●物質使用障害を併発した触法精神病例の薬物治療・心理社会治療
松本俊彦 今村扶美 吉澤雅弘 平林直次
心神喪失者等医療観察法は物質使用障害の治療を想定していない制度であったが,法律が施行となって1年以上を経過した現在,指定入院医療機関に入院する対象者のなかには,慢性精神病に物質使用障害が併発している症例は決して少なくなく,物質使用障害に対する治療プログラムが必要とされている状況にある。本稿では,こうした物質使用障害を併発する触法慢性精神病例に対する薬物治療,ならびに心理社会治療のあり方を概説したうえで,心神喪失者等医療観察法の枠組みにおいて物質使用障害の治療を行うことの意義と問題点を指摘した。最後に,慢性精神病を併発する場合には,物質使用障害と慢性精神病の双方に対して,同時的かつ包括的に医療を提供する必要があり,物質使用障害に対しては,心神喪失者等医療観察法による医療と一般精神医療のいずれでも継続的な治療がなされるべきであることを主張した。
Key words :substance use disorder, chronic psychosis, dual diagnosis, forensic psychiatry, Medical Treatment and Supervision Act
●重大な犯罪を犯した統合失調症患者とデポ剤治療
藤井康男
一般の統合失調症患者における薬物コンプライアンスやデポ剤などの治療戦略が司法的問題をおこした統合失調症患者にも適応可能と考えて,従来からの考え方を概説し,最近の変化も含めてまとめた。そして,欧米で行われている強制通院制度とデポ剤との関係を記述し,最後に我が国の医療観察法の中でのデポ剤治療について整理した。医療観察法の中での抗精神病薬治療については,治療ガイドラインなどでもっと具体的にとりあげるべきであり,特にデポ剤については,医師だけでなく,治療チーム全体の理解が求められるので,今後は医療観察法の研修にも取り入れることが望ましい。
Key words :forensic patient with schizophrenia, depot neuroleptics, long―acting injectable antipsychotics, compliance
●指定通院医療機関の課題と薬物療法――民間病院の立場から――
松原三郎
心神喪失者等医療観察法では,入院によらない医療について,指定通院医療機関が受け持つこととなっている。また,保護観察所による精神保健観察も行われ,医療面と生活支援面とがケア会議を基盤として総合的に提供される。しかし,通院処遇は我が国においては,初めての経験であり,戸惑いは隠せない。それは,通院処遇における各種治療法が確立していない,通院処遇にかかわる人員が圧倒的に不足している,居住施設が不十分である等,結果としてケア会議で策定される処遇の実施計画そのものが不十分なものに終わっている現状がある。精神障害者を地域で支えることの重要さは誰しもが認識していることであるが,わが国の精神医療では,この点が脆弱であり,このことが医療観察法の施行によってますます浮き彫りになったと言える。この問題について比較的総合的な力をもつ民間精神科病院が積極的に協力をしているが,十分に応えることができる状況ではない。
Key words :forensic psychiatry, community treatment order, designated hospitals for outpatient care
●医療観察法による医療における対象者の人権擁護
五十嵐禎人
医療観察法による医療は,従来の精神保健福祉法による強制入院と比較して,より法的拘束力の強い性格をもつ医療であり,医療観察法においては,一般の精神科医療以上に,対象者の人権擁護のための配慮が必要と考えられる。本稿では,医療観察法の入院による医療について,医療観察法の法文や入院処遇ガイドラインに定められている人権擁護に関するシステムについて解説した。医療観察法の入院による医療は,行動の制限や処遇基準,処遇改善請求に関しては,従来の精神保健福祉法による入院と同様の人権擁護システムを備えている。また,入退院の決定に関する裁判所の関与や対象者の同意に基づく医療を原則とし,同意が得られない場合には外部の精神科医も参加する倫理会議による評価を行うことなど,従来の精神保健福祉法による入院より手厚い人権擁護のためのシステムを備えているといえる。
Key words :medical treatment and supervision act, human rights, forensic mental health services
■短報 ●パニック障害のTemperament and Character Inventory(TCI)による人格特性と治療および症状による影響
新田真理 服部美穂 成田智拓 梅田和憲 岩田仲生
パニック障害では,疾患依存的に損害回避が高いとされるが,損害回避は不安やうつ状態にも依存するとされている。そこで本研究は,パニック障害患者のparoxetine治療前後におけるTemperament and Character Inventory(TCI)で測定された人格特性の変化について,パニック症状および抑うつ症状の変化を加味して検討した。対象は精神科外来通院患者でDSM―IV分類によりパニック障害と診断された32名である。Paroxetine治療前後に,パニック症状の重症度評価としてPanic Disorder Severity Scale日本語版(PDSS―J)を用い,人格特性の評価は日本語版TCI(125項目)を用いて評価した。Paroxetine治療にてパニック症状とうつ状態は改善した。健常者との比較で,パニック障害は治療評価期間を通して高い損害回避が認められた。さらにパニック障害患者の治療前後の比較では,低い自己志向が治療に伴い健常者に近づく傾向が認められた。これらのことより,TCIで測定されたパニック障害の人格特性において自己志向は症状依存性があるが,損害回避は疾患依存的に高値をとり,短期治療ではほとんど改善しない可能性があることが示唆された。
Key words :temperament and character, panic disorder, paroxetine, harm avoidance, personality