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■展望
●精神科病院のダウンサイジングと治療技法の進展
藤井康男
 欧米で議論され実践されてきた治療技法はわが国に次々と紹介され,導入されてはきた。しかしそれらの治療技法が,どのような全体的戦略と要請の中で作り出されたのかを,我々は理解していたであろうか。本稿では統合失調症を中心とした慢性精神病患者への治療技法の変遷を時間軸によってまとめ,欧米とわが国を対比する中で,我々の困難な状況を整理しようと試みた。1950〜60年代での抗精神病薬導入は,欧米では入院患者減少と地域リハビリテーションの模索に結びつき,1970〜80年代で精神病床は大幅に削減(ダウンサイジング)され,病棟スタッフが地域に移行すると共に,公的精神科病院を中心とした地域責任分担制の成立,各種心理社会治療やデポ剤維持治療の発展など地域ケアの充実がもたらされた。1990年代に入って,公立単科精神科病院の閉鎖(クロージング)が現実のものとなり,これに伴ってAssertive Community Treatment(ACT)などの強力な地域治療が実践され,自傷・他害を含めた様々な問題を抱えた重症患者に対しても退院促進が試みられるようになった。そして,clozapineなどの新規抗精神病薬のもっとも大きな役割の一つはこのような重症患者への地域での下支えであった。一方,わが国では1950〜60年代の抗精神病薬導入は,私宅監置から精神科病院への入院促進と精神病床増加の時期に重なり,ダウンサイジングをもたらすことはなかった。そして1960年代初頭には病院内寛解という概念が作られ,1970〜80年代での地域ケアへの乗り遅れによって過大な精神病床と多くの社会的入院患者が生みだされた。このような治療環境下で,多剤大量処方,デポ剤導入の遅れ,clozapineの未導入など多くの歪みがわが国の治療技法にもたらされた。近年,ACTに注目が集まっているが,精神病床のダウンサイジングを経ずにACTの世界に移行することなど考えられない。まずはダウンサイジングと社会的入院患者の地域への退院,訪問・デイケアなどを含めた地域スタッフの強化,高機能の急性期治療体制の構築が必要である。そしてこのダウンサイジングと患者の地域移行過程の中で,欧米で培われた治療技法をわが国の臨床の場で試し,身につけなければならない。これらのプロセスを通過してはじめて,ACTなどの地域治療がわが国の臨床の中で実行可能なものとして見えてくるであろう。病院毎の独立採算が優先されるわが国の医療体制の中で,これらを実行することは容易ではないが,近年ようやくそのチャンスが回ってきたのかもしれず,今後はさらなる積極的な取り組みが欠かせない。
Key words : downsizing, closing, depot neuroleptics, sectorization, assertive community treatment, atypical antipsychotics

■特集 精神医療の新たな展開と治療技法
●ACT導入に伴う統合失調症治療技法の変化
西尾雅明
 ACT(Assertive Community Treatment)は,重い精神の障害をもつ人々が病院の外で質の高い生活をおくれるように,様々な職種の専門家から構成されるチームが援助するプログラムである。ケースマネジメントの中でも最も集中的・包括的なモデルの1つであり,利用者が実際に暮らす環境に出向く訪問の形でほとんどのサービスが提供される。重い精神障害をもつ人々のためのプログラムなので,加入基準を満たす者のみが対象となるが,国立精神・神経センター国府台地区で実施されているプログラムの対象は,精神医療の頻回利用者である。今後,病状のために長期入院を余儀なくされている重い精神障害をもつ人々を対象とする際には,国府台とは異なる加入基準が設定されなければならない。地域生活支援の新しい形であると認識されることが多いACTではあるが,個々の利用者との関わりや治療技法に関しては,既存の薬物療法,心理社会療法を適切に組み合わせることが基本となる。その新しさは,「重い精神障害をもつ人でも地域で暮らしていく権利がある」などの理念と,それを可能にするためのプログラム構造上の特徴にある。
Key words : Assertive Community Treatment, team approach, schizophrenia, pharmacotherapy, psychosocial treatment

●地域精神医療と精神科救急体制
来住由樹
 岡山県における精神科救急医療システム整備事業は,1998年(平成10)年,2圏域での輪番制により制度化され,365日24時間対応となっている。精神科救急医療について,救急における他機関との連携について,精神科救急医療の前後をみとおして検討した。とりわけ司法との役割分担と連携について,覚醒剤依存症者のトリアージュ,精神科救急における司法との双方向性の連携と同時関与のあり方についての現況について報告した。また児童福祉との役割分担と連携についても検討し,児童福祉法上の一時保護及び少年法と精神科救急実務の関係について報告した。また患者の社会経済的状態,過去の病歴,身体疾患の既往と現在の状態について十分には把握できないまま,診療を行い,入院の必要性等についても評価するほかない場面も多い精神科救急実務上での課題について,入り口と出口にわけて考察した。
Key words : emergency psychiatry, community care, metamphetamine, criminal justice system

●ダウンサイジングの時代における民間精神科病院の取り組み
松原三郎
 平成14年時点で,日精協会員病院は1,217病院あり,1病院あたりの病床数の平均は247.8床である。また,100〜199床の病院が36.4%と最も多く,300床未満の病院が4分の3を占めている。急性期治療病棟や療養病棟など包括制病棟を導入している病院は全病院の60.3%に及んでおり,病床の機能分化が急速に進んでいる。デイケアや社会復帰施設の付設についても,過去10年の間に5倍近くにまで伸びている。民間精神科病院は,病床の機能分化と社会復帰機能の向上の両面から改革が進んでおり,平成14年マスタープラン調査から得られた結果をもとに,精神症状や能力障害が比較的軽度な入院患者の退院に向けた活動を開始している。しかし,このためには,社会復帰施設等の充実がぜひ必要である。
Key words : private psychiatric hospital, long stay patients in psychiatric hospital, psychiatric community care

●新規抗精神病薬治療と再発・入院期間の変化
澤田法英 藤井康男
 入院の短期化や病床削減を実現させるためには,維持治療成績を改善させ,入院長期化防止が可能である薬物療法を検討することが大切である。新規抗精神病薬治療では,従来型抗精神病薬よりも再発率が低いことで多くの報告が一致しており,この差異はrisperidoneとolanzapineで顕著で,2年間の経過観察を行うとこの結果が際立っていた。さらに,経口新規抗精神病薬はデポ剤と同等以上の維持治療成績が得られているが,現実の臨床の中でのさらなる検討が必要であろう。入院期間については,新規抗精神病薬が従来型抗精神病薬よりもこれを短縮化させるという結果が多く報告されている。こうした入院期間の短縮化は,軽症から中等症の統合失調症患者で顕著であり,短縮化の要因としては新規抗精神病薬の効果発現の早さと急性期治療の短縮化が関与している。再発率を抑え,入院期間を短縮させる効果から,欧米では新規抗精神病薬のコストエフェクティブネスについてかなりの検討が加えられている。我が国でも長期入院を削減しようとする動きがみられてきているが,我が国ではこの領域の検討が少なく,今後研究が必要と思われる。
Key words : schizophrenia, relapse, hospitalization, atypical antipsychotics, cost―effectiveness

●そして45名いなくなった:長期在院患者の退院促進マネジメントと新規抗精神病薬の役割
宮田量治
 山梨県立北病院では,300床から200床への病床削減をともなう機能強化プランの実現に向けて,平成14年以降,組織的な退院促進がはかられているが,その経験から,長期在院患者の退院促進マネジメントの重要性をあらためて感じている。退院促進のターゲットは長期在院患者であり,その数の減少が退院促進にはもっとも影響すると考えられるためである。そこで,本稿では,北病院において行われてきた長期在院患者の管理,退院促進への具体策と問題点について言及した。さらに本稿の後半においては,平成8年以降に登場した新規抗精神病薬が退院促進にどのようなインパクトを与えたかを,その使用を積極的にすすめてきた県立北病院における処方調査をもとに考察した。これによると,長期在院患者の退院促進にはolanzapineが特に有利に働く可能性があったが,今後さらなる検討が必要と考えられた。
Key words : return to the community, long hospitalized patient, atypical antipsychotic drug, downsizing of a psychiatric hospital

●重大な犯罪を犯した精神障害者の治療 ――熊本県立こころの医療センターの経験から――
花輪昭太郎 濱元純一 本島昭洋 井形朋英 大塚直尚 牛島洋景 小笠原愛  松本武士 杉本啓介 酒井透 福永竜太 山口日出彦
 重大犯罪,とくに殺人を犯した精神障害者(患者)は,疾患と犯罪の2つの問題を持つ。疾患は治療可能と言えるが,犯罪は,患者の生育歴,家族環境,教育歴,人格等種々の問題が絡み,多くは対人関係に障害があり,心理社会的援助や教育的アプローチなど幅広い取り組みが必要とされる。しかしわが国では,患者への専門治療はなく,本院においても多職種によるチーム医療など及びもつかず,暗中模索の治療を行っている。幸いにも本院は,アメニティに富んだ活気のある病院であり,患者にも開放的処遇をしながら,患者が自分の問題に気づくように,行動療法的・認知療法的治療,精神療法,マネジメント等を,理解と支持にこころがけながら根気強く行っている。本稿では,攻撃性の強い入院例を提示するが,本院のありのままの医療を敢えて述べ,患者に対する専門治療の必要性を示唆したい。
Key words : severely offending mental patient, difficult patient, treatment and management, psychosocial treatment, rehabilitation

■総説
●非定型抗精神病薬の現状と切り替えの方法 ――単剤療法の可能性を探る――
田島治
 非定型抗精神病薬が導入されて以来,わが国では統合失調症治療における多剤併用・大量投与の問題が大きくクローズアップされ,単剤投与への切り替えによる患者中心医療への転換が期待される段階に入った。しかし,非定型抗精神病薬は,今日,種々のガイドラインなどで推奨されてはいるものの,一方ではそのメリットを否定する研究も存在しており,非定型抗精神病薬に対する評価は必ずしも一様とはいえないのが現状である。したがって,単剤療法への切り替えを実施する場合は,切り替えようとする薬剤に固有のベネフィットとリスクを見極めた上で,適応・禁忌,原則,方法を慎重に吟味していく必要がある。本稿では,単剤療法の考え方,非定型抗精神病薬をめぐる主な論点を紹介し,さらに今日推奨されている切り替え方法の概要について解説した。
Key words : atypical antipsychotic, schizophrenia, switching, aripiprazole

■原著論文
●新規抗精神病薬導入前後の急性期入院治療技法の変化
宮地伸吾 藤井康男 宮田量治 輿石郁生 嶋田博之 岩崎弘子  三澤史斉 市江亮一 小林美穂子
 入院時に静脈注射により鎮静化が必要な激越・興奮が著しい精神病圏症例の急性期入院治療について,各病院や医師ごとに様々な慣行的方法がとられており定型化した治療方法が定まっていない。身体拘束下でhaloperidolの点滴静脈注射や抗精神病薬の筋肉注射を行っていることが現在でも多く,急性期入院治療が新規抗精神病薬によってどのように変化しているか十分検討されているとは言い難い。そこで我々は山梨県立北病院における睡眠薬静脈注射による保護室強制入院例について,新規抗精神病薬導入前後の治療状況を調査した。期間と症例数は導入前が1995年1月1日〜1996年5月31日(45例),導入後が2002年11月6日〜2003年7月31日(55例)である。導入前の入院時主剤はhaloperidolが80%,fluphenazineが11%,4週後はそれぞれ72%,19%で,抗精神病薬投与量は入院時520.0±281.3mg,4週後702.7±508.3mg,抗パーキンソン薬投与量と併用率は入院時2.3±1.1mg,87%,4週後2.8±2.0mg,86%であった。導入後の入院時主剤はrisperidoneが63%,fluphenazineが20%,olanzapineが13%と大きく変化し,4週後はそれぞれ48%,26%,16%となった。抗精神病薬投与量は入院時457.6±337.5mg,4週後515.0±394.7mgであった。抗パーキンソン薬投与量と併用率は入院時0.5±1.2mg,18%,4週後1.0±1.4mg,43%と減少した。速効性筋注製剤は導入前は入院4週間以内に82%の症例に行われ,投与量はhaloperidol2.5±3.4アンプル/1症例,levomepromazine2.9±3.9アンプル/1症例であったが,導入後はこれが46%,0.5±1.2アンプル,1.0±1.7アンプルと減少した。Fluphenazine enanthate使用例は導入前40%,導入後33%とやや減少した。導入前後ともに身体拘束例はなく,ECTは導入前8例,導入後4例に施行されていた。保護室隔離期間と入院期間は導入前14.5±16.1日,136.5±158.4日であったが,導入後は5.5±4.1日,57.9±45.5日と明らかに短縮した。これらの結果から,新規抗精神病薬による急性期入院治療技法の変化は,明らかな進歩を臨床現場にもたらしたと考えられる。
Key words : agitated psychotic patients, atypical antipsychotics, psychiatric emergency rooms, length of admission, intramuscular injection, risperidone

●PerospironeとrisperidoneのD2阻害作用の日内変動 ――血清prolactin変動を指標にして――
武田俊彦 羽原俊明 佐藤創一郎
 Serotonin dopamine antagonist系抗精神病薬に分類されるperospirone(PRS)とrisperidone(RIS)の血清prolactin(Prl)濃度の変化を経時的に測定し,それぞれの薬剤の中枢dopamine2受容体(D2)への阻害作用を検討した。対象は,入院中の統合失調症男性患者で,2週間以上同一量のPRSまたはRISを服用している症例とした。PRSまたはRISを18:00に経口服用し,同日の20:00,翌日の7:00と17:00に採血を行いPrl濃度を測定した。PRS群では翌日9:00に服薬している症例も対象に含めた。結果,PRS群(5例)のPrl濃度は,全ての症例で服薬後2時間(20:00)で有意(P<0.012)な高値を示し(67.1±31.1ng/ml),13時間後には正常レベル(3.9±0.7ng/ml)まで低下し,23時間後も正常レベル(3.2±2.1ng/ml)を示した。一方RIS群(5例)は,測定した3ポイントいずれでも一定して高値(41.1±14.0,40.8±13.5,35.2±10.6n/ml)を示した。これらの結果から,PRSは中枢D2に対して一過性に阻害作用を示し,RISは持続性の阻害作用を示すことが示唆された。
Key words : dopamine2―receptor, perospirone, prolactin, risperidone, SDA

●前治療薬からolanzapineへの切り替え試験 ――48週までの解析結果――
藤井康男 高橋道宏
 前治療抗精神病薬からolanzapineへの安全で効果的な切り替え方法を提案・検証することを目的として,前治療薬の主剤を中止する時期である第I期(8週),主剤以外の併用抗精神病薬を中止する第II期,併用抗パーキンソン薬を中止する第III期(24週),olanzapine単剤治療での長期的な効果を検討するフォローアップ期(48週)からなる長期間の市販後臨床試験を行った。第I期についてはすでに報告したので,今回は第II期からフォローアップ期までを中心に全体の試験結果をまとめた。「切り替え成功」を「少なくとも主剤がolanzapineに置き換わっている」,投与開始時と比べ「BPRSが不変又は改善」「DIEPSS合計点が不変又は改善」「AMDPの中等度以上の有害事象数が不変又は減少」のすべてを満たす場合と定義すると,24週時点では110例中61例(55.5%),48週時点でも49例(44.5%)が切り替え成功例であった。切り替え成功率は,単剤治療例でやや高い傾向があったが,多剤併用例,chlorpromazine換算総量別,入院例・外来例などでほぼ同等であり,本試験で提案した切り替え方法は幅広く臨床応用可能なことが明らかになった。BPRS合計点は8週終了時点で4.9,24週時点で6.7減少し,以後はこれがフォローアップ期終了まで持続した。各クラスター別合計点では,陽性症状,陰性症状,抑うつ,認知障害の各クラスター合計点が有意に改善し,特に陰性症状,認知障害,抑うつが経時的に一貫して改善する傾向が示されており,olanzapineのこれらの症状への有効性を示唆していた。CGI疾患重症度では,単剤,多剤で治療されていた症例によらず第I期終了時には境界域〜軽症例が増加し,中等症例が減少し,第III期終了時点では正常例と判断された症例が出現し,正常例〜軽症例の増加と中等症例の減少が観察された。医師,患者,及び患者の家族によるCGI全般改善度で著明改善があるとの評価は患者,家族,医師による評価の順で多く,EuroQolを用いた主観的QOLの検討では,切り替えによって「ふだんの活動」「痛み/不快感」「不安/ふさぎ込み」に関する項目で改善が認められていた。これらは,olanzapineへの切り替えと併用薬物の整理に伴う陰性症状,抑うつ,認知障害などの改善をユーザーが敏感に捉えている可能性を示唆している。DIEPSSによる錐体外路症状評価では,経時的な改善を認め,いずれの時点においても有意な改善であった。AMDPシステムにより集計した有害事象で中等度又は高度と判断された症例は,第I期(8週間時点)では口渇と倦怠が5%以上,食欲亢進,渇感亢進,悪心,頭重が2%以上増加した。しかし,「倦怠」「口渇」に関しては,その後経時的に減少し,試験終了時(48週時点)には開始時に比べいずれも5.7%減少し,これらは経過を観察することで多くは改善することが今回確認された。臨床検査値では,血清プロラクチン値はフォローアップ終了時(48週時点)には試験開始時に比べて統計的に有意に低下した。本試験中に著しい高血糖や糖尿病性ケトアシドーシスなどの糖尿病の急性合併症は出現しなかったが,4例(4.0%)で血糖値が新たに糖尿病型を示した。体重の平均値の変動は,開始時63.23kg,終了時63.78kg(0.55±4.43kg)でわずかであり,また個体間のばらつきが大きかった。
Key words : olanzapine, switching, atypical antipsychotics, polypharmacy, efficacy, safety, QOL