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■展望
●精神科領域におけるプラセボ対照試験の現状と課題
樋口輝彦
 精神科領域におけるプラセボ対照試験は最近まで,抗不安薬,睡眠薬を除き行われなかった。その理由は主に倫理性にあった。しかし,欧米ではほぼすべての向精神薬の治験はプラセボ対照で行われ,特に倫理的な問題はないとされてきた。ICHにより,ブリジング試験の促進が謳われ,治験のグローバル化が進む中でわが国の向精神薬の開発においてもプラセボ対照試験の可能性を求める流れが生じつつある。ここでは,プラセボ対照試験を倫理性と科学性の両面から検討した。また,最近わが国で行われた精神科医,統合失調患者および家族,気分障害患者を対象に行われたプラセボ対照試験に関するアンケート調査の結果を紹介した。また,わが国における精神科領域の臨床試験の現状を抗うつ薬中心にまとめた。最後に今後解決すべき課題を列挙した。
Key words : placebo controlled trials, ethical issues, attitude survey on placebo, ICH―E10, clinical trials

■特集 プラセボ対照RCT
●精神科におけるプラセボ対照RCTの倫理
越野好文 菊知充 木谷知一 花岡昭
 日本の治験の遅れの原因の1つにプラセボ対照試験に対する懸念がある。その懸念には医師の倫理観が反映されている。倫理についての考えは,それぞれの立場によって異なっている。日本の治験の向上に寄与する目的で,精神医学の面からプラセボ対照試験の倫理面について検討した。具体的には,日本生物学的精神医学会の評議員を対象にプラセボ対照試験の倫理的な問題についてのアンケート調査を行った。軽症うつ病,中等症うつ病,統合失調症,不安障害の4疾患に分け,1.プラセボ対照試験を行ってよい疾患の条件,2.プラセボ対照試験を行ってよい試験デザイン,3.プラセボ対照試験についての考え,について調べた。全般的に軽症うつ病,中等症うつ病に比較して,中等症うつ病と統合失調症でプラセボ対照試験に対して倫理的に厳しい回答が多かった。試験デザインに工夫を凝らすことでプラセボ対照試験を容認する人が増え,試験薬上乗せ試験は比較的多くの支持を得た。
Key words : anxiety disorder, depression, ethics, placebo―controlled trial, schizophrenia

●抗うつ剤の臨床試験におけるプラセボ効果に及ぼす要因について
成田裕保
 抗うつ剤の臨床試験を実施する上で,開発薬剤の有効性・安全性を科学的に評価する目的での適切な対照群を選択することが最も重要であるのは言うまでもない。その選択過程で,最初に突き当たる議論は「プラセボ対照」を用いるべきか否か,用いる場合に主要評価項目は何にするべきか,の2点であろう。本稿では,これまで欧米で実施された試験で汎用されてきたHAM―D合計点減少度を用いたプラセボ対照試験のデータに若干の検討を加えた。その結果,大うつ病性障害の罹患期間,漸増方法およびHAM―D合計点のベースライン値において,プラセボ群と開発薬剤群との間で有意差を導きだす可能性が高いと示唆される集団があることがデータから示された。しかし,従来のプラセボ対照試験のデザインでは,その成功確率が5割前後であることは歴史が如実に物語っている。抗うつ薬のプラセボ対照試験を実施する際には,その試験における主要評価項目を何にするかという点について,より細心の注意を払うことが必要であると思われる。
Key words : antidepressant, placebo, HAM―D, CGI, SSRI

●統合失調症のプラセボ対照RCTの実情
辻敬一郎 田島治
 IHC―GCPの制定,施行に伴い,わが国の臨床試験は大きく変化してきている。科学的観点から,プラセボ対照試験に勝る比較対照試験のプロトコールの作成,実施は難が多く,今日精神疾患患者を対象とした比較対照試験でもプラセボ対照試験が多く行われるようになった。臨床試験の倫理性を司るヘルシンキ宣言でも,2002年にプラセボ対照試験施行に関する注釈が追加され,一定の条件下であればプラセボ対照試験は倫理的に問題ないとされるようになった。しかし,統合失調症患者を対象とした臨床試験を行う際には,その科学性と倫理性の間で大きなジレンマが生じており,今日もなお多くの議論を呼んでいる。本稿では今日の統合失調症患者におけるプラセボ対照試験の国内外の現状を示し,その倫理性,科学性に対する各方面からの見解を紹介し,科学性と倫理性の両面から望ましい臨床試験のあり方について言及した。
Key words : schizophrenia, placebo―controlled trials, antipsychotic drugs

●気分障害におけるプラセボ対照RCTについて
長田賢一 長谷川洋 御園生篤志 田中大輔 金井重人 中野三穂 高橋清文 高橋美穂 貴家康男 朝倉幹雄 青葉安里
 本邦でもいよいよ大うつ病に対するプラセボ対照臨床試験が昨年から実施されている。欧米ではすでに新規抗うつ薬の開発時には,プラセボ対照臨床試験は一般的に行われており,二重盲検プラセボ対照比較試験でないと科学的妥当性の問題を指摘される状況にあるが,未だ本邦ではプラセボ対照臨床試験は広く一般的には受けいられていなかった。そこでこの時期に,今回は気分障害の特に大うつ病についてプラセボ対照臨床試験の有用性と問題点についてまとめて考察をする。
Key words : placebo―control, depression, randomized control trial(RCT), comparator―control, antidepressants

●わが国における抗不安薬および睡眠薬の無作為化プラセボ対照試験
岩本奈織野 稲田俊也
 わが国における不安障害や睡眠障害の臨床試験では,活性のないプラセボ群と活性のある実薬対照群が同時に用いられ,これに試験薬群も含めた3群間での比較対照試験が1970年代以降に数多く報告されるようになった。不安障害に対しては,1990年代前半までは各種神経症および心身症を対象疾患としてベンゾジアゼピン系薬剤やazapirone系化合物の開発が,また1990年代後半以降はDSM―IV分類に基づいた強迫性障害やパニック障害を対象疾患として選択的セロトニン再取り込み阻害薬の開発が,プラセボ対照群を含んだ無作為化対照試験として行われている。また睡眠障害に対しては,主としてベンゾジアゼピン系薬剤の開発がすすめられてきたが,1980年代後半からは非ベンゾジアゼピン系薬剤の開発も行われ,プラセボ対照RCTの報告も行われている。本稿ではこれまでにわが国において実施され,論文として報告されたこれらのプラセボ対照群を含んだ臨床試験について総括した。
Key words : antianxiety drug, hypnotics, placebo, randomized controlled trial, benzodiazepine

●患者・家族の側からみたプラセボ対照試験
村山賢一 染矢俊幸
 新GCP施行以降国内の治験は停滞しつつあり,プラセボ対照試験(PRCT)も行われていない。本稿では,患者・家族の側から見た治験をめぐる現状について,筆者らの統合失調症(患者回答群及び家族回答群)を対象とした意識調査の結果と合わせて概観した。治験及びPRCTの認知度については,患者回答群で7.5%と2.7%,家族回答群で26.0%と26.2%であった。またPRCTへ参加可能と回答した者は,患者回答群で22.1%,家族回答群で12.6%と両群とも低率であった。PRCTへの参加意思に関連する要因を検討するためPRCTへの参加意思ならびにPRCTに対する意見のパターンを数量化V類を用いて解析したところ,両群においてPRCTへの参加を阻害する要因として,無作為手続きへの抵抗感が大きいことが示された。患者回答群においてはPRCTに関する理解が十分でない可能性,家族回答群では無作為化あるいは薬の効果などのPRCTの構造自体に対する否定的感情が強い可能性が示唆された。
Key words : attitude of patient, attitude of family, randomized control trial, placebo controlled trial, questionnaire

●プラセボ比較試験の問題点再考
石郷岡純
 現在のプラセボ比較試験の議論にみられる問題点を検討した。問題点には大別して2つあり,1つは必要性に関する議論の欠如であり,次には科学性の問題点に対する無関心があげられる。必要性に関しては,標準薬の評価が出発点として存在すべきであり,その概念の基準作りが急がれることを述べた。科学性の問題点の大きな部分は,被験薬との薬効差を見出すために使用される症状評価尺度が線形性をもたない点にあり,それはプラセボ比較試験時においてさらに増幅されるので,この非科学性を考慮した上で倫理性とのバランス評価を実施の判断に際して行うべきであることを述べた。以上の問題点を止揚した臨床試験を行うために,若干の提言を行った。
Key words : placebo, rating scale, clinical trial, drug response measure

■原著論文
●服薬教室が統合失調症患者の主観的ウェルビーイングに与える効果
大木美香
 統合失調症の治療における薬物療法の有用性や重要性に異論はないものと思われるが,主作用・副作用の点でより優れた非定型抗精神病薬が主流となり,1日あたりの内服量や内服回数が減少した最近でも怠薬する患者は後を絶たない。今回われわれは疾病教育・服薬教育に重点をおいた服薬教室を実施し,医療者が持つのと同等な知識を統合失調症患者に提供することで患者のアドヒアランスの重要な要素である主観的ウェルビーイングにどのような影響を与えるかを検討した。服薬教室受講者群(n=38)では非受講者群(n=17)に比して,主観的ウェルビーイングや精神症状に有意な改善を認めた。特にセルフコントロール(自信の感覚)や身体機能(体調の良さ),感情調節(気分の良さ)に著明な改善がみられた。疾病教育や服薬教育を行うことで患者の主観的ウェルビーイングが改善し,より良好なアドヒアランスの一助となることを期待したい。
Key words : schizophrenia, subjective well―being, educational intervention, adherence

●Risperidoneまたはhaloperidolで治療した統合失調症患者における退院後15ヵ月間の外来薬物療法の変化
渡部和成
 入・通院を通して,risperidone(RIS)単剤(RIS群)かhaloperidol(HPD)単剤または主剤で治療された統合失調症患者の内,退院後15ヵ月間再入院しなかった患者(RIS・非再入院群;n=21,HPD・非再入院群;n=10)について,向精神薬の退院後の薬用量の変化を調べた。RIS・非再入院群では,RISは中用量(退院時)から低用量(15ヵ月目)に低下し,抗パーキンソン薬の用量も15ヵ月目には退院時に比し有意に低下していた。対照的に,HPD・非再入院群では,抗精神病薬と抗パーキンソン薬の薬用量は,退院時と15ヵ月目とで差はなかった。他の向精神薬(lithium carbonate,抗てんかん薬,抗うつ薬,抗不安薬)の併用率は,両群で低く,退院時と15ヵ月目では差がなかった。睡眠薬の併用率は,RIS・非再入院群で15ヵ月目に低くなっていた。すなわち,RIS・非再入院群の特徴として,15ヵ月間の外来中に抗精神病薬の低用量化と向精神薬処方の単純化が進んでいたとことが挙げられた。また,退院後15ヵ月間の非再入院率は,患者心理教育に参加したRIS群で有意に高かった。
Key words : drug therapy, 15months after discharge, risperidone, schizophrenia

■短報
●Milnacipranの日常臨床における長期投与経験
大村慶子
 現在うつ病の治療はSSRI,SNRIが第一選択薬とされているが,長期投与の効果および安全性についてのエビデンスは十分とは言えない。そこで今回,うつ病患者にmilnacipran(他の抗うつ薬は使用していない)を長期投与した日常臨床経験から,milnacipranの長期投与の有効性と安全性について調査し,検討した。対象は寛解後1年間継続観察できた18例(平均年齢64.4歳)である。寛解後1年以内に再燃・再発したのは2例(11.1%)であり,副作用の発現は6例(33.3%)であった。副作用の発現はすべて投与後28日以内であり,1年以上副作用が持続したのは2例であった。この結果と今までの報告を比較し検討してみると,milnacipranの長期投与の有効性と安全性が示唆された。今後,さらに症例数を増やし,二重盲検法などを用いて調査をしていくことが重要である。
Key words : depression, milnacipran, relapse, recurrent, safety

■症例報告
●Haloperidolからperospironeへの切り替えによって慢性統合失調症患者のprepulse inhibitionが改善した1症例
小島照正 伊藤千裕 松岡洋夫
 症例は19歳時に統合失調症と診断され,31歳時から精神病院に長期入院をしている55歳の男性。幻覚・妄想が持続し,また感情鈍麻,受動性と自発性欠如,臥床傾向などの陰性症状も目立っていた。そこで陽性症状,陰性症状の改善を目的に,内服薬を定型抗精神病薬のhaloperidolから非定型抗精神病薬のperospironeへ切り替えた。切り替え前後でPANSS,prepulse inhibition(PPI)の測定を行った。精神症状に著明な変化を認めなかったが,切り替え終了2週後にPPIの改善を認めた。短期間でのデータであるが,注意機能,情報処理機能のような認知機能の一部が改善した可能性が示唆された。陽性症状,陰性症状に大きな変化がなくても,QOLを考慮し慢性統合失調症患者に対して積極的に定型抗精神病薬から非定型抗精神病薬に切り替えていくことは重要であると今回の経験から実感した。
Key words : perospirone, prepulse inhibition, cognition, switching, chronic schizophrenia

●非定型抗精神病薬perospironeによるせん妄治療の有効性
小森薫 小森実穂 前川和範 兼本浩祐
 身体疾患の治療過程で,しばしば問題となるせん妄に対する適切な治療の確立は,総合病院精神科におけるコンサルテーションリエゾン医療の重要な課題の1つである。近年,錐体外路症状などの副作用の出現頻度が高い定型抗精神病薬にかわり,より安全性の高い非定型抗精神病薬を用いたせん妄の臨床経験の報告がなされるようになった。今回,中部労災病院精神科を受診した症例のうちperospironeによるせん妄の治療症例をTrzepaczのDelirium Rating Scaleを用いて評価し,その有効性を統計学的に検証し若干の考察を加えて報告する。
Key words : perospirone, delirium, atypical antipsychotic drugs, SDA

●Perospironeへの切り替えによって統合失調症後の抑うつ症状(post―schizophrenic depression)が改善した2症例とperospironeにparoxetineの追加投与により統合失調症後の抑うつ症状が改善した1症例
木代眞樹
 統合失調症の抑うつ症状(post―schizophrenic depression)の改善を目指し,投与中のrisperidoneをperospironeへ切り替えた。2例ではperospironeへの切り替え後,抑うつ症状が改善し,その奏効機序としてperospironeの5―HT1A受容体への部分作動薬としての作用が示唆された。新規抗精神病薬の「適剤適症」を考える上で「perospirone―抑うつを伴う統合失調症」という図式が成り立つ可能性が示唆された。もう1例ではperospironeへの切り替えだけでは十分な抑うつ症状の改善を認めなかったものの,paroxetineを追加投与したところ,抑うつ症状が改善した。Perospironeへの切り替えのみでは十分な効果が得られず,統合失調症の急性期症状がない場合には,Selective Serotonin Reuptake Inhibitor(SSRI)の追加投与が有効であることが示唆された。SSRIとの併用を考える場合は,新規抗精神病薬の中では,薬物相互作用を受けにくいperospironeとの併用がより安全ではなかろうか。
Key words : schizophrenia, post―schizophrenic depression, perospirone, paroxetine, 5―HT1A receptor agonist