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■特集 薬物療法はいつまで続けるべきか

●精神病性障害における薬物療法の維持・減量・中止基準
渋谷太志 塩入俊樹 染矢俊幸
 統合失調症を中心とした精神病性障害は一般的に完治の困難な再燃性の病態を持つと言われ,維持療法の重要性が示唆されている。その一方で1回のエピソードの後,再燃を起こさず予後の非常に良い症例が存在することや遅発性ジスキネジアといった副作用の問題などから,全ての症例で漫然と薬物療法を継続することには疑問が投げかけられている。本稿では,どのような患者が,どのような維持療法をどの程度の期間受けた後に薬物療法を中止できるのか,また薬物療法を継続する場合にどの程度まで薬物の減量が行えるか,これらに関する報告を調査して考察を加えた。しかしながら,統合失調症の研究においてさえ,長くとも数年の観察しか行えていないものがほとんどであり,統合失調症以外の精神病性障害の研究に関しては有用なデータは皆無に等しい。今後は統合失調症はもとより,特に統合失調症以外の精神病性障害の長期治療研究が必須である。
Key words : psychotic disorder, schizophrenia, maintenance treatment, dosage reduction, discontinuation


●気分障害における継続・維持療法
小川哲男 野村総一郎
 大うつ病・双極性障害ともに急性期治療は確立されつつあるが,再燃・再発予防のための継続・維持治療については必ずしも定見があるわけではない。大うつ病に関する最近のエビデンスによれば,薬物療法の期間の長さが必ずしも抗うつ薬中止後の再発率の低下に結びつくものではないことが示されている。双極性障害についても再発の予防には薬物療法だけでなく,患者固有の再発リスク,さらには再発を予防している要素も同時に評価することが重要であることをあらためて認識させるエビデンスが出始めている。また,抗うつ薬・気分安定薬ともに急激な中止は再燃・再発を招く危険な要因の1つであり,注意深い漸減中止が必要である。寛解後の早い段階での薬物療法の中止が危険であることや,過去の頻回のエピソードを持つ患者が長期の維持療法を必要とすることはほぼ間違いない。しかし,それ以外の場面では個々の患者の特性に応じた判断がなされるべきであろう。
Key words : medication, continuation therapy, maintenance therapy, relapse, recurrence

●不安障害における薬物療法の継続・減量・中止基準
井上猛 朝倉聡 佐々木幸哉 小山司
 副作用が少ないこと,依存性がないことからSSRIは様々な不安障害の治療薬として第一選択薬となっているが,SSRIの長期治療後の断薬の影響についての研究は少ない。パニック障害に関する研究では,imipramineの長期維持療法後の断薬による再燃は少ないが,ベンゾジアゼピン長期維持療法を受けた患者では身体依存,離脱症状のため断薬が困難な例が1/3みられた。社会不安障害ではSSRIによる半年の長期治療後の断薬で1/3が再燃した。強迫性障害では他の不安障害に比べて再燃率が高いことが指摘され,より長期の治療を要することが示唆されている。なお,断薬後の再燃の有無の確認のためには,1ヵ月の観察では不十分で,半年は必要である。多くの研究をまとめると,不安障害の症状が改善しても1年以上(強迫性障害ではより長く)維持療法を行った後に,慎重に漸減し,中止後も半年は定期的(月に1回)に再燃がないかどうかを観察し,再燃がある場合には薬物療法を再開することがすすめられる。
Key words : SSRI, anxiety disorder, benzodiazepine, imipramine, discontinuation

●睡眠障害における薬物療法の継続・減量・中止基準
上田幹人 大川匡子
 睡眠障害に対する,ベンゾジアゼピン(BZ)系睡眠薬の長期投与に関するエビデンスは,現時点ではほとんど存在せず,いつBZ系睡眠薬を減量,中止したらよいのかエビデンスに基づいた指針はない。そのため,BZ系睡眠薬を漫然と長期服用し,常用量依存に陥る症例も少なくない。したがって,睡眠障害が改善した場合,睡眠薬を減量,中止することが望ましい。睡眠薬の中止基準としては,睡眠障害に対する恐怖感が消失しており,睡眠障害およびその原因が改善していることが必要である。また,睡眠薬により副作用が出現している場合には,減量,中止する。一方で,睡眠障害は難治なものが多く,睡眠薬の服用でよい睡眠が得られるようになっても,睡眠薬を減量,中止できない症例が少なくないが,BZ系睡眠薬は必要最小限の臨床用量で継続されるのであれば,長期連用によっても危険性は少なく,睡眠障害患者のQOLを高めるのに有効である可能性がある。
Key words : withdrawal, hypnotics, insomnia, benzodiazepine, discontinuation

●てんかんにおける薬物療法の継続・中止の指針
山磨康子
 抗てんかん薬療法の終結は10〜40%に発作再発のリスクを伴う。再発には多くの要因が影響するが,てんかん・てんかん症候群分類とその重症度,発症年齢,推定原因・基礎疾患,発症から発作消失までの罹病期間など個々の症例に固有の本質的な要因と,発作抑制(寛解)期間や脳波所見の採否など断薬方法に関連した随意的要因に分けられる。従来の報告から,2〜3年の発作寛解期間と脳波上の狭義てんかん発射消失を断薬の原則的な指標とするのが適当と考える。しかし,一律に決められるものではなく,固有の要因,治療過程での反応性などを参考に,発作やてんかん発射の寛解期間,減量速度などは個別に設定すべきである。重要なことは,本人の年齢や環境に即して発作の再発や長期服薬の及ぼす心理・社会・経済的問題も含め,断薬と服薬のリスクと利益を十分説明し,希望や意思も確認しながら,本人,家族,医師の間で話し合って方針を決めることである。
Key words : prognosis of epilepsy, relapse of epileptic seizures, discontinuation of antiepileptic drugs, termination of antiepileptic therapy, epileptic EEG discharges

●抗精神病薬による離脱症候群
加藤正樹 奥川学 木下利彦
 第2世代抗精神病薬がわが国においても統合失調症の第1選択薬となり,単剤化が薬物治療の基本となってきている。ところで従来より第1世代抗精神病薬中心の多剤併用療法を長期間にわたり続け,それなりに病状が安定している症例も数多く存在する。第1世代抗精神病薬の有する錐体外路系副作用の多さ,非可逆的副作用の発現頻度の高さ,再発率の高さ,などが明らかになるに従い,症状が安定している症例においても第2世代抗精神病薬への切り替えが火急の用である。しかし,切り替えに際して抗精神病薬の離脱症状というこれまであまり注意を払われなかった症状が注目されるようになってきた。抗精神病薬による離脱症候群はその発生機序により,コリン作動性離脱とドパミン作動性離脱に分類される。コリン作動性離脱症状は,嘔気,下痢,腹痛,頭痛,焦燥,不安,不眠などの症状が認められる。ドパミン作動性離脱症状は,離脱性ジスキネジア,離脱性アカシジア,Supersensitivity psychosisといった症状が現れる。本稿では上記離脱症候群について概説し,さらにその防止法についても言及する。
Key words : withdrawal syndromes, atypical antipsychotics, withdrawal dyskinesia, withdrawal akathisia, supersensitive psychosis

●抗うつ薬の離脱症状:SSRIsを中心に
寺尾岳
 抗うつ薬の離脱症状に関して,特にSSRIsに焦点をしぼって文献的に考察した。Paroxetineの離脱症状が問題となることが多いが,その半減期の短さや活性代謝産物を持たないことが一因と考えられた。SSRIsの離脱症状の種類は多岐にわたるが,三環系抗うつ薬の離脱症状と共通したものと特有のものがある。前者としては,めまい,吐き気,不眠,頭痛,悪夢,神経過敏,無力感,下痢などを挙げることができる。後者としては特に,症例報告で発表された「電気ショック」様感覚が挙げられるが,これは二重盲検プラセボ比較試験では報告されていない。いずれにしても,抗うつ薬を投与する医師としては,抗うつ薬の中断により離脱症状が生じる危険性のあることを認識し,患者に対しては服薬遵守を指導し,治療終了時には患者の状態を観察しながら漸減する。そして,離脱症状出現時にはその程度によって経過観察や再投与など適切な対応をとることが必要である。
Key words : antidepressants, SSRIs, withdrawal symptoms, paroxetine, fluvoxamine

●離脱症候群:ベンゾジアゼピン系薬物
内村直尚 野瀬巌
 ベンゾジアゼピン系薬物(BZ)は,優れた抗不安薬作用や睡眠作用を有し,耐性や依存性が少なく安全性が高いことから臨床では抗不安薬,睡眠薬として広く用いられている。ところが近年,臨床用量の範囲内でも長期間服用するうちに身体依存が形成され,離脱時に退薬症候が現れることが指摘され,臨床用量依存と呼ばれている。危険因子としては長期間投与(6ヵ月〜1年以上),多剤併用,アルコールとの併用,半減期の短いもの,最高血中濃度への到達時間の短いもの,高力価,レム睡眠や深睡眠を抑制するもの,抗不安作用の強いもの,他の薬物依存の既往歴や受動的・依存的な性格傾向などがあげられる。また,患者のBZに対する不安が強いため,勝手に服薬を中断することによって退薬症候などの離脱症状が出現し,かえって服薬が長期化している症例も少なくない。本稿では臨床用量依存の定義,診断,実態および治療について紹介する。
Key words : withdrawal, benzodiazepine, dependence, anxiolytics, hypnotics

■原著論文
●統合失調症の救急外来対応におけるrisperidone内用液の有用性 ――Risperidone内用液導入前後の比較と検討――
武内克也 酒井明夫 大塚耕太郎 遠藤知方 奥山雄 高谷友希 金沢ひづる 柴田恵理
 救急外来では患者情報が不十分なまま,症状再燃や興奮を呈した症例に対応する場合があり,短時間で症状改善が得られ,併用薬剤との影響が少なく,侵襲性の少ない治療を行う必要がある。救急外来治療でのrisperidone内用液の有用性を検討するため,一次二次救急外来を受診した統合失調例を対象に,同内用液導入前後の治療方法と経過をH13年10月−11月,H14年10月−11月,H15年10月−11月の3期間で比較した。入院治療を要した症例,再発再燃例において,risperidone内用液による早期症状改善と服薬コンプライアン向上が示され,同内用液は抗精神病薬筋肉注射に比して,急性期治療後の通院治療や維持療法で良好な治療効果をもたらす可能性が想定された。さらに,投与方法の検討からはrisperidone内用液の特徴を理解して使用することが,服薬負担を減少させ,より有効な治療を可能にすると考えられた。
Key words : acute schizophrenic episode, risperidone, oral solution, compliance psychopharmacotherapy

●精神病急性増悪に対するrisperidone液剤の有用性 ――抗精神病薬筋肉注射剤から非定型抗精神病薬液剤へ転換の試み――
大下隆司 白川治 小川賢治 服部千代美 松田毅 山内道士 波多腰正隆 岡崎孝夫 鶴田千尋 太田正幸 前田潔
 抗精神病薬の筋肉注射は経口より効果発現が早く,静脈注射に比べ手技も簡単であり,精神病急性増悪時などに用いられることの多い治療方法である。しかし,その投与方法は,悪性症候群や血液感染の危険性を高め,また,強制的施行となりやすく,医療従事者と患者との治療関係に悪影響をおよぼすことが懸念される。2003年4月より,明石土山病院において,抗精神病薬筋肉注射と液剤の使用実態調査を行い,6月より,筋肉注射からrisperidone液剤への切り替えを試みた。その際,液剤を2ml容器に小分けし,救急カートに常備した。その結果,4月に80回施行した筋肉注射が8月に3回と減少した。液剤と筋肉注射の比較では,risperidone液剤の方が効果が高く,コンプライアンスがよく,施行に必要なスタッフ数が少なかった。このことから,risperidone液剤の薬理学的作用に加え,経口で投与する場面での看護師の支持的精神療法的かかわりが効果を高め,さらに有用性が増したと考えた。
Key words : risperidone oral solution, intramuscular antipsychotics, psychotic agitation, treatment, switching

●塩酸パロキセチン水和物のうつ病又はうつ状態の患者を対象とした市販後臨床試験――塩酸イミプラミンを対照とした二重盲検比較試験――
青葉安里 田中義信 影山聡 松谷智 毛利亘治 成田裕保 井尻章悟 植地泰之 永田傅
 うつ病又はうつ状態を有する患者を対象に,塩酸パロキセチン水和物(paroxetine hydrochloride hydrate:PX)と三環系抗うつ薬との副作用プロファイルの違いを明確にすることを主要目的とし,塩酸イミプラミン(imipramine hydrochloride:IM)を対照薬とした多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験を実施し,特に抗コリン性副作用(口渇,便秘,排尿困難)の発現率について検討を行った。安全性解析対象例数は205例であり,その内訳はPX群101例,IM群104例であった。主要評価項目の1つである抗コリン性の副作用発現率はPX群47.5%,IM群64.4%で有意にPX群の発現率が低かった。また,HAM―D減少度を指標とした有効性はPX群―10.1,IM群―8.8,減少率はPX群―53.1%,IM群―48.6%であった。最終全般改善度を指標とした改善率はPX群61.0%,IM群53.0%であった。以上より,PXはIMに匹敵する有効性を示し,抗コリン性副作用の発現が少ない薬剤であることが検証された。
Key words : paroxetine, imipramine, depression, anti―cholinergic side effect, HAM―D

■症例報告
●身体表現性障害に対するfluvoxamineの治療効果
小野正美 菅野智行 沼田吉彦 丹羽真一
 fluvoxamineはうつ病と強迫性障害にその適応が認められているが,臨床の場面では摂食障害や人格障害の治療に使用されるなどその処方機会は増えている。総合病院の精神科外来では,身体的諸検査で異常を認めなかったのにもかかわらず執拗に身体の不調を訴えて多くの病・医院や複数の診療科目を受診し,最後に当科を紹介されてくる症例を多く経験する。不定愁訴の多彩さと症状に対するこだわりや執拗さなどから身体表現性障害と診断されるが,このような症例に対して少量のfluvoxamine(50mg/day)が早期に著効する例を経験した。訴えの多い症状として「後頭部から頸・肩にかけての違和感」「咽喉部違和感」「胸部圧迫感」が挙げられたが,fluvoxamine内服開始後3日から1週間前後という早期に症状がほとんど消失していた。
Key words : somatoform disorders, fluvoxamine, SSRI, unidentified complaints