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展望
●うつ病薬物療法の変遷と今後の展開
野村総一郎
 古代からうつ病の病態は体質論的に考えられ,瀉下療法,薬草,麻薬などの身体次元での治療が行われ続けてきた。現代に繋がる薬物療法は20世紀初頭の合成化学工業の進歩という基盤があり,1950年代に登場した三環系抗うつ薬,MAO阻害薬をもって本格的に始まる。これら薬物の神経化学的作用の研究に基づくモノアミン仮説には非常に説得力があり,多くの抗うつ薬が生まれる土壌を提供したが,逆にそれが強力過ぎて,抗うつ薬開発を袋小路に追い込んだ面もある。モノアミン仮説による究極の薬物がSSRIであるが,現在はそれとは異なる発想の薬物も求められている。今後のより本質的な方向性は,モノアミン系に注目した気分感情の亢進の他に,たとえばストレスコーピングや神経細胞新生の促進,神経細胞死を抑制する薬物などに注目することではないかと思われる。
Key words :mood disorders, melancholia, antidepressants, SSRI, monoamine hypothesis

特集 うつ病薬物療法のすべて
●わが国のうつ病薬物療法アルゴリズムの特徴と問題点
塩江邦彦
 JPAPによる改訂版うつ病アルゴリズム作成段階の特徴は,EBMとコンセンサスの折衷型という点である。JPAPアルゴリズム作成参加者はすべて精神科医であり,改訂版において厚生労働省の公的助成を受けたのは,アルゴリズムの推奨に際してのバイアスが生じにくい利点となった。内容についての問題としては,異なった質のエビデンスの統合についての明確な方法に関して記載がないこと,メタアナリシスの手法を用いていないこと,アルゴリズムの推奨の作成にあたって他の独立したグループによるレビューは受けていないことなどから推奨の再現性について疑問が残ることを指摘した。また,アルゴリズムの妥当性の検証がなされていないこと,将来のアルゴリズムの改訂計画が公表されていないこと,アルゴリズムを実際に普及させる方法について言及していないことなど,今後解決していくべき重要な問題が存在することを述べた。
Key words :treatment guideline, mood disorder, antidepressants, International Psychopharmacology Algorithm Project (IPAP)

●SSRIの実績と今後―難治例への対策
越野好文
 うつ病治療において,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は,臨床効果は三環系抗うつ薬を上回るものではなく,重症例など場合によっては多少劣ることがエビデンスによって示されている。しかし優れた副作用プロフィールから,急性期治療において十分量の服薬が可能であり,また過量服用に際しての高い安全性などから,長期服用にも適していることが理解され,多くのうつ病の治療ガイドラインや薬物療法アルゴリズムで第1選択薬の位置を占めている。問題はSSRIに抵抗性のうつ病が少なからず存在することであり,その場合の治療戦略はまだ確立されていない。諸外国ではセロトニン以外の受容体に関連した抗うつ薬も使用されており,SSRI抵抗性のうつ病に対して,これら新しい抗うつ薬による併用療法が進歩しつつある。日本では諸外国に比べ,SSRIの時代が始まったのが遅く,しかも認可されているSSRIや新しい抗うつ薬の種類も少ないのが現状である。
Key words :augmentation therapy, combination therapy, SSRI, treatment resistant depression

●SNRIの実績と今後――難治例への対策(milnacipranを中心として)――
樋口 久  山口 登
 Serotonin and noradrenaline reuptake inhibitor(SNRI)のうつ病患者に対する臨床効果と難治症例に対する有用性について解説した。Venlafaxineについては,難治症例に対して有効とする報告がいくつかあるが,研究は不十分といえる。STAR*D(The Sequenced Treatment Alternatives to Relieve Depression)Study Teamによる大規模な研究により,selective serotonin reuptake inhibitor(SSRI)非寛解者に対して,SNRIを含む他の抗うつ薬への切り替え,他剤との併用は有効な治療方法であり,寛解率を高めることが示された。単剤で効果不十分なうつ病患者に対しては,2剤目の抗うつ薬の併用もよくみられる。Paroxetineによる効果不十分例に対して,milnacipranを併用し,著効を示した症例を呈示した。
Key words :SNRI, refractory depression, milnacipran, venlafaxine

●三環系・四環系抗うつ薬の現状と役割――新規抗うつ薬は“うつ”を治したか?――
山口 聡  山本 裕
 新規抗うつ薬(SSRIまたはSNRI)といわゆる従来型の抗うつ薬の有用性,有効性につき論じてみた。現在のうつ病治療アルゴリズムに則った新規抗うつ薬を中心とした薬物治療は真にうつ病治療に役立っているのだろうか。SSRIやSNRIに拘るあまり三環系・四環系の抗うつ薬を過小評価しているのではないだろうか。抗うつ薬をすべて同一線上にとらえて,症状を確実に把握してそれに合う薬を使用するという現実的な薬物治療を考えるべきである。この観点から再度,抗うつ薬治療を見直し,若干の考察を加えて論じた。
Key words :algorithm, SSRI・SNRI, operational diagnostic criteria, side effect, tricyclic & tetracyclic antidepressants

●Sulpirideはどう効き,どう使われているか?
前田久雄  恵紙英昭  富田 克  冨松健太郎
 Sulpiride(SLP)は世界的には例外とも言えるが,わが国で頻用されている薬剤である。しかし,近年のSSRIやSNRIなどの導入により,わが国でも,その使用頻度の低下が示唆され,うつ病の治療アルゴリズムからも消えつつある。そこで,SLPの抗うつ作用に関する文献を概観するとともに,わが国におけるSLPの使用実態を探ることを試みた。久留米大学精神神経科外来で初めて抗うつ薬を処方されたうつ病・うつ状態(器質性のものを除く)を対象とした調査では,50〜200mgの少量のSLPが処方された率は33%であり,その有効率はSLP単独で45%,少量のSSRIやSNRIとの併用も併せると79%に及んだ。その全例が,軽症・中等症うつ病エピソードや適応障害であった。入院患者での使用は少数であった。このような外来症例では,従来からSLPの有効性が広く知られていたが,乳汁分泌・月経障害,肥満,錐体外路症状などの有害作用に留意すれば現在でも有用性の高い薬剤であると考えられた。
Key words :sulpiride, selective D2/D3 antagonist, depression

●新規抗うつ薬開発の現状と動向
村崎光邦
 受診するうつ病患者の急増と,従来の抗うつ薬では十分に対応しきれていない現状から,新しい抗うつ薬の開発は急ピッチで進んでいる。わが国ではSNRIのduloxetineとvenlafaxine,NaSSAのmirtazapine,SSRIのescitalopram,NDRIのbupropionの5剤にとどまっているが,海外ではおびただしい抗うつ薬の候補が名乗りをあげ,着々と歩を進めている。とくに,新規抗うつ薬への目は神経ペプチドから成る神経伝達物質へと注がれており,CRF1受容体拮抗薬,VasopressinのV1b受容体拮抗薬あるいはtachykinin familyの各受容体拮抗薬など,視床下部―下垂体―副腎系(HPA軸)の情動性ストレス反応を調整する薬物の開発が急である。また,triple reuptake inhibitorやβ3―adrenoceptor作動薬も開発が進み,さらにうつ病glutamate仮説の台頭から,それに関わる抗うつ薬が今後,登場しようとしている。今,ほかにも,神経ペプチド関連の新規抗うつ薬の非臨床試験も活発に行われており,抗うつ薬の開発から目が離せないのである。
Key words :new antidepressants, SSRI, SNRI, NaSSA, NDRI, SNDRI, neuropeptide

●<原著論文>うつ病自傷自殺未遂例に対する薬物療法――身体重症度による治療内容の比較――
武内克也  酒井明夫  大塚耕太郎  岩渕 修  山家健仁  磯野寿育  福本健太郎  三條克巳  遠藤 仁  岩戸清香  工藤 薫  田鎖愛里  中村 光  高橋千鶴子
 うつ病は自殺既遂,自殺未遂のリスクファクターであり,うつ病における自傷行為から重篤な外傷を負う事例も多い。うつ病の自殺企図,自傷行為ともに手段はさまざまであり,その治療では,精神的対応と身体面への対応が必要とされる。本論ではうつ病自傷自殺未遂例を身体重症度から精神科入院群と救急センター入院群に分け,それらに対する治療手順を比較することによって対処方法を検討した。2入院群とも治療初期から精神科医が介入しており,身体機能と精神症状を考慮して精神科治療薬の投与時期が決定されていた。治療薬としては主としてparoxetineとmilnacipranが選択され,身体症状軽症例にはparoxetineが投与されることが多く,重症例に対してはmilnacipranが投与されていた。企図手段としては大量服薬が多数を占めており,安全な対応を確立することと薬剤安全性を検討することが必要であると考えられた。
Key words :attempted suicide,self―mutilation,depression,somatic severity

原著論文
●てんかん部分発作に対するgabapentinの長期投与試験――多施設共同非盲検試験――
山内俊雄  兼子 直  八木和一  荒川明雄
 Gabapentinの国内第III相試験において忍容性の良好であった部分発作を有するてんかん患者185例を対象に,他の抗てんかん薬との併用療法下におけるgabapentin(600〜2,400mg/日)長期投与時の安全性および有効性を多施設共同非盲検試験にて検討した。投与期間は最長132週間であった。有効性評価項目のResponse Ratioは治療期間を通して発作頻度の減少を示した。また,発作頻度が50%以上減少した患者の割合は,48週後45.5%,96週後48.9%であり,長期的な発作抑制効果が認められた。主な有害事象は,傾眠,浮動性めまい,頭痛,倦怠感,複視など国内第III相試験と同様であり,長期投与により新たに発現する留意すべき有害事象は認められなかった。また,これらの有害事象はほとんどが投与初期に発現していた。以上の結果から,てんかん部分発作の併用治療において,gabapentinは長期投与に適した薬剤であると考えられた。
Key words :gabapentin, anti‐epileptic drug, partial seizure, refractory epilepsy, long‐term treatment

症例報告
●Milnacipran投与後に不安・焦燥が高まり激しい自傷に至った思春期うつ病の1症例
坂下和寛  辻敬一郎  堤祐一郎  石郷岡純
 抗うつ薬,特に選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の投与開始初期や用量増減時に不安・焦燥,易刺激性,衝動性,アカシジア,軽躁状態などといった多様な中枢刺激症状が賦活症候群(activation syndrome)として現われることがある。しかしセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)によるactivation syndromeの症例報告は少ない。今回我々は17歳男性のうつ病例で,milnacipranの投与開始・増量に伴って不安・焦燥が高まり,激しい自傷に至った症例を経験した。若年者であった点などこの症例におけるactivation syndromeの発生リスクを高めた要因を検討したうえで,SSRIに比較して鎮静作用が弱く抗うつ作用の発現が早いという薬理学的特性も踏まえて,milnacipranによるactivation syndromeについて考察した。
Key words :milnacipran, SNRI, activation syndrome, self―injury, akathisia

●Aripiprazoleの初発例(3例)への使用経験――新世代抗精神病薬を「新世代」として使うために――
大下隆司
 新世代抗精神病薬であるaripiprazoleは,これまでの抗精神病薬とは異なる治療アプローチを必要とする薬剤であり,従来とは違った投与方法・処方計画が必要となる場合がある。今回,aripiprazoleを,統合失調症の初発例3例に使用した経緯を報告する。3例ともに,aripiprazoleは3〜6mg/日で開始し,早い時期に6〜30mg/日の範囲で増量した。Aripiprazole投与期間中に出現した不眠,頭痛,アカシジア様症状などの副作用は,いずれも軽微であり,aripiprazoleの用量の変更やベンゾジアゼピンなどの補助薬を数週間併用することにより対応できた。Aripiprazoleの効果を確認するためには,4〜12週間程度の観察が望ましいと考えられた。いずれの症例もaripiprazoleの治療により,著しく社会生活機能が改善した。今回の症例よりaripiprazoleを使いこなす方法に関するヒントが得られたので,今後これを基にさらに使用を重ねて投与方法を確立し,統合失調症治療の第一選択薬として使用する際の指針としたい。
Key words :aripiprazole, schizophrenia first episode, etiology―self―healing model, dopamine system stabilizer, new generation antipsychotics

総説
●海外データに基づくtopiramateの基礎と臨床
兼本浩祐
 Topiramateは,強力な抗てんかん作用を持ち,部分てんかん・全般てんかんのいずれに対しても有効性が認められている薬剤である。発売当初は,高次大脳機能に対する影響が指摘されることが多かったが,低い初期用量からのslow titrationで至適用量まで漸増することで,副作用の発現を回避できることが多いことが使用経験の蓄積から分かってきている。てんかん原性に関わると考えられるAMPA受容体機能の抑制作用を有し,その神経保護作用からてんかん原性そのものへの有効性も話題となっている。Topiramateには,頻度は低いものの発汗減少,体重減少,腎・尿管結石などの特有な副作用がみられるが,既存の抗てんかん薬の多くにみられるStevens―Johnson症候群などの重篤な副作用は現時点では確認されていないことから,比較的安全な抗てんかん薬である。海外での使用経験からは,部分てんかん,全般てんかんを問わず,単剤投与でも有効性が確認されており,新たな標準治療薬となる可能性を秘めた薬剤である。
Key words :topiramate, epilepsy, anti―epileptic drug, pharmacology, AMPA receptor


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