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展望
●Study publication biasとoutcome reporting bias――特にsponsorship biasについて:誰も真実を知らないときに学問ができるのか,真実に基づいた医療ができるのか――
古川壽亮
 ある治療が対照となる治療よりもどのくらい優れているかを正確に推定するには,その比較について行われたすべての内的に妥当な研究,すなわち基本的には無作為割り付け比較試験randomized controlled trial(RCT)を統合して,狭い信頼区間をもって治療効果を推定できるようにしなくてはならない。ところが,選択的に偏った結果のみが報告されるバイアスは,ひとつひとつのRCTのレベルでも,一つのRCTの中のアウトカムのレベルでも生じうる。前者を(狭義の)出版バイアスpublication bias,後者を結果報告バイアスoutcome reporting biasと言う。本総説では,出版バイアスの典型的な一例として,スポンサーバイアスsponsorship biasについて,精神医学における実例と,医学全般における実例をレビューした。
Key words :publication bias, sponsorship bias

特集 最強のエビデンスをめざして―今後の臨床試験への提言
●CATIE試験は統合失調症薬物治療にどんな臨床知をもたらすか?
渡邉博幸
 CATIE(The Clinical Antipsychotic Trials of Intervention Effectiveness)試験は,米国における製薬資本非関与の大規模抗精神病薬比較試験である。その特徴は,慢性期の統合失調症患者に対する新規抗精神病薬の相対評価を服薬中止率という尺度によって計るもので,以下の結果を得た。(1)抗精神病薬の18ヵ月時点での中止率は,全体で74%に及ぶ。(2)Olanzapineの中止率は低かったが,体重増加や代謝障害は最大。(3)Clozapineは,新規薬無効例からの切り替えで最も有効。(4)新規薬については効果に違いがあり,risperidoneとolanzapineの服薬継続期間が長い。(5)従来薬perphenazineからの切り替えの場合,quetiapineが有効。(6)認知機能はどの薬剤も多少の改善をもたらすが,短期間では有意差はなく,18ヵ月後の評価では,perphenazineが良く,(7)また費用対効果分析でも,他剤より20〜30%安価で,費用効果比に優れることが示された。CATIE試験の結果は,それまでの大規模試験やメタ解析を追認するものもあれば,予想外となったものもある。新規薬の優位性は一律ではなく,患者の特性,前治療歴などから薬剤選択の最適化を計る方法,高い服薬中止率を治療中断率にしないための技法がいっそう望まれる。
Key words :CATIE, discontinuation rate, chronic schizophrenia, newer antipsychotics, perphenazine

●双極性障害の大規模臨床試験―The Systematic Treatment Enhancement Program for Bipolar Disorder(STEP―BD)―
石郷岡純
 米国で進行中の双極性障害に対する大規模臨床試験The Systematic Treatment Enhancement Program for Bipolar Disorder(STEP―BD)の概略を紹介した。STEP―BDはひとつの臨床試験ではなく,双極性障害の臨床研究を行うための綱領,ないしは基盤体制とも言うべきシステムである。5,000名の患者を登録しようと企図されたこの壮大なプログラムは,現在も進行中であるが,一方ではこれまでに集積されたデータをもとに数多くの成果が公表されてきている。とくに,臨床疫学データの充実ぶりは特記すべき成果で,この重大な疾患の全貌が明らかになりつつある。また,薬物療法,心理社会療法など,治療介入の実態や真実も見えてきている。STEP―BDは,他の障害に比べ解明が遅れてきた双極性障害に関する重要な知識を提供し,今後の指針作りに欠かせない膨大なデータベースとなりつつある。
Key words :bipolar disorder, STEP―BD, clinical epidemiology, treatment intervention

●STAR*D(Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression)――アルゴリズムから得られたうつ病の治療エビデンス――
山本暢朋  稲田俊也
 うつ病の個々の治療手段については無作為化対照試験などによって有用性の検証が行われているものの,既にエビデンスが確立されている治療手段について,それら複数のエビデンスを組み合わせてガイドラインやアルゴリズムを構築していく治療ストラテジー確立のための臨床エビデンスは十分であるとは言い難いのが現状である。STAR*D(Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression)アルゴリズムはうつ病の治療ガイドラインをフローチャート化した臨床アルゴリズムとはやや性格を異にしており,あらかじめ設定された4〜5段階の治療順序により大うつ病性障害の治療を行い,エビデンスの蓄積と有用性の検証を同時に行う「検証型」治療アルゴリズムの研究プロジェクトである。わが国ではこのような研究プロジェクトは行われておらず,またSTAR*Dで用いられている抗うつ薬の多くがわが国で使用できないため,今後はこのタイプの検証型アルゴリズムの研究が広く行われ,わが国独自の臨床エビデンスを確立していくことが必要と思われる。
Key words :STAR*D (Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression), depression, guideline, algorithm

●Treatment for Adolescents With Depression Study(TADS):現在までの報告を中心に
谷 将之  大坪天平
 Treatment for Adolescents With Depression Study(TADS)は近年注目されている思春期の大うつ病性障害に焦点を当て,米国精神保健研究所から資金を受けて行われた大規模無作為臨床試験である。439例の思春期の大うつ病性障害患者に,fluoxetine単剤療法,認知行動療法,fluoxetineと認知行動療法の併用療法,薬剤プラセボを無作為に割り付け,短期間(12週)および長期間(36週)での効果や有害事象について広汎かつ詳細な検討を行っている。その結果,fluoxetineと認知行動療法の併用は認知行動療法の単独治療や,プラセボよりも有意に思春期の大うつ病性障害を改善させ,また,fluoxetine単独治療よりも希死念慮や危険行動の出現を抑制し,短期間あるいは長期間にわたり優れた治療法であることがわかった。本稿ではTADSの設計と,その結果について現在までに発表されている報告を中心に概説する。
Key words :depression, treatment, adolescent, SSRI, cognitive behavior therapy

●わが国における今後の臨床研究の課題
三好 出
 現在,わが国では精神科領域における多くの臨床研究が行われ,その成果が発表されている。また,精神科領域は世界的に患者数が多いなど公衆衛生学的観点からも重要な領域と認識され,影響力の強い医学総合誌にも盛んに取り上げられる。しかし,そのようなトップジャーナルに掲載される日本発の精神科領域における臨床論文数は,基礎研究におけるそれと比較すると少ない。最近われわれが米国のいくつかの施設で臨床研究実施体制を調査した結果から,科学的妥当性の高さ,充分な規模を確保した臨床研究が日本で少ない原因の一つは,研究者を支える臨床研究基盤が欠けていることであると考えた。すなわち,生物統計家,データマネジャー,臨床研究コーディネーター,プロジェクトマネジャー,事務局部門などから構成される支援組織が存在しないことである。このような認識から精神・神経センター治験管理室をもとに臨床研究支援組織を編成し始めている。
Key words :clinical research, clinical trial, Japan, infrastructure, human resource

●今,最も日本で必要とされる臨床研究への提言
加藤忠史
 精神疾患は社会負担の大きさに比して研究が遅れており,臨床研究全体の底上げが必要である。特に社会負担の高い気分障害の研究が遅れている。また,疫学研究,無作為化臨床試験(薬物療法,精神療法,身体療法),身体疾患によるうつ病の研究などの推進,大規模臨床研究とその中でのDNAサンプルの収集,DNA・細胞サンプルのバンク化と研究者への公開,死後脳の収集とバンク化などが必要であろう。これらの臨床研究の推進には大学病院に対する強力な支援が必要であろう。
Key words :psychiatry, clinical research, randomized controlled study, DNA bank, brain bank

原著論文
●精神科救急における薬物療法の変化――平成(H)9年,H18年の救急対応の比較――
武内克也  酒井明夫  大塚耕太郎  岩渕 修  山家健仁  磯野寿育  福本健太郎  三條克巳  遠藤 仁  岩戸清香  工藤 薫  田鎖愛理  中村 光  高橋千鶴子
 本研究では,平成(H)9年とH18年に岩手医科大学附属病院救急外来を受診した精神科例(H9年568例,H18年1,811例)を対象として,各年受診例の背景と対応方法を比較し,その中の統合失調症例と気分障害例への対応について両年間の差異を検討した。疾患群では,気分障害が占める割合が増加しており,全体では身体症状を有して救急外来を受診した症例が増加していた。精神科救急では,精神症状に加え,身体症状の診断・治療を行うことが増加していると考えられた。具体的治療方法では,精神科救急の全体的傾向として注射剤が使用される頻度が高く,この点に関しては,統合失調症と気分障害の対応においても同様の傾向が示された。身体症状をもつ精神科救急受診例が増加している現状を考慮すれば,より安全な対応を行うためにも,精神科救急外来対応における注射剤使用を減らすことが当院精神科救急の課題であると考えられた。
Key words :psychiatric emergency, acute treatment, mood disorders, schizophrenia

●Risperidone内用液および錠剤投与下における統合失調症患者の臨床効果と薬物血漿中濃度および血漿中抗ドパミンD2活性の比較
三宅誕実  宮本聖也  荻野 信  遠藤多香子  坂巻 綾  宇田川 至  諸川由実代  山口 登
 第2世代抗精神病薬risperidone(RIS)の内用液(OS)は,錠剤と比較して臨床効果や副作用の発現に違いがあるという報告が散見される。そこで我々は,RIS―OSもしくは錠剤内服中の統合失調症患者において,前向きオープンラベルcrossover比較試験に準じ剤形をswitchingし,臨床効果と薬物血漿中濃度および血漿中抗ドパミンD2受容体(D2)活性を比較検討した。対象は,DSM―IVにて統合失調症と診断され,RIS単剤で治療中の入院患者13名である。精神症状はPositive and Negative Syndrome Scale(PANSS),錐体外路症状(EPS)はDrug―Induced Extrapyramidal Symptoms Scale(DIEPSS)を用いて,switching前およびswitching後1週間目で評価した。RISおよびその主要活性代謝物9―hyroxy―risperidone(9―OH―RIS)の血漿中濃度はliquid chromatography/tandem mass spectrometry法にて,血漿中抗D2活性は3H―spiperoneを用いたradio―receptor assay法にて測定した。その結果,PANSSの総合精神病理得点において,錠剤服用時よりOS服用時の方が有意に低く,なかでも緊張の項目において顕著であった。また,DIEPSS総合得点は,錠剤服用時よりOS服用時の方が有意に低かった。一方,PANSSの総得点,RISと9―OH―RISの血漿中濃度および血漿中抗D2活性は,両剤形間で有意な差を認めなかった。以上より,RIS―OSは錠剤と比較して,臨床効果の一部で優れており,EPSの発現が少ない可能性が示唆された。しかし,この理由に関し,薬物血漿中濃度などの本研究の方法でわかり得た薬物動態学的観点からは解明できなかった。
Key words :schizophrenia, risperidone, oral‐solution, 9‐hydroxy‐risperidone, plasma anti‐D2 activity

症例報告
●多剤併用からolanzapineに変更後,clonazepamの追加で遅発性ジストニアが改善した1例
渡邊 崇  大曽根 彰  秋山一文  下田和孝
 抗精神病薬の多剤併用療法により出現した遅発性ジストニアに対して,抗精神病薬をolanzapineに変更した後,clonazepamの投与によりジストニアが消失した統合失調症の1例を経験した。症例は24歳時発症の男性で,抗精神病薬の投与開始9年後より頭部後屈が出現し身体が後ろにそってしまうような遅発性ジストニアが出現した。遅発性ジストニアに対して,抗精神病薬をolanzapineに変更したが無効であった。しかしclonazepamを追加したところ,遅発性ジストニアが消失した。遅発性ジストニアの発生機序は解明されていないが,その治療にあたっては第一にドパミン受容体への親和性が低い非定型抗精神病薬への変更が推奨される。しかし本症例のように,非定型抗精神病薬への変更が無効であった場合,clonazepamの追加投与が有効である可能性がある。
Key words :tardive dystonia, atypical antipsychotics, olanzapine, clonazepam

●Paroxetineとnortriptylineの薬物相互作用により錐体外路症状がみられた1例
横山裕一  渡部雄一郎  須貝拓朗  福井直樹  高橋 誠  染矢俊幸
 Paroxetine(PRX)とnortriptyline(NT)はチトクロームP450(CYP)2D6によって主に代謝され,PRXは強いCYP2D6阻害作用を有する。今回我々は,PRX30mg/日とNT100mg/日の併用時に振戦が出現し,NTの中止により改善がみられた1例を経験した。NT25mg,PRX30mgの最終服用24時間後に測定したNTの血漿濃度は120ng/mLであり,シミュレーション・カーブからは,有害事象が出現した日の早朝には血漿NT濃度が310ng/mL以上になっていたと推計された。PRXによるCYP2D6阻害や同酵素の飽和によりNTの代謝が阻害されたため,血漿NT濃度が上昇し,PRXとの相乗効果で錐体外路症状が惹起されたものと推察された。薬物併用時に有害事象が生じた場合には,therapeutic drug monitoringが薬物相互作用の検出に有用と考えられた。
Key words :adverse event, CYP2D6, drug interaction, plasma concentration, genotype

●Aripiprazoleへのswitchingにより陽性症状の安定を維持しながら高プロラクチン血症および陰性症状の改善を認めた統合失調症の1例
森 康浩  兼本浩祐
 Aripiprazoleはその薬理学的特徴からプロラクチン上昇を来たしにくく陽性症状,陰性症状改善作用があると言われている。今回我々はrisperidoneによる高プロラクチン血症を呈した統合失調症患者に対しaripiprazoleへのswitchingを行なうことによりプロラクチン値の改善を認めた経験をしたので報告する。陽性症状・陰性症状評価尺度(PANSS)による評価ではswitching前後において陰性症状の改善を認めた。Aripiprazoleへswitchingすることにより既存の非定型抗精神病薬で生じた副作用を軽減できる可能性と同時に陰性症状の改善も期待できることが確認されたことから,患者の生活の質(QOL)とアドヒアランスの向上のためにaripiprazoleを使用することは意義のあることと考えられた。
Key words :schizophrenia, aripiprazole, hyperprolactinemia, negative symptom, rehabilitation

●SSRI induced apathy syndromeが疑われた1例
佐藤晋爾  朝田 隆  堤 孝太  山里道彦  立川法正
 1990年にHoehn―Saricらは,セロトニン再取り込み阻害薬(以下SSRI)投与中にapathyが出現することを報告した。今回,うつ病に対しparoxetineを投与中,apathyが出現し,同剤を減量中止したところapathyが軽快した65歳の女性例を経験した。近医でうつ病と診断されてparoxetine40mgの内服で一旦寛解したが,約半年後にうつ状態が再発しmilnacipran50mgが追加投与された。しかし,状態が改善しないために本院を受診した。抑うつ気分は認めず,気力の低下や忘れやすさが主訴で,またそれらの症状に対し主観的な苦痛を訴えなかった。Milnacipranに主剤を切り替える目的でparoxetineを漸減中止したところ,意欲の低下や忘れやすさが軽快した。SSRIの有害事象として,同剤で生じるapathyについては本邦では報告が少ない。SSRI使用中にうつ病が「難治化」した場合,apathyが出現している可能性を考慮に入れる必要があると考えられた。
Key words :SSRI, apathy, frontal lobe dysfunction, adverse effects

●Aripiprazole投与後に遅発性ジスキネジアが改善した1例
瀧村和則  三木志保  神尾 聡  山田武史  中込和幸
 37歳女性,統合失調症でperospironeにて治療されていたが,背部・頸部・上肢の不随意運動,咬舌,呂律障害が出現した。Clonazepam投与,perospirone減量などを行うも日常生活動作(ADL)に障害が出るほど症状が増悪したため,遅発性ジスキネジア(TD)の診断にて当院入院となった。Clonazepamの増量,主剤はquetiapineへ変更し750mg/日まで増量するも症状は改善しなかったため,主剤をaripiprazoleへ処方変更し,aripiprazole12mg/日を上乗せした。投与開始前日のAIMS(Abnormal Involuntary Movement Scale)は11点であったが,開始3日目には自覚症状が著明に改善し,開始7日目のAIMSは3点と著明な改善を認め退院となった。退院後約4ヵ月経過時点でTDの再燃を認めていない。本症例のTDの改善は,aripiprazoleのdopamine system stabilizerによるものと推測され,今後のTD治療・予防に対して十分に期待できる薬剤であると考えられる。
Key words :schizophrenia, tardive dyskinesia, aripiprazole, dopamine system stabilizer, dopamine receptor upregulation

資料
●選択的セロトニン再取り込み阻害薬fluvoxamine maleateで集積された意識障害に関する個別症例解析
小阪憲司  村崎光邦  山口成良
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は抗うつ作用が従来の三環系抗うつ薬と同等であり,安全性が高いことから,うつ病性障害の第一選択薬として海外を含め本邦でも実際の医療現場で数多く使用されている。Fluvoxamine maleate(FLV)は,本邦で初めて承認されたSSRIであり,本邦での上市以来,意識障害関連の副作用が集積され,2006年に意識障害に関する記載が添付文書に追記された。そこで,自発報告など症例として集積された全30症例についてどのようにFLVが意識障害を惹き起こすのかを検討するために1例毎に詳細な分析を行った。その結果,FLV単剤での使用例は1症例もなく,併用薬剤は多岐にわたっており,患者の基礎疾患・合併症または併用薬などにより発現したと考えられる症例が多くを占めていた。また,FLVの慎重投与を要する患者での発現,またはFLVと併用禁忌または併用注意とされている薬剤を多数併用する症例も見られ,FLVの関与が低いと考えられる症例が多いことも明らかとなった。以上のことから,FLVの服用により意識障害が発現する可能性を完全に否定できるわけではないが,その関与の度合いは必ずしも高いとは考えられなかった。うつ病性障害など精神疾患患者は多様な社会的・経済的ストレスおよび生理学的な背景を有しており,薬物療法は複数の薬剤による併用療法が現実的に実施されていることから考えると,薬剤を提供する企業は使用上の注意に関する情報提供を徹底し,使用する医療関係者は情報を熟知し,適切に使用していくことが大切であろう。
Key words :selective serotonin reuptake inhibitor (SSRI), fluvoxamine, side effects, disturbance of consciousness, case reports


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