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展望
●Salience仮説とドパミン
内田裕之  渡邊衡一郎  八木剛平
 幻覚,妄想といったいわゆる“陽性症状”の形成に関する病態生理について,様々な仮説が提唱されてきたが,多くの場合,その症状の形成を説明することに終始してきた。近年,Kapurは過去の研究を概観し,さらに独自の研究を追加し,ドパミン神経系に注目し,精神病症状の病態生理のみならず,精神病理,治療論まで踏み込んだ仮説を展開している。その理論において,ドパミン系は「動機付けに関する際立ち」(motivational salience)に関与し,その異常により感覚の異常が生じ,それを説明付ける認知的図式として幻覚,妄想が生じる,と想定している。また,抗精神病薬のドパミン神経系遮断によって観察される幻覚や妄想の消退は,異常な際立ちを改善することによって得られると主張している。この仮説は,精神病症状におけるドパミンの役割を再考する上で,こころの体験と神経生物学(脳)を結びつけ,治療論にも踏み込んだ画期的なものであるといえよう。
Key words :hallucination, delusion, positive symptom, dopamine, schizophrenia

特集 ドパミン神経伝達のtonic/phasic仮説に基づく
●aripiprazoleの薬理作用――Phasic component buster仮説を中心に――
村貴史,児玉匡史,原田俊樹
 ドパミン神経伝達にはphasic componentとtonic componentがあり,aripiprazoleは相対的にphasic componentを抑制する作用が強くphasic component busterと呼ぶことができる。この特性は単にaripiprazoleがドパミン部分作動薬であることによるのではなく,D2受容体への親和性が極めて高く,しかもドパミンに対する相対力価が小さいという特性による。副作用ではパーキンソン症状のうち,振戦とジストニアの発現にはphasic componentの阻害がより関与している可能性を指摘した。またtonic component阻害が少ないため血中プロラクチンは上昇せず,体重増加が少ない点もこの特性による可能性が高い。抗精神病作用でこの特性がどのように生かされているかは現時点では明らかでなく今後の詳細な観察により明らかにされることを期待したい。
Key words :aripiprazole, dopamine partial agonist, phasic release, tonic release, schizophrenia

●統合失調症再発予防効果におけるドパミンの役割
久住一郎  小山 司
 統合失調症の再発予防に抗精神病薬治療,特にドパミンD(2)受容体遮断作用が果たしている役割は大きい。これまでの報告では,抗精神病薬の間歇的投与法は維持的投与法に比べて,再発予防効果が劣るとされている。一般に,第二世代抗精神病薬は,第一世代抗精神病薬よりも,広い標的症状スペクトラムを有する上に安全性が高いため,再発予防にはより高い有用性が期待されている。現在までのところ,第二世代抗精神病薬間での有用性の差は明らかとはなっていない。D(2)受容体親和性の低い薬物は,それが高い薬物に比べて,再発予防効果に関する報告が少なく,その効果も劣ると一般には考えられがちであるが,適切な用量や用法を工夫することで,同等の効果とより高い安全性が得られる可能性もあり,今後の検討が必要である。
Key words :schizophrenia, relapse prevention, dopamine D(2) blockade, intermittent, maintenance

●抗うつ効果におけるドパミンの役割
樋口 久  山口 登
 うつ病患者においては,髄液中のドパミン(DA)代謝物である,homovanillic acid(HVA)濃度が正常者と比較して有意に低下しているとの報告がある。また,DA作動薬が治療抵抗性うつ病患者に対して有効とする臨床知見がある。これらのことから,うつ病の病態にはDA神経機能低下が関与する可能性があり,DA関連薬剤の抗うつ薬としての可能性が考えられる。一方,動物実験レベルでは,慢性ストレスによるうつ病モデルラットにおいて,中脳皮質辺縁DA神経系が深く関与する脳内報酬系(BRS)機能の低下による快感喪失などの行動変化が認められる。抗うつ薬の慢性投与により脳内DA神経系機能が増強し,これらの行動変化が解消されると報告されている。また,重度のうつ病患者ではBRSの低下を示唆する臨床知見がある。そのため,重度あるいは治療抵抗性うつ病患者の治療を考える上でDA関連薬剤は重要と考えられる。
Key words :antidepressant, dopamine, depression, brain reward system

●躁病におけるドーパミン仮説
武田俊彦
 双極性障害の躁病エピソードで,中脳辺縁系を中心としたドーパミン系の過剰伝達が生じていると考えるのが,躁病でのドーパミン仮説である。この仮説は,2つの臨床的な観察から発展している。すなわち,amphetamineのようなドーパミン刺激薬が躁病類似の状態を惹起することと,ドーパミン受容体阻害薬である抗精神病薬が治療薬として有効なことである。最近では,神経画像研究や動物モデル研究で,この仮説を支持する結果も報告されてきている。現在この仮説は,躁病エピソードへの抗精神病薬使用の有力な根拠となっている。しかし未解決の基本的問題がまだ多い。例えば,脳内の障害部位,シナプスでのドーパミン過剰伝達のメカニズム,うつ病や混合性エピソードあるいは回復期でのドーパミンの役割,気分安定薬の作用機序と仮説との整合性などである。今後この仮説が病因仮説として洗練されるには,さらなる臨床,基礎両面からの継続的な研究が必要である。
Key words :bipolar disorder, mania, dopamine hypothesis, antipsychotics

●ドパミン関連遺伝子と抗精神病薬の薬物反応性との関連
古郡規雄
 近年,神経伝達物質受容体遺伝子多型にも注目が集まり,セロトニンやドパミン受容体遺伝子型と薬物反応性との相関をみる研究が行われている。Dopamine receptor D2(DRD2)において,―141C Ins/Del多型の中で―141C Insアレルが存在する方が,同様にTaq1A多型の中でA1アレルを持つ群で治療反応性は良好であるとの報告が多い。またDRD3においてSer9Gry多型は,定型抗精神病薬とSerアレル,非定型抗精神病薬とGly アレルとの関連について広い範囲で研究がすすめられている。DRD4については明らかな関連性についての報告はまだない。今後,薬理遺伝学的手法を用いた薬物動態学的側面と薬力学的側面を包括した研究が積極的に推し進められることにより,精神科領域におけるテーラーメイド医療の導入と実践が容易となることを期待したい。
Key words :DRD2, antipsychotics, personalized medicine, DRD3

●ドパミンアゴニストの副作用・随伴症状――最近の話題――
田中輝明  井上 猛  小山 司
 ドパミンアゴニストは,主にパーキンソン病や高プロラクチン血症の治療に用いられるが,近年,精神科領域でも気分障害やレストレスレッグ症候群に対する有効性が報告されている。一方,心臓弁膜症や病的賭博との関連も指摘されるようになり,従来の副作用に加えて,ドパミンアゴニストの使用に際しては注意が必要である。麦角系ドパミンアゴニスト,特にpergolideとcabergolineで心臓弁膜症の発生リスクが増大し,セロトニン2B受容体の関与が想定されている。一連の報告を受けて,両薬剤はパーキンソン病治療の第一選択薬から外され,使用に際しては心エコー検査が必須となった。病的賭博は,性行動亢進や強迫的買物などと共に衝動制御障害に含まれ,pramipexoleとの関連が指摘されている。ドパミンD(3)受容体を介した機序が考えられているが,levodopaによる感作,個体要因,パーキンソン病の病態生理など複数の因子が関与している。
Key words :dopamine agonists, valvulopathy, pathological gambling, impulse control disorders

原著論文
●統合失調症患者における精神症状・病識・アドヒアランスの関連性について
高木恵子  亀井浩行  西田幹夫  松葉和久  山之内芳雄  内藤 宏  岩田仲生
 統合失調症治療の長期予後改善にとって再発防止は決定的で,このためには服薬の継続が重要である。非自発的治療介入による症状改善はむしろ病識・服薬アドヒアランス援助にならないのではないかと考え,症状の程度と病識・服薬アドヒアランスとの関連について検討した。外来の統合失調症患者101名を対象に精神症状の評価としてBPRSおよびCGI,病識の評価としてSAI,および服薬アドヒアランスの評価としてDAI―10をそれぞれ測定した。BPRSおよびCGIとDAI―10との間にはそれぞれ相関は認められなかったが,SAIとDAI―10との間で正の相関が認められた。すなわち,病識がない患者は服薬アドヒアランスが低下しており,これには精神症状の程度との関連はないことが明らかになった。長期予後の観点から,病識・服薬アドヒアランスの改善による服薬の継続が肝要で,その結果として症状が改善し再発防止に繋がることが示唆された。
Key words :schizophrenia, adherence, drug attitude inventory, illness insight, psychiatric symptoms

●慢性統合失調症患者に対する急速増量法を用いたquetiapineへのスイッチングの有用性
諸治隆嗣  宇佐見和哉  大久保武人
 抗精神病効果が期待できる用量へ短期間内に迅速に展開する急速増量法を用いて,慢性に経過している統合失調症患者12例を対象にquetiapine(以下QTPと略)を1週間以内に600mg/日以上へと増量するスイッチングを試みた。QTPへのスイッチング前後(直前,スイッチング開始後1,2,4,8週目)における精神症状はBrief Psychiatric Rating Scale(以下BPRSと略)を用いて評価した。その結果,BPRS総スコアはスイッチング前に比べてスイッチング後1週目を含む全ての評価時点で有意に低下した。またBPRS下位項目18項目のうち不自然な思考内容,概念の統合障害,幻覚による行動,猜疑心,衒奇症と不自然な姿勢の5項目を「陽性症状」,情動的引きこもり,運動減退,情動の平板化,非協調性の4項目を「陰性症状」としたクラスター分けをして検討すると,陽性症状5項目のうち「猜疑心」を除く4項目と陰性症状4項目の全てでBPRSスコアの有意な低下が認められた。以上の結果は,急速増量法を用いたQTPへのスイッチングが慢性に経過している統合失調症に対する有用な治療法の1つになる可能性を示唆している。
Key words :quetiapine, chronic schizophrenia, switching, rapid dose titration, initial target dose

●統合失調症急性期治療におけるolanzapine口腔内崩壊錠の可能性
吉川憲人
 耕人会札幌太田病院では地域連携および院内チームプレーを方針のひとつとしており,急性期統合失調症の治療においても維持期を念頭に早期から多職種の関与を心がけている。今回olanzapine口腔内崩壊錠を用いて,ICD―10で診断された統合失調症の急性期症状を示す外来患者および医療保護を含む入院患者50例(男性29例,女性21例)に対する6週間投与の治療効果および服薬コンプライアンスを評価した。有効性に関しては,olanzapineを20mgまで増量しても効果が不十分であった3例が投与を中止したが,全体的にはBPRSで評価した陽性症状および興奮症状が有意に改善し,ACESでも過鎮静は認められず,また,92%の患者が服薬に積極的になった。投与方法としてolanzapineの単剤治療を試みたが,のべ28例にquetiapineやrisperidone内用液などの抗精神病薬が併用され,うち2例では緊急避難的にhaloperidolが点滴静注された。抗パーキンソン薬は9例に併用された。安全性に関しては,問題となるような新たな錐体外路系副作用はなく,全体として体重増加も少なく,血糖値に関する問題も認められなかった。今回の結果から,olanzapine口腔内崩壊錠は,精神運動興奮が活発な患者にも非侵襲的な投与が可能であり,アドヒアランスの改善も期待できることが示された。そして,治療初期から多くのスタッフの関与が容易になるため,olanzapine口腔内崩壊錠は,継続したチーム医療を構築する上で有用な薬剤,剤型であると考えられた。ただし,服薬しやすい剤型とはいえ,特にコンプライアンス不良例においては投与前の十分な説明とインフォームドコンセントが重要である。
Key words :acute phase schizophrenia, olanzapine, orally disintegrating tablet, team medicine

●Olanzapineによる急性期治療後のoutcomeに関する検討――治療継続からみたolanzapineのtreatment effectiveness――
杉山克樹  中田信浩  松木武敏  藤井真春  重本 拓
 急性期治療をolanzapineによって治療された46例のうち,12週間の観察期間途中で症状軽快のため転院となった2例を除く44例で約3年後に追跡調査を行い,olanzapine治療継続の有無,精神症状および社会活動参加状況等を検討した。追跡調査までの平均期間は,2.7±0.5年で,44例中25例(56.8%)はolanzapine治療を継続していた。患者の自己判断による服薬中止の6例を含め,中止理由として最も多かったのは,患者の自己都合・自己判断で,統合失調症の長期治療の継続の困難さが示されるとともに,効果不十分,または副作用等で他剤へ変更となった症例は6例であり,服薬継続という観点からolanzapineの治療有用性が示される結果であった。また,olanzapine治療継続の25例のうち入院中の症例は2例(退院拒否)で,追跡調査期間中に再入院をきたした5例も含め23例は外来通院中で,うち12例では,積極的な社会参加がされており,維持期を見据えたolanzapineによる急性期からの治療の有用性が示唆された。入院中の2例を含め,急性期観察期間終了後から今回の追跡調査時までの約3年間に再入院歴のある症例は7例であった。
Key words :long―term outcome, treatment effectiveness, remission, olanzapine, social participation

●Perospironeの初発統合失調症に対する市販後調査――有効性と安全性の検討――
村崎光邦  小山 司  伊豫雅臣  石郷岡 純  上島国利  八木剛平  尾崎紀夫  福居顯二  武田雅俊  米田 博  木下利彦  神庭重信  前田久雄
 Perospironeは,第2世代の非定型抗精神病薬であり,統合失調症の陽性症状および陰性症状に有効性を示し,錐体外路症状の発現が少ないという特徴を有している。近年,初発統合失調症に対する治療が注目されており,同患者に対するperospironeの有効性と安全性の調査を観察期間8週間で実施し,登録症例85例で検討した。臨床全般印象度(CGI)の改善率は79%であり,BPRS合計スコアは,投与開始時46.6±14.2から最終評価時33.5±12.9へ有意な低下を認めた。一方,副作用は75例中23例(副作用発現率31%)に認め,主なものはアカシジア6件(8%),振戦4件(5%)および傾眠4件(5%)であり,DIEPSSを用いた評価で錐体外路症状は軽度であった。以上より,perospironeは初発統合失調症に対して優れた有効性を示すと同時に,安全性の面でも特に問題がなく,初発例の治療に対して第一選択薬になり得る非定型抗精神病薬であると考えられた。
Key words :perospirone, serotonin―dopamine antagonist, second generation antipsychotic, schizophrenia, first―episode

●長期入院精神障害者の退院促進要因の分析:Psychoms™を用いたバリアンス分析結果と薬剤との関係
谷岡哲也  川村亜以  大坂京子  上野修一  川田 浩  佐藤ミサ子  多田敏子  高坂要一郎  三船和史
 長期入院精神障害者の退院促進要因を検討するために,Psychoms™(クリニカルパス管理用システムソフトウエア)を用いてクリニカルパスの通りに実施できなかった要因や薬剤などの要因について検討した。対象者は4ヵ月間の退院促進支援を受けた32名のA病院の長期入院患者である。退院できた者は26名(退院群)であり,支援を中止せざるを得なかったものは6名(支援中止群)であった。バリアンス分析の結果,(1)家族へ院内生活の説明,退院の提案,社会資源の紹介が遅れた,(2)医師による外出能力,服薬自己管理能力の判定が患者の拒否により行えなかった,(3)支援計画を時期尚早と考え実行できなかったことなどが抽出された。薬剤投与量および支援開始時の簡易精神症状評価尺度得点を,退院群と支援中止群で比較した結果,全ての項目で有意差は見られなかった。以上から,退院促進には,退院をいかに提案するか,服薬の管理をどのように生活支援に結び付けていくかが重要であると思われた。
Key words :social reintegration, team care, clinical pathway, variance analysis, outcome management

症例報告
●経口血糖降下薬二次無効となった統合失調症患者においてインシュリン導入から抗精神病薬の減量に結びついた1例
松田公子  福尾ゆかり  福田 一  小林康弘  佐々 毅  櫻井正太郎  浅井邦彦
 インシュリン導入に対し拒否的であった経口血糖降下薬二次無効の統合失調症患者において,薬剤師が行った自己血糖測定指導をきっかけとして,9ヵ月に及ぶ在宅薬剤管理指導によってインシュリン導入が可能となった。導入前のHbA1cは10%台,導入後は8〜9%台と若干減少したが,良好な血糖コントロールには至らなかった。薬剤師の継続した介入によって,処方されたインシュリンの18.9%が患家に残薬となっていることが明らかとなった。薬剤師は薬物療法の必要性について,専門性を生かした情報提供を,患者が理解しやすい言葉で繰り返し行い,行動変容を支援した。導入から6年後,HbA1cは6%台で推移し,良好な血糖コントロールを維持しており,精神科薬物治療においてもデポ剤が中止になるなど,アドヒアランスの著しい向上が示された。薬剤師の継続的な支援が,薬物治療の良好な結果を引き出すために重要な役割を果たしたことが示唆された。
Key words :schizophrenia, diabetes, insulin, adherence


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