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■展望
●統合失調症急性期に重症例おける新たな治療技法
堤祐一郎
 統合失調症急性期重症例を,その精神症状のために患者自身のみならず周囲の人々の生命と安全を確保することが困難な症例と位置づけ,さらに精神病的エネルギーが外界に向かう外向活動性状態群と自己に向けられる内向活動性状態群に分類した。それぞれの状態群について精神病理的考察と推測される病態生理を明らかにする一方,これら重症例に対する薬物療法の現状分析と問題点を再考した。また薬剤性重症例の可能性にも触れ,今後これらの問題点を回避するための理論と治療技法について論じた。今後の課題として,薬物動態や代謝の個人差あるいは薬物反応予測因子の研究や,一部の向精神薬の用法用量についての再評価の必要性などについて述べた。
Key words : schizophrenia, acute seriously case, psychopathology, acute treatment strategy

■特集 統合失調症急性期の重症例治療
●重症精神病の急性期治療ガイドライン―国際比較の試み
平田豊明
 重症精神病の治療と処遇のあり方は,各国の精神医療制度や文化の特質を反映する。本稿では,精神科救急ガイドラインや薬物療法アルゴリズムを手がかりとして,重症精神病の急性期治療システムを,病院前システム(電話相談や救急搬送),病院内システム(鎮静法や急性期薬物療法),病院間システム(後方転送や身体合併症対策),それに病院後システム(地域ケアへの導入)という4つのサブシステムに分割して,国際比較してみる。わが国では,欧米に比して,薬物療法の選択肢が狭い,鎮静法や急性期治療においてlevomepromazineが外せない,ACT(assertive community treatment)をはじめとする地域ケアプログラムが貧弱,といった違いがある。脱入院化という局面では,わが国は世界標準から後れをとっているが,一方,急性期治療の一貫性や綿密性においては遜色がない。ここをわが国における精神科医療改革の起点とすべきである。
Key words : guidelines for psychiatric emergency treatment, medication for acute schizophrenia, algorithm, assertive community treatment

●山梨県立北病院における重症統合失調症急性期治療の変化
市江亮一 藤井康男
 入院時に保護室への隔離を必要とするような重症統合失調症の治療の変化を山梨県立北病院で調査した。新規抗精神病薬導入前の1995年と4種類の新規抗精神病薬が導入され,ある程度使い慣れた2003年のそれぞれ1年間での調査である。対象症例は1995年が18例,2003年が70例である。1995年の入院時主剤は大多数がhaloperidolであり,入院4週後でも同様であった。2003年の入院時主剤はrisperidoneが71%となり,入院4週後でもrisperidoneは51%に主剤として継続され,olanzapineが主剤の症例が26%,fluphenazineが主剤となったのは10%であった。これに伴って,処方の単純化や経口抗パーキンソン薬併用の明確な減少が生じており,haloperidolやlevomepromazineなどの抗精神病薬の速効性注射の使用も大幅に減っている。一方で抗精神病薬のデポ剤の使用はやや減少しただけであり,電気けいれん療法はむしろやや増えていた。入院日数は1995年が139.2±101.6日,2003年が84.0±75.8日であり,保護室入室日数は1995年が12.2±7.6日,2003年が6.3±5.5日であり,いずれも著明な減少を認めた。身体拘束を行った例は1995年,2003年とも1例もなかった。
Key words : agitated psychotic patients, acute schizophrenic episode, atypical antipsychotics, length of admission, psychotic emergency rooms, risperidone, olanzapine

●重症統合失調症患者の急性期入院治療における非定型抗精神病薬の効果の検討
伊藤寿彦 柳沢宏一 塚田和美
 重症の急性期統合失調症患者に対する非定型抗精神病薬の治療効果を検証する目的で,非定型抗精神病薬の導入前後の平成7年および平成15年に,入院時に隔離あるいは身体拘束を要した統合失調症患者(ICD―10:F2)の入院時から入院後4週後の治療状況について検討した。対象は,平成7年では34例で平均年齢は33.3歳であり,平成15年では44例で平均年齢は35.8歳であった。抗精神病薬の主剤は平成7年の入院時ではhaloperidolが73.5%であり4週後でもhaloperidolが64.7%であった。平成15年の入院時では,haloperidolは15.9%,risperidoneは36.4%,olanzapineは9.1%,quetiapineは4.5%であった。4週後ではhaloperidolは20.5%,risperidoneは20.5%,olanzapineは18.2%,quetiapineは6.8%であった。Chlorpromazine換算した抗精神病薬の投与量は,平成7年では,入院時が813.7mgであり4週後は1109.1mgとなった。平成15年では,524.2mgから,790.1mgとなった。Biperidene換算した抗パーキンソン薬投与量は,平成7年では,入院時が3.7mgであり4週後には4.2mgとなった。平成15年では,1.8mgから,2.1mgであった。また,入院日数は,平成7年では115.6日であったが平成15年では79.3日と短縮し,保護室の使用日数も13.1日から,10.9日に短縮した。拘束の日数は,4.6日から11.1日に増加していた。以上から,重症の急性期統合失調症患者の治療において非定型抗精神病薬の導入により,抗精神病薬の投与量および抗パーキンソン薬投与量は減少し,さらに入院日数も短縮した。一方,拘束の日数は増加しており,さらなる治療技法あるいは治療環境の検討を要すると考えられた。
Key words : schizophrenia, atypical antipsychotics, acute phase

●救急・急性期治療におけるhaloperidolの点滴投与―新規抗精神病薬の出現によってその位置づけが変化したか?
八田耕太郎
 救急・急性期治療におけるhaloperidol点滴投与の適応は,初期鎮静の手段,せん妄を含めた意識障害のために内服不可能な患者の管理,昏迷や拒絶のために内服不可能な患者の管理,および身体合併症のために内服不可能な患者の管理の4つに大別できる。その実施に際しては,QT延長やTorsade de pointesなどの不整脈の監視,および喉頭ジストニアへの備えが必要になる。身体拘束を併行する場合,上肢拘束では誤嚥の防止のための配慮やテレメトリーによる心肺モニター監視,下肢拘束では深部静脈血栓・肺塞栓の防止のための弾性ストッキングや間歇的空気圧迫法のための機器装着が必要になる。このようなhaloperidolの点滴投与による治療は,新規抗精神病薬の出現によっても本質的な変化を受けていない。この点について,最新の研究成果を踏まえつつ昨今の新規抗精神病薬に対する迎合的論調とは一線を画して客観的に論述した。
Key words : haloperidol, intravenous administration, QT prolongation, treatment resistance, second―generation antipsychotics

●静脈血栓塞栓症(肺血栓塞栓症,深部静脈血栓症)と身体拘束・薬物治療との関連
小林孝文
 向精神薬の薬理作用が静脈血栓塞栓症発症に及ぼす影響については,まだ十分には解明されてはいないが,フェノチアジン系薬剤のみならず非定型抗精神病薬での発症報告も増えている。短期間の身体拘束で発症した症例や,凝固・線溶系の指標を用いて行動制限と血栓形成との関連を検討した報告もなされるようになってきている。早急に発症予防ガイドラインを策定し,生活習慣なども含めたリスク評価を十分に行なうとともに,治療方法の選択や発症後の治療に関する他科との連携も含め,安全確保という観点から精神科急性期治療を全般的に見直すことが必要である。
Key words : venous thromboembolism, pulmonary thromboembolism, deep vein thrombosis, antipsychotic medication, physical restraint

●統合失調症急性期薬物治療の今後の可能性
山田和男 石郷岡純
 わが国では,1996年にrisperidoneが登場して以来,現在までに4種類の非定型抗精神病薬が利用可能となっている。これらの薬剤は,わが国の統合失調症急性期の薬物治療を大きく変えたと言っても過言ではないが,24種類が利用可能な定型抗精神病薬と比較して,レパートリー不足の感は否めない。また,剤型においても,risperidoneを除けば,錠剤と細粒しか選択肢がない。本稿では,今後,わが国においても利用可能となりうるaripiprazole,blonanserin,clozapine,lurasidone,MGS―0028,ziprasidoneの6種類の新規抗精神病薬を紹介したい。さらに,新規剤型として期待される,olanzapineの口腔内崩壊錠,risperidoneの持続性注射製剤(デポ剤),aripiprazoleの口腔内崩壊錠,液剤,筋肉内注射製剤についても紹介したい。
Key words : acute phase treatment, newer antipsychotics, olanzapine orally disintegrating tablet, risperidone long―acting injection(depot), schizophrenia

●<症例報告>Risperidone内用液と患者心理教育による急性期治療が奏効した統合失調症の重症入院症例
渡部和成
 症例は,いわゆるハード救急で入院した統合失調症の重症例である。入院時,病棟でrisperidone内用液(RIS液)の服用を1時間かけて説得したが,患者は病識なく興奮し,RIS液は一口飲んだだけで拒否したため,止むを得ずhaloperidolを筋注し隔離した。しかし,患者は,そのわずか3時間後にRIS液服用を了解し,隔離室を退室できた。そして,RIS液での治療を最初期から順調に進めることができた。これは,不調に終わったかに見えた粘り強い服薬の説得が実を結んだものと考えられた。また,入院後11日目という早期から始めた患者心理教育の効果で病識を獲得でき,RIS液の用量を漸減することができ短期間の治療で退院した。本症例から,治療の拒否や強い興奮が認められる重症例であっても,治療の開始時から「説明と同意」に則り十分説明説得し,急速鎮静効果があり侵襲性の少ない剤型であるRIS液を使用し,かつ,患者心理教育を早期から併用する急性期治療を行うことが有効であると考えられた。
Key words : acute treatment, oral solution of risperidone, serious schizophrenia

■原著論文
●日本語版Hamilton Anxiety Rating Scale-Interview guide(HARS-IG) の信頼性・妥当性検討
大坪天平 幸田るみ子 高塩理 田中克俊 衛藤理砂 尾鷲登志美 太田晴久 池澤聰 鄭英徹 山縣文 上島国利
 Hamilton Anxiety Rating Scale‐Interview Guide(HARS―IG)の日本語版を作成し,その信頼性・妥当性を検討した。Mini International Neuropsychiatric Interview(M.I.N.I.)で,不安障害あるいは気分障害と診断された患者51人{男性21人,女性30人,平均年齢(SD):42.3(11.3)歳,年齢幅:27―71歳,主診断:パニック障害10人,全般性不安障害7人,大うつ病性障害31人,その他3人}を対象とした。面接は,1人の患者に対して,2人の評価者が同席し,HARS―IG,HARS,Clinical Global Impression(CGI),Global Assessment for Function(GAF)を用いて行った。内的整合性を示すCronbachのα係数は0.88と優秀な値を示した。HARS―IGの評価者間一致度(ANOVA ICC)は,項目全体では0.98と優秀な値を示し,HARSの0.95より高値であった。HARS―IG総得点とCGI得点,GAF得点の相関係数はそれぞれ,0.53,−0.54と良好な相関を示した。HARS―IG総得点(y)とCGI得点(x)の線形回帰直線はy=5.26x−0.46で表せ,この直線より,CGIの「軽症(3点)」は15点前後,同様に「中等症(4点)」は20点前後,「重症(5点)」はHARS―IGの25点前後と判断された。HARS―IG日本語版は,優秀な信頼性・妥当性を示し,臨床で有用な,不安症状の重症度評価尺度であることが示唆された。
Key words : anxiety, rating scale, severity, reliability, validity

■症例報告
●老人性痴呆疾患治療病棟におけるrisperidone内用液の使用経験
楠野泰之
 当院の老人性痴呆疾患治療病棟で,せん妄に対してrisperidone内用液を経口投与した10例の痴呆性高齢者を対象とした。これら10例の病歴をレトロスペクティブに検討し,1日当たりのrisperidone内用液の投与量,Derilium Rating Scale(DRS)(文献4)の総得点,初回投与からrisperidone内用液を中止するまでに要した日数などを調べ以下の結果を得た。1)9例で1日当たりの投与量は0.25mgないし0.5mgと少量で済んだ。2)各症例とも,risperidone内用液投与前には20点以上であったDRSの総得点が,投与中止時には9点以下に低下した。3)各症例とも1ヵ月以内にrisperidone内用液を中止できていた。加えて,risperidone内用液には服薬を拒否する場合や嚥下障害を合併する場合にも投与が比較的容易であるという利点があるとされる(文献2)。痴呆性高齢者のせん妄治療に有用性が高いと考えられる。
Key words : dementis, delirium, risperidone, oral―solution

●せん妄に対するrisperidone内用液の臨床効果
毛利健太朗 島田稔 坂本由美 米田一志
 痴呆疾患を有するせん妄の14症例に対して非定型抗精神病薬risperidone内用液を投与した結果を報告する。早期の鎮静目的にてrisperidone内用液を初回平均0.95mgを投与した。その結果,risperidone内用液0.5mg〜2mgの投与量において,Clinical Global Impressions(以下CGI)では著明改善8例,中等度改善5例,軽度改善1例で,中等度改善以上が全体の92.9%であった。また,Rating Scale for Delirium(DRS)による評価の結果はrisperidone投与前の平均は17点で,投与後は全例で得点の低下を示し,平均は7.5点であった(P<0.0001)。これらのことから,老年期の痴呆疾患に合併したせん妄状態に対し侵襲性の少ないrisperidone内用液少量投与の有効性が示唆された。
Key words : delirium, dementia, risperidone oral solution

●Milnacipranにより長期に寛解を維持し得たdouble depressionの2症例
奥村和夫
 今回我々は,double depressionと診断され,セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(serotonin noradrenaline reuptake inhibitor;SNRI)であるmilnacipranの投与により完全寛解が得られ,その後長期にわたり寛解状態が維持された2症例を経験した。症例は三環系抗うつ薬(TCA)などによる治療では一定の治療効果は示すものの,寛解後短期に再燃したり,副作用により薬剤の継続服用が困難となり,減量後にやはり再燃をきたした症例であったが,抗うつ薬をmilnacipranに変更したところ,副作用は消失し症状の寛解も長期にわたり維持することができた。本報告では,double depressionに対するmilnacipranの臨床効果ならびに症例の臨床経過について述べる。
Key words : double depression, milnacipran, Cytochrome P―450, adverse effects

●Paroxetineにより体重増加を呈した大うつ病性障害の2例
山根秀夫 大川匡子
 SSRI(selective serotonin reuptake inhibitor)による体重増加は以前から報告されている。しかし,体重増加が大うつ病エピソードの寛解期に伴うものか副作用かについては一致した見解が得られていない。今回,DSM―IV TRにより大うつ病性障害と診断された患者にparoxetineを投与したところ,投与8週後に20%以上の体重増加を呈した2例を経験した。2例はエピソード中に食欲低下や体重減少がなく,paroxetineと体重増加の関連性が示唆された。今回,わずか2例であるがparoxetineを投与する際には体重増加のリスクに留意する必要があると考えられた。
Key words : paroxetine, weight gain, selective serotonin reuptake inhibitor

●Olanzapine口腔内崩壊錠が奏効した慢性統合失調症の治療拒否例
渡部和成
 慢性統合失調症の治療拒否例で,2回目の拒薬時にolanzapine口腔内崩壊錠(ODT)30mgを5日間連続投与しその後20mgに減量し投与を続けるという薬物療法により,著しい興奮と拒薬の症状を消褪させることができた。このolanzapine ODTを単剤で用いた治療は,拒薬期を短期間(急性期病棟で5日間)で終えさせることができ,haloperidol(5mg〜15mg)の筋注や点滴静注で対処した1回目の拒薬時(同,26日間)より有意に短くすることができた。そして,この患者は,自ら進んでolanzapine ODTを手に取って飲むようになった。症状が改善したこと,単剤であること,olanzapine ODTが口腔内で数秒の内に溶けてしまい飲みやすく甘いということの3つが,このような服薬行動の変化をもたらしたものと思われる。この症例から,olanzapine ODTは,著しい興奮や拒薬が見られる患者の薬物療法で,患者のトラウマになりかねない注射を避けることができることもあり,非常に有効であると考えられる。また,本症例で行ったolanzapine高用量療法について考察した。
Key words : olanzapine orally disintegrating tablets, refusal of treatment, chronic schizophrenia

■総説
●うつ病および不安障害におけるシグマ受容体の役割
橋本謙二
 シグマ受容体は,脳において様々な神経伝達系を制御していることが判ってきている。また最近の研究成果より,シグマ受容体のサブタイプの一つであるシグマ―1受容体は統合失調症,うつ病,不安障害などの精神疾患の病態に関与していることが示唆されている。我々は,三環系抗うつ薬や選択的セロトニン再取り込み阻害薬SSRIがシグマ―1受容体に対して高い親和性あるいは中程度の親和性を有することを報告した。抗うつ薬の中で,fluvoxamineがシグマ―1受容体に対して最も高い親和性を有した。この結果は,fluvoxamineの作用メカニズムにシグマ―1受容体が関与している可能性を示唆している。本総説で,うつ病および不安障害におけるシグマ受容体の役割について概説する。
Key words : Sigma receptor, Antidepressant, SSRI, Depression, Anxiety