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展望
●医療観察法における治療環境の進歩と問題点
村上 優
 医療観察法による医療は,現在指定入院施設10ヵ所(病床数279床)をはじめ,鑑定入院施設,指定通院施設など新しい精神医療を展開している。対象者の85%は統合失調症圏で,人格障害や物質使用障害及び精神遅滞や発達障害などの重複障害を有するものが多くみられる。入院者の対象行為は殺人が40%と他害行為の深刻さを表している。入院医療の特徴は疾病と対象行為の関係性(内省・洞察),安全な社会復帰の促進,多職種チームによる多様な治療,アメニティとセキュリティの両立した環境,個別性を重視し急性期・回復期・社会復帰期について目標設定,処遇の決定プロセスへの対象者の参加などを治療システムに組み込んでいる。通院処遇となった社会復帰対象者の支援体制が重要であるが住居や多職種チームの確保,危機介入の方法論や適切な配置,財政的な体制などは今後の課題である。また社会復帰を促進するには,リスクアセスメント・マネージメントの方法論を検討すべきである。
Key words :forensic psychiatry, treatment program, multi―disciplinary team, cognitive behavior therapy, insight

特集 医療観察法と薬物治療
●医療観察法指定入院病棟における薬物療法
黒木まどか  須藤 徹  中川伸明
 「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律(以下「医療観察法」とする)」では,社会復帰を目指して治療が行われる。その薬物療法は,原則的には一般の精神医療と同一である。しかし,他害行為の最大のリスク要因は過去の他害歴であるとされ,医療観察法の性質上,他害行為の防止に治療の重点が置かれるのは当然のことである。一方で,対象者の人権を守るために,「同様の行為が病状の悪化によるものである」という評価は厳密に行わねばならない。このため,症状悪化による他害行為に至る可能性のリスク評価と適切な介入指針の策定が必須とされる。一般医療に比し,他害行為のリスクからみた再発予防や再発時の適切な対処技能の獲得に重点を置くことが要請される。このため,いくつかの特徴的な薬物療法実施上の戦略がある。本稿では,肥前精神医療センターで実践されている薬物療法の例を示し,これによる他害リスク軽減の試みを論じたい。
Key words :forensic psychiatry, pharmacotherapy, rehabilitation, multi―disciplinary team, risk assessment and management

●わが国の司法精神医療における治療抵抗性統合失調症――Clozapineに期待される役割――
川上宏人
 治療抵抗性統合失調症患者は常にある一定の割合で存在している。適切な薬物治療を行っても再燃や急性増悪を繰り返し,時には問題行動を起こすこともあるため,長期の入院を余儀なくされることも少なくない。指定入院医療機関においては,収容される患者の特殊性から,通常の入院施設よりも高い割合で治療抵抗性患者の問題に直面する可能性がある。治療抵抗性患者の入院が長期化することで,指定入院医療機関の運営に支障をきたすようなことになれば深刻な問題となりかねない。Clozapineは海外において治療抵抗性患者に対する切り札的位置づけを確立している薬物であり,それ以外にも攻撃性・衝動性を改善する効果,再発率が低い点,自殺を減らす効果などが知られている。その一方で,顆粒球減少,無顆粒球症や心筋炎,心筋症といった重篤な副作用や,急激な中断による精神症状の著しい悪化のおそれがあることなど,使用する上での難しさも知られている。その使用においては事前に患者の同意が必要であり,使用中には定期的な血液検査によるモニタリングを行い,副作用の発現に備えて身体症状への対応可能な施設との連携なども必要となる。現在わが国での導入に向けて臨床治験中であるが,clozapineの使用が可能となった場合には司法精神医療の場面においてもその効果を発揮することが期待される。実際,海外では触法精神病患者の予後を改善させる効果についての報告も散見されており,今後わが国の医療観察法に基づく治療を行う施設も,その使用を見据えた現実的な検討がなされるべきであり,必要な設備やシステムなどの整備や,使用上必要な知識の研修がなされることが望まれる。
Key words :clozapine, forensic psychiatry, agranulocytosis, treatment―resisitant schizophrenia

●物質使用障害を併発した触法精神病例の薬物治療・心理社会治療
松本俊彦  今村扶美  吉澤雅弘  平林直次
 心神喪失者等医療観察法は物質使用障害の治療を想定していない制度であったが,法律が施行となって1年以上を経過した現在,指定入院医療機関に入院する対象者のなかには,慢性精神病に物質使用障害が併発している症例は決して少なくなく,物質使用障害に対する治療プログラムが必要とされている状況にある。本稿では,こうした物質使用障害を併発する触法慢性精神病例に対する薬物治療,ならびに心理社会治療のあり方を概説したうえで,心神喪失者等医療観察法の枠組みにおいて物質使用障害の治療を行うことの意義と問題点を指摘した。最後に,慢性精神病を併発する場合には,物質使用障害と慢性精神病の双方に対して,同時的かつ包括的に医療を提供する必要があり,物質使用障害に対しては,心神喪失者等医療観察法による医療と一般精神医療のいずれでも継続的な治療がなされるべきであることを主張した。
Key words :substance use disorder, chronic psychosis, dual diagnosis, forensic psychiatry, Medical Treatment and Supervision Act

●重大な犯罪を犯した統合失調症患者とデポ剤治療
藤井康男
 一般の統合失調症患者における薬物コンプライアンスやデポ剤などの治療戦略が司法的問題をおこした統合失調症患者にも適応可能と考えて,従来からの考え方を概説し,最近の変化も含めてまとめた。そして,欧米で行われている強制通院制度とデポ剤との関係を記述し,最後に我が国の医療観察法の中でのデポ剤治療について整理した。医療観察法の中での抗精神病薬治療については,治療ガイドラインなどでもっと具体的にとりあげるべきであり,特にデポ剤については,医師だけでなく,治療チーム全体の理解が求められるので,今後は医療観察法の研修にも取り入れることが望ましい。
Key words :forensic patient with schizophrenia, depot neuroleptics, long―acting injectable antipsychotics, compliance

●指定通院医療機関の課題と薬物療法――民間病院の立場から――
松原三郎
 心神喪失者等医療観察法では,入院によらない医療について,指定通院医療機関が受け持つこととなっている。また,保護観察所による精神保健観察も行われ,医療面と生活支援面とがケア会議を基盤として総合的に提供される。しかし,通院処遇は我が国においては,初めての経験であり,戸惑いは隠せない。それは,通院処遇における各種治療法が確立していない,通院処遇にかかわる人員が圧倒的に不足している,居住施設が不十分である等,結果としてケア会議で策定される処遇の実施計画そのものが不十分なものに終わっている現状がある。精神障害者を地域で支えることの重要さは誰しもが認識していることであるが,わが国の精神医療では,この点が脆弱であり,このことが医療観察法の施行によってますます浮き彫りになったと言える。この問題について比較的総合的な力をもつ民間精神科病院が積極的に協力をしているが,十分に応えることができる状況ではない。
Key words :forensic psychiatry, community treatment order, designated hospitals for outpatient care

●医療観察法による医療における対象者の人権擁護
五十嵐禎人
 医療観察法による医療は,従来の精神保健福祉法による強制入院と比較して,より法的拘束力の強い性格をもつ医療であり,医療観察法においては,一般の精神科医療以上に,対象者の人権擁護のための配慮が必要と考えられる。本稿では,医療観察法の入院による医療について,医療観察法の法文や入院処遇ガイドラインに定められている人権擁護に関するシステムについて解説した。医療観察法の入院による医療は,行動の制限や処遇基準,処遇改善請求に関しては,従来の精神保健福祉法による入院と同様の人権擁護システムを備えている。また,入退院の決定に関する裁判所の関与や対象者の同意に基づく医療を原則とし,同意が得られない場合には外部の精神科医も参加する倫理会議による評価を行うことなど,従来の精神保健福祉法による入院より手厚い人権擁護のためのシステムを備えているといえる。
Key words :medical treatment and supervision act, human rights, forensic mental health services

原著論文
●横浜市立大学附属病院神経科における統合失調症外来患者の処方調査――抗精神病薬を中心に――
大塚達以  都甲 崇  池田英二  中村慎一  平安良雄
 第二世代抗精神病薬はその優れた効果と副作用の少なさから統合失調症治療において広く使用され,特に第一世代薬から第二世代薬への切り替えと処方の単剤化が推奨されるようになった。しかしながら,わが国では多剤併用・大量療法が広く行われており,薬剤の選択肢が広がった分さらに多剤併用・大量療法が進んでいるとの指摘もある。今回われわれは,横浜市立大学附属病院神経科外来通院中の統合失調症患者の処方調査を行い,現時点での処方実態を検証した。その結果,単剤が全体の49%を占め,chlorpromazine換算用量では500mg未満が58%であった。また第二世代薬の処方率は72%であり,統合失調症の治療において第二世代薬が中心となっていることが窺えた。その一方で,第二世代薬を含む「多剤併用・大量療法」が行われている症例も少なからずみられ,特に“男性”と“入院回数の多い”症例でその割合が高かった。
Key words :schizophrenia, outpatient, high―dose antipsychotic polypharmacy

●Risperidone oral solutionの睡眠障害に対する即時効果――未治療の統合失調症者を対象としたPSGによる検討――
小鳥居 望
 近年,risperidone内用液(以下,Ris―OS)においては治療導入や不穏時での有用性とともに睡眠改善作用も注目されているが,実際にRis―OSが睡眠動態に与える影響についてはいまだ詳細な検討はされていない。そこで治療歴のない統合失調症の初発患者9名の終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)を実施し,急性期の睡眠障害の特徴をあらためて検討した上で,Ris―OSの投与前後に生じるPSG上の睡眠動態の変化を観察し,視覚的アナログスケールによる自覚評価と合わせて,その即効性を検討した。その結果,Ris―OS就寝前投与は単回使用でも睡眠の持続性の改善と睡眠段階2の著明な増加をもたらし,「中途覚醒」と「熟眠困難」の2項目で有意に自覚評価を改善させた。これらのRis―OSの睡眠障害への効果は一部ベンゾジゼピン系薬物がもたらす影響に類似しており,統合失調症の不眠治療に様々な形で応用できる可能性があることを指摘した。
Key words :acute schizophrenia, sleep, polysomnography, risperidone oral solution, single dose

●精神科医による後発医薬品の認識・評価および使用状況――一般内科医を対照として――
本田義輝  齋藤秀之
 精神科医による後発医薬品(以下,後発品)の使用状況並びに後発品に対する認識・評価を,一般内科医を対照として,郵送調査法にて検討した。精神科医は,内科医に比べて後発品に対する許容度が高く,品質や効果,副作用等の点で先発医薬品との同等性を認める傾向が強いことが確認された。しかしながら,同等性のレベルや同等性判定の許容範囲等に関する情報は正確には理解されておらず,また,品質や副作用等の違いを経験した割合は内科医とほぼ同程度であり,さらには,後発品を処方する最大の理由として勤務施設の方針に従うことが挙げられたことなどから総合的に判断すると,内科医に比べ精神科医の方が後発品を受け入れやすい要因としては,後発品自体に対する評価の高さよりは,経営方針や診療報酬等の影響が大きいものと推察された。統合失調症やうつ病・うつ状態に対する治療薬として中核となりつつある非定型抗精神病薬や選択的セロトニン再取り込み阻害剤(SSRI),セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤(SNRI)については,現在のところ後発品は上市されていないが,これらの薬剤に対する処方見込みは他剤に比べ高いことから,安全かつ適正な薬物療法の遂行のためには,今後これらの薬剤の後発品が上市された際には,価格差を優先させた経営面からの短絡的な切り替えを行うことなく,品質や情報等に対する十分な事前検討と導入後の慎重な検証姿勢が不可欠と思われた。
Key words :generic drug, brand―name drug, psychoactive drugs, psychiatrist, bioequivalence

短報
●パニック障害のTemperament and Character Inventory(TCI)による人格特性と治療および症状による影響
新田真理  服部美穂  成田智拓  梅田和憲  岩田仲生
 パニック障害では,疾患依存的に損害回避が高いとされるが,損害回避は不安やうつ状態にも依存するとされている。そこで本研究は,パニック障害患者のparoxetine治療前後におけるTemperament and Character Inventory(TCI)で測定された人格特性の変化について,パニック症状および抑うつ症状の変化を加味して検討した。対象は精神科外来通院患者でDSM―IV分類によりパニック障害と診断された32名である。Paroxetine治療前後に,パニック症状の重症度評価としてPanic Disorder Severity Scale日本語版(PDSS―J)を用い,人格特性の評価は日本語版TCI(125項目)を用いて評価した。Paroxetine治療にてパニック症状とうつ状態は改善した。健常者との比較で,パニック障害は治療評価期間を通して高い損害回避が認められた。さらにパニック障害患者の治療前後の比較では,低い自己志向が治療に伴い健常者に近づく傾向が認められた。これらのことより,TCIで測定されたパニック障害の人格特性において自己志向は症状依存性があるが,損害回避は疾患依存的に高値をとり,短期治療ではほとんど改善しない可能性があることが示唆された。
Key words :temperament and character, panic disorder, paroxetine, harm avoidance, personality

総説
●セロトニン受容体およびセロトニントランスポーター遺伝子多型が抗うつ薬の臨床効果に与える影響
加藤正樹  奥川 学  分野正貴  嶽北佳輝  木下利彦
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)を主とする抗うつ薬の治療反応性と有害事象発現に関し,各種セロトニン(5―HT)受容体およびセロトニントランスポーター(5―HTT)の遺伝子多型が及ぼす影響について概説した。5―HT受容体については種々の遺伝子多型が治療反応性と有意な関連を有するとの報告がある一方,関連を認めない報告も認められ,一定の知見は得られていない。また5―HTTの遺伝子多型である5―HTTLPRに関し,欧米ではlアレル保持による反応性増大を示唆する報告が多いが,アジアでは結果が統一しておらず,状況は混沌としている。しかし我々が最近実施したmeta―analysisでは,こうした試験結果に影響を与えるのは人種差よりもむしろ評価方法の違いであることが示唆された。うつ病患者における個別化適正治療の実現化へ向け,遺伝子多型に関するさらなる知見の蓄積が望まれる。
Key words :SSRI, antidepressant response, serotonin (5―HT) receptor, serotonin transporter (5―HTT), polymorphism

資料
●現在の日本における最終段階を含めた,統合失調症治療のアルゴリズム作成について
菊山裕貴  岡村武彦  小林伸一  北山幸雄  森本一成  太田宗寛  米田 博
 治療抵抗性であるためにどのような薬物治療を行うべきかが不明確となり,2剤あるいは多剤併用となったまま精神科病院に長期入院となっている患者群が存在する。この問題を解決するために,急性期治療から治療抵抗性の場合の最終段階の薬物治療までを含めたアルゴリズムを作成することを考えた。最終段階の薬物治療として,すぐに症状を改善できなくても,長期的な観点からどのような薬物療法で維持しておくのがよいかについて考えた結果,長期的に維持,継続することによりできる限り病気の進行を防止し,できる限り病状を改善する可能性がある,高い神経保護作用を持つ薬剤olanzapineを選択し,維持継続することとした。作成したアルゴリズムを使用した結果,慢性期病棟での単剤化率が向上し,治療抵抗性の統合失調症患者が存在する慢性期病棟であっても治療の最終段階を明確化することにより単剤化率は向上できることが示された。
Key words :schizophrenia, algorithm, neuroprotective effect, olanzapine


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