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展望
●攻撃性・衝動性の精神薬理学
仙波純一
 衝動性や攻撃性は様々な精神神経疾患に伴うことがあり,適切な対応が精神科医に求められている。心理社会的な治療に合わせて,実際には薬物療法が必要なことが多い。この時には基盤になる精神神経疾患の病因に合わせ,攻撃性や衝動性の生物学的機序を理解した上で薬物を選択することになる。攻撃性の生物学的な機序としてはセロトニンを中心として,ドーパミンやGABAなどの神経伝達系が注目されている。セロトニンやドーパミンの機能に変更を与える抗うつ薬や抗精神病薬,抗てんかん薬,気分安定薬が実際には使用される。それぞれの薬物の薬理作用を理解することは,適切な処方薬の選択だけでなく,副作用への対策を行う上でも重要である。しかしこれらの薬物の効果については実証的なエビデンスは必ずしも高くなく,経験的に使用されることが多いのが現状である。
Key words :aggression, impulsivity, psychopharmacology

特集 攻撃性・暴力と向精神薬をめぐる問題
●攻撃性の神経回路――セロトニンニューロン系を中心に――
上田秀一  榊原伸一  中舘和彦  野田隆洋
 “キレる子どもたち”が社会問題になってから10年が経過した。現在は“キレる大人”が問題になっている。子どもたちが大人になったためではなく,うつ病態を背景として衝動的攻撃行動を起こす大人が増えているためと考えられる。本総説ではセロトニンニューロンを中心に攻撃性とうつ病態の類似性・関連性について,我々の実験動物からの例をあげて概説する。
Key words :serotonin, aggression, neuronal circuits, rats, mouse

●精神疾患に伴う攻撃性・暴力に対する対応と問題点――薬物療法の実際と限界――
堤 祐一郎
 精神科急性期治療において攻撃性や暴力行為は対応を求められることの多い症状のひとつである。攻撃性・暴力行為の要因として,精神疾患のみならず患者を取り巻く心理・身体・社会的な背景が大きく関係している。対応の問題点は症状評価や治療目標および治療方法に基準がないこと,薬物療法に偏重している傾向があること,薬物による医原性要因もみられることである。迅速な静穏化を目標に,攻撃性・暴力の状態分類と背景因子の評価の必要性および安全で合理的な薬物療法の実際について解説するとともに,薬物療法の限界とその他の対応の重要性についても論じた。
Key words :treatments of acute psychosis, aggression, violence, assessments of aggression, limitation of pharmacotherapy

●多剤大量処方から新規抗精神病薬への切り替えと攻撃性・暴力の問題
河合伸念  朝田 隆
 統合失調症患者には時に攻撃性や暴力がみられる。そのような症例ほど多剤大量処方に陥りやすく,また一旦そうなると主治医は減量を躊躇しがちとなる。本稿では筆者が実際に多剤大量処方からの脱却を目指して処方整理を試みたところ攻撃性や暴力が再燃してしまった症例を紹介し,若干の考察を加えた。一見有害無益と思われる多剤大量処方であっても,一旦そうなってしまった症例で減量を試みるには細心の注意が必要である。過去に衝動行為や暴力行為がみられた症例では,抗精神病薬の減量中に危険な行動化が再発するおそれが高い。十分な準備とインフォームド・コンセントの下に処方整理に臨むべきである。またそのような症例では,最終的に比較的高用量の抗精神病薬を要する可能性が高く,減量のゴール設定にも注意が必要である。それでも慎重かつ大胆に処方整理をすすめることによって様々なベネフィットが得られるはずである。
Key words :dose―reduction, polypharmacy, schizophrenia, supersensitivity psychosis, switching

●抗うつ薬による攻撃性・暴力
辻 敬一郎  田島 治
 抗うつ薬,とくに選択的セロトニン再取り込み阻害薬はその副作用として中枢刺激症状を有していることがわかってきており,多くは自殺関連事象発現の背景となり得るものとして注意喚起が行われている。自殺関連事象の背景となり得る一連の中枢刺激症状はactivation syndromeと呼ばれており,それらの症状は攻撃性を伴い易く,その攻撃性が自己に向かえば自傷あるいは自殺という形で現れるが,他者に向かえば暴力等の他害行為に発展する。抗うつ薬服用中に傷害事件を起こし,訴訟問題となり裁判が行われたケースも実際にあり,その原因が抗うつ薬によるものと判断された事例も多くみられる。また,抗うつ薬が躁状態を誘発し得るが,一般に躁状態は攻撃性や暴力を伴い易い。近年,抗うつ薬投与により出現した躁状態がactivation syndromeによるものであるか,あるいはbipolarityによる躁転であるかの論議が浮上してきている。本稿では抗うつ薬により誘発される攻撃性や暴力について,躁転の問題やactivation syndromeの概念を踏まえて概説した。
Key words :aggression, violence, antidepressants, mania, activation syndrome

●ベンゾジアゼピン系薬剤による奇異反応:攻撃性,暴力を中心に
倉田明子  藤川徳美
 ベンゾジアゼピン系薬剤は,抗不安作用,鎮静・催眠作用,抗けいれん作用,筋弛緩作用を持つ有用な薬剤であるが,その副作用の1つに奇異反応がある。これは,抑うつ状態,精神病状態,敵意・攻撃性・興奮などが薬剤の投与で逆に出現・悪化するものである。奇異反応の頻度は0.2〜0.7%と多くないが,葛藤の多い環境や,元々衝動コントロールが不良な患者,中枢神経系に脆弱性のある患者で出現しやすく,精神科を受診する患者はハイリスク群である。奇異反応と,本来の症状の悪化や元々の性格による反応との鑑別は困難だが,診断を誤ると攻撃性や興奮が遷延し暴力を生ずる可能性もあり,注意が必要である。ベンゾジゼピン系薬剤の投与で標的症状が逆に悪化する場合,投与薬剤の種類や用量と症状を経時的に振り返ることが必要である。奇異反応の治療は原因薬剤の中止が原則で,flumazenilや抗精神病薬の投与も有効である。成因には不明な点が多く,今後の研究が待たれる。
Key words :benzodiazepines, adverse reactions, paradoxical reactions, aggression

●抗うつ薬の中断症候群と攻撃性
渡邉 至  松永みな子  奥 栄作  山田茂人
 抗うつ薬の中断症候群はimipramineによる症例報告以後,抗うつ薬全般でみられる副作用として認識されている。最近では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のみでなく,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)による中断症候群も報告されている。抗うつ薬の中断症候群の症状は様々である。その中で頻度は少ないが,臨床上問題となる症状として攻撃性が挙げられる。筆者らもSNRI中断後に攻撃性を生じた症例を経験している。抗うつ薬の中断症候群の攻撃性にはSSRI,SNRIの中断症候群に特徴的な症状としての攻撃性,抗うつ薬全般にみられる中断後躁状態の症状としての攻撃性の2つの考え方があるが,この両者が本質的に異なるものなのか,同一なものなのかは不明である。また対応と予防に関しても言及したが,まだ統一した見解はない。
Key words :antidepressant, discontinuation syndrome, aggression, serotonin, mania

原著論文
●うつ病患者の社会適応能力に対するmilnacipranの効果
上田展久  吉村玲児  北條 敬  井上幸紀  吉田卓史  福居顯二  長澤達也  越野好文  中村 純
 セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬であるmilnacipranがうつ病患者の社会適応能力にどのように影響するのか検討した。大うつ病性障害患者45例を対象に,milnacipranを8週間投与し,臨床症状を定期的に評価した。臨床症状の評価にはHamiltonうつ病評価尺度17項目版(Ham―D),Beck Depression Inventory(BDI),Social Adaptation Self―evaluation Scale(SASS)を用いた。治療反応者,寛解者では非治療反応者および非寛解者と比較してSASS得点が有意に改善した。また投薬前後でのHam―Dの差(ΔHam―D)とSASSの差(ΔSASS)およびBDIの差(ΔBDI)とΔSASSの間には有意な負の相関がみられた。Milnacipranは全般的抑うつ症状を改善することで社会適応能力も回復させる可能性が示唆された。
Key words :milnacipran, depression, social adaptation, social adaptation self―evaluation scale

●Quetiapineによる統合失調症維持療法の有用性
東間正人  越野好文  浜原昭仁  和田有司  米田 博
 統合失調症の維持治療に対するquetiapineの有用性を実証するため,患者106名を対象に,quetiapineによる1年間の外来治療維持率を検討した。1年間で55名が脱落した。脱落例のうち39名が,症状悪化,効果不十分および有害事象を理由とし,うち14名が入院した。Kaplan―Meier生存曲線より,外来治療維持率は60%と算出された。維持治療完了患者において,Brief Psychiatric Rating Scale得点,Drug―Induced Extrapyramidal Symptoms Scale得点およびAbnormal Involuntary Movement Scale得点,そして前頭葉機能検査であるTrail Making Testの成績が1年を通して緩徐に改善した。以上より,quetiapineは他の新規薬と同等の維持効果を有し,再発防止だけでなく,症状,錐体外路症状および認知機能の改善が期待される。
Key words :quetiapine, schizophrenia, maintenance therapy, antipsychotic drug

●外来患者におけるaripiprazoleの満足度の検討
大塚明彦
 Aripiprazole(APZ)は,2006年6月本邦にて発売されたドパミンパーシャルアゴニストという新しい薬理作用を持つ非定型抗精神病薬である。筆者は,外来治療中の患者におけるこの新薬の服薬初期の満足度を,定型文によって聞き取り調査した。統合失調症圏,うつ病圏,双極性障害圏の計244例の患者が自覚した満足度を集計した結果,各疾患で51〜66%の患者が,「この薬がすごくいい」と飲み心地の良さを評価した。各疾患ともに肯定的な回答は約80%と著しく高い評価を得た事実は注目すべきである。また,疾病に関係なく同等に高い評価が得られたことは,APZが各疾患において何らかの社会生活機能を上げ,患者本人の病識を変化させたと考えられる。APZは効果,副作用と飲み心地の良さから服薬のアドヒアランスをもたらし,治療者と患者のより良い関係を構築できる可能性のある薬剤であり,「コンコーダンス」という概念に適した薬剤である。
Key words :concordance, adherence, cognitive function, patient's satisfaction, aripiprazole

●統合失調症に対するblonanserinの臨床評価――Risperidoneを対照とした二重盲検比較試験――
三浦貞則
 Blonanserin(BNS)の統合失調症に対する有効性及び安全性を,risperidone(RIS)を対照薬とした多施設共同無作為化二重盲検比較試験で検討した。有効性解析対象300例での試験終了時PANSS合計スコア変化量はBNS群が−11.05±17.27,RIS群が−11.51±17.38と試験薬投与前より精神症状が改善し,変化量の薬剤群間差(RIS群−BNS群)は−0.46±2.00と両側95%信頼区間(−4.40〜3.48)の下限が非劣性の許容差である−7を上回り,RISに対するBNSの非劣性が検証された。BNS群はRIS群と同様に尺度別PANSSスコアやBPRSスコアでも改善を示し,幅広い精神症状改善効果が認められた。有害事象発現割合は両群でほぼ同じであったが,事象別では高プロラクチン血症,血中プロラクチン増加,体重増加,食欲亢進,起立性低血圧,γ―GTP増加がRIS群よりBNS群で低く,アカシジア,易興奮性,そう痒症がBNS群よりRIS群で低かった(p<0.05)。また,耐糖能関連臨床検査値(血糖値,HbA1c,インスリン)やQTcは,いずれの群でも投与前後で大きな変化はなかった。以上より,BNSは統合失調症治療に有用であると考えられた。
Key words :blonanserin, risperidone, serotonin―dopamine antagonist, schizophrenia, randomized controlled study

●統合失調症患者の認知機能障害に対する新規抗精神病薬blonanserinの効果――Risperidoneとの無作為化二重盲検比較――
三宅誕実  宮本聖也  竹内 愛  山田聡子  田所正典  大迫直子  塚原さち子  穴井己理子  遠藤多香子  諸川由実代  山口 登
 Blonanserin(BNS)は本邦で開発された新しい第2世代抗精神病薬である。今回我々は,統合失調症患者の認知機能障害の特徴を明らかにした上で,統合失調症患者に対するrisperidone(RIS)を対照としたBNSの8週間の無作為化二重盲検比較試験(第III相試験)において,両薬剤の認知機能障害に対する効果を比較検討した。対象は統合失調症の通院あるいは入院患者26例と健常者10例である。患者群においては,認知機能検査としてMini―Mental State Examination(MMSE),Wechsler Memory Scale―Revised(WMS―R)の論理的記憶IとII,Wisconsin Card Sorting Test(WCST),Wechsler Adult Intelligence Scale―Revised(WAIS―R)の符号問題および類似問題を,薬剤投与前および8週間後に施行した。臨床症状はPositive and Negative Syndrome Scale(PANSS)を用いて評価した。健常者群では,同じ認知機能検査を1回施行し患者群と比較した。その結果,患者群では健常者群と比較して,WMS―R論理的記憶,WCSTカテゴリー数およびWAIS―R符号評価点が反映する認知機能の有意な障害を認めた。両薬剤群ともに,WMS―R論理的記憶得点とPANSS総得点は投与前後で有意な改善を認めた。また,BNS群ではWAIS―R符号評価点の有意な改善を認めた。一方,すべての認知機能評価項目とPANSS総得点において,両薬剤群間に有意な差は認められなかった。以上より,BNSはRISと同等の臨床効果をもち,両薬剤とも言語性記憶の即時・遅延再生に対する改善効果を有する可能性,並びにBNSは,注意・処理速度に対して改善効果を有する可能性が示唆された。
Key words :schizophrenia, second―generation antipsychotic, cognition, blonanserin, risperidone


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