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展望
●向精神薬の創薬動向:ブレークスルーを求めて
樋口輝彦
 現在,海外で開発が始まっている新規向精神薬のうち,抗精神病薬,抗うつ薬を中心に紹介した。これらのうちのいくつかは近い将来,わが国においても開発される可能性があると思われる。これまではもっぱら抗精神病薬の開発はドパミン仮説に基づき行われてきた。統合失調症の原因遺伝子は発見されず,したがってゲノム創薬による根治的治療は期待できないが,仮説検証的薬剤開発においていくつかこれまでと異なる機序の薬が開発されつつある。その中でも注目されるのはドパミン・パーシャルアゴニスト,ニコチン性アセチルコリン受容体アゴニスト,glutamate modulators,グリシン関連薬剤等である。一方,抗うつ薬についても,これまでのモノアミン仮説およびその延長上に位置づけられる抗うつ薬の他に,受容体に直接作用する薬剤(セロトニン,ノルアドレナリン受容体アゴニスト,アンタゴニスト)や直接モノアミン系には作用点を持たないNKアンタゴニストやCRFアンタゴニストなどの開発が行われており,関心が集まっている。
Key words :excitatory amino acid, nichotinic acetylcholine agonist, new developed mood stabilizer, TRI(triple reuptake inhibitors), CRH antagonists

特集 期待される新規作用機序の精神科治療薬
●期待される新規作用機序の抗精神病薬――ドパミン仮説からグルタミン酸仮説へ――
伊豫雅臣
 統合失調症の抗精神病薬による治療は1950年代に始まった。多くの抗精神病薬の共通の作用機序はドパミンD2受容体遮断であることから,統合失調症の病態仮説としてドパミンD2受容体異常とともにドパミンD2受容体遮断を中心とした抗精神病薬の開発が行われてきた。しかしながら,ドパミンD2受容体遮断は陽性症状は改善するものの陰性症状改善効果は少なく,むしろ悪化させる可能性もあった。また錐体外路系副作用などの有害作用も少なからず出現している。このようなことから,第二世代非定型抗精神病薬と呼ばれる新しい抗精神病薬が開発された。これらは副作用は少なく,陰性症状の改善作用も見られる。しかし,統合失調症の中核症状として認知機能障害が注目され,また従来の抗精神病薬は必ずしもすべての統合失調症患者に効果があるわけではない。そこで近年では臨床症状としては認知機能障害を対象とした,または陽性症状,陰性症状,認知機能障害という3つの主要症状を同時に解決するような薬剤の開発が試みられている。前者はニコチンα7受容体作動薬やシグマ―1受容体作動薬である。後者は,統合失調症の仮説として近年注目されているNMDA受容体を介するグルタミン酸神経伝達の機能低下を改善する薬剤であり,主にグリシントランスポーター阻害薬の開発が行われている。
Key words :schizophrenia, cognitive dysfunction, NMDA receptor, α7 nicotinic receptor, glycine transporter

●期待される新規作用機序の抗うつ薬
尾鷲登志美  大坪天平
 現在,我々が使用可能な抗うつ薬のすべては,モノアミン仮説に基づいている。モノアミン(セロトニン・ノルアドレナリン・ドパミン)作用を有する抗うつ薬の開発は,現在も展開中であるが,本稿ではモノアミン作用を直接には有さない抗うつ薬の可能性について概説した。それらの中で現在上市にもっとも近いとされるのは,phosphodiesterase阻害薬,neurokinin受容体アンタゴニスト,CRH受容体1アンタゴニストである。これら以外にも,ニューロペプチド,モノアミン以外の神経伝達物質,視床下部―下垂体―副腎皮質系,免疫系から,抗うつ作用の可能性について報告のある薬剤を取り上げた。
Key words :depression, antidepressant, second messenger, neurogenesis, hippocampus―pituitary―adrenal (HPA) axis

●期待される新規作用機序の不安障害治療薬
辻 敬一郎  田島 治
 新しい不安障害治療薬の候補物質について,その作用機序を中心に解説した。近年,不安のメカニズムに大きく関与していることが確認されたセロトニン(5―HT)受容体のサブタイプ別に特異的に作用する化合物や,不安治療の金字塔であったベンゾジアゼピン(BZ)系抗不安薬から有害事象を取り除き,γ―アミノ酪酸(GABA)受容体の抗不安効果に関与するサブユニットに選択性の高い化合物など,既存薬の5―HT系抗不安薬やBZとは異なる化合物が開発されている。また,cholecystokinin(CCK)やcorticotropine―releasing factor(CRF),neurokinin(NK)などの神経ペプチドに関連した受容体のantagonist,代謝型グルタミン酸(mGlu)受容体のagonist,σ受容体のagonistなども,それぞれの作用機序を介して,抗不安効果を発揮することが知られてきており,新たな不安障害治療の候補物質として開発が行われてきている。多くの化合物は前臨床試験の段階で開発が断念されているが,そのうちのいくつかは臨床試験へと進み,遠からぬ将来,不安障害の薬物治療は大きな変貌を遂げることが予測される。
Key words :anxiety disorders, serotonin, γ―aminobutyric acid, neuroperutides, glutamate

●期待される新規作用機序の気分安定薬
池澤 聰  中込和幸
 気分安定薬の作用機序にはさまざまな仮説があるが,近年,lithiumやvalproateの神経保護作用や神経新生促進作用が注目されている。細胞内のさまざまなシグナル伝達経路を介して神経保護作用が発現することが解明されつつあるが,これらに基づく創薬は,その試みが始められたばかりである。現時点で,気分安定薬として今後期待できる薬剤として,lamotrigine・quetiapine・olanzapine・aripiprazoleなどが挙げられる。双極性障害に対するRCTによれば,lamotrigineは急性うつ病エピソードおよび維持療法,quetiapineは急性躁病エピソードおよび急性うつ病エピソード,olanzapine・aripiprazoleは急性躁病エピソードおよび維持療法に効果があるものと考えられている。将来,病態に基づく創薬が進められ,よりよい症状改善と病状安定に結びつくことが望まれる。
Key words :mood stabilizer, neuroplasticity, neuroprotection, neurogenesis

●期待される新規作用機序の抗認知症薬
杉山恒之  中村悦子  山口 登
 現在までに世界的に抗認知症薬として認可された薬剤はアセチルコリンエステラーゼ阻害薬であるtacrine,donepezil,rivastigmine,galantamineの4種類およびNMDA受容体阻害薬であるmemantineであり,いずれもアルツハイマー病(AD)の症状進行抑制を標的としている。日本においては軽度から中等度ADに対しdonepezilのみが市販されているにすぎない。現在,もっとも有力なアミロイドカスケード仮説に基づきAD発症に至る病態過程に作用する薬剤の開発が進められている。これらは病態過程に直接的に作用するdisease―modification therapy(根本的治療法)であり,臨床的にADが発症するできるだけ早期の段階もしくは予防的治療が有効であると考えられる。今後,アミロイドイメージングや脳機能画像ならびに髄液中バイオマーカーなどのサロゲート(代替)マーカーの確立と,根本治療薬開発のための基礎的研究に加え,臨床試験の進展が期待される。
Key words :anti―dementia drug, acetylcholineesterase inhibitor, γ―secretase inhibitor, β―secretase inhibitor, amyloid vaccine

●期待される新規作用機序の抗てんかん薬
岡田元宏  中川雅紀
 てんかんの病態解明研究も,分子生物学的な研究の進展に伴い,pathophysiologyを標的とした研究から,pathogenesisを標的とした研究へシフト可能な状況まで成熟している。既存の抗てんかん薬(AED)に加え,開発が進んできている第二世代AEDも,抗けいれん作用を指標としたスクリーニングによる選別の末に開発が進められてきている。今後,我々が期待すべきてんかん治療薬は,抗けいれん薬ではなく,てんかん病態を標的とした,てんかん病態を改善・補正できる真の抗てんかん薬ではないだろうか。
Key words :epileptogenesis, ictogenesis, pathogenesis, pathophysiology, epilepsy, anticonvulsant, antiepileptic drug

●期待される新規作用機序の睡眠障害治療薬
内山 真
 近年,日本において新規作用機序の睡眠薬,精神刺激薬などの臨床試験が活発に行われるようになった。この背景には,疫学的研究により不眠症や過眠症などの睡眠障害について有病率が明らかになり治療薬開発が改めて意識されるようになったこと,睡眠医学の発展により睡眠障害の分子生物学的メカニズムが徐々に明らかになり新薬開発を促進したこと,睡眠障害治療薬を客観的基準で評価する方法論が確立されたことなどが関係していると考えられる。本稿では,開発が活発に行われている不眠症治療に用いられる薬剤として,新たなベンゾジアゼピン受容体作動薬,メラトニン受容体作動薬を取り上げ解説し,過眠症治療に用いられる薬剤として,新しい精神刺激薬であるmodafinilおよびヒスタミンH3受容体拮抗薬について紹介し,これらの作用機序と今後の開発について述べた。
Key words :insomnia, hypnotics, benzodiazepine, melatonin, psychostimulant

●<原著論文>ドパミンD2受容体パーシャルアゴニストによる統合失調症急性期治療の有用性――急性期症例に対するaripiprazoleの使用経験に基づく考察――
武内克也  酒井明夫  大塚耕太郎  岩渕 修  山家健仁  磯野寿育  福本健太郎  三條克巳  遠藤 仁  岩戸清香  工藤 薫  田鎖愛里  中村 光  高橋千鶴子
 本論では,aripiprazole急性期治療が有効であった統合失調症例について,急性期から維持期までの治療を提示し,その縦断的有用性を検討した。本例では,他剤による治療で,眠気を原因にアドヒアランスが低下していたため,興奮に対しては補助薬としてlorazepamを併用し,aripiprazoleによる治療を行った。これはアドヒアランスを向上させ,治療者による言語的介入の効果を高めることに有効であった。急性期から言語的介入と双方向のコミュニケーションを継続できたことは,興奮・焦燥感の治療開始早期からの軽減や,治療必要性の理解につながった可能性が高い。有害事象が少なく,忍容性に優れたaripiprazoleを急性期治療から使用することは,その後の維持治療を見据えた治療という点で大きな利益となると考えられた。
Key words :aripiprazole, dopamine D2 receptor partial agonist, acute phase of schizophrenia, dopamine system stabilizer

原著論文
●統合失調症に対するblonanserinの臨床評価――Haloperidolを対照とした二重盲検法による検証的試験――
村崎光邦
 Blonanserin(BNS)の統合失調症に対する有効性及び安全性を,haloperidol(HPD)を対照薬とした多施設共同無作為化二重盲検比較試験で検討した。有効性解析対象238例での最終全般改善度改善率(「著明改善」+「中等度改善」の割合)は,BNS群が61.2%,HPD群が51.3%であり,ハンディキャップ方式(凵≠P0%)でBNSのHPDに対する非劣性が検証された(p=0.001)。PANSS及びBPRSの合計スコアは両群ともに試験薬投与前より減少し,PANSS陰性尺度及びBPRS欲動性低下クラスターではBNSがHPDより高い改善効果を示した(それぞれp=0.025,p=0.022)。有害事象及び副作用発現割合は両群でほぼ同じであったが,錐体外路系の有害事象及び副作用発現割合はHPDよりBNSが低かった(p<0.001)。また,HPDよりBNSの発現割合が低かった副作用(p<0.05)は,錐体外路系症状の振戦,アカシジア,運動能遅延,精神神経系症状の過度鎮静であり,HPDより発現割合の高い副作用はなかった。以上の結果から,BNSは陰性症状を含む広範な精神症状を改善するとともに,既存の抗精神病薬で問題となる副作用の軽減が期待できる有用な統合失調症治療薬であると考えられた。
Key words :blonanserin, haloperidol, serotonin―dopamine antagonist, schizophrenia,randomized controlled trial

症例報告
●Aripiprazoleの切り替え例(3例)への使用経験――新世代抗精神病薬を「新世代」として使うために――
大下隆司  馬場美穂  伊藤 学  奥井賢一郎  瀬尾たまお  横山香菜子  江原美智子  長谷川大輔  榎本あおい  石郷岡純
 2006年に登場したaripiprazoleは,これまでの抗精神病薬とは異なる薬理作用を有し,鎮静作用を利用せずにドパミン神経系を安定化させて治療効果をもたらす薬剤である。今回,従来薬からaripiprazoleに切り替えることにより,陽性・陰性症状と認知機能が改善し,一段質の高い治療結果を得ることができた3例を紹介する。いずれも前薬を減量せずにaripiprazoleを上乗せしてから増量し,その後に前薬を徐々に減量していく切り替え方法で成功している。切り替え途中に不穏や焦燥感,不眠など出現したが,適切に補助薬を使うことで対処できた。Aripiprazoleの切り替えを成功へと導くには,いくつか気をつけるべきポイントがあり,その原因とともにそれを考察する。Aripiprazoleは,その新しい薬理作用とともに治療のアプローチがこれまでと違うことから,病因・自己治癒力モデルに当てはめて,その使いこなしに新しい方法論が必要な薬剤であると考えられた。
Key words :aripiprazole, schizophrenia, switching, etiology―self―healing model, dopamine system stabilizer, new generation antipsychotics

総説
●抗精神病薬開発におけるclozapine研究の意義
出村信隆
 Chlorpromazineにより導入された統合失調症に対する薬物療法は,精神医学史上特筆すべき出来事であった。Chlorpromazineは,予想外にも三環系抗うつ薬のimipramineの発見につながり,さらにimipramine様抗うつ薬の研究過程からclozapineが見出された。その後,D2受容体遮断作用を基盤とするhaloperidolが創出され,D2受容体単一薬理主義は確立した。一方,clozapineは,錐体外路系症候(EPS)が軽微もしくは欠落しながら,陽性症状と陰性症状のいずれにも奏効するという卓越した臨床効果を示した。その特性が“非定型”の定義となり,新たな開発思想の潮流となった。その後risperidoneに代表されるセロトニン・ドパミン・アンタゴニスト(SDA),様々な受容体との相互作用に焦点を当てたolanzapine,及びドパミンパーシャルアゴニストのaripiprazoleが創出された。これらの抗精神病薬をD2受容体親和性からみると,低親和性群と高親和性群に分類される。行動薬理学的な薬効モデルと副作用モデルから得られたED50値を薬物ごとに集積し,それらをD2受容体親和性(Ki値)に対しプロットすると,ED50とKiが相関する薬物群と相関しない薬物群に分類される。Clozapineは唯一,D2受容体親和性が低く,ED50とKiが相関しない薬物である。Clozapineは症状改善とEPSリスクの低減を両立し,定型ばかりでなく他の新世代に反応しない統合失調症にも奏効する。Clozapineのこのような特性から“D2受容体を介さない作用機序”が考えられ,その候補として,GlycineB/NMDA受容体活性化作用,アセチルコリン放出作用,代謝物のM1受容体アゴニスト作用などが挙げられる。Clozapineの作用機序は現在においても不明ながら,それゆえにその研究の意義は失われていない。
Key words :clozapine, atypicality, non‐D2 receptor mechanism, antipsychotics

資料
●合理的な抗うつ薬選択を目指して――軽症・中等症うつ病に対する治療アルゴリズムの出発点――
稲田泰之
 国内における大うつ病の治療アルゴリズムでは第一選択薬として選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI)およびセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(SNRI)が推奨されているが,どの薬剤をファースト・チョイスとするかは明確にされず,それぞれの臨床家の判断にゆだねられている。一方で,多くの海外における比較試験からは抗うつ薬の効果はどの薬剤でもほぼ同じであるとされているものの,有害事象のプロファイル,薬物動態のプロファイルや薬物相互作用は,薬剤ごとに異なっており,それぞれの薬剤の特徴を念頭において,患者の状況にあわせて処方することは,患者にとって望ましいだけでなく,リスク管理上医療機関にもメリットがあるものと思われる。当クリニックでは,どの薬剤をファースト・チョイスとするか抗うつ薬選択チェックリストを使用しているので,そのリストを紹介する。
Key words :sertraline, paroxetine, fluvoxamine, milnacipran, check―list


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