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展望
●薬物療法のエビデンスをどのように日常臨床に活かすか
坂元 薫
 精神科薬物療法のエビデンスを日常臨床に活かす過程の第一歩として,精神科薬物療法の現状を批判的に概観した。多剤併用・大量投与,抗うつ薬の少量漫然投与,ベンゾジアゼピン系抗不安薬の多用,処方の不適切な変更,粗雑な診断・安易な処方,患者のアドヒアランスの盲信などの点を挙げた。次にエビデンスを臨床に活かす4つのステップを概観したうえで,エビデンスを手軽に日常臨床に適用できるように開発された治療ガイドラインのうち代表的なものを概説し,その有効性と限界に触れ,臨床使用上の留意点について述べた。またエビデンスそのものの陥穽ならびに臨床応用上の問題点について指摘し,そうした点を克服するため近年行われたreal―world practiceに即した大規模臨床試験の1つであるCATIE研究の紹介を通して,精神科薬物療法のエビデンスを効率的かつ適切に日常臨床に活かすヒントを探ってみた。
Key words :evidence based psychiatry, polypharmacy, PECO, treatment guideline/algorithm, CATIE

特集 日常臨床とエビデンスのギャップを探る
●うつ病に対するmethylphenidateの是非
安部川智浩  伊藤侯輝  小山 司
 Methylphenidate(MPH)の主な薬理作用は,ドパミン神経終末でのドパミントランスポーターを介したドパミン再取込み阻害により,シナプス間隙のドパミン濃度を増加させることにある。MPHの適用として,難治性うつ病,遷延性うつ病に対する抗うつ薬との併用があげられる本邦の状況は,諸外国と比べて特異であり,その効果については二重盲検法による十分なエビデンスに欠ける。薬物による人為的な辺縁系ドパミン神経伝達の賦活は,一過性の爽快感,快感による苦痛からの解放を体験させるが,一方で,乱用,依存につながり,幻覚・妄想などの精神病症状を惹起する危険性も内包する。したがって,現状においては,MPHを治療抵抗性うつ病のみならずうつ病の治療として積極的に位置づける状況にない。抗うつ薬に治療抵抗性のうつ病の病態の1つとして,辺縁系ドパミン伝達の低下が想定されるが,こういった症例にMPHを使用選択する前に,性格要因や心理社会的環境を含めた全体像からみたうつ病診断の適非の検討,治療抵抗性の真否の検討がなされるべきである。治療抵抗性うつ病に対しては,薬物療法による辺縁系ドパミン神経伝達賦活への過度な期待を慎み,認知行動療法や精神療法との統合に,全人的な病としてのうつ病への治療論を高めていく必要があると考える。
Key words :methylphenidate, treatment resistant schizophrenia, dopamine

●うつ病に対するsulpirideの有用性とエビデンス
金野 滋
 Sulpiride(SLP)はわが国で臨床使用されている向精神薬のなかで,その使用対象が統合失調症から抑うつ・不安状態,身体表現性障害など多彩な病態まで広がる特異な薬剤である。また,処方件数も常にトップクラスに位置している。一方で,そのようなSLPの臨床的あり方への問題意識も提出されている。現在,使用頻度が最も高いのは軽ないし中等症の抑うつ・不安状態に対してであるので,主として抗うつ薬としての現在までの試験成績を,エビデンスレベルを念頭に置きながら概観した。SSRI採用以降のSLP使用の実態,SSRIやD2受容体作動薬との併用の実情,副作用とそれへの対応についても具体的に述べ,近年,欧州で頻用されてきている極めて類似の構造を持つbenzamide系薬物amisulprideについても触れた。総合的に判断し,SLPに対し抗うつ薬としてのエビデンスレベルの高い試験はmeta―analysisが可能なまでに行われてはいないが,軽症ないし中等症の気分障害の抑うつ・不安状態に対し,SLPの治療効果は早期出現すると判断して良いと考える。抑うつ,不安などの感情・情緒や認知機能と前頭葉皮質DA神経系との関連についての所見が,最近,増えつつあり注目されている。今後のSLPの臨床使用に関する薬理的基盤の理解や前頭葉DA系に関する研究的知見を理解する一助となることを期待し,SLPの作用機序についてDA神経系への作用を介し抗うつ,抗不安作用を発現するという仮説を紹介した。
Key words :sulpiride, depression, antidepressant, SSRI, D2 receptor, autoreceptor, frontal cortex

●不安・気分障害に対するベンゾジアゼピンの役割と長期投与
中原理佳  張 賢徳
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の登場以降,うつ病のみならず不安障害に対しても,SSRIを第一選択薬として推奨するガイドラインが欧米を中心に作成されてきた。一方,特に欧米ではベンゾジアゼピン系薬物(BZD)の副作用が強調され,「危険な薬」とさえみなされる傾向がある。BZDの副作用としては眠気・ふらつき,認知機能障害が有名だが,常用量依存による長期服用も重大な問題である。これらの副作用は,BZD投与初期から短期間の投与で済ませようという意識と,BZD投与継続中に折に触れその必要性を検討する意識を処方医が持つことで,ある程度回避できる。強力で即効性のある抗不安効果というBZDの特性は臨床上必要なものであり,BZDの使用を過度に控える必要はないが,漫然と長期に投与することはよくない。非BZD系抗不安薬や抗不安効果を有する漢方薬の投与を検討したり,薬に頼り過ぎないように導く認知行動療法的アプローチが必要である。
Key words :benzodiazepine, SSRI, anxiety disorder, mood disorder

●Tandospirone(セロトニン1Aアゴニスト)の位置づけと可能性
美根和典  村田雄介
 Tandospironeは本邦で使用可能な唯一のセロトニン1Aアゴニストである。依存性はないがベンゾジアゼピンに比べて抗不安作用が弱いとされ,その使用場面は限られていた。予備的臨床研究により,これまで最も一般的に用いられてきた30mg/日という投与量では必ずしも有効血中濃度に達せず,60mg/日の投与がより確実な抗不安作用を発現するのではないかと考えられる結果が示された。またラットの恐怖条件付けストレス誘発フリージング行動モデルを用いてその薬物動態学的・薬力学的根拠を示した。まだ予備的研究段階ではあるがparoxetineと十分な投与量のtandospironeとの併用によるいわゆるセロトニン強化療法は,難治性のうつ病性障害および初回治療例において優れた治療効果を示すことを示唆するとともに,本療法の文献的考察を行った。
Key words :tandospirone, paroxetine, serotonin augmentation

●単極性うつ病に対するlithium強化療法の効果
吉野相英
 単極性うつ病の標準的な初期治療は抗うつ薬の単剤治療であるが,この治療に充分反応しない場合,第2段階の治療戦略として,抗うつ薬の高用量投与,別の抗うつ薬への切り替え,抗うつ薬の併用,抗うつ薬の強化療法が検討される。この多様な選択肢の中で,lithium強化療法は最高レベルのエビデンスを有する有効率45%の治療法であり,ほとんど全ての治療アルゴリズムに組み込まれている。にもかかわらず,日常臨床においてlithium強化療法が選択されることは意外と少ない。このギャップの理由として,保険適応外使用であることがまずは考えられるが,lithiumの安全性,利便性,忍容性に対する懸念も影響しているかもしれない。また,新世代抗うつ薬,非定型抗精神病薬に比べて,宣伝や露出が少ないことも理由の1つかもしれない。この強化療法よりも有効なnext stepの治療法が発見されていない以上,lithium強化療法を今一度見直してみたい。
Key words :augmentation, evidence, lithium, major depressive disorder, treatment algorithm

●非定型抗精神病薬の非定型的適用のエビデンス
黒木俊秀
 現在,非定型抗精神病薬の適用は,統合失調症以外の様々な非精神病性障害へと広がりつつある。米国では双極性障害に対する適用が既に確立しており,その他,単極性うつ病,強迫性障害,外傷後ストレス障害などの不安障害,さらにパーソナリティ障害などに対する有効性を検証した二重盲検比較試験が報告されている。それらは,少数例を対象にしたパイロット研究が大部分であり,治療抵抗性症例に対してセロトニン再取り込み阻害薬に非定型抗精神病薬を追加投与する増強療法の効果を検討したものが多い。報告されているもののなかでは,治療抵抗性強迫性障害に対する非定型抗精神病薬による増強療法の有効性のエビデンスが比較的強いが,反応率は30%程度に止まる。以上のように,非定型抗精神病薬は幅広い適応症を有するという印象を与えるが,まだ十分なエビデンスが蓄積されているわけではなく,日常臨床における適用外使用にはなお慎重さが求められる。
Key words :atypical antipsychotic drugs, off―label use, mood disorder, anxiety disorder, personality disorder

●第一世代の抗うつ薬・抗精神病薬の役割
伊賀淳一  沼田周助  大森哲郎
 第一世代の抗うつ薬・抗精神病薬の役割について,第2あるいは第3選択薬としての意義に焦点を絞って考察した。第二世代抗うつ薬に反応がない場合,第一世代抗うつ薬に切り替える手段は有効ではあるが,別の第二世代抗うつ薬に切り替える手段に優越するとはいえそうもない。いくつかの第二世代抗うつ薬に治療抵抗性の場合は,lithiumなどを使用する増強療法とともに,個々の薬理作用を吟味した上での第一世代抗うつ薬も選択肢となる。抗精神病薬については,第二世代抗精神病薬が効果不十分の際に,別の第二世代抗精神病薬への切り替えが有力な選択肢となることが示唆されている。第一世代抗精神病薬もアウトカムのとり方によっては第二世代抗精神病薬と同等または優越する有効性を持つことが示唆されており,いくつかの第二世代抗精神病薬が無効な場合は,適量の第一世代抗精神病薬に切り替えることも選択肢となる。
Key words :antidepressants, antipsychotics, first generation, second generation, switching

原著論文
●急性期統合失調症におけるolanzapine口腔内崩壊錠またはrisperidone内用液単剤による入院治療経過の特徴
渡部和成
 本研究は,10人の急性期統合失調症の入院治療でolanzapine口腔内崩壊錠(OlzODT)またはrisperidone内用液(RisOS)の単剤治療を行い,その入院治療経過の特徴を抽出することを目的とした。BPRSとクライエント・パス(患者自身による治療評価)の2つを治療経過の評価に用いた。全例で他の向精神薬の併用は必要としたものの,OlzODTまたはRisOSによる単剤治療を入院中継続できた。退院時では,全例で抗パーキンソン薬の併用はなく4人で併用向精神薬はなかった。すなわち,この単剤入院薬物療法は,処方の単純化を可能にする治療法の1つであろうと考えられる。薬物治療効果については,10人全体でもOlzODT治療群(6人)とRisOS治療群(4人)の各々でも同様であり,精神症状はパスの初期から著明に改善しその後緩やかに改善していく経過が見られた。しかし初期での症状改善はOlzODT治療群でより著明であった(p=0.024)。幻覚・妄想症状も両群でパスの初期で大きく改善していたが,OlzODT治療群でより明らかであった(p=0.031)。これらの結果は,抗精神病薬治療効果のearly―onset hypothesisを支持するものであった。しかし,本研究が無作為化試験ではないこと,例数が少ないこと,パスでの評価者間誤差などの影響を排除できないことから,本研究の解釈には限界があると考えられる。OlzODTとRisOSの使用薬用量についても考察した。
Key words :monopharmacy, olanzapine orally disintegrating tablets, risperidone oral solution, process of acute treatment, schizophrenia

●Risperidone内用液分包品治療によるアドヒアランス向上と再発予防効果の検討
住吉秋次
 Risperidone内用液分包品の水なしで飲める利便性等がアドヒアランスの向上に繋がる可能性を考え,DAI―10と独自に考案した調査票を用いて,薬剤選択等に関する認識調査を行ない検討した。切替え例ではrisperidone錠剤からの切替えも含めて,アドヒアランスが高まり処方通りに服用する率も高まった。Risperidone内用液は口腔内で吸収されるため即効性があるとの報告が多いが,少量の液剤のみでは唾液分泌は少なく,口腔内のpH値はそれほど上昇せず吸収は困難である。錠剤との効果発現の違いは,多分に飲みやすさ飲ませ易さからくる心理的要因が大きいと思われる。アドヒアランスが向上し等量の薬剤でも服用率が高まることが症状の更なる改善に,また処方量の減薬にも繋がると推測され,risperidone内用液分包品は統合失調症の維持治療に適した剤型の1つとして推奨できる。
Key words :risperidone oral solution, adherence, schizophrenia, interview

症例報告
●Sertralineにより3日間で著効を認めた未成年のうつ病患者の報告
大塚明彦
 最近,いじめによる未成年の自殺が社会問題化しているが,これには少なからずうつ病が関与していると考える。今日のうつ病診断法は成人を主としており,言語表現や感情表現が未発達な未成年への活用は困難であるが,日内変動と睡眠障害といったサーカディアンリズムの異常を中心にした「脳ナビ」は,成人だけでなく未成年にも有効な診断ツールである。この脳ナビを用いてうつ病と診断され,三環系抗うつ薬で奏効しなかった未成年の患者に,寝起きの改善を主目的に定め,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であるsertralineに変更したところ3日間で著効を認めた。これらのことから脳ナビを用いた診断と効果発現の速いsertralineの投与は未成年のうつ病に有用な可能性が示唆された。
Key words :sertraline, selective serotonin reuptake inhibitor, circadian rhythm, brain navigation, diagnosis of depression

総説
●第2世代抗精神病薬の神経保護作用を生かした新しい統合失調症の治療戦略について
菊山裕貴  宮本聖也  吉田祥  花岡忠人  岡村武彦  渡辺正仁  米田博
 統合失調症の脳画像研究により,進行性の脳灰白質の体積減少が報告されており,その原因として興奮毒性,アポトーシス調節因子の変化や神経栄養因子の低下が関与していることが考えられている。Olanzapineをはじめとする第2世代抗精神病薬は,アポトーシス抑制作用,神経栄養因子の発現増加作用,神経幹細胞の分裂増殖能亢進作用などの神経保護作用を持つため,統合失調症の脳構造異常の進展防止,さらには可塑的変化を調整する可能性がある。こうした抗精神病薬の神経保護作用は,脳構造異常の是正に関与する可能性があり,最終的には認知機能障害の改善,再発率の低下が期待できる。第2世代抗精神病薬の神経保護作用を生かした治療戦略は,統合失調症の急性期における陽性,陰性症状の改善効果だけではなく,慢性期における病態の進行を遅らせ,長期予後の向上にも寄与するものと思われる。
Key words :schizophrenia, apoptosis, immune system, neuroprotective effect, second―generation antipsychotics

●抗精神病薬の剤形とアドヒアランス――新たな口腔内崩壊錠の導入――
吉尾 隆
 統合失調症治療の基本は抗精神病薬を中心とする薬物治療であり,長期にわたるものである。その目標は,急性期には行動管理や興奮,幻覚妄想などの精神症状を改善することにあり,慢性期には陰性症状や認知機能の改善および再発を防止することにより社会復帰に繋げることにある。これらの目標を達成するためには,患者がその治療を理解し,治療を受けることを自らの意志で決定し,治療参加して服薬を遵守すること(アドヒアランス)が不可欠である。ところが,最近の調査では,約半数の患者が服薬していないという報告が見られる。アドヒアランスには様々な因子が影響するが,抗精神病薬の剤形もアドヒアランスに影響する重要な因子の1つである。従来は主に錠剤が用いられていたが,近年,内用液分包や口腔内崩壊錠など,服薬の利便性などを考慮した剤形が導入されつつあり,これらはアドヒアランスの向上に寄与するものと期待されている。第二世代抗精神病薬のさきがけとして登場したrisperidoneにはすでに内用液分包が導入されており,アドヒアランスを向上させることが示されているが,新たに口腔内崩壊錠が導入される予定である。Olanzapineの口腔内崩壊錠とは異なる製剤的特徴を有するrisperidone口腔内崩壊錠の導入は統合失調症患者の薬物治療における選択肢を増やし,アドヒアランスのさらなる向上をもたらすものと期待される。
Key words :antipsychotics, adherence, orally disintegrating tablet, risperidone, olanzapine

●塩酸パロキセチン水和物の有効性・安全性の総括――市販後調査より――
上島国利  中村純  坪井康次  樋口輝彦
 Paroxetineの市販後調査を総括し,これまでに得られた有効性,安全性に関する知見をまとめた。今回のレビューの対象となったのは,市販後臨床試験および市販後の使用実態下における調査の合計4,363例であった。Paroxetineの副作用発現率は初回投与量,最大投与量,年齢,併用薬の有無にかかわらずほぼ一定であった。また,paroxetineのうつ状態・うつ病に対する有効率は年齢,病相回数,不安障害の有無などの患者背景による大きな違いを認めなかった。12週間投与により約70%の症例が寛解に至り,これらの患者のQOLの改善も証明された。Paroxetineは本邦において長期投与,ベンゾジアゼピン系抗不安薬との併用,QOLなど,多角的に有効性および安全性が検討されている。
Key words :paroxetine, post marketing surveillance, post marketing clinical trial

紹介
●Agitation―Calmness Evaluation Scale(ACES©)精神運動興奮と鎮静の評価尺度
小野久江
 精神運動興奮を呈する患者においては急速鎮静が必要とされることがある。かつては,急速鎮静の治療ゴールは睡眠を伴う鎮静だと考えられていたが,近年では不必要な睡眠を伴う鎮静は逆に好ましくない事象とみなされており,急速鎮静の治療ゴールは睡眠を伴わない鎮静であると考えられている。そして,急速鎮静を目標とした薬物の有効性・安全性を臨床研究で評価するには,精神運度興奮から睡眠を伴う過度の鎮静までを連続的に評価できる指標が必要となる。このため,1998年にイーライリリー社は,Agitated―Calmness Evaluation Scale(ACES©)を開発した。ACES©はすでに多くの海外臨床試験で使用され,その信頼性は検討されている。今後,本邦においてもその使用が期待されるため,ACES©日本語版をここに公表することとした。
Key words :ACES©, calming, sedation, rapid tranquilization, olanzapine


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