●双極性障害の大規模臨床試験―The Systematic Treatment Enhancement Program for Bipolar Disorder(STEP―BD)―
石郷岡純
米国で進行中の双極性障害に対する大規模臨床試験The Systematic Treatment Enhancement Program for Bipolar Disorder(STEP―BD)の概略を紹介した。STEP―BDはひとつの臨床試験ではなく,双極性障害の臨床研究を行うための綱領,ないしは基盤体制とも言うべきシステムである。5,000名の患者を登録しようと企図されたこの壮大なプログラムは,現在も進行中であるが,一方ではこれまでに集積されたデータをもとに数多くの成果が公表されてきている。とくに,臨床疫学データの充実ぶりは特記すべき成果で,この重大な疾患の全貌が明らかになりつつある。また,薬物療法,心理社会療法など,治療介入の実態や真実も見えてきている。STEP―BDは,他の障害に比べ解明が遅れてきた双極性障害に関する重要な知識を提供し,今後の指針作りに欠かせない膨大なデータベースとなりつつある。
Key words :bipolar disorder, STEP―BD, clinical epidemiology, treatment intervention
●STAR*D(Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression)――アルゴリズムから得られたうつ病の治療エビデンス――
山本暢朋 稲田俊也
うつ病の個々の治療手段については無作為化対照試験などによって有用性の検証が行われているものの,既にエビデンスが確立されている治療手段について,それら複数のエビデンスを組み合わせてガイドラインやアルゴリズムを構築していく治療ストラテジー確立のための臨床エビデンスは十分であるとは言い難いのが現状である。STAR*D(Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression)アルゴリズムはうつ病の治療ガイドラインをフローチャート化した臨床アルゴリズムとはやや性格を異にしており,あらかじめ設定された4〜5段階の治療順序により大うつ病性障害の治療を行い,エビデンスの蓄積と有用性の検証を同時に行う「検証型」治療アルゴリズムの研究プロジェクトである。わが国ではこのような研究プロジェクトは行われておらず,またSTAR*Dで用いられている抗うつ薬の多くがわが国で使用できないため,今後はこのタイプの検証型アルゴリズムの研究が広く行われ,わが国独自の臨床エビデンスを確立していくことが必要と思われる。
Key words :STAR*D (Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression), depression, guideline, algorithm
●Treatment for Adolescents With Depression Study(TADS):現在までの報告を中心に
谷 将之 大坪天平
Treatment for Adolescents With Depression Study(TADS)は近年注目されている思春期の大うつ病性障害に焦点を当て,米国精神保健研究所から資金を受けて行われた大規模無作為臨床試験である。439例の思春期の大うつ病性障害患者に,fluoxetine単剤療法,認知行動療法,fluoxetineと認知行動療法の併用療法,薬剤プラセボを無作為に割り付け,短期間(12週)および長期間(36週)での効果や有害事象について広汎かつ詳細な検討を行っている。その結果,fluoxetineと認知行動療法の併用は認知行動療法の単独治療や,プラセボよりも有意に思春期の大うつ病性障害を改善させ,また,fluoxetine単独治療よりも希死念慮や危険行動の出現を抑制し,短期間あるいは長期間にわたり優れた治療法であることがわかった。本稿ではTADSの設計と,その結果について現在までに発表されている報告を中心に概説する。
Key words :depression, treatment, adolescent, SSRI, cognitive behavior therapy
●わが国における今後の臨床研究の課題
三好 出
現在,わが国では精神科領域における多くの臨床研究が行われ,その成果が発表されている。また,精神科領域は世界的に患者数が多いなど公衆衛生学的観点からも重要な領域と認識され,影響力の強い医学総合誌にも盛んに取り上げられる。しかし,そのようなトップジャーナルに掲載される日本発の精神科領域における臨床論文数は,基礎研究におけるそれと比較すると少ない。最近われわれが米国のいくつかの施設で臨床研究実施体制を調査した結果から,科学的妥当性の高さ,充分な規模を確保した臨床研究が日本で少ない原因の一つは,研究者を支える臨床研究基盤が欠けていることであると考えた。すなわち,生物統計家,データマネジャー,臨床研究コーディネーター,プロジェクトマネジャー,事務局部門などから構成される支援組織が存在しないことである。このような認識から精神・神経センター治験管理室をもとに臨床研究支援組織を編成し始めている。
Key words :clinical research, clinical trial, Japan, infrastructure, human resource
●今,最も日本で必要とされる臨床研究への提言
加藤忠史
精神疾患は社会負担の大きさに比して研究が遅れており,臨床研究全体の底上げが必要である。特に社会負担の高い気分障害の研究が遅れている。また,疫学研究,無作為化臨床試験(薬物療法,精神療法,身体療法),身体疾患によるうつ病の研究などの推進,大規模臨床研究とその中でのDNAサンプルの収集,DNA・細胞サンプルのバンク化と研究者への公開,死後脳の収集とバンク化などが必要であろう。これらの臨床研究の推進には大学病院に対する強力な支援が必要であろう。
Key words :psychiatry, clinical research, randomized controlled study, DNA bank, brain bank