詳細目次ページに戻る

展望
●双極性障害の病態生理に関する最近の話題
加藤忠史
 最近の双極性障害における血液を用いた研究では,血清BDNFの低下,ミトコンドリア関連遺伝子の変化,小胞体ストレス反応の変化などが報告されている。遺伝子研究では,初めて大規模サンプル(患者2000名)で50万の一塩基多型(SNP)を調べた全ゲノム関連研究(Genome Wide Association Study,GWAS)の結果が発表された。最も強い関連の見られた遺伝子はPalb2であったが,拡大対照群との比較では確認されず,その意義は不明である。DFNB31とRNPEPL1についてはプーリング法による全ゲノム関連解析で見出された遺伝子と共通であった。今後は全ゲノムシーケンス,コピー数変動,まれな病的変異の発見などに期待がかかっている。
Key words :bipolar disorder, genome―wide association study, genetics, mitochondria, endoplasmic reticulum stress

特集 双極性障害の薬物療法
●気分安定剤(lithium・valproate・carbamazepine)の最近のエビデンス
木下善弘  古川壽亮
 双極性障害躁病エピソードに対して,lithium,valproate,carbamazepineは3剤ともにプラセボに比して有効であることが報告されている。双極性障害うつ病エピソードに対するこれら3剤の効果に関しては強いエビデンスは存在しない。また維持治療において,lithium,valproateはプラセボに比して有効であり,carbamazepineはlithiumと同等の効果を有することが報告されている。近年一部の抗精神病剤と気分安定剤とで双極性障害に対する効果を比較したRCTやメタアナリシスの結果も報告されている。これらの気分安定剤の副作用に関する知見も集積されつつある。今後は双極性障害の薬物療法のアルゴリズム確立に寄与すべく,さらなる研究の展開とエビデンスの集積が期待される。
Key words :bipolar disorder, mood stabilizer, lithium, valproate, carbamazepine

●双極性うつ病に対する薬物療法
吉村玲児  杉田篤子  堀輝  梅根和歌子  中村純
 双極性うつ病の治療は躁病の治療とは異なり,気分安定薬単剤のみには反応しづらい。また,抗うつ薬による躁転など治療に苦慮することが多い。現時点では,双極性うつ病の薬物療法では,lithiumとlamotrigineに関するエビデンスが最も豊富に存在する。気分安定薬に加えて,最近では非定型抗精神病薬,非定型抗精神病薬と抗うつ薬の併用ならびに新規抗てんかん薬などが治療に用いられており成果をあげている。しかし,エビデンスとしては十分とは言い難く,今後これらの薬物療法の有効性に関する更なる検証が必要である。
Key words :bipolar depression, mood stabilizer, atypical antipsychotic drugs, newer antiepileptic drugs

●混合エピソードに対する薬物療法
近藤毅
 双極性障害の経過で生じうる混合状態は,横断的には躁―うつ両病像が混在した表現型を取り,縦断的には異なる病相サイクルの同期的交錯として捉えられる。一般的に,抗うつ薬は混合状態を誘発または増悪する危険因子と考えられており,混合エピソードにおいては抗うつ薬を中止することが望ましい。気分安定薬が十分量にて使用される必要があるが,lithiumへの反応性は乏しいことが多く,混合病相においてはvalproateが第一選択となり,忍容性で劣るcarbamazepineがそれに続く。また,一部の非定型抗精神病薬には,躁およびうつ病像に対する両相性の効果が期待されており,特にolanzapineは単独および気分安定薬との併用で比較的速やかな病相安定効果を発揮する。混合エピソードにおいては,衝動性や自殺リスクの増加を伴った不安定な症状の変動がみられることが多く,速やかに強力な薬物療法の導入を図るべきである。
Key words :mixed state, bipolar disorder, antidepressant, mood stabilizer, atypical antipsychotics

●ラピッドサイクラーに対する薬物療法
寺尾岳
 頻回に再発を繰り返す双極性障害の存在は,100年余り前からFalretやKraepelinによって記載されていた。それらがrapid cyclerというはっきりとした形として捉えられるようになったのは,1974年にDunnerとFieveによって年4回以上再発を繰り返す双極性障害と定義されてからである。しかしながら,今なおrapid cyclingに関して,その病態生理も十分には解明されておらず,治療法も確立していない。現時点での対応としては,rapid cyclingを惹起する可能性のある薬物を減量・中止し,lithiumやバルプロ酸などを十分量使用することである。近い将来,本邦でも治験の始まるlamotrigineも有力な治療薬候補のひとつと考えられる。
Key words :rapid cycling, bipolar disorder, manic switch, lithium, valproate, lamotrigine

●双極性障害に対する第二世代抗精神病薬の有効性
菅原裕子  坂元薫
 近年,双極性障害の治療において第二世代抗精神病薬が用いられるようになってきており,急性躁病と双極性うつ病あるいは混合性エピソードのそれぞれにおいて,気分安定薬との併用療法さらには単剤治療による有効性が示唆されている。現在本邦で使用可能な第二世代抗精神病薬の中で,olanzapineは双極性障害の各病期において効果が報告されている。Risperidoneとquetiapineは急性躁病に対する効果が報告されており,中でもquetiapineが双極性うつ病において唯一単剤治療での効果が認められた薬剤であることは注目すべきである。Aripiprazoleは急性躁病に対する効果,再発予防効果が報告されており,他の第二世代抗精神病薬に比べて副作用が少ない傾向にある。妊婦の双極性障害治療においては気分安定薬の催奇形性の問題から,特に第二世代抗精神病薬の有用性が期待される。本邦においては,第二世代抗精神病薬の双極性障害に対する適応が認められておらず,今後臨床試験の進展が期待されるところである。
Key words :bipolar disorder, acute mania, bipolar depression, maintenance therapy, second generation antipsychotics

●双極性障害の薬物療法に関するガイドライン・アルゴリズム
山本暢朋  稲田俊也
 双極性障害は長期にわたって継続する疾患であり,また根強い再発傾向を持つ疾患であるため,疾患のもたらす社会的影響は深刻である。本稿では双極性障害の治療の基本である薬物療法について,欧米で用いられている代表的なガイドライン・アルゴリズムを中心にその概要を解説した。ガイドライン・アルゴリズムは主として根拠に基づく医療(Evidence Based Medicine,以下EBM)をもとに検討され,さまざまな臨床場面で推奨される標準的な治療選択肢が示されたものであり,実際の治療では治療者自身がこれらを参考にしながら状況に応じて治療内容の変更や追加などの判断を行うことになる。薬物療法同様に疾患教育や精神療法などの心理・社会的アプローチも重要な治療の要素の一つであるため,薬物療法の効果をより確実なものにするためにも,包括的な治療アプローチを構築していくことが重要である。
Key words :bipolar disorder, guideline, algorithm, mood stabilizer, second generation antipsychotics

●自傷自殺未遂を伴う双極性障害に対する薬物療法――救急受診例を対象とした3年間の追跡調査――
武内克也  酒井明夫  大塚耕太郎  岩渕修  山家健仁  磯野寿育  福本健太郎  三條克巳  遠藤仁  岩戸清香  工藤薫  田鎖愛里  中村光  高橋千鶴子
 双極性障害では,診断確定までに長期間の経過観察が必要である。特に,うつ病エピソードで発症した場合には,躁病エピソードの出現が確認されるまで単極性うつ病に準じた治療が行われ,適切な治療が行われず,躁転をきたすことも多い。さらに,双極性障害では自傷自殺が多く,既遂に至る確率が高いことが報告されているが,予防や適切な対応方法については,これまで十分な検討が行われていない。このため,本研究では,2003年に岩手医科大学附属病院救急センター外来を受診した自傷自殺未遂例で,ICD―10にてうつ病エピソードと診断された症例を対象とし,3年間の追跡調査を行った。対象110例中25例について3年間の追跡調査が可能であり,7例に躁病エピソードが出現した。7例中3例は抗うつ薬増量中に躁病エピソードが出現し,薬剤の関連が示唆された。
Key words :bipolar disorder, self―mutilation, suicide attempt, emergency case

原著論文
●統合失調症に対するblonanserinの長期投与試験――神奈川県臨床精神薬理試験グループ多施設共同オープン試験――
村崎光邦
 Blonanserin(BNS)の統合失調症患者に対する長期投与時の安全性及び有効性を,多施設共同オープン試験で検討した。解析対象61例のうち,28週(182日)以上投与されたのは41例(67.2%),52週(364日)以上が38例(62.3%)であった。最終評価時のPANSS及びBPRS合計スコアは投与前より減少し,陽性及び陰性症状のいずれにも改善を示した。また,最終全般改善度改善率(「著明改善」+「中等度改善」の割合)は,28週後が75.0%,最終評価時は68.3%と長期投与時にも改善効果を維持した。治験期間内に発現した有害事象及び副作用の割合はそれぞれ96.7%,72.1%であり,28週(182日)以上投与した症例での発現割合もほぼ同じで,長期投与による発現割合の上昇や遅発的に発現した事象はなかった。抗精神病薬の使用で問題となる錐体外路系副作用発現割合は52.5%であり,遅発性ジスキネジアなどの運動障害は発現しなかった。また,最終評価時のプロラクチン値は投与前に比べ正常方向へ推移し,体重の変動はなかった。以上より,BNSは第二世代抗精神病薬としての特徴を有しており,長期投与しても安全性に大きな問題はなく,統合失調症の改善効果も持続したことから,長期にわたって使用できる有用な薬剤であると考えられた。
Key words :blonanserin, serotonin―dopamine antagonist, schizophrenia, long―term study, safety

症例報告
●初発例,再発再燃例に対するaripiprazoleの使用経験――統合失調症の第一選択薬としての有用性を考える――
大塚和之
 統合失調症の初発6例,再発再燃9例を含む前薬未治療15例に対してaripiprazoleを投与した結果,中等度改善以上が80%(12例/15例)と極めて高い改善率を示した。また,15例全例が,90日以上のaripiprazoleの投与期間を示し,投与開始時の急性期からその後の回復期,安定期も継続して治療することが出来た。さらに,社会復帰に向けたQOL(Quality of life)やアドヒアランスの改善がみられ,180日以上の長期継続投薬にいたった症例は11例(73.3%)に達していた。また,今回は,その中で初発例1例と再発再燃例2例の経緯報告も提示した。3症例ともに,興奮をともなった典型的な急性期症状を有していたが,aripiprazoleの用量を増量したり,補助薬で対処することにより,急性期症状を安定化させ乗り切ることができた。また,いずれの症例も服薬アドヒアランスを高め,高いQOLの改善を示し,社会復帰を果たしている。以上のような使用経験からaripiprazoleは,統合失調症の第一選択薬として位置づけられる薬剤であると考えられた。
Key words :schizophrenia, aripiprazole, first―episode, recurrent―episode, adherence, QOL, first choice

総説
●新規抗てんかん薬lamotrigine
八木和一  大田原俊輔
 Lamotrigineは,幅広い有効スペクトラムをもつ新規抗てんかん薬で,ナトリウムチャネルを阻害して興奮性神経伝達物質遊離を抑制することにより抗てんかん作用を発現する。わが国では,成人および小児の部分発作ならびに全般発作(Lennox―Gastaut症候群の全般発作を含む)に対する既存薬との併用療法薬として承認申請中である。本剤は主に肝でグルクロン酸抱合を受け,併用薬(valproateあるいは肝酵素誘導剤など)が本剤の薬物動態に影響を与えるため,用法・用量が併用薬によりそれぞれ異なる。主な副作用は,傾眠,めまい,複視などの中枢症状と発疹である。Stevens―Johnson症候群や中毒性表皮壊死症などの重篤な発疹が現れることがあり注意を要する。Lamotrigineは,有効性に優れ,部分てんかん,全般てんかん両者に有効で,小児にも使用可能となることが期待されている。耐容性も良好であり,てんかん治療において有望な薬剤である。
Key words :lamotrigine, new antiepileptic, seizure, epilepsy


本ホームページのすべてのコンテンツの引用・転載は、お断りいたします
Copyright(C)2008 Seiwa Shoten Co., Ltd. All rights reserved.