ薬治療へのolanzapine(OLZ)の併用薬物療法とCBTを実施することにより職場復帰することができた2症例について,近赤外線スペクトロスコピィー(near infrared spectroscopy:NIRS)により前頭前野血流を測定しながら患者の回復過程を追跡した。その結果,NIRSはうつ病の寛解や回復の状態を反映し,社会復帰のよりよい指標になる可能性が考えられた。また,CBTとOLZとの併用は,うつ病患者の社会復帰にとって重要な治療法となりうることが示唆された。
Key words :treatment―resistant depression, olanzapine, augmentation, Cognitive―Behavioral Therapy(CBT), near―infrared spectroscopy(NIRS)

●発症初期の治療導入に近赤外線スペクトロスコピー(NIRS)検査が有効であった統合失調症の1症例――Olanzapine治療後の前頭葉血流変化――
渡部芳コ  村重まり子  浦上高弘  堀越 立  穂積 登  上島国利
 近赤外線スペクトロスコピー(near infrared spectroscopy;NIRS)による脳機能計測はこの30年ほどで発展した方法論である。日常の精神科診療において,統合失調症の発症初期の病的状態では,患者に疾患を理解して治療に積極的に協力してもらうことは極めて困難なことが多い。今回,診療所外来において病識欠如で幻覚・妄想の著しい初発の統合失調症に対して,NIRS検査を実施の上,前頭葉機能異常を指摘することで,病識を持たせスムーズに治療導入を果たすことができた症例を経験した。また治療で用いたolanzapineの服用により,精神症状が著明に改善しただけではなくNIRS検査所見も改善し,前頭葉機能の回復が認められたので併せて報告する。
Key words :schizophrenia, olanzapine, near―infrared spectroscopy(NIRS)

●高力価短時間作用型ベンゾジアゼピン系薬のinterdose rebound anxiety,insomniaが長時間作用型への切り替えによって軽快したパニック障害の1例
伊豫雅臣
 数年以上という長期間にわたり症状が改善していないと思い,高力価短時間作用型ベンゾジアゼピン(BZD)系薬を服薬していたパニック障害患者に対して,そのBZD系薬のinterdose rebound anxietyと考え,高力価長時間作用型BZD系薬への切り替えにより,症状が消失し,パニック発作の再燃もみられず軽快した症例を提示した。パニック障害の薬物療法では,抗うつ薬と高力価BZD系薬の併用療法で開始することが推奨されているが,依存性やinterdose rebound anxietyの発現を回避するためには,高力価BZD系薬の中でも長時間作用型を選択する,あるいは短時間作用型を使用した場合には一旦長時間作用型に置き換えることが望ましい。加えて,高齢者に対しては筋弛緩作用が弱く,ふらつき,転倒などの危険性の少ない薬剤が望まれることから,高力価長時間作用型BZD系薬のethyl loflazepateが好適な薬剤であると考えられた。
Key words :panic disorder, interdose rebound anxiety, short―acting benzodiazepine, long―acting benzodiazepine

総説
●抗うつ薬の早期効果発現へのアプローチ
中村 純
 大うつ病の治療の第一選択は抗うつ薬による薬物療法であることは多くのエビデンスから支持されている。しかし,抗うつ薬治療において最も重要な課題は,抗うつ薬による効果発現が遅いことである。抗うつ薬の効果発現には2〜4週間以上かかることが知られている。治療効果が発現するまで,患者はうつ症状に苦しまなければならないだけでなく,この遅れが抗うつ薬に対する不信感,服薬アドヒアランスの低下をもたらす原因になると考えられる。効果発現時期の比較測定にはtime to response,time to onset,pattern analysis,およびsurvival analysisが提唱されている。新規抗うつ薬であるmirtazapine,venlafaxineのpoolデータを用いて,これらの方法で検討したところ,投与1週後より臨床的に意義のある抗うつ効果が発現する可能性が示唆された。またSSRIにsulpirideまたはベンゾジアゼピン系薬剤を併用することによって効果発現時期が早められることも紹介した。しかし,効果発現時期を主要評価としてprospectiveに検討した臨床研究はほとんどなく,今後,早期効果発現がどのような臨床的意義に繋がるのか,精度の高い臨床研究で検証されることが望まれる。
Key words :antidepressants, mirtazapine, venlafaxine, rapid effects


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