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■展望
●抗精神病薬の用量反応性
大森哲郎
 抗精神病薬の治療反応率はある程度の範囲で用量とともに増加するが,あるところで頭打ちとなる。治療用量にtherapeutic windowが存在するのかどうか,すなわち過剰用量が反応率そのものを低下させるかは明確ではないが,副作用発現を考慮にいれると過剰用量のデメリットは確実にある。最大の効果を最少の副作用で実現する用量設定が基本となる。高用量においても反応不良な症例は治療抵抗性統合失調症と言われる一群につながる。一方,用量反応性は統合失調症全体で一様ではなく,初発と再発,未治療期間,性差,高齢者,症状と病型,病前適応レベルなどの影響を受ける。本稿では一例として初発エピソードでは,用量反応性が低用量にシフトしている可能性を指摘した。また,最近進展著しいPETによるドーパミン2型受容体占拠率の測定によって,用量と治療反応の関係の理論的な考察が可能となってきている。
Key words : schizophrenia, antipsychotics, dose―response

■特集 抗精神病薬の用量:その決め方と変え方
●統合失調症治療におけるhaloperidolの至適用量
角田健一 稲垣中
 代表的な従来型抗精神病薬であるhaloperidol(HPD)の統合失調症治療における至適用量について文献的検討を行った。統合失調症患者を対象としたHPDの用量設定試験はこれまでに数多く行われ,1〜5mg/日の少量投与から40〜100mg/日の大量投与に至る幅広い投与量の有効性が検討されてきた。これらの試験の結果,通常の統合失調症患者においては8〜12mg/日程度,初回エピソード患者においては2〜5mg/日程度の治療成績が最も良好であり,これ以上のHPDを投与しても,更なる利益が得られないことが示された1970年代より1990年代前半まで統合失調症に対するHPDの最高投与量は100〜200mg/日とされていたが,これらは決して二重盲検試験の結果に基づいて設定されたわけでない。20mg/日を超えるHPD投与は過量投与の可能性が高いことを十分認識するべきである。
Key words : schizophrenia, haloperidol, high―dose treatment, double―blind study, evidence

●統合失調症治療におけるrisperidoneの用量設定
三宅誕実 諸川由実代
 Risperidoneは1984年にPaul Janssenにより合成され,日本では最初の新規抗精神病薬として1996年に臨床の場に導入された。しかしながら,高用量かつ多剤併用という,SDAとしては不適切な投与方法がなされてきたために,導入後長期にわたりrisperidoneの有用性は正確に認識されなかった。新規抗精神病薬の薬効を最大限に発現させるためには,単剤投与が前提であり,さらに至適投与量を用いることが重要である。本稿では統合失調症治療におけるrisperidoneの至適用量について概述した。初発エピソードに対しては開始用量1〜2mg/日,目標用量3〜4mg/日,急性期治療では開始用量もしくは急速増量で4mg/日,目標用量は4〜6mg/日,維持療法では4〜6mg/日以下,治療抵抗例に対しては開始用量6mg/日,目標用量12mg/日以下,switchingの場合は8mg/日程度を最高用量とし,目標用量は4〜6mg/日に設定することが1つの目安と考えられる。
Key words : risperidone, schizophrenia, novel antipsychotics, optimal dose

●Quetiapineの用量:その決め方と変え方
秋本多香子 宮本聖也 青葉安里
 2001年よりわが国に導入された新規抗精神病薬quetiapineは,統合失調症に対する1日用量が50〜750mgと幅広いため,標的症状や治療時期に応じたきめ細かい用量調節が求められる。また至適用量よりかなり少ない投与量のまま効果判定が行われ,本来の薬効が十分発揮できていない症例も散見される。本稿では,quetiapineの用量設定と反応性について,初発エピソード,急性期治療,激越例,治療抵抗例,再発予防と維持などに分け,各種アルゴリズムやガイドライン,および臨床試験の報告などをまとめて考察した。その結果,初発エピソードおよび反復エピソード患者における急性期と維持治療において,推奨されるquetiapineの至適用量はここ数年で増加傾向にあり,安全性に注意しながらも,十分な用量での効果判定が望まれる。
Key words : quetiapine, schizophrenia, dose equivalency, adequate dose

●Olanzapineの用量設定
武田俊彦
 Olanzapine(OLZ)の用量反応性に関する研究を紹介し,急性期,安定化期と安定期,さらに重症例での用量設定について考察した。急性期での治療の確実性を期待する場合には,10mg/day以上を少なくとも3〜6週間は用いることが推奨される。急性期での至適用量域の上限は曖昧になってきており,少なくとも20mg/dayを越えている可能性が高い。安定化期ではなるべく急性期用量を維持し,安定期においても10mg/day以上での維持が望ましい。長期維持療法に関してはエビデンスが少なく,現段階では7.5mg/day以下での維持は慎重に症例を選ぶべきである。またOLZは,haloperidolなど第一世代薬への反応が不十分な症例への有効性が期待できる薬剤である。このような症例への最高目標用量は25〜30mg/dayである。今後この用量域での有効性と安全性が確立されることが期待される。
Key words : olanzapine, optimal dose, acute phase, maitenance phase, suboptimal response

●Perospironeの適応と用量反応性
久住一郎 高橋義人 小山司
 Perospironeの適応として,不安・抑うつや神経症様症状を伴う例,各種副作用が問題となる例が多く報告されている。急性期症状が軽減された後に,perospironeに切り替えて維持療法を行う方法も,今後期待できる適応の1つと考えられる。Perospironeの用量反応性に関しては,他の第二世代抗精神病薬に比べて臨床研究が少ないため,現時点では大多数を占める症例報告から類推するしかない。初発症状やあまり重篤でない陽性症状,不安・抑うつ症状に対しては比較的低用量(8〜24mg)で効果がみられ,老年期症例にも使いやすい点が特徴といえる。一方,陽性症状が持続する治療抵抗性症例に対しては,40mg以上の高用量で奏効する場合があり,他剤で無効の場合には試みる価値があると考えられる。いずれの場合も,perospironeの薬理学的特性を生かすためには,単剤使用が推奨される。
Key words : perospirone, ID―15036, indications, dose―response, maintenance therapy

●Levomepromazineの精神科薬物療法における位置づけと用量設定の変遷
藤井千太 新福尚隆
 2001年に実施された東アジア地域における国際共同処方調査で,levomepromazineの処方が日本で際立っていることが明らかとなった。処方調査の検討からは,日本では,少量併用で多くの患者に使用されているという特徴的な傾向が認められた。Levomepromazineはアメリカでは鎮痛薬として分類され,精神科治療では使用されておらず,ヨーロッパでもその使用頻度は低下しつつある。東アジアでも韓国でわずかな使用を認めただけであった。日本では現在も頻用されているこの薬剤について,治療における位置づけや用量設定の変遷について文献的考察を行った。
Key words : levomepromazine, methotrimeprazine, pharmacotherapy, prescription survey, Japan

<総説>抗精神病薬の用量反応性:その臨床的判断基準の過去と現在
堤 一郎
 統合失調症に対する抗精神病薬の治療反応性,特に用量設定について,従来の判断基準を再考した。わが国では,大量療法あるいは多剤療法の傾向が指摘されている。本稿では,以下の点を明らかにする。これまで陽性症状消退を第一治療目標に従来型抗精神病薬が中心に処方されてきたこと。そのために十分な鎮静状態と錐体外路症状出現が用量反応性の基準になっていたこと。抗精神病薬の用量反応速度に対する誤解が大量療法の原因になっていたこと。今後の臨床的用量反応性の判断基準としては,錐体外路症状や過鎮静状態を認めず,二次性の陰性症状や認知機能障害を最少にし,さらに気分不快もなく,服薬アドヒアランスが得られるような最少量にして最大の用量反応が得られる薬物療法の概念と方法論が望まれる。
Key words : dose response, conventional antipsychotics, extrapyramidal symptoms, negative symptoms, cognitive disturbance symptoms, classification of oversedation states, drug induced disphoria symptoms, new generation antipsychotics, drug adhearance, pharmacodynamics, dosage forms

■原著論文
●慢性統合失調症を対象としたhaloperidolからrisperidoneへのswitchingについて――PANSS,DIEPSS,QOL26による検討――
本岡大道 近間浩史 森田喜一郎 小鳥居 望 前田正治 内野俊郎 内村直尚 本間五郎 堀川周一 向笠広和 前田久雄
 目的:Haloperidol(以下HPD)が主剤の慢性統合失調症に対してrisperidone(以下RPD)へのswitchingを行い,PANSS,DIEPSS,QOL26を用いてswitchingによる影響を調べる。対象と方法:対象はICD―10の診断基準に基づき,2名の精神科医により,統合失調症と診断され,HPDが主剤として投与されていた17例(男性:11例,女性:6例。平均年齢43.5±12.7歳)である。Switchingは上乗せ・漸増法を用いた。結果:PANSSの評価点は陽性,陰性,総合精神病理尺度のいずれも,switching前に比べて,2ヵ月後,6ヵ月後と有意な低下を認めた。DIEPSSもswitching前に比べて,2ヵ月後,6ヵ月後と有意な改善を認めた。QOL26では有意な変化は認めなかった。General QOLであるQOL26の限界と,主観的なものであるQOL評価の難しさが考えられた。
Key words : risperidone, haloperidol, switching, PANSS, QOL26

●Risperidone内用液のD2受容体阻害特性――血漿prolactinを指標にした錠剤との比較――
武田俊彦 佐藤創一郎 羽原俊明
 Risperidone内用液(RISos)の中枢dopamine2受容体(D2)阻害特性を調べるために,血漿prolactin(PRL)の変化を経時的に調べた。健常男性10名にRIS錠1mg,RISos1mg原液および水溶液,RISos0.5mg原液または水溶液を投与し,20分ずつ180分後までのPRL値を測定した。服薬順はランダムにし,2週間以上の服薬間隔を設けた。結果,PRL値は服薬後60〜80分後に最大となり,最大PRL増加率(PRL最大値/PRL基礎値)は,RISos1mg原液がRIS錠1mgよりも全例で大きく,両者の間に有意差(p=0.0051)が見られ,RISos1mg水溶液ではそれらの中間値となった。RISos0.5mgとRIS錠1mgの最大PRL増加率の平均値と中央値は,ともに近い値となった。一方,PRL増加の早さは,RISos1mg原液,水溶液,RIS錠1mgとの間で有意差は見られなかった。今回の結果から,中枢D2阻害が最大時のRISos原液とRIS錠のD2阻害力価比は,およそ2:1と推測された。
Key words : risperidone, risperidone oral solution, prolactin, dopamine 2 blockade

●Risperidone内用液の原液投与の有用性――口腔粘膜吸収の可能性とその効果――
大下隆司
 Risperidone内用液の原液投与は希釈投与に比べ効果発現が速く,力価が高く,錐体外路症状が出現しにくいという印象がある。その理由として口腔粘膜吸収が考えられる。Risperidoneの分子量は口腔粘膜吸収が可能な大きさであるが,内用液のpH2.0〜4.0の条件では分配係数が吸収可能な値にならない。しかし,原液投与時の唾液の緩衝作用を考えると分配係数が吸収の期待できる40〜2000の範囲に入る。口腔粘膜吸収された場合,直接全身循環に到達するため,経口投与より速く標的部位に到達でき,特にα1受容体への速やかな結合が,精神運動興奮や激越を静穏化させる効果があると考える。肝初回通過効果を受けないことで,錐体外路症状が出現しにくい,肝臓の負担が少ない,生物学的利用率が高まり高力価になる,など考えられる。Risperidone内用液原液投与の速やかな効果を実感することは,薬剤と治療者への信頼を高め,アドヒアレンスを向上していくことに繋がる。
Key words : risperidone oral solution, oral mucosal absorption, undiluted solution administration, rapid effects, adherence

■短報
●新規抗うつ薬開発におけるプラセボ対照比較試験の必要性
青葉安里 諸川由実代
 日本における抗うつ薬の開発状況は欧米と比較していろいろな点で異なっており,このなかでも,プラセボ使用に関するプロトコールの違いは最も大きな相違点といえる。抗うつ薬の新薬開発において,これまで急性期におけるプラセボ対照試験が実施されてこなかった主な理由は,プラセボを使用することに対する治験担当医師の懸念であると思われる。しかし,プラセボ対照比較試験は新薬の有効性および安全性について科学的な根拠を明らかにするための重要な方法である。今回,新たに開始された抗うつ薬のうつ病急性期におけるプラセボ対照用量反応試験のデザインを紹介するとともに,抗うつ薬の開発におけるプラセボ対照試験の必要性について,倫理的および科学的な面から考察した。
Key words : placebo, ethics, depression, EBM

■症例報告
●Paroxetineによる耐糖能の改善が考えられた糖尿病を伴ううつ病の1例
岩田正明 挾間玄以 白山幸彦 植田俊幸 吉岡伸一 川原隆造
 Paroxetineは副作用の少なさから高齢者や基礎疾患を有する患者に広く使用されている。今回我々は,糖尿病を合併したうつ病患者に同薬を使用したところ,抑うつエピソードの改善とともに耐糖能の改善を認めた1例を経験した。この薬理学的機序としてparoxetineの使用によりセロトニンが増加した結果,インスリンに対する感受性が亢進し血糖値が低下した可能性や,食事摂取行動に影響を与えカロリーの摂取量を正常化させた可能性が考えられた。一方,三環系抗うつ薬はセロトニンのみならずノルアドレナリンも増加させる。ノルアドレナリンの増加はインスリン放出の減少や,インスリン感受性の減少を来すために耐糖能を悪化させると考えられることから,糖尿病を有するうつ病患者に対してはparoxetineをはじめとした選択的セロトニン再取り込み阻害薬を第一に選択すべきと考えられた。
Key words : Selective Serotonin Reuptake Inhibitor(SSRI), serotonin(5―HT), Hypothalamus―Pituitary―Adrenal axis(HPA axis), insulin sensitivity, intake pattern

●Milnacipranの追加投与で改善した精神病性うつ状態の症例
陳元太 明石惠司 田伏薫
 最近定型精神病薬または非定型精神病薬等で治療中の患者に出現した抑うつ状態において,三環系抗うつ薬,SSRI,SNRI等の抗うつ薬の併用によって抑うつ症状が改善したという症例が数多く報告されている。臨床医としては,抗うつ薬と抗精神病薬の併用療法に際して,副作用を危惧しつつも臨床効果を期待するあまり,経験的に投与する場合が多いのが現実である。作用機序の相反する複数の薬剤を,神経薬理学的な相互作用が充分に解明されていないままに併用することには慎重にならざるを得ないが,切迫した希死念慮の強い症例等,対応に苦慮させられる症例が実に多いのも事実である。今回肝臓のCYPシステムによってはほとんど代謝されない,即ち他剤との併用で阻害を受けにくいと思われる,本邦初のセロトニン,ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)であるmilnacipranの併用が精神病性うつ状態に効果のあった6症例を報告する。
Key words : psychotic depression, SNRI, milnacipran, pharmacothrapy, polypharmacy

■総説
●ドパミン仮説からみた統合失調症の病態と治療的展望――Haloperidolからaripiprazoleへ――
石郷岡純
 Haloperidolをはじめとする従来型の抗精神病薬は,D2受容体完全アンタゴニスト,高親和性,選択性という3条件を開発の思想としてきた。しかしこれらの方向性における治療的限界が明らかになって以降,新たな開発の方向性はD2受容体以外の遮断や低親和性へと拡散した。近年,ドパミン仮説は大きな修正を迫られ,従来の単純な過剰説から,中脳皮質下・辺縁系の過活動と前頭の低活動という統合失調症の二面性を説明する学説へと発展しつつある。これに伴い,統合失調症の治療目標は,ドパミン機能を抑制することではなく,むしろその回復にあると考えられるようになった。D2受容体部分アゴニストや低親和性アンタゴニストは,生理的なドパミン濃度の変動に対し,生体の機能をダイナミックに調整しようとする特色をもつ点において,統合失調症に対する新たな治療的展望を付与するものと考えられる。
Key words : schizophrenia, dopamine, vulnerability, partial agonist, aripiprazole