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■展望
●治療抵抗性,治療不耐性症例への対応
内田裕之 渡邊衡一郎
 様々な向精神薬が新たに開発され,その作用・副作用の両面において,その恩恵を蒙る患者がいる一方で,依然,治療に十分な反応を示さない“治療抵抗性”が多く存在する。精神科における二大疾患と言える統合失調症とうつ病の治療抵抗性の概念を概観すると,薬物療法への反応性に終始していることが多く,これは定義の単純化という側面があると同時に,我々の治療態度を反映しているものかもしれない。薬物療法は患者の自己治癒能力を賦活する一助になるという観点から,薬物療法のみに固執するのではなく,休養をとらせつつ,精神療法・作業療法・デイケアなど様々な治療を組み合わせることでその効果を十分に発揮させる必要がある。しかし,このような努力にもかかわらず,“治療抵抗性”にとどまる患者が間違いなく存在し,こうした患者こそ真の治療抵抗性と呼ぶべきかもしれない。
Key words : treatment―resistant, treatment―intolerant, schizophrenia, depression

■特集 公募論文:治療抵抗性、治療不耐性症例への対応
■原著論文
●新規抗精神病薬2剤併用療法の有効性と臨床効果に関する検討
藤元君夫  山口成良  宮本礼子  松原三郎
 2003年10月中に当院外来受診した統合失調症圏患者546名の内,risperidoneとolanzapineの併用17名(R/O群),risperidoneとquetiapineの併用14名(R/Q群)の新規抗精神病薬2剤併用療法を受けている患者群がみられた。これら2群の患者について併用療法の有効性と臨床効果を検討した。調査開始後1年間の薬剤の維持率はR/O群では82.4%,R/Q群では78.6%で,再入院率はR/O群では5.9%,R/Q群では7.1%であった。R/O群では,BMI,総コレステロール値,1例の血糖値で,R/Q群では錐体外路症状の出現頻度と抗パーキンソン薬の使用頻度,血中プロラクチン濃度で高い傾向がみられた。Global Assessment of Functioning scoreは併用療法により,R/O群では47.2±9.3から59.3±7.6に,R/Q群では54.8±4.9から59.7±6.5に有意に改善されていた(それぞれp<0.001,p<0.05)。併用療法は治療抵抗性の患者に対しても有効性と臨床効果が認められた。
Key words : combination therapy, second―generation antipsychotic drug, schizophrenia spectrum, treatment―resistant, effectiveness

■症例報告  ●Risperidone内用液の短期高用量増強療法が功を奏した著しい興奮を呈し処方変更を拒否する統合失調症の難治入院症例
渡部和成
 著しい興奮を呈し処方の変更を拒否する難治性の慢性統合失調症入院患者の治療の工夫について報告した。内服薬の変更は拒否されできないため,risperidone内用液を使用した。この内用液の短期高用量増強療法の結果,患者を早期に隔離室から退室させることができた。また,隔離室退室後速やかに,患者を患者心理教育に参加させ得た。その結果,患者は,過去に比べ,はるかに短い入院期間で退院することができた。これは,高用量のrisperidone(内用液と定期の錠剤)による強い鎮静作用と認知機能改善作用によるものと考えられた。著しい興奮を伴う精神症状の悪化の基盤となっているdopamine(DA)神経系の過活性化状態を抑制するには,risperidoneによるDA神経細胞体上のD2自己受容体遮断を介する腹側被蓋野(A10)DA神経細胞の脱分極性不活性化が必要であるため,高用量のrisperidoneが必要であったと考えられた。また,この症例のように服薬内容の変更を拒否する患者であっても投与が可能であるため,risperidone内用液は有用であると考えられる。
Key words : treatment―resistant, high dose, oral solution of risperidone, schizophrenia

●セロトニン再取り込み阻害薬にperospironeの付加投与が有効であった巻き込み型強迫性障害の5症例
吉田卓史 秋篠雄哉 松本良平 渡邉明 山下達久 多賀千明 福井顯二
 巻き込み症状を認めるOCD患者に対してSRIへのperospironeの付加投与により改善した5症例を報告した。いずれの症例でもperospirone付加投与後1〜3週目には強迫症状の改善を認めた。特に巻き込み症状を認めるOCD患者は衝動行為を伴うことも多く,積極的な薬物療法により速やかに症状を改善する必要がある場合が多い。Risperidoneの付加療法が無効な場合においてもperospironeの付加療法が有効な症例が認められた。SRIへのperospirone付加投与は,従来より報告されているrisperidoneと同様のセロトニン・ドーパミンアンタゴニストとしての作用に加え,5HT1Aパーシャルアゴニストとしての相互効果も期待できると考えられる。SRI単剤治療に抵抗性のOCD患者に対し,特に急性期においてperospironeの付加投与は1つの選択肢として検討する価値があると思われる。
Key words : obsessive―compulsive disorder, perospirone, augmentation, involvement of others

●Quetiapineにより多剤併用療法を脱した統合失調症の3例 ――抗精神病薬切り替えの適応とタイミングについて――
太刀川弘和 芦澤裕子 上月英樹 水上勝義 朝田隆
 Quetiapine投与により抗精神病薬の単剤化もしくは大幅な減量に成功した治療抵抗性の統合失調症緊張型の3例を報告した。1例目は23歳学生。精神運動興奮を呈し,他の非定型抗精神病薬も無効で,多剤併用に至った。2例目は34歳男性。亜昏迷状態を呈し,他剤投与により昏迷状態は改善したが,自閉となった。3例目は32歳女性。著しい幻覚・妄想と精神運動興奮から5年以上多剤大量療法が行われていた。いずれの症例も抑うつ・不安が前景にあり,quetiapineの投与により速やかに症状が軽快し,多剤併用療法から脱却し得た。Quetiapineを治療抵抗性の症例や他剤からの置換で用いる場合には,急性期を避け,他剤投与後に抑うつや不安が目立つ症例を適応として,比較的高用量で追加投与し,時間をかけて置換していくことでその有効性が発揮されると考えられた。
Key words : quetiapine fumarate, drug―resistant schizophrenia, atypical antipsychotics, depression

●治療抵抗性統合失調症における併用療法の有効性について ――10年以上に亘り行動制限を解除できなかった症例を通じて――
川上博
 精神科病院入院中の患者の中には,種々の治療を試みたにもかかわらず病状の改善には至らず,長期に亘る入院治療を余儀なくされる症例が少なくないが,中でも激しい精神症状のために繰り返しの行動制限を必要としその対応に難渋するケースがある。今回筆者は,定型抗精神病薬の多剤大量療法からrisperidone・valproic acidの併用療法へ切り替えることで薬物総投与量の漸減と精神症状の改善に成功したが,10年以上に亘り隔離による行動制限を解除できなかった患者に対して,さらにquetiapineを併用し隔離の完全解除に至った症例を経験したので報告する。本症例の経過を「精神症状」「1日の隔離時間」「投薬内容」の3点から評価し,それぞれの関連を検討した。なお,「精神症状」についてはMarderらの方法に従い,PANSSの5項目(陽性症状,陰性症状,思考解体,敵意・興奮,不安・抑うつ)を用いて評価した。その結果,隔離の緩和と最も相関が高かったPANSS項目は「敵意・興奮」であったが,隔離の完全解除のためにはさらに「思考解体」の改善が必要であった。本症例ではrisperidone・valproic acidにquetiapineを組み合わせることで,両項目が改善し,隔離の完全解除が可能となった。本症例のような治療抵抗性統合失調症で,定型抗精神病薬の多剤大量療法からの脱却をめざしつつ,精神症状の改善を図る場合には,個々の病像に標準を合わせて非定型抗精神病薬やvalproic acidなどの併用を行うことも選択肢の1つになると思われる。
Key words : PANSS, combination therapy, polypharmacy, monotherapy, refractory schizophrenia

●若年発症の統合失調症におけるsodium valproate併用療法の有効性
岡田俊 久保田学
 13歳時に独語空笑で発症し,14歳時に急性増悪して入院した統合失調症の女児。幻聴や妄想気分に支配された不安困惑状態にあり,lorazepamで鎮静を図りつつrisperidoneを処方するも変容感や興奮が持続した。Olanzapineを追加投与するも,錐体外路症状が増強するのみで陽性症状は改善せず,長期の隔離を要した。しかし,抗精神病薬減量後olanzapineにsodium valproateを併用したところ,速やかに幻聴や思考障害が改善した。二重盲検により新規抗精神病薬へのsodium valproate併用の有効性が報告されているが,統合失調症の児童を対象にした検討はなされていない。本症例の経過は,sodium valproateが脳波異常や気分障害への効果としてではなく,olanzapineの抗精神病作用を増強したと考えられるものであった。Sodium valproateの児童への安全性が十分に検討されてきたことを考えると,薬剤への反応が不良な統合失調症の児童に対して,sodium valproate併用を試みることが推奨しうる選択肢になると考えられた。
Key words : augmentation therapy, sodium valproate, olanzapine, adolescent, early―onset schizophrenia

●SSRIによるactivation syndromeも併発し,非典型的な軽躁状態を呈した双極II型障害の1症例
辻敬一郎 田島治
 抑うつ症状で発症し,うつ病の診断で治療開始となったが,その治療経過中に軽躁状態を呈したため,診断を双極II型障害に変更しlithium中心の治療を行ったことにより,気分変動や情動面の不安定さが軽減された1症例を報告した。近年指摘されているbipolarityの確認の遅れや,本症例経験当時は認識されていなかったSSRIによるactivation syndromeやwithdrawal syndromeの出現が,確定診断や適切な治療導入を遅らせ,症状の遷延化や治療抵抗性を招いたものと思われた。今日の視点で本症例を振り返り,気分障害の治療開始時には,背後に潜むbipolarityを見落とさないことと,経過中にみられる症状の出現や変化の原因探索と的確な判断の重要性を再認識した。
Key words : bipolar II disorder, bipolar spectrum, SSRI(selective serotonin reuptake inhibitor), activation syndrome, withdrawal syndrome

●C型肝炎に併発し亜鉛補充療法が奏効した治療抵抗性うつ病の1症例
太田共夫 河村代志也 嶋田宏 高畑聡 吉崎敦雄
 我々は,重複うつ病の経過を示し,既知のうつ病治療に抵抗した1女性症例に対して亜鉛補充療法を付加した。その結果,初めて寛解導入を得たためその治療経過を報告する。反復する大うつ病エピソードに対して,milnacipran hydrochloride,fluvoxamine maleateの単独投与,lithium carbonate(Li),methylphenidate hydrochlorideの付加,electroconvulsive therapy(ECT)を順に施行したが十分な効果を認めなかった。亜鉛欠乏の高リスク群である慢性C型肝炎を併発した症例特性を勘案し血清亜鉛低値を確認後,亜鉛値をモニターしつつ経口的にpolaprezinc150mg/日を付加し,亜鉛付加4ヵ月後に寛解導入を得た。亜鉛欠乏の是正がうつ病治療に関与する機序として,NMDA受容体を始めとする各種グルタミン酸受容体サブタイプに対する抑制,細胞性免疫機能亢進の是正,が基礎的知見として報告されている。本症例治療経過は低亜鉛血症を示す治療抵抗性うつ病例に対する亜鉛補充療法の有効性を示唆するものである。
Key words : zinc deficiency, chronic hepatitis C infection, treatment―resistant depression

●治療困難であった単一症状性心気精神病の3症例
井上賀晶 小嶋秀幹 後藤牧子 中野雄一郎 池ノ内篤子 中村純
 心気妄想を主症状とする妄想性障害(身体型)の薬物療法には,抗精神病薬が有効な場合と抗うつ薬が有効な場合とがある。臨床的に妄想性障害(身体型)と妄想性うつ病との鑑別診断が困難な場合を時に経験する。1980年にMunroは単一症状性心気精神病(monosymptomatic hypochondriacal psychosis)を提唱したが,今回提示した3症例はその診断基準によく当てはまっていた。症例1,2は受診初期から妄想性障害(身体型)と診断したが,いずれも抑うつは二次的であり,結果としてparoxetine単剤あるいは,paroxetineとrisperidoneの併用が効果を示した。一方,症例3は当初妄想性うつ病と診断したが,paroxetineが無効であり,olanzapineに変更して効果が得られた。
Key words : monosymptomatic hypochondriacal psychosis, delusional disorder somatic type, hypochondriasis, atypical antipsychotics, antidepressants

●遅発性ジストニアに対するA型ボツリヌス毒素製剤の使用経験
木村卓 岩田健司 高橋長秀 齋藤真一 前野信久 舟橋龍秀 関谷亮子 尾崎紀夫 稲田俊也
 抗精神病薬の投与中に出現した頸部を中心としたジストニアに対してA型ボツリヌス毒素製剤による治療を行った2症例の臨床経過を報告し,その有効性と今後の課題について検討した。この2症例は,症例1が従来型抗精神病薬の投与後に,また症例2はrisperidoneの投与後に,Burkeらの基準を満たす遅発性ジストニアを発症し,いずれも日常生活に大きな支障をきたし,抗精神病薬の変更や減量およびベンゾジアゼピン系薬剤や抗コリン性抗パーキンソン薬など既存の治療薬では改善が認められなかった症例である。ボツリヌス治療を3回ずつ行ったところ,抗精神病薬を一時期中止して経過を見ていた症例1では中等度の改善を示したが,精神症状の悪化のため非定型抗精神病薬を継続的に使用しなければならなかった症例2では一時的な改善効果はみられたものの抗精神病薬の増量により遅発性ジストニアの再燃がみられ,その効果は限定的なものであった。両症例とも抗精神病薬の中止もしくは変更を行った後に,精神症状の一時的な増悪が認められた。抗精神病薬を継続して服用している精神疾患患者にみられる遅発性ジストニアのボツリヌス治療については,効果が限定的になる場合があるものの,他に有効な治療法がない現状では,まず第一に検討すべき治療的試みの1つであると思われた。
Key words : treatment resistant schizophrenia, tardive dystonia, Botulinum toxin A, atypical antipsychotics, extrapyramidal syndrome

●幻聴を合併し,治療不耐性を示したMEN type1の1例
高橋杏子 冨高辰一郎 氏家由里 坂元薫 岡本高宏 石郷岡純
 多発性内分泌腫瘍症(MEN)1型の56歳男性に幻聴を主とする精神病症状が出現した。MENに精神病症状が併発することは文献的にも非常に稀である。治療としてはhaloperidol・risperidone・perospironeを投与したがいずれも少量にて著しいparkinsonismを認めた。遅発性ジスキネジアと思われるような口唇の不随意運動も出現したために抗精神病薬は中止せざるを得なかった。またMENによる二次性糖尿病,頻回のsubileusの既往などから他の新世代型抗精神病薬や抗コリン薬の使用も制限された。薬剤性錐体外路症状の病態は未だ解明されていない部分もあるが,本症例の示す薬剤性錐体外路症状の易出現性についてはMENに基づいた何らかの脳ぜい弱性と貧血・低タンパク血症などの身体的要因の関与の可能性が示唆された。
Key words : Multiple Endocrine Neoplasia, extrapyramidal symptom, hallucination

●Perospironeが著効を示した統合失調感情障害の1例
上村誠 木代眞樹 貴家康男
 他の抗精神病薬が無効でperospirone(PES)への切り替えが著効を示した統合失調感情障害(DSM―IV)の1例を経験したので報告する。幻覚妄想や自我障害に対して,sultopride(STP)1200mg,risperidone(RPD)6mg+STP1000mg,nemonapride(NPD)50mgのいずれも無効であったが,NPDを30mgに減量,PES24mgを上乗せし,わずか数日で著効を認めた。その後,服薬不遵守で再燃した際にも,zotepine125mg+lithium carbonate(Li)800mgで軽度悪化,RPD6mg+Li1000mg+haloperidol筋注5〜10mgで軽度改善のみであったが,PES48mg+Li1000mgへの切り替えによって速やかな改善を認め,その後1年間寛解維持されている。奏効機序は不明と言わざるを得ないが,PESの5―HT1A agonist作用の関与の可能性が否定できないものと思われた。
Key words : perospirone, schizoaffective disorder, hallucination, delusion

■総説
●SSRI――わが国におけるうつ病治療の最前線
石郷岡純
 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は,わが国で使用可能になってから5年以上が経過し,うつ病治療の中心的役割を果たしている。現在本邦において使用可能なSSRIはparoxetineとfluvoxamineの2剤であるが,今後は欧米同様にその薬剤数の増加が見込まれる。SSRIは薬剤毎に薬物動態プロファイルが異なるため,薬物相互作用や臨床使用において注意点が異なることが知られている。したがって,これまでの知見を整理して正しい理解を得ることが臨床使用に際しても重要である。本稿ではさらに国内における最新の臨床試験成績にも触れながら,SSRIの適正使用に必要な情報について総括した。
Key words : SSRIs, efficacy, safety, pharmacokinetics, paroxetine, fluvoxamine