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展望
●薬物療法の限界から見えてくること――薬物療法の限界という視点から治療を概観する――
渡邊衡一郎  田 亮介
 各種精神疾患における薬物療法の限界の各論が論じられる前に,本章ではいかなる治療に際しても我々が考慮すべきポイントについて,歴史に目を向けながら検討する。最近治療抵抗性疾患の治療論が盛んになっているが,その際,改めて我々が正しく診断し,効果的とされる薬物を至適用量で十分な治療期間をもって使用しているか,さらにはアドヒアランスや周囲のサポート他に問題はないかなど,あらゆる面に配慮していくことが必要とされる。こうした点をクリアして初めて薬物療法の限界と考えるべきであろう。同時に精神療法的アプローチも求められ,それでも無効な場合,ようやく別の新しいツールを用いることが試みられるべきである。ただいかなる方法で治療するにしても,問題となる箇所を治すという局所的発想よりも,本来患者に内在している自己回復力を妨げることなく,むしろそれを刺激することを考えて取り組むことが肝要であると考える。
Key words :treatment resistant psychiatric disorders, homeostasis, oscillation, recovery, pharmacotherapy

特集 精神科薬物療法の限界―そのときどうするか
●臨床試験から見た精神科薬物療法の限界――うつ病,統合失調症の海外データを中心に――
大下隆司  石郷岡純
 第2世代抗精神病薬や新規抗うつ薬が次々と上市され,精神科薬物療法に注目が集まっている。しかし,これだけ新規薬が登場してきても,治療抵抗性の患者に有効であったという報告は期待された程には増えていないように思える。海外のデータから見ても,うつ病患者の30〜50%は三環系抗うつ薬に反応しないが,新規抗うつ薬が登場してもその値は変わっていない。統合失調症患者の約40%は第1世代抗精神病薬に反応しないが,第2世代抗精神病薬が登場してもその値は大きく変わっていない。うつ病や統合失調症の再発予防効果が高まったとするエビデンスも乏しく,服薬中止率も高い。Clozapineなど精神科薬物療法の限界を超える可能性のある薬物の導入が待たれる。我々臨床医は,今ある薬物の効果を限界まで高める臨床精神薬理学の知識を身につけることに加え,アドヒアランスを高める工夫をしていくことも求められている。
Key words :clinical trial, psychopharmacotherapy, limitation, major depression, schizophrenia

●統合失調症薬物療法の落とし穴
川上宏人
 統合失調症の治療において,間違ったことはしていないのに結果が出ないことがある。そういう時に見逃されやすいポイントについて考察した。急性期治療において,正しくない診断をすると治療はうまく行かない。症状の見極めが正しくないと誤った薬物の使い方をしたり,患者に余計な侵襲をかけてしまったり,リスク評価なしにECTを急いで有害事象を引き起こすなどの結果につながる。また,医者と患者,看護の関係の中で薬物療法へのバイアスがかかることにより,多剤併用が発生することもある。ノンコンプライアンスや多飲水など患者の症状を悪くしている原因に気づくことができないと,ますます治療の方向がおかしなものになる。慢性期における難問である治療抵抗性についても,ECTや高用量投与について是非を判断せずに切り札として用いてはいないだろうか? その患者は本当に治療抵抗性なのだろうか? 治療が難行する原因は患者側にはなく,治療者側の勘違いや思い込み,焦りなどが関係していることも多いが,それに気づくことは容易ではない。今回,そういった状況を治療の「落とし穴」としてピックアップし,それぞれについて解説した。
Key words :treatment―resistant schizophrenia, ECT, polydipsia, pharmacotherapy, olanzapine

●うつ病の薬物療法の限界――そのときどうするか――
森信 繁  田中和秀  市村麻衣  大川匡子  山脇成人
 難治性・遷延性・治療抵抗性うつ病といった慣用診断名があるように,抗うつ薬治療に反応の乏しい大うつ病の存在が報告されてきている。そして抗うつ薬抵抗性の病態には,lithium・甲状腺ホルモンによる抗うつ効果に対する増強療法,電気けいれん療法,認知行動療法などが推奨されている。本稿ではこのような新たな治療を開始する前に,病態診断を再検討する必要性について論じてみた。具体的な症例報告も含め,パーソナリティ障害,広汎性発達障害,認知症との鑑別について紹介した。難治性うつ病の治療については,抗うつ薬への増強療法と抗うつ薬併用療法について,最近の総説を参考にしながら簡単に報告した。うつ病の薬物治療が奏効しない場合には,次の治療法を検討する前に,まずこれまで行ってきた診断や治療の再検討が必要であろう。
Key words :treatment―resistant depression, personality disorder, presenile dementia, pervasive developmental disorders, differential diagnosis

●双極性障害の薬物療法の限界:躁転,ラピッドサイクラー化への対策
寺尾 岳
 双極性障害の治療においては,うつ病相における躁転やラピッドサイクラー化がしばしばクローズアップされる問題点であり,ひとつの限界と言えよう。その多くは,うつ病相において抗うつ薬を投与したために躁転したり,あるいは抗うつ薬で維持したために不安定となりラピッドサイクラー化したというものである。しかし最近では,抗うつ薬を双極性うつ病に投与することが本当に良くないのかという反論も一部に出ている。最近の文献を検討した結果,エビデンスの不十分なところも多く,現時点では確定的なことは言えないが,双極性うつ病に対し原則的にはやはり抗うつ薬はできるだけ使用せずに気分安定薬のみで経過を追うことが推奨される。しかし,実際には抗うつ薬を使わざるを得ないこともあるだろう。その場合には,ノルアドレナリン神経系を賦活しないSSRIsなどが望ましいと考えられる。実際にラピッドサイクラーを呈した時には抗うつ薬を中止し,valproateなどを投与することになる。近い将来,lamotrigineが本邦でも使えるようになる可能性があるが,これは双極性うつ病に対し急性効果や維持効果もあり,かつラピッドサイクラーに効果的という。この薬物によって,双極性障害の薬物療法の限界がさらに狭まるかも知れないと期待される。
Key words :bipolar disorder, manic switch, lithium, valproate, lamotrigine

●不安障害の薬物療法の限界と精神療法の役割
北西憲二
 幅広い対象に効果があるといわれるSSRIの登場は,不安障害の治療の常識を変えつつある。投与対象が不安障害の周辺領域に拡がり,あるいは病気といえないであろう人たちの「性格を変える薬」として利用されるようになり,米国でこの問題をめぐって生命倫理の立場から批判されている。この論議を取り上げ,不安障害の安易な医療化についての問題点を明らかにした。さらに不安障害の薬物療法と精神療法の役割について,治療の導入,回復のプロセス,治療の終結と再発予防の工夫,に分けて論じた。治療の導入では,薬物療法に対する万能的期待の修正,待つこと,回復のプロセスでは,悩みを抱えこむこと,観察すること,健康な力への注目,治療の終結と再発予防の工夫では,無力感への対処と自分の健康な力についての実感,の重要性を指摘した。患者の自然治癒力の尊重とその発揮こそ全ての治療の王道であり,この視点が不安障害における薬物療法と精神療法の統合の道を開くものと考えられる。
Key words :anxiety disorders, drug treatment, psychotherapy, medicalization, bioethics

●アルツハイマー型認知症の薬物療法――抗認知症薬の効能と限界――
杉山恒之  山口 登
 現在までに世界的に抗認知症薬として認可された薬剤は,アセチルコリンエステラーゼ阻害薬であるtacrine,donepezil,rivastigmine,galantamineの4種類,およびNMDA受容体阻害薬であるmemantineである。これらはアルツハイマー病(AD)の認知機能障害に対して一時的な進行の抑制を認め,悪化の遅延が期待できる。しかし臨床効果としてたとえ一時的改善が認められたとしても病態は確実に進行しており,臨床症状は徐々に悪化するのは事実である。その効果の限界としては,ただ一部の患者において,長期投与により病状の進行をほんの少し遅延できることが示唆されたにすぎない。すなわち対症療法(symptomatic treatment)であると言えよう。今後,最も重要なのは,ADの原因究明とそれに基づいた病態そのものに作用するdisease modificationの追究である。
Key words :anti―dementia drug, acethylcholinesterase inhibitor, donepezil, rivastigmine, galantamine

原著論文
●新規抗うつ薬(SSRI,SNRI)の有効性・安全性比較研究
青山 洋  大坪天平  幸田るみ子  太田晴久  富岡 大  鄭 英徹  林 正年  高塩 理  尾鷲登志美  三村 將  上島国利
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)であるfluvoxamine(FL)と,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるmilnacipran(MI)の外来うつ病患者に対する有用性および安全性を比較した。最終的に,FL群48例,MI群47例(男性61例,女性34例,平均年齢42.7±13.5歳)を評価対象とした。ハミルトンうつ病評価尺度(HAM―D)得点が8週以内に半分以下となった反応率は,full analysis set(FAS)解析でFL群が58.3%(28/48),MI群が55.3%(26/47)と差はなかった。また,HAM―Dが7点以下となった寛解率は,FL群が35.4%(17/48),MI群が44.7%(21/47)でやはり差はなかった。試験の中断率もFL群が47.9%(23/48),MI群が38.3%(18/47)で差はなかった。有害事象は,立ちくらみがFL群18.8%,MI群43.5%とMI群に多かった(p=0.01)。集中困難がFL群(FL群40.4%,MI群21.7%)に,口渇がMI群(FL群29.2%,MI群48.9%)に高い傾向であったが有意な差はなかった。中等症の外来うつ病患者を対象とした場合,FLとMIは有効性,安全性においてほぼ同等と考えられた。
Key words :SSRI, SNRI, fluvoxamine, milnacipran, RCT

症例報告
●Quetiapineが有効であった双極性うつ病の2例
戸田典子  河田隆介  渡邉昌祐
 Quetiapineの追加投与で著効を呈した双極性障害U型うつ病の2例を報告した。第1例,41歳男性例では,三環系抗うつ薬を中止して気分安定薬としてlithium carbonate,clonazepamにquetiapine150mgを追加した。第2例,36歳男性例では,三環系抗うつ薬を中止してlithium carbonate,clonazepamにquetiapine300mgを投与して著効が得られると同時に維持療法,予防療法にも効果が得られた。欧米で報告されているquetiapineの用量は150〜300mgであるので,本邦患者の場合の至適用量の研究が必要と考えられる。
Key words :quetiapine, bipolar depression, psychomotor retardation, tricyclic antidepressant, atypical antipsychotics

●Olanzapine口腔内崩壊錠が有用であった精神遅滞と統合失調症の合併例
白木淳子  出店正隆
 症例は精神遅滞と統合失調症を合併した52歳の男性。Y−39年(14歳時)に知的障害者更生施設に入所し,大きな問題なく経過していたが,Y年2月,薬剤整理と環境変化を契機として急性増悪を来たした。理解力不足や被毒妄想のために服薬に対する拒絶が強く,順次処方されたrisperidone内用液,olanzapine錠,olanzapine細粒は吐き出してしまっていた。Y年7月に処方されたolanzapine口腔内崩壊錠は規則的に服用することができ,これにより速やかに精神症状の改善が得られた。Olanzapine口腔内崩壊錠は,病識が乏しい急性期統合失調症患者に対する有力な治療選択肢になりうると考えられた。
Key words :olanzapine, orally disintegrating tablets, mental retardation, acute schizophrenia

特集 新規抗うつ薬sertraline
●新規抗うつ薬sertraline(薬効,安全性,忍容性)
大坪天平
 Sertraline hydrochloride(以下sertraline)は,我が国における第3の選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)として,2006年7月上市された。我が国での適応症は,うつ病・うつ状態とパニック障害に限られているが,海外では,大うつ病性障害,パニック障害,強迫性障害(小児と成人),社会不安障害,外傷後ストレス障害,月経前不快気分障害と多くを有している。Sertralineの代謝にはCYP2D6,2C19,2C9,2B6,3A4が関わるが,薬物代謝酵素の阻害活性は低く,蛋白結合率は98%と高いので,投与量と血中濃度は線形を示し,薬物相互作用は比較的少ない。急性冠動脈症候群(心筋梗塞と不安定狭心症)に合併したうつ病を対象とした試験で心機能に悪影響を与えないことが判明し,安全性に優れている。また,体重増加,有害事象による中断,中断時出現症候群が少なく忍容性にも優れていると考えられる。しかし,これらはすべて海外のデータに基づくものであり,今後,我が国での検証が必要である。
Key words :sertraline hydrochloride, selective serotonin reuptake inhibitor, efficacy, drug―drug interaction, tolerability

●Sertralineの海外におけるうつ病を対象とした臨床試験成績
諸川由実代
 Sertralineは米国ファイザー社で合成された強力かつ選択性の強いセロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin Reuptake Inhibitor:SSRI)である。海外では1980年から第I相試験が開始され,1990年に英国,1991年に米国でうつ病の治療薬として承認された。2005年10月現在,108ヵ国で,うつ病,パニック障害,強迫性障害,外傷後ストレス障害,社会不安障害,月経前不快気分障害等の適応症が承認されている。本稿では2006年7月,日本におけるsertralineの臨床導入を機に,海外におけるうつ病を対象とした臨床試験成績を概述した。Sertralineの日本における承認申請資料のなかで参考資料として提示された,うつ病を対象疾患とした海外の臨床試験のうち主要な8試験における有効性をみると,HAMDの変化量または変化率において,8試験のうち7試験でsertraline群はプラセボ群と比較して有意な抑うつ症状の改善を認めた。
Key words :sertraline, SSRI, depression, clinical trial

●Sertralineの国内における臨床試験成績
上島国利
 2006年4月,我が国におけるうつ病・うつ状態ならびにパニック障害の治療薬として,選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)sertralineが承認された。本薬剤に関し,国内では1991年より第T相臨床試験が開始され,その後うつ病・うつ状態に対して8つ,パニック障害に対して3つの第U相ならびに第V相試験が実施されている。その結果,いずれの疾患を有する日本人患者に対しても,本薬剤が高い有効性および安全性を示すことが明らかとなった。特に,うつ病患者を対象としたランダム化治療中止試験においては,本薬剤がプラセボに比べ,有意な再燃抑制効果を示すとの注目すべき結果が得られている。世界各国での実績に加え,国内でもその有用性が確認されたsertralineは,うつ病やパニック障害の薬物治療における有用な選択肢の1つとして,今後重要な役割を果たすことが期待される。
Key words :sertraline, clinical trial, major depressive disorder, panic disorder, randomized withdrawal study

●Sertralineによる不安障害の治療
越野好文
 DSMの不安障害のうち,パニック障害,社会不安障害,強迫性障害,全般性不安障害および外傷後ストレス障害に対するsertralineの無作為化比較試験の結果を中心に,急性期治療,継続療法,維持療法の有効性と安全性を概観した。Sertralineはいずれの不安障害に対してもプラセボと比較して,有意に効果的なこと,そして安全性も良好なことが報告されている。またsertralineを継続することによって急性期の治療効果は維持され,あるいはさらに改善の程度が進むこと,および服薬を中止することで逆に再燃,増悪が生じやすいことが示された。全般性不安障害においてsertralineは精神不安と身体不安の両方に有効であったが,精神不安に対する効果の方が優れている傾向がうかがわれた。
Key words :anxiety disorder, generalized anxiety disorder, obsessive―compulsive disorder, panic disorder, sertraline

治療薬情報
●新しい抗てんかん薬gabapentin
山内俊雄
 Gabapentinは「他の抗てんかん薬で十分な効果が認められていないてんかん患者の部分発作(二次性全般化発作を含む)に対する抗てんかん薬との併用療法」を適応として承認申請された新しい抗てんかん薬である。作用機序は未だ明らかとなっていないが,従来の抗てんかん薬とは異なり,α2δサブユニットを介した膜電位依存性Ca2+チャネルの抑制作用と,脳内のGABA濃度を増加させることにより発作を抑制すると推察されている。Gabapentinは体内で代謝されずに腎で排泄され,肝代謝酵素の阻害作用や誘導作用を持たず,血漿蛋白と結合しないことから,既存の抗てんかん薬との薬物相互作用を起こしにくいと考えられている。これらの特性からgabapentinはてんかん部分発作に対する有用な抗てんかん薬であると考えられる。なお,臨床試験では,てんかん発作抑制作用の用量反応性が確認されている。主な有害事象は,傾眠および浮動性めまいであった。
Key words :gabapentin, anti―epileptic drug, calcium channel, drug interaction, efficacy


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